Act-05 小さな狼
「諸星さん」

名前を呼ばれて俺は振り向く
俺より2ヶ月ほど早く組織に入った安室透
何かと突っかかってくる金髪の可愛い狼少年。

「確か、明日はリサイタルでしたよね?」
「ただの、警備スタッフとして任務だがな」
「…… 羨ましいですよ。アナタが」
「羨ましい?」
「僕はまだ、警備スタッフとしては呼ばれた事がありません。……どんな魔法を使ったんです?」
「先日、マンションに戻る途中でベロンベロンに泥酔した警備主任とすれ違った。事故に遭うと面倒になるから送っただけだが、その礼だと貰ったのが警備の仕事だ」
「ああ…… 確か翌日がら公休を含めた2連休だからと深酒をした…… 確か、誰だかにマンションまで送って貰って、目が覚めたら味噌汁が作ってあって、冷蔵庫にサラダもあったと」
「食材は無断借用だがな」
「それは…… ラッキーでしたね。 先輩が酔っぱらうなんて年に1〜2回あるかないかです」
「では、その偶然に感謝しなくてはな。」
「僕はいつ警備スタッフになれるやら……」
「………… 君ほど情報収集に秀でてる諜報員が、まだ<リサイタル>に参加した事無いのか?」
「嫌味ですか? <リサイタル>の手伝いは実践部隊がメインでしょう? 僕のメインはバックフォローですよ。」
「バックフォローが無ければ、実践部隊も役立たずさ」
「そういってくれるのは諸星さん位ですよ。 最も、諸星さん程の射撃の腕があれば、次期に幹部になれるんじゃありませんか? 警備スタッフを2〜3回こなして、後1つ2つ任務をこなせばランクがあがるだろうって専らの噂です。」
「噂なんて当てにならないものだ。 安室君こそ、ハッキングとかの技術はトップレベルだと聞いているが?」
「僕のは半分趣味の延長ですよ……」

にっこりと答える安室透。
だが、彼からは組織の連中とは違う匂いがする。
彼も、俺と同じように思って居るだろう

「噂といえば、明日の<リサイタル>は海外投資家たちも来るんだったな」
「ええ、招待客のリストは諸星さんのノートPCにも届いている筈です」
「全く、錚々たるメンバーで、警備の事を考えると溜息しか出てこないぞ」
「今回は招待客が150名。それに幹部が50名ほど…… でしたか?」
「あぁ……。 任務で来れない幹部が6名。招待客のうち、奥方若しくはご主人。ご令嬢、ご子息などを同伴で来られる方が125名…… チケット代も馬鹿にならないな。 このご時世だというのに金がある所にはあるものだ」
「本当に。ペアの参加だと50万でしたよね」
「シングルだと30万程だからペアの方が若干安くなる。 たった数時間のコンサートなのにな」
「確かに。会場が空くのは昼からでしょう?」
「警備員とホストとホステスは9時半には会場入りだ。10時からホールの会議室で会談という名の密談をする予約が30名も入ってる。 会議参加者には一流ホテルの弁当が饗されるそ。夜は夜でケータリングが入ってる……」

俺はわざとらしく溜息をつく。

(今回の警備は幹部候補生になれるかどうかの予備テストのようなもの……。会場を探る事は難しいができる限り探らないと。)

「ですが、歌媛の護衛は実行部隊の責任者でもあるジンが専任でついてますから、少しは楽なのでは?」
「歌媛?」
「御存じなかったですか? 参加したスタッフの話ですが、それはそれは見事な声だそうですよ。 残念ながら、歌媛はコンサートの一番最後で、しかも分厚いベールの中で歌うので顔も姿も誰もみた事がないそうです。」
「深窓の姫君はベールの中で守られる…… か」
「しかもアカペラで数曲歌うだけだそうですが、これが見事なソプラノからアルトまで唄いこなすそうです。」
「ホォ…… 見事な音域だな」
「他の歌い手はオーケストラ付きですが、歌媛には及ばないと先輩が言ってました」
「だが、警備スタッフだとコンサートを聴く余裕は無さそうだ。」
「諸星さんなら…… 次回は幹部で参加して会場で聴けますよ。 その時は是非、感想をうかがいたいものですね」
「ははっ! そうできるように努力をするとしよう。」

リサイタルは3ヶ月に1度有る。
今、俺がする事は、狼少年のように、組織に溶け込む事。

「さて、……… 明日の警備の確認が始まる時間だ。スーツも出さなくてはならないし、失礼するよ」
「気をつけて」

狼少年の言葉に軽く手を上げ、俺は、ミーティングルームに向かった。
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