Act-53 贖罪 後編
「さ、ここだ……」

赤井は比較的広いスペースに置かれた名前のない石碑の前に立つ。
石碑の前に白い花輪が置かれているのは教会の司祭が置いたものだろう。
石碑の隣には緑が生い茂る太い樹が木陰を作り、木の椅子とテーブルが置いてある。

椅子もテーブルも大切に使い込まれ、風雨に晒された後があるが、景色と一体化するほど

「ここにパパのお友達が眠っているの?」
「仕事仲間、がな……」
「―…… 皆、パパが来て喜んでるような気がする……」
「だといいが」

赤井は肩にのせていた少女をストン、とおろしてバックをテーブルに置き、かぶっていたニット帽を置くと緑の生い茂る大木を見上げる。

「この木も大木に育ってくれたしな…… 教会の敷地外だったら悪戯っ子が登りそうだ」

ポンポンと懐かしそうに叩く

「?」
「この木はな、この墓石を建てた時にパパが植えたんだ。 毎日花輪を持ってきて詣でる事は出来ないから、緑がないと寂しいだろうと思ってな……。 植えた時はまだ細くて…… ここまで根を張ってくれるとは思って無かった」
「パパが、植えたの……」
「可笑しいか?」
「うぅん……」

桜はじ……っと大木を見上げると小さな手を太い幹に当てると目を閉じて耳を寄せる


♪・・・・・・・・♪


鳥が巣立った 枝があり
栗鼠が遊んだ 枝がある
小猿たちも ぶら下がり
嵐に折れた 枝がある

千年の樹は 森の中のおじいさん
春には青葉の ほほえみ投げる
ほほえみ投げる
見上げてごらん 見上げてごらん
見上げてごらんと
ぼくらを包むよ 千年の樹


♪・・・・・・・・♪


唐突に桜が唄いだしたのは千年の樹。

(―…… ディーヴァのコードネームは伊達じゃないて事か……)

桜の目は赤井を移さず、大木に躰を凭れさせて墓石を見つめて、そこに眠る人たちに向かって唄っている。
と 背後から土を踏む音がして黒い服にストラを肩にかけた司祭が花束と聖書を持って姿を見せる
司祭は軽く頭を下げると墓石の前に花束を置いて短く祈りの言葉をささげて、十字を斬る


♪・・・・・・・・♪


緑苔むす 太い幹
村のはずれの 道しるべ
道に迷う 旅人に
日陰つくって 休ませる


♪・・・・・・・・♪


「……久しぶりですね、赤井さん」
「御無沙汰をしていました、ニコラ司祭様」

赤井は穏やかな笑みをみせている司祭に向かって丁寧に頭を下げる。

「…… あの子が、養女にしたというお嬢さんですか?」
「はい……。」
「……英語は?」
「日本語と英語は日常会話は不自由なく話せます。」
「日本語の…… 唄ですね?」
「はい。 俺……私もあまり記憶にないのですが子供達の合唱唄だった筈です。」

誰の姿も目に入らずに歌う姿はまだ4歳とは思えない。


♪・・・・・・・・♪


千年の樹は 森の中のおじいさん
秋には枯葉の おひげをつくる
登っておいで 登っておいで
登っておいでと
ぼくらを包むよ 千年の樹

千年の樹は 森の中のおじいさん
おじいさん
やさしくゆったり みんなをみつめ
明日も大地に 大地に
しっかり根を張る 千年の樹


♪・・・・・・・・♪

桜がふっ…… と息を抜いたタイミングをみて、司祭が小さな拍手を送り、桜はビクンと驚いて赤井の背中に隠れてしまう

(唄ってる間は怖いもの知らずなんだが、な……)

赤井は自分の背後に隠れてしまった少女をみて苦笑する。

「桜…… サラ ご挨拶をしなさい」
「ー……」

ぎゅっと赤井の服をしっかりと掴んで動こうとしない。

「おやおや……」

司祭は苦笑する。

「すいません。―…… 少し人見知りをする子で。桜…… コラ。隠れてないで」
「……」
「桜……」

困ったような顔をする赤井。

「気にする事は有りません。 内気で中々話が出来ない子供達は沢山いますよ。」

司祭はストン、と腰を落として桜と同じ目線になる。
ビクン、となる少女に、司祭は和やかに話かけた。

「私の名はニコラ…… ニコラウスといいますが、君のお父さんを始め、殆どの人はニコラと呼びます。15年程前から、この教会のある教区を治めています。 名前を、教えて貰えますか?」
「……桜。 白銀・A・桜……」
「白銀A桜…… 可愛い名前ですね」
「パパが、つけてくれたの」
「赤井さんが……。 良く似合ってますよ。」
「ホント?」
「えぇ…… とても。」

褒められて嬉しそうな笑顔を見せる。


「桜ちゃんは、唄がとても上手だと…… お父さんから聞いてましたが、本当に見事な歌声ですね。」
「パパから?」
「はい。 ―……なので一つ、お願いがあるのですが」
「お願い……?」

司祭はすっっと墓石の方を指さした。

「ここに眠る人たちの為に、……何曲か唄って上げて欲しいのです」
「唄……」

唄、と聞いて桜の緊張が解ける。

「実は月に1度、教会の聖歌隊が4〜5曲唄っているのですが、生憎と今月はチャリティのコンクールの日と重なってしまって唄ってあげてないのです。 なので……お願いできますか?」
「……パパ?」

桜は赤井を見上げる

「パパからも頼む。 何時もは司祭様が聖書を読んで下さっているが、お前の唄を聴かせてやりたい…… できれば2〜3曲…… 彼等の魂が安らげるように……」
「―……分かった」


桜は墓石の方を向いて姿勢を治すとゆっくりと呼吸をして目を閉じる。


(ここに眠る人たいの為に)




♪・・・・・・・・♪


You who dwell in the shelter of the Lord
Who abide in His shadow for life
Say to the Lord
"My refuge, my rock in whom I trust!"

And He will raise you up on eagles' wings
Bear you on the breath of dawn
Make you to shine like the sun
And hold you in the palm of His hand.

汝は空高く鷲の翼の上に導かれ
夜明けの刹那に太陽の如く輝き
神の御手に抱かれる


♪・・・・・・・・♪


桜の第1声が流れた途端、司祭は息を飲み込む
年端もいかぬ少女がアカペラで唄う ON EAGLE'S WINGS
葬儀や告別式で良く流れる曲でもあるが、しっかりと訓練された伸びのある低音の声。
持って産まれた才能はプロのオペラ歌手以上。
そこらへんのアイドルでは太刀打ちできない。

(成程……)

司祭は納得する

("彼"の言葉に嘘は無かったと)


唄の女神に愛された少女。
自らの贖罪の為に少女を護りぬく事を決めた男ー……


そして、
教会の奥深く、神父たちが聖母子の前で聖書を輪読していたが、皆、揃ったように輪読を止めると桜の声に聞き惚れる。
外から漏れ聞こえる歌声を聴いて涙した神父がいた事を、赤井も桜も知らなった。
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