Act-50 父娘
静かな声が流れていた。
♪・・・・・・・・♪
Are you sleeping, Are you sleeping,
My princess? My princess?
Morning bells are ringing, Morning bells are ringing.
Ding, dang, dong. Ding, dang, dong.
♪・・・・・・・・♪
熱が下がっても意識が戻らず伏せった儘、時折夢にうなされる桜に、赤井は歌う。
♪・・・・・・・・♪
Are you sleeping, Are you sleeping,
My daughter? My daughter?
Morning bells are ringing, Morning bells are ringing.
Ding, dang, dong. Ding, dang, dong.
♪・・・・・・・・♪
本来ならMy daughterでもMy princessでもなくBrother Johnが歌詞なのだが
赤井は編曲してAre you sleeping, Brother John を歌う。
(―…… 俺の眠り姫。)
赤井はアメリカに戻ってくるとCD専門店に行き童謡が沢山入っているシリーズのセットをごそりと買い求めてきた。
「シュウ……ソレ、何?」
「童謡全集。 お前らいつもミュージカルとかオペラ聞かせてたろ? 桜はまだ4つだ。 年相応な唄も必要だからな。 ロッシがリクエストしたフォスターの全集もあるぞ」
ビニールの封を切ってCDを棚に並べていく赤井に聞くジョディ
「フォスター?」
「ロッシが俺と行動を共にしてた時に桜に、無事に帰ったらフォスターの Beautiful Dreamer を歌って欲しいとリクエストしたからな。」
「あ。いいなぁ。私にも歌ってくれるかしら?」
「桜が起きたら聞いてみろ。」
「そうね……」
熱はなんとか下がったが、ひどく不安定な状態が続いて安定剤を投与されて眠っている。
病室の棚にはミュージカル・オペラ、童謡・民謡等のCDが沢山置かれ、1日中小さな音で流れる
音が切れるとだれかが適当に取り出してまたかける。
FBIとして記憶力のよいジョディたちは数曲ほど覚えてしまう程だ。
「大丈夫ですよ。 赤井さんが傍にいるとー…… 桜ちゃんの心が納得したら回復します。 ―…… 1ケ月は長い。 たとえ可愛がって顔を見せてくれて沢山の事を教えてくれるお兄さんやお姉さんたちがいたとしてもー…… ”親”ではないんです。 傍にいて上げるのが一番の薬ですよ」
医師に言われて赤井は長期戦を覚悟で泊まり込む。
といっても、長期静養対象の療養所なので病室は全て個室で家族が止まれるソファベッドまで備え付けでTVも机に棚と冷蔵庫もある部屋。
ないのはバスとトイレ位で、ペースメーカーでも埋めてない限りPCも持ち込める特別病棟のようなものだ。
長期任務後の公休を半月ほど貰い、その後は桜の体調次第……。
事後処理の報告書を書き、メールで送る。
直筆サインが必要な書類は個人宛の以外、ジョディやJJ達が見舞いを兼ねて届けてくれるので自分の着替え等はジョディたちがいる間にセーフハウスに取りに戻った。
「なぁ、赤井?」
デレク・モーガンが病室の外に煙草を吸いにでたタイミングで缶コーヒーを差しながら事をかける
「ん?」
「桜が退院してもセーフハウスで暮らすのか?」
「―……どういう、意味だ?」
「セーフハウスは確かに安心だ。その気になれば24時間部屋の中を監視する事もできるからな。 大人なら納得ずくで暮らす事もできるだろうが小さな子にはかわいそうじゃないか?」
「……」
「暫くはアメリカにいるんだろ? FBI所有のマンションとか借りたらどうだ? FBI所有じゃなくてもセキュリティの高いマンションは沢山ある。指紋や掌紋をチェックして部屋に入れるマンションがな」
「―……」
「また、長期任務が入るかもしれないって心配するなら、その時考えればいいんじゃないか?」
「それは考えないでもなかったが……」
「二人だけの時間をゆっくりとれる場所を作ってやれ。」
「―…… あぁ…… 候補は幾つかあるから足を運んでみるよ」
「そうしろ。 アンタがマンションをみてる間は俺達が傍についててやるからさ」
モーガンの声に押されて赤井は以前から目を付けていたマンションを見る。
任務中の給与は殆ど手つけずー…… 生活費は組織からの狙撃成功の報酬とかから出ていたというのも皮肉な話だがー…… だったため、マンションを買う資金は十分貯蓄ができている。
しかも死んだ母親が可也の財産家の娘で父親も資産家だった為、二人が残した遺産は手つけずのまま銀行管理になっている為、一軒家を買う事も可能だ。
だが、組織が無くなった訳ではない。
モーガンにはああ言ったが、すでに何件かは下見をしていた。
ただ、気持ちが決まらなかった。
赤井はスマホを取り上げると管理会社に連絡を取り、取りあえず半年の契約書類の作成を頼むことにした。
「桜…… 知ってるか? ロッシがリクエストしたフォスターは沢山の歌を作ってるんだぞ……」
赤井の手を握り締めて眠り続ける娘に、優しく話かける。
容体が安定してる為、酸素マスクは取られて鼻カニュレになり、心電図も取り外されて脈拍計になっている。
「 Old Folks at Home という曲があるんだ……。 日本語にしたら故郷の人々。この曲も沢山の訳があって…… 覚えるなら英語の方が楽な曲だな」
♪・・・・・・・・♪
Way down upon de Swanee ribber,
Far, far away,
Dere's wha my heart is turning ebber,
Dere's wha de old folks stay.
