Act-07 記憶と邂逅
桜……

桜?

誰かが私を呼ぶ

ディーヴァ……
誰?
グラグラと視界が回る

吐気が止まらない。
気持ち悪い。


誰かが・・・・・・
暖かい手が


桜

桜………?




さーや!


彩華……

彩華?




誰?
誰の名前?


私は ダレ……?

何時も音の世界の中で寝ていて……
身体中に沢山の管が付いて居た。

眠りから起こされて

好きな唄を
思いついた唄を
カーテンの中で歌ってた。




(あれは何時だったんだろう?)




パチパチと薪がはぜる音で目を醒ました時があった。
暖かな部屋のベッドは窓辺にあって、躰を起こせば雪景色。
窓から見える白銀の雪の世界。


”彩華? 起きたのか”
”此処は何処?”
”ロシアだ。少し郊外から外れて居るが、組織の別荘でもあるセーフハウス”
”ロシア? 今日からここで暮らすの?”
”あ……? テメェが一度、ロシア旅行に行ってみたいって言ったんだろうが”
”それは、言ったけど”

エカテリーナ美術館は以前から行きたかった美術館のひとつ。
私を名前で呼ぶのは、任務外の証明

”オーロラが見れるかもと、おおはしゃぎしてやがった癖に、ジェットに乗って、飯を食ったら寝ちまいやがって、折角オーロラが見える絶好のフライトだったのに名前を呼んでも起きなかった”
”オーロラ! ジン兄はみたの?”
”見た”
”酷ぉーーーい! 何で起きるまで呼んでくれなかったの!?”
”何度呼んでも起きなかったのは彩華だろう。”
”でも、なんでロシアまで来たの? ロシアでリサイタルでもするの?”
”ド阿呆! 以前からエカテリーナ美術館の所蔵品を見たい、連れて行け、と喚いていたろ。 お前は5千万以上の儲けを3回連続で弾き出した。 その褒美にあの方がロシア旅行の許可を下さった。”
”ジン兄、大好き!”
”礼はあの方に云え。 リサイタルで経費を抜いて5千万越えの純利益を稼ぐなんて普通の歌い手には出来ない芸当だからな。その褒美が300万足らずのロシア旅行なら安上りだとのお言葉だ”

くしゃりと頭を撫ぜてくれた。
ジン兄の目は殺人眼力なんて言われるけれど、私にはいつも優しかった。

まるでパパのように・・・・・・
(あの方? 誰…?)



♪・・・・・・・・♪


Жил-был художник один,
Домик имел и холсты.
Но он актрису любил,
Ту, что любила цветы.
Он тогда продал свой дом,
Продал картины и кров
И на все деньги купил
Целое море цветов.

Миллион, миллион,
Миллион алых роз
Из окна, из окна,
Из окна видишь ты.
Кто влюблён, кто влюблён,
Кто влюблён, и всерьёз,
Свою жизнь для тебя
Превратит в цветы.

*ロシア民謡 100万本のバラ*

松山善三さんの訳詞

信じてくれますか ひとりの若者が
小さな家を売り バラを買いました
信じてくれますか 嘘だと思うでしょう
街中のバラを あなたに贈るなんて
 
バラを バラを バラをください
ありったけのバラをください
あなたの好きなバラの花で
あなたを あなたを あなたを包みたい



♪・・・・・・・・♪


童謡何て歌えるか!
そう言って笑い飛ばしたジン。
強請りに強請ってやっと唄ってくれたのは100万本のバラ。
元はマーラのくれた人生、という曲なのだと教えてくれた。
低い低音でゆっくりとバラードのように。


…… 町中のバラを貰ったら。
ジンから貰ったら こんなヤワな躰も治るんじゃないかと思った。

ジン兄がラブ・バラードなんて以外だったけど。
暖炉の傍で聞くジン兄のロシア民謡はドラマチックで素敵だった。
毛足の長いふわふわの絨毯の上においたクッションの上に寝転がって聴いた。
組織には暖炉なんて無かったし、たまにホテルにお泊りしても床に寝転がるなんて出来なかった


