Act-53 贖罪 前編
「桜…… 桜、そろそろ着くぞ。起きなさい」
「ふぁ……? パパ、此処はー…… ?」

可愛い小さな欠伸をして外に眺めて目を擦る桜。
車に乗って暫くの間は賑やかに歌っていたが振動が眠りを誘ったのか途中でぐっすりと寝入ってしまった。

それに気づいて、赤井は道路の端にある駐車スペースを見つけてに寄せて止めると靴を逃がせて後部座席に置いておいたフリースの膝掛けを取り出してそっとかける。
お気に入りのクマの縫いぐるみも後部シートに座らせてある。

「ここは教会。 パパの仕事の仲間達がー…… 仕事に協力してくれた人達がー…… 眠ってるんだ」
「死んだの?」
「あぁ……」
「病気?」
「否。 不幸な事故で。 と、云っても、この墓標全部じゃないぞ? パパの知り合い達が眠るのは、向こうの南側の大きな墓標だ。」
「……」

(此処に眠る人達は、名前を刻む事が許されない人達。 俺が殺した …… 罪無い人達)

赤井は顔を曇らせる。

10年程前、FBIへの入局が決まったおり、戸籍や履歴を偽造する前に組織に潜伏したら罪無い人を撃つ事になるかもしれないからー……と、南の日あたりのよい場所を買い取った。
墓標に刻まれたのは諸星大として狙撃をした人数分の星マーク。
任務の為に、組織の信頼を得るために射った人達。
傷つけた人の分だけ増える星印。
遺体を埋葬する事が出来ずに極秘ルートで手にいれた遺髪や遺品を埋葬してある。

教会の司祭は、赤井の無理難題を何も言わずに聞き入れて。
週に一度は聖書を読み、時折は聖歌隊の少年少女、若者たちをつれだして外で練習させる。
狭い室内での練習より、外で誰が聞くかわからない練習は聖歌隊の良いプレッシャー。
道行く人が聞き耳をそばだてて立ち止まり涙ぐむ。
そうやって、自然と町の人たちへ受け入れられた外で歌う聖歌はチャリティとしてその唄の練習を聞く為に来る人も増えた。


「長い事、彼等に会ってないから……な。」
「―……ふぅん?」

駐車スペースに車を止める

「死者の眠りを妨げないようにな?」
「うん。 ……起こしたら可哀想だものね」
「そうだな。クマは留守番だ。いいな?」
「クマじゃないもんっ ”ライ”だもん」
「ライ?」
「うん。名前をね、考えてる時に思いついたの、男の子だからライ 女の子のクマを買ったらシェリーって名前付けるの」
「そうか……」

(記憶の片隅に残ってしまった名前……か)

だが、赤井は顔色を変えない。

「それなら、ライはお留守番だ。いいな?」
「うん……。 お留守番」
「イイコだ……  さ・・おいで?」

赤井は手を伸ばしてくる少女を抱き上げてすとん、とおろしてピっと鍵をかける。

(生き返らせる事ができるならそれほど救われるかー……)

撃った人たちの顔は忘れる事が出来ない。

少女の為に日傘をさすとショルダーバックにペットボトルの水をいれる。

「少しでも気分が悪くなったら言いなさい。お前の躰は太陽の陽に弱いから日射病になってしまう」
「うん。」

サクサクと、少女の歩に合わせてゆっくりと墓地に向かう。


「―……パパ、教会の横にある白い建物はなぁに?」
「あれはー…… 大手の病院が幾つか合同で建設したリハビリセンターだ。」
「リハビリ?」
「足が不自由な人が歩く練習をしたり、目の不自由な人が点字を勉強したりー……事故で声を喪った人が発生練習をしたりー……」
「桜みたいに心臓が悪い人もいる?」
「どうだろうな…… だが、昏睡で眠り続ける人もいる……」

桜は立ち止まる

「どうした?」
「もっと近かったら、唄ってあげれるのに……」
「ー……」
「そうだな…… だが、そう思ってあげれる人が増えれば、リハビリセンターの人たちもいつかよくなるだろう……」
「うん……。」

桜は赤井に向かって手を伸ばす。

「……抱っこのおねだりか?」

こくん、と頷く桜。
赤井は小さな日傘を畳むとショルダーバックの中にいれて、軽々と抱き上げると肩に乗せる

「うわ…… 高い」
「しっかりと捕まってろよ?」
「ん……!」

桜は小さな手を赤井の首に回す。

「ね、パパ」
「なんだ?」
「パパはカトリック?」
「いや。 カトリック……ではないな。 どっちかっていうと現実主義……。」
「じゃあ、讃美歌は嫌い?」
「嫌いじゃないぞ。 それに宗教を否定している訳でもない。イエス・キリストにしても仏陀にしても…… 人の心にはよりどころが必要だ。 だが…… 宗教組織は苦手だな」

赤井は苦笑する

「……ふぅん……? 」

桜は首をかしげる。

「流石のお前にも宗教が絡むと難しいか?」
「だって、世界史には宗教戦争とかあるし…… 桜にはわかんない」
「そうだな…… パパにも分からないよ。」

赤井は子供ならではの率直な考えに口角を上げる。

「まぁ…… カトリックではないが、俺は、お前が唄う讃美歌や唄が大好きだぞ?」
「ほんと?」
「あぁ……」
「桜もパパのお唄、大好き!」

ぎゅっとしがみ付いて、ちゅっと頬にキスをしてくる。

「こら。 嬉しいが教会の敷地内では不謹慎だぞ」
「だって、パパの事大好きだもん」

にこりと笑って言われたら怒る事はできない。
赤井は思わず頬を緩ませて真横にある少女の頬にキスを返した。
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