Act-02 招待 後編
「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました、工藤先生。 奥様も相変わらず、お美しくていらっしゃる」

カフェ・クリストファーに付くと、入口に立つドアマンが優作の姿を見て、声を掛ける。

「久しぶりだね、ジェイク」
「元気だった〜? 相変わらず正直ね」

優作と有希子はコートを預けながら声を掛ける。

「赤井様から連絡が入って、10分程遅れそうだからお先に食前酒のサービスを、との事で御座いますが、運転は?」
「今日はタクシーで来たから気にしないでくれ」

ジェイクはフロントの女性にコートを預けると、優作と有希子を予約の個室に案内をする。

「其れにしても遅れる?? あの赤井君、が……かい?」
「お嬢様が昨夜から少し熱っぽいとかで病院によってから向かうとの伝言を承ってございます。」
「!? 娘さん? まぁ……! 赤井さんってば何時父親になったの!? まぁ! 結婚したならしたって連絡位してくれたら、お祝を送ったのに! ねぇ? 」
「確かに水臭いね。お嬢さんの具合が悪いなら、今日で無くても変更してくればよかったんだが……」
「お仕事の都合で近日中にかなり長期で日本に行く事になったから日程の調整が難しいと言っておられました」
「日本……?」
「はい。先生にも締切の御都合があるでしょうし」
「お嬢さんって…… もしかして銀髪の可愛い女の子かい? ふわふわの癖っ毛の、アンティーク・ドールのような」

優作は一寸考えて思い出したかのように聞く。

「御存じでしたか?」
「FBIで顔だけ何回か。確か桜ちゃんと言ったかな? 捜査官の皆が、とても歌の上手な子だと話しているのを聞いた事がある。」
「はい。 オーナーがとても可愛がっておられます。本人曰くファンクラブの会長だそうで。」
「ファンクラブ」
「はい。 オーナーは大真面目ですよ。 あと、ジェイクがオーナーが会長なら会報を作る編集長は俺だと」
「おやおや。赤井さんは大変だね」
「先生も奥様も桜お嬢さまの歌を知ったら納得いたしますよ。 心臓疾患で躰が弱いので学校には行かず、FBIの皆さんが日替率先して勉強を教えてるとか。 ですが、歌はもう…… デビューしたら即日ミリオンセラーだと思いますよ。 先生は聞いた事は?」
「残念だがないな。 勉強に関してはFBIで教えてる子供がいると確かに聞いたけどお嬢さんの事だったとはね。 赤井君のチームアイドルで、BAU…… 行動分析課の連中に至ってはシルバーエンジェル(銀の天使)とかシルバープリンセス(銀の姫)とか呼んでいたが?」
「そんなに歌が上手な可愛い子なのぉ? 優作ばかりあってるなんて酷いわぁ! 私も会ってみたい」
「残念だけどね、僕もまともに話をした事がないんだよ。桜ちゃんは大概、お部屋に籠ってて出てきてくれない上に感も良くてね」
「そぉ……」
「赤井君は桜ちゃんを連れてこの店にくるのかい?」
「はい。歌の時以外、人に見られたり触られるのが嫌いなお嬢さんで大抵個室を予約されますが、オーナーが孫の様に可愛がってまして。 来ると1曲唄ってくれるんです。漏れ聞こえる声だけでも見事なものでございます」
「可愛がられているのね。いいなぁ…… 女の子」

有希子がうっとりとした顔をする。

「どうぞ、こちらのお部屋をリザーブして置きました。」

予約されていたのは個室の中でも南にある、景色がとてもよく、場合によってはピアニストを呼んでミニコンサートを楽しめるようになっているVIPルーム。

「この部屋は特別室だった筈だが……」
「オーナーがこのお部屋をと。」

赤井がこのカフェのVIPであるのは会話からして想像できたが、優作ですらこの部屋の予約はとれた事がない。
招待されて1〜2度入った程度だ。

すでに担当のウェイトレスが1名とウェイターが2名待っている。

「いらっしゃいませ、工藤先生、有希子奥様」
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「久しぶりだね。」
「御無沙汰しております。」

ウェイター達は有希子と優作の椅子を引き、ウェイトレスは暖かいお手拭きを用意する。
ホットタオルやお箸の用意など、世界中のマナーを知り尽くしたオーナーが来客に応じてのサービスを変えるのも特徴だ。
部屋の角にあるテーブルに、子供用の椅子と食器がサイドテーブルに置かれているのは桜の為に用意してあったものだろう。