All up and down de whole creation,
Sadly I roam,
Still longing for de old plantation,
And for de old folks at home.
All de world am sad and dreary,
Ebry where I roam,
Oh! darkeys how my heart grows weary,
Far from de old folks at home.
遥かなるスワニー川 その下
なつかしの彼方よ わが故郷
旅空のあこがれ 果てなく
思い出ず ふるさと
父母 います
長き年月 旅にあれば
おお 疲れしわが胸
父母を慕うよ
♪・・・・・・・・♪
「英語の歌詞には父母なんて言葉はないんだ。 ―……日本語で聞くと…… 面白いだろ?」
赤井は話かける
「早く目を醒ましてくれ…… お前の歌が聞けないと……寂しいんだ」
リサイタルで聞いたプロしての声は4歳とは思えない圧倒する声で精神を揺さぶり、躰が凍り付きそうな時があった。
けれど、助け出してから聞く歌はまだ幼い声で誰もが笑みを浮かべる癒されるような透明な声。
ディーヴァとして生きるより、ただ、唄の女神に愛された娘としてー・・
護りたい。
それが赤井の願い。
ゆったりと歌っているとピクリと小さな手が動いた。
「桜?」
赤井は鼻カリュレのチューブを避ける様に頭を優しく撫でる。
長い睫が揺れて、翡翠色の目が、開かれる。
「パパ?」
「桜……? 目が醒めたか?」
「―……よか……た。 電話 なかった からっ……?」
「充電機が壊れてね。 コンビニエンスで買うのはジャミングシステムがないから使えなかった。心配かけて悪かった。」
「ケガ してない?」
「無傷だ。 勿論、ロッシもな」
「おか えり……なさ…… い」
「ただいま。 よく、頑張ったな。 苦しかっただろ?」
「へいき。 あのね…… 苦しくなった時、パパの声が聞こえた から」
「そうか。ー…… 水は? 少しなら飲んでも良いそうだ」
「要らない。」
「そうか。なら、もう少し寝なさい。」
「うん ……。」
小さく答えて目が閉じられて再び開かれる。
「おやすみ。次に目を醒ましたら。苺のジュースを。その後はプリンを。 沢山沢山ー…… 用意しておくからな……」
「パパ……? 手、握って?」
「あぁ 大丈夫だ。ここに居る」
「後、ー…… さっき歌ってた歌 聞きたい」
「分かった。 あれはフォスターの曲なんだぞ」
「ロッシおじさんがリクエストしたのもフォスターだった。」
「フォスターは学校に行ったら習うと思うぞ。桜なら1回で覚えられる……」
「ほんと?」
「あぁ…… 国歌より遙かに簡単だ。 退院したらまずはベッドを買わないとな? パパと暮らすマンションが気に入ってくれるといいんだが……」
「おうち……?」
「あぁ…… パパとお前の家だ……。お前の部屋もちゃんとある。 楽しみにしてろ」
「う……ん……」
赤井は差し伸べられた小さな手を握り締める。
♪・・・・・・・・♪
All round de little farm I wandered
When I was young,
Den many happy days I squandered,
Many de songs I sung.
When I was playing wid my brudder
Happy was I
Oh! take me to my kind old mudder,
Dere let me live and die.
畦道さすらいし 思い出
同胞と遊びし 楽しき日
夢あまき歌声 むなしや
おお 行きて暮らさまし
母のもとに
♪・・・・・・・・♪
その声を子守唄に桜は綿に包まれた暖かな眠りの世界に誘われる。
(ー…… 夢に出てきたあの人は、誰? パパみたいに髪の長い人。黒いスーツにシルクハットー……)
手を通して流れてくる暖かい想いと重なる。
赤井秀一
私の ー…… パパ
パパー……
傍にいて?
<リサイタル>の時は傍に居てやる。
違う リサイタル以外の時もいて欲しい
お前がもっと健康になったらな……
無理…… 私の躰はボロボロだもん……。
医療班が最先端の治療をしている。 もう少し我慢しろ、シェリーもお前の躰を治す治療薬を開発するチームに入ってる。
私もー…… お姉ちゃまのように走れる?
さぁーーな
私は誰に言ってたの?
その願いはかなわなかった。
銀と黒をまとったあの瞳の持ち主は誰?
お姉ちゃま? 誰?
パパ。
パパは傍に居てくれる?
独りは嫌。
煩いのも嫌。
パパ
パパは、私の…… 桜だけの物。
ー…… 誰 ニ モ ワ タ サ ナ イ
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