Act-54 一時の休息
すぅすぅと、穏やかな寝息が車の中に漂って居た。
シボレーの助手席でお気に入りのクマの"ライ"を抱き締めて眠る桜は、珈琲を買うために立ち寄ったカーレストランでローラーシューズで注文を取りに来た店員が揃いも揃って可愛いと呟き声を漏らした程だ。
―……  事実、養父としての親の欲目を抜いても可愛いと思う為、頬が緩んでしまったのは否めない。

赤井は眠りの世界を漂う娘を起こさない様にゆっくりと車を走らせる。
途中でスピードを上げろと回りを囲んで煽ってきた暴走族もどきがいたが、動じて財布を差し出す馬鹿な事はしない。
シボレーに内臓してある隠しカメラで車のNo画像と人物を録画し出すとダッシュボードからイヤホンを取り出してマイクを耳に装着するとFBIのジョディの携帯を鳴らす。

「俺だ。すまないがヘイスティング通りへ警察車両を回してくれ。 暴走族が遊んでくれとよってきた。―…… 10分程なら足止めするがデートの邪魔をされるのは面倒だ。 そっちに画像を転送中だから後は任せる。 お姫様はクマの縫いぐるみを御供にして絶賛昼寝中だ。 ―……あぁ。 分かった、伝えておく」

そして業とスピードを落とし、ドアを蹴りつけようとしたリーダー各と思われる少年を睨み付けて貸与されている銃を突きつける。

「今すぐ失せないと、脳天に風穴があくぞ。」
「はんっ そんな玩具の銃にビビルと思ってんのかよ! おっさん!」
「ほぉ―……  そんな口をきいてていいのか? 俺は休暇で娘とデート中だから邪魔をされたくないんでね。仕事仲間に連絡をいれてお前らのバイクNoと顔を転送してるから警察車両がそのうち来るぞ」
「―…!!」
「これはサイレンサー付きで音もない。 試してみるか」
「やってみせろよ、おっさん? 撃てるモンなら―…… 」

カチリと運転しながら照準を合わせる赤井。
にっと口角を上げて余裕の笑みを見せれば、赤井の本気に気付いたのかあたふたと散って行く。

「根性なしの餓鬼どもが・・」

小さな騒ぎにも桜は安心しきっているのか目覚めない。

教会で司祭に壊れて2曲唄っただけだが、桜の声に引かれて、墓地に来た家族やリハビリ施設の患者が蜜に惹かれる蝶の様にやって来た。

何でも良いから唄って欲しいと請われて桜は組織でディーヴァと称された時と同じ様に唄う。
赤井が時間を見計らって唄うのをやめさせれば、患者たちも神父達も、もっと聞いていたいような顔をする。
次に何時来るのか聞かれたが、赤井は、言葉を濁らせ、明確な返答を避けた。
予想外に唄う羽目になった桜は、車に乗ると、教会に向かう途中で美味しいとTV放映された事のあるパン屋で買った苺の乗った小さなデニッシュを頬張って保冷バッグにいれておいたカットフルーツをモグモグと食べる。

「ゆっくり食べろよ。」
「うん。」
「紅茶を飲むか? ハニーストロベリーという苺の味がするのを入れてきたぞ」
「苺!」

どれだけ苺が好きなのやら・・と苦笑しながら小さなペットボトルの蓋を開ければごくごくと飲んでいく

赤井は少女の口の端に付いているクリームを指で拭うとペロリと舐める。

「―……  パパには甘い、な……」

そして、ぬるめの紅茶を飲んで、お腹が一杯になったのか直ぐに深い眠りの世界に入ったのだ。

(唄った後は温度管理された部屋でたっぷりの栄養と休養が必用だ…… と、ウォッカが言ってたな。)

赤井は幾分スピードを落として、時折駐車スペースをみつけては一時停車をして呼吸と体温を確かめながらゆっくりと運転をする。

車内に染みついた煙草の匂いは取れないが少しでも落ちるように、受動喫煙とか言われないように、この数日は喫煙を控え、車内用芳香剤をおき、CMでやってるような匂い消しも使った。