「食前酒のご希望はございますか?」
「任せるよ。」
「私も」
「畏まりました。 では、オーソドックスですが、シャンパーニュでご用意致します。」

ウェイトレスは丁寧に一礼すると音もなくカーテンに仕切られた奥へ消える。

「……ね、優作?」
「ん?」
「赤井さんの娘さんって幾つ?」

女の子を欲しがっている有希子は目を興味深々とキラキラと輝かす

「確か6歳位だったと思うが、とても頭の良い子だよ。6年前に結婚してたとなると、仕事柄大変だろうね。」
「いいわねぇ〜  おっきくなったら新ちゃんのお嫁さんにどうかしら?」
「おいおい…… 何歳の差になると……」
「あらぁ。今は女の子の出生率が低くなってきてるから、お嫁さんを探すの大変なのよ? 赤井さんのお嬢さんならきっと賢い…… あ、もう賢いって解ってるのよね? どうかしら? 新ちゃんでダメならコナンちゃんでも!」

ほわわん、と頭にハートマークでもつけているんじゃないかという感じで云う夢見る乙女と化した有希子の優作は苦笑する。

「それ以前に、赤井君が手放さないような気もするが」
「そうよねぇ……」
「FBIで聞いた噂が確かなら、桜ちゃんは五月蠅いのが嫌いだった筈だから、コナンも新一とも無理じゃないか?」
「ん〜〜 つまり、大人しいって事よね。 新ちゃんもコナンちゃんもなにかと事件に首を突っ込みたがるから難しいかしら・・・」

食前酒を飲んでいると、小さなノックの音がして、ドアマンの案内でスーツ姿の赤井が姿を見せる。

「工藤さん。有希子さん。ご招待したのに遅れて申し訳ありません。」
「いや、先にシャンパーニュを堪能させてもらっているよ」
「お嬢さんの具合が悪いと伺ったけど大丈夫なの?」
「大丈夫です。 点滴してる時に寝てしまったので病院に預けて来ました。」
「預けるってまだ小さいのに可哀想じゃないか?  私達ならまた次の機会でもよかったんだよ? 桜ちゃんは躰が弱いと聞いたが」
「工藤さんならそう仰って下さるとは思ったのですが、俺の方が忙しくなってしまうので……」
「そう……」

赤井が席に着くと、前もって打ち合わせおいたのか、ジェイクに向かって軽くうなずく。

「桜のことは仲間に頼みましたからご安心下さい。それに、人見知りする性質なのでここに連れてこれても、結局ジェイクかオーナーに預ける事になって…… オーナーと一緒にPCでチェスでもして遊ぶ事になってしまうだけですから」
「チェス? PC?」
「6歳でもうPCに興味を持っているのかい? あ、でもFBIとBAUの彼らが勉強をみてるなら可笑しくはないのかな……」
「まぁ、詳しくはランチの後で。 この部屋は夜までリザーブしてますので……」
「そうか…… ならば、折角のご招待だ。難しい話は後にしてランチを楽しませて貰おう」
「はい。」


チーズとアラスカのスモークサーモンとキャビアのオードブルから始まって、コンソメスープは見た目は地味だが十分と手間をかけた上品な味で、ランチといえども手を抜かず、魚も肉も口休めのライムシャーベットも見事なまでに洗練されている。
パンも焼きたて、ご飯も炊きたて、有希子の料理は女性向けに脂身の少ないお肉を使い食べやすく、優作の方はボリュームを多く
顧客の嗜好を知り尽くしたシェフならではのサービスである。


「はぁ……。 美味しかった〜」

ランチにしてはボリュームのあるメニューをペロリと食べた有希子は満足げだ。

「本当に、ここは何時来てもランチとは思えない出来栄えだね。 特にコンソメと魚のムニエルは絶品だったよ」
「ありがとうございます。工藤先生も奥様も食通でいらっしゃいますからお口に合わなけばと若い連中も緊張いたしますよ」

挨拶に顔を出したオーナーシェフがテーブルの横で自ら淹れた自慢のコーヒーをサービスしながら嬉しそうに答える。
プティフールはテーブルの真ん中に20種類ほどバイキング風に置いてある。

