Act-06 銀と赤 後編
銀色の髪。
黒い服にシルクハット
硝煙と煙草の香り
血の匂い



(そうだ…… あたしを……ディーヴァと…… 呼んでる人たちがいた)

リサイタルはどうなったの?
もう長く歌ってない気がする

違う。

ここにいるのはジン兄じゃない

硝煙と煙草の香りはするけど
パパの髪は黒くて
ニット帽がお気にいり



「ジン ―…… た …すけ ?」
「桜……」

すぅ…… と引き込まれるように気を失うものの、呼吸が落ち着いてくるのが目に見えて、赤井も医師もほっと息を付く。


チン!


とエレベータが止まる音がして、ストレッチャーを引いた救急隊員が警備と一緒に姿を見せる。
緊急ランプでドアを開けているため、入ってくるのに問題はない。

「患者は!?」
「血圧は低いが呼吸は安定している。今は落ち着いているが、心臓の手術をしている子供だから衝撃には気を付けてくれ。 私はここで医療班のセンター長をしているが医師の免許を持っている。専門は外科だ。 病院まで付き添うよ。」
「助かります。Dr」

手早く説明をする医師。

「かかりつけの病院とかありますか?」
「FBI付属の病院に桜の担当医がいる。」
「貴方は?」
「赤井さんは桜ちゃんのパパよ。」
「なら容体は把握してらっしゃる?」
「勿論。 桜は心臓移植をしている。 興奮させた私のミスだ」
「……分かりました。 急ぎましょう。」

救命士は桜の躰をそっとストレッチャーに乗せる。

「すいません。優作さん、有希子さん。妙な事になって……。 優作さんのナイトバロンシリーズを英語版で読む位好きだから大丈夫だと思ってたんですが」
「私達なら気にしなくていい。 預かる時は電話1本で迎えに行くよ。ー…… たとえ、君が日本にいる時でも遠慮はいらないよ」
「そーよーぉ? 桜ちゃんが落ち着いて、ちゃんと納得したらいつでも預かるわ。 任せて!」

有希子も云う。

「桜ちゃんのお父さん! 行きますよ」

救命士が声を掛ける。

「承知した。 ……じゃあ、ジェイムズ、後で連絡します。」
「……待って! 私も行く!」

ジョディが桜の部屋からウサギの縫いぐるみとピンクのリュックを持ち出して来て、自分の上着を持って声を掛ける。

「もしかしたら女手がいるかもしれないし、意識が戻った時にウサギのアリスが傍にいた方が安心するでしょう?」
「ははっ…… 忘れてた。アリスは桜の友達だったな」

赤井が苦笑する。

「だったら、ジョディ君。病院に付いたら一度連絡を頼む。赤井君は桜ちゃんの傍にいて上げなさい。」
「わかりました。」




*****


「医師、桜は!」

カラカラと、ストレッチャーに乗せられて居る桜は、酸素マスクをして点滴を付けられている。

「薬で眠ってるだけですが、興奮したせいで少し熱が出ています。心臓の方は落ち着いてるので心配ありません。2〜3日は絶対安静が必要です。」
「……分かった。 入院の手続きをしよう。」
「治療を兼ねて少し早い定期検診という事でアレルギーと染色体の検査もしておきました。結果は3日位ででます。」
「了解した。 それから、倒れる前に…… ”ジン”という名を呼んだ。昔の…… 組織での記憶が戻る可能性は?」
「ー…… 戻る? 桜ちゃんを助け出した時、まだ3つか4つ位でしたよね?」
「桜は助け出した時、見かけこそ子供だったが、大人のような会話ができた。それに、組織の連中が拉致して育てていた子でIQも高いからな…… 」
「そうでしたね……」

医師は苦笑する。

「防音設備のある7階の2号個室へ。ドアはきっちり閉めるように」
「はい。」

医師は看護師に指示を出す。

「付いていても?」
「勿論どうぞ。」

赤井はほっとしてストレッチャーの後を追う。

マスクが息で少し曇っているが、首や手首の脈を確認すると落ち着いているのが分かる。
赤井は持っていたウサギの縫いぐるみをベッドサイドに置く。

「……参ったな」

組織から連れ出して、記憶がなくて、真白な少女が愛しくて
心臓移植の痕があり、染色体異常で性分化疾患の手術痕もあり若干の紫外線アレルギーとか、幾つもの障害を持って生まれて……
お前が堪らなく愛しかった。

お前は組織に拉致されてきた女性か、女性の研究員の卵子を使って体外受精で産まれた子供だと思いたかった。
組織とは関係ない素封家の娘で何らかの形で才能に目を付けられて拉致されたのだと思いだかった
そしてジンたちの手元で育てられた。
”幹部”にする為。
”幹部”候補だったからこそ奴らは桜に最先端の外科治療・内科治療をしていた。

普通の家庭では手の届かない高額治療で、心臓移植手術後の後遺症の心配もなく、運動全般禁止の他は普通と同じ生活ができる程だ。
それだけの技術を持つ医師が組織には居るのだと、桜を通じて思い知らされた……。

本当の両親も、”お姉ちゃま”の行方も分からない。
ジンはお前と血の繋がりのある兄さんなのか?
だとしたら奴があれ程お前を可愛がっていた説明もつく。
それとも、小さい子が隣の家の住人で自分を可愛がっている人を”お兄ちゃん”と呼ぶ感覚なのか―……

……探してやりたい。
お前の家族を。
けれど、”お姉ちゃま”が 見つかったら
もし、ジンが本当にお前の兄だったら

俺は桜を家族の元に返してやれる事が出来るのか……?

―…… 否

柔らかく暖かい温もり。
俺の腕の中で眠り、泣いて……
怒って、宥めて、抱き締めて……

子供の世話なんて弟や妹の時と同じだと高を括っていたけれど、自分の子として育てるのは大変で……
我儘で人見知りで超絶偏食の王女様をFBIの仲間たちの協力を得て育てて来た。
お前ならきっとペンタゴンのセキュリティを突破する事も、FBIのPCにウィルスをバラまく事もしてのける。

お前の記憶が戻らないのを願う俺は矛盾している。

日本に連れて行く方法が無い訳じゃない
俺が連れて行きたくない。
桜を失うかもしれない場所に、記憶が戻ってしまうかもしれない日本に、連れて行きたくないのだと……

桜の笑顔と温もりが何よりも愛おしい。
明美の様に喪いたくないのだと
どうやって説明したらいいのだろう


赤井は小さな手を温めるように握り締めて頬や額にキスを落とした。
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