新しいマンションを借りた事もあり、リビングでの喫煙も控え目にして、我慢できない時はベランダで喫うようにした。
元々、潜入捜査前に以前住んでいたマンションの荷物はFBI管理でセーフマンションに預けておいたのでベッドの本体とPCデスク、マホガニー素材の洋服ダンス以外は私物という私物が無かった。

そして、今回、帰国した時、デレクに進められた事もあり、当分は親子水いらずの生活を楽しもうとセキュリティの高いマンションを借りた。

自分の部屋にあるのはキングサイズのベッドにPCデスク、洋服箪笥に隠し金庫位だったが、桜が入院してる間にリビングのテーブルとソファ、キッチンテーブルと子供用の椅子を新しく書い、パステルカラーのふわふわのクッションとシンプルだが肌触りの良い服を何着が買ってある。
果物に野菜、レトルトだが事件で関わった関係者の経営するレストランの自慢のスープ

赤井が契約しているマンションのパーキングに入ると、セキュリティ担当が寄ってくる。
契約者たちが時折買い物で荷物運びを頼む事がある為だ。

赤井は助手席でぐっすりと眠りこんでいる少女を指さしてから、後部シートにおいてある車椅子とクマの縫いぐるみ、ボストンバックを運び込んでくれるように依頼すると担当者はにこりと笑ってカートを出してくる。

「助かるよ。この子をベッドに寝かしつけてからもう一度パーキングに行くのも面倒でね。」
「お気になさらず。 入院中と伺ってましたが退院・・ですか?」
「1週間の一時退院だがな。 次の検査の数値次第で半月の仮退院。その次の検査で数値が良ければ晴れて退院だ。最も月に一度の検査は必要だが」
「それは…… でも退院の可能性が高いようで良かったですね。 小さなお子さんの入院程気になります。」
「そうだな・・」

コテンと赤井の心音を聞くかのように顔を寄せて眠る幼児。

「車椅子は何処に?」
「あぁ・・ 玄関横の収納スペースで構わない。 まだ何も入って無いから楽にはいる筈だ。」
「承知しました。何かありましたらまた何時でも」
「その時は頼む事にするよ」
「其から、何回か妹さんが見えましたよ。 お留守でしたから直ぐ帰られましたが。」
「真純が? ―…… 確かに、此処に引っ越すことは連絡してるが、もう来たのか」
「学校帰りに。 フロントから先は、居住者が個人で決めた暗証番号で解除しないと入れませんから。」
「そうか―……」
「妹なんだから開けろと詰めよって来ました。とてもボーイッシュな妹さんで」
「あいつは生物学上女というだけで、服も中身も言葉使いも男だ。 桜は将来的に虫退治するのが大変だろうが、真純には虫の影すら出ないだろうな。」
「―…… 其は、返答に困りまるお言葉です。 救急などで何かございましたらインターホンで警備室かフロントまでご連絡下さい。」

さらりと言われた言葉にスタッフは苦笑すると、丁寧に頭を下げてドアを閉める。

赤井は身動ぎすらしない少女を今現在、唯一ベッドのある自分の部屋のベッドに寝かすと淡いピンク色のパジャマに着替えさせる。

「パァパ ……?」
小さく身動ぎをしてぼんやりとした目を向けてくる。

「ん? どうした? 目が醒めたか?」
「シュウ パパ……」
「寝惚けてるのか? 俺は此処に居るから―…… 寝なさい。」
「パパと いっしょー…?」
「パパはリビングにいるから、ゆっくりおやすみ。」

そっと目の上に手を置けば数秒もしないで深い眠りに入っていく。
(これが親の感情、なんだろうか)

赤井は少女の額にキスを落とすと、エアコンを調節して、窓側の雨戸を閉めて遮光カーテンもしっかりと引く。
そして部屋のドアを閉めて足音を殺してバスルームに向かい、冷たい水と暖かい湯のシャワーを浴びてバスローブを纏うと髪を乾かしながらキッチンのテーブルにおいたスマホを確認する。
着信のライトが点滅しており、番号をみれば妹の番号。
FBIの電話に出るものかと消音で、留守電もセットしてなかった為に、メールが山程。