「それから……赤井様」
「ん?」
「久しぶりに桜お嬢様にお会いできると楽しみにしておりましたのに、ジェイクもオーナーもがっかりしておりましたよ。 私もお嬢様用に果物をたっぷりあしらったミニランチを色々考えておりましたのに……」

ほんの少し恨めし気な顔をするシェフに赤井は苦笑する

「はは…… すまない。昨夜から少し熱っぽくてね。 今朝もギリギリまで此処に連れてけとごねてたんだが、念の為にと病院に連れっていったら直ぐに点滴ルーム行きになってしまってね……。 Drは点滴が終わったらランチに行ってもいい…… と言ってくれたんだが、点滴を始めて直ぐ寝てしまったから預けてきた。今日の夜はここのランチを食べ損ねたと不貞腐れるのは決定事項だ。」
「熱を?」
「昨日、桜が所属する教会の聖歌隊が参加するチャリティーコンサートがあったんだが、ソロ・パートの子のお祖父さんが亡くなって出席できなくなってしまったんだ。 前日の依頼で飛入参加をしてソロの部分を歌ったから疲れたんだろう。 あの病院なら桜も懐いている看護師がいるからね……。 ま、お姫様のご機嫌取りに果物とケーキを買って帰る事にするよ。」
「ああ それで……」

シェフは納得したかのように頷く。

「お嬢様がご一緒だとオーナーも凄くご機嫌になって下さるのに残念でございます。」
「オーナーは兎も角、君まで桜を甘やかさないでくれよ? ただですらBAUの連中に蝶よ花よとちやほやされてるんだから」
「赤井様がそれをおっしゃいますか?」
「…………」
「娘可愛さにお仕事先に親娘出勤にしているのはどこのお方でございましたか……?」
「まぁ、親娘出勤は否定しない。 しかも、教育熱心なお兄さんお姉さんが沢山いる所為でIQは上がる一方だ」
「何しろ抜群の記憶力でございますから……」
「親馬鹿といわれそうだが、記憶力がいいのは認める。 親としては知能よりも体力をもっとつけさせたいが、30分程度の散歩が精一杯だからな」
「それは致し方ございません。 ですが、お嬢様にはあの声がございます。それだけで十分ではありませんか?」
「ミューズに愛された娘だからな」

赤井は苦笑する

「今度チャリティでご参加をする時はご連絡を下さい。オーナーがここぞとばかりに聴きに行くとおもいますので……」
「ははっ! 店を臨時休業しないでくれるなら考えておくよ」
「では、オーナーに伝えておきます。 桜お嬢様がいらっしゃらなかったので、持ち帰り用にコンソメスープを真空パックにさせておりましたが、パスタサラダとフルーツサラダを新人に作らせてみますのでご試食用にお持ちください。 後、お夜食用にチキンピラフと、明日の朝食用にブルーベリーとピーナツ・バターのサンドイッチもお土産にご用意致しますので。」
「いつも気を使わせるな。何しろ究極の偏食王女様で、肉も魚にも殆どそっぽ向いて残す子が、この店の食事だけは少しとはいえちゃんと食べるからな。アレルギーで食材制限があるとはいえ、先が思いやられるよ。」
「赤井様のご依頼なら電話1本でいつでもご用意いたしますよ。 特にコンソメは手間がかかる割に地味ですから喜んで頂ける方がいらっしゃれば若い連中の励みにもなります。 この店が桜お嬢様の偏食を治すお手伝いでお役に立つのでしたらいつでもお立ちより下さい。」
「ありがとう。助かるよ」
「いえいえ。 赤井様がいらっしゃらなければ、この店はつぶれておりました。オーナーも私もこの世に居なかったかもしれません」
「俺は長官に言われて2人の護衛をしただけだ。」
「それでも、赤井様はオーナーの恩人でございます。…… なにかございましたら、ベルで御呼びください。」
「ありがとう。 1時間くらいしたら珈琲のお変わりを頼む。有希子さんにはフレッシュ・ジュースの方がいいだろう」
「畏まりました。では奥様にはブラッドオレンジのジュースをお持ち致しましょう。」

すでにウェイトレスとウェイターの姿はない。
シェフも丁寧に一礼してカーテンの影に引き込むと、ガタガタと音がして、アコーディオンカーテンが閉められる。


と、それまでの穏やかな顔がスゥっ……とFBI捜査官の顔になり、優作と有希子は笑顔を納めて真顔になった。
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