何時もの黒いトレンチコートを脱いで棚に置いてあるロシアのお酒を片端から空にしながら唄ってくれて、私も声を重ねた


♪・・・・・・・・♪


バラを バラを バラをください
百万本のバラをください
ぼくの ぼくの ぼくのこの命
あなたに あなたに あなたに捧げましょう


♪・・・・・・・・♪


何時も歌うのはディーヴァである私だった。
ジン兄の低い声の唄を聴きながら、私はジン兄の膝の上で眠った。
もこもこのコートをきてイヤーマフをして手袋をしてブーツを履いて、外を散歩するのも、町での買い物もとても楽しかった。
別荘に戻るとジンが暖炉に火を入れてくれて、私は暖炉の火で湧くお湯をみていた。

デパートで買ってきたお肉を串にさして、暖炉の火で焼く。

”たまにはこういう飯も悪くない。”

ジンが焼いてくれたお肉は塩と胡椒程度の味付けだったとても美味しかった。
ジンはお肉にかぶりついて、私は小さくスライスして貰った部分を齧る程度だったけど。

あの旅行の時だけはジン兄は私だけのものだった。


白夜だとかで夜中まで明るい。
移動はロシア支部の車で紫外線を遮るスモークシートが窓に貼ってあったけど、それでも楽しかった。
同じ髪の色だったから可愛いお嬢さんねと言われ続けてジンは閉口していたけど、私だって カッコいいパパねと言われた時はもやもやして嫌だった。
帰りの車の中で私は剥れて言った


”どーしてジンがパパなのよ!”
”俺だってお前のような我儘な娘なんていらねぇ”
”酷い!! オジンの分際で子供虐める!”
”誰がオジンだ! このクソガキ”
”なっ なんて下品な言い方するのよっ! やっぱり老人は言葉を知らないのねっ”
”テメェ!ランク上の幹部に向かって言いやがったな!”

アクセルを踏んで行き成りスピードを上げるジン

”きゃああああ!!”
”ふん。 美術館に着くまで悲鳴を上げてろ”
”きゃあああああああ!!!! 人殺し!! 鬼畜! 組織の歌媛を殺す気なのっ!”
”説教にしちゃ十分甘い。”
”ふぇ……っ ジン兄の馬鹿ぁ!!”

(そうだ。 あの時、私はスピードが怖くて運転してるジンの躰に抱き着いて、危うく事故を起こす直前で、思いっきり怒られた)

それでもジン兄は私に付き合って美術館で沢山の説明をしてくれた。
ガイドなんて必要ない位に。

ロシアに居たのはたった5日。
5日目の夜、ウォッカが迎えにきてくれて、旅行は終わった。
シェリーお姉ちゃまのお土産に20個組のマトリョーシカとベレスタを買って貰った。


”ねぇ、ジン?”
”何だ? 餓鬼は早く寝ろ”
”私のパパって誰?”
”知ってどうする?”
”シェリーお姉ちゃまは本当にお姉ちゃまなの?”
”あぁ。 それは間違いない。DNA鑑定しても姉妹だと出るぞ”
”でも、パパは違うでしょう? 私はー……”

ジンは私の言葉を長い指で遮る。

”いいか? 一度しか言わねぇ。 お前は―……”
”―……! ホント!?”
”忘れろ。 いいな? 目を醒ましたらお前は今聞いた事は忘れている”
”うん。 でも、信じていいんだよね?”
”あぁ。事実だからな”



(どうして 忘れて いたんだろう)

ジンは私の―……
そして私はジンの―……



時々歌って
また眠って……



そして不協和音がして
あの
静かな暮らしが消えてしまった


薬で眠って
起きて


漸く

雑多な音から解放された。

その時。

私の傍にいたのがパパだった。



なんで

忘れていたんだろう?
大好きだったジンにぃ
大好きなお姉ちゃま。



頭痛がして気持ち悪い

嫌だ

嫌



助けて


”ー…… 眠れねぇのか?”
記憶の底に残る声はパパの声じゃない。
だれ?”


”歌え 好きな曲を好きなだけ”

歌……?

歌は好き。
でも皆、音を外すの。
だから
私は





「桜! 」

何度も呼ばれた名前

「桜、頑張れ…」


私の名前は
私は
組織の……



気持ち悪い
心臓が痛い
苦しい

痛い

パパ

助けて
あの時のように

パパ
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