(一度、桜の顔見せに行かないと、な)
4歳下の弟は日本に留学して大学生。
妹はまだ中学生だが兄二人が揃って日本にいるという事で1年程日本留学をして寮生活を経験させた。
赤井は苦笑しながらお転婆過ぎる妹の顔を思い出す。

毎日、何処かしら擦り傷を作り、クラスの男友達と野球やサッカーに興じ、学校の成績は、秀一が見ていたにも関わらず、体育以外は殆どBだが、E迄あるのを考えれば良い方だろう。

(―…… 明後日は週末、という事は下手したら明日の夕方には乗り込んで来るだろうな)

深い溜息がこぼれ出る。

(あの家に帰るのは苦手なんだが、な)

広大な敷地。
プールやテニスコートがあり、截拳道のトレーニングもストレッチも出来る2階建てのジムもある。
死んだ父親から受け継いだ屋敷。
赤井秀一は父親の死後、その屋敷の主とならざるを得なかったが、大学進学と同時に家を出て、譲られた財産の一部で小さなマンションを借りた。
家に帰るのは滅多にない。

(それに…… あの家には”彼女”がいるし)

悪い人ではない。
母親の死後、父親が家に招き入れたが、常に一足身を引き、長男と次男を常に引き立ててくれる。
彼女は赤井達を名前で呼ぶが、赤井自身は彼女を名前で呼ぶことした事をしないのは自分の心が狭量なのだろうか。
父の死後、あの家の権利を譲渡してもいいと思ったが、それは拒否され、父親が所持していた会社の株や権利を整理した遺産の5割は赤井が、3割を次男が。
そして自分と自分の娘である真純の分で2割があればそれでいいと言った。
その2割で真純を大学に行かせる事も望めば留学させる事も十分できると言った彼女に、赤井は屋敷の管理を任せる名目で家に居て欲しいと頼んだ。

家は住む人が居なければ直ぐに痛むからと。

そして、自分の財産の管理を任せる事にした。
アメリカに帰国した赤井は預けた資産は減っただろうと思いきや、増えていたのには驚いた。

赤井はスマホの着信履歴から妹に連絡を入れる。

「真純か? ―……ああ 久しぶりだな。 大声を出すな! 残念だが、まだ桜は一時退院中で今は昼寝中だ。」

赤井は耳元から流れる言葉に苦笑する。

「分かった。一時退院中に、桜を連れて挨拶に伺うと伝えてくれ。 ああ。1晩か2晩位なら。 ……よろしく伝えてくれ。 ちゃんと女性らしくしろよ? 桜は騒がしいのが嫌いだ。何時もの勢いで抱き締めたりされたら発作を起こすかもしれないからな? 分かった。明日、一度連絡を入れる」

赤井は苦笑しながら、スマホを切ると今のソファに置いた縫いぐるみを見咎める。

組織の記憶がないのに何故か”ライ”と名づけられたクマの縫いぐるみ。
(次はシェリーにならないように誘導しないと、な?)

ポン、とクマの頭を叩くと抱き上げて桜のへやに戻る。
小さく、胎児のように指を咥えて丸くなって眠っている幼児の寝姿に赤井は眉を寄せる。

(心を病んで、心の何処かに傷を負っている人は胎児のように丸くなって、指を咥えて寝る場合があるというが、お前も何等かの傷を負っているのか?)

赤井は毛布の上からそっと撫ぜる。

暫くそうして撫ぜていると丸くなっていた躰の緊張がほぐれたかのように緩んでくる。

(時間は、ある)

大人が寝るには早い時間だが

赤井は苦笑すると持ってきた縫いぐるみはを椅子の上に置き、玄関に向かって確りと戸締りを確認してパスワードロックを掛けるとパジャマに着替えて桜の横に潜り込む。

そして優しく背中やお腹を撫ぜてやれば、甘えるように擦り寄ってきて、赤井の頬が少し緩み口角が上がる。
規則正しい呼吸が眠気を誘う

「おやすみ桜。」

(事件は解決していない・・。 俺はまたそのうち日本に行くだろう・・ それまで明美が生きてるかどうかわからないが。)

若干低めの体温すら愛しくて、赤井は己の胸の中に少女を抱きよせるとちゅっと、額にキスを落として、ゆっくりと目を閉じた。
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