Act-09 勝負の行方
長い睫が動く

「桜? 桜……… ? 聞こえるか?」

……?

何度も呼ばれて、沢山のキスを貰って、ゆっくり目を開けると秀パパの顔が目に入った。

「サラ……!」
「パパ…… ?」
「桜っ」

ふわり と 抱きあげられて、逞しい胸の中に引き寄せられた。

「良かっ た……」

大好きなパパの声が、肩が震えている。

「この儘ずっと意識が戻らなかったら俺は……っ」
「パパ……?」
「心臓はもう苦しくないか?」
「……うん……。」
「そうか」
「秀パパ…… 怒って ないの?」
「怒る? お前が発作を起こしたのはパパのせいだ。 興奮させるのはダメなのを知っているのに興奮させてしまった…… 怒れる訳がない」

赤井はこつん、と額を合わせてもう一度抱きしめてから、そっとベッドに寝かせ直すと首筋を触って脈を確かめる。


「分析班の連中も心配していたぞ。 仕事帰りに誰かしらが寄って行く」
「ー…… BAUの?」
「桜が目を覚ました事を知ったらガルシアが率先してメンバーを引き連れてくるだろうな」
「……で も」

(パパは、BAUの皆を煙たがってる)

「まぁ…… あいつ等も、グループは違うが、同じFBIだからな。 それに、人見知りの激しいお前が懐いた連中だ。」
「…… BAUの皆には 不協和音を感じないから」
「これだ。」

赤井は溜息をつく。
不協和音を少しでも感じる人には懐かない。
つまり、”ジンにい”や”シェリー”達には不協和音を感じない程、可愛がってもらっていたという事。


「ー…… パパ?」
「パパは明後日、日本に行く。」
「日本」
「ジョディはすでに日本に行って先行で動いているし、キャメルも来月末位に日本に行く事になっている。 ジェイムズは先月、日本に1週間ほど打ち合わせに行ってたから、暫く亜米利加にいるが ……」
「そう……」

(パパは私が日本に行って、ジンと遭遇するのを警戒してる。だから、私はきっと……)


「今のお前は発作の後で体調が安定してないから留守番だ」
「…… パパ… でもっ!」

赤井は抵抗を示して起き上がろうとした娘の唇に指を当てて黙らせる。

「今、お前のする任務はちゃんと躰を治す事だ。 それは解るな?」
「うん……」

赤井はその返事に満足そうに頷くと、ベッドサイドに腰掛けて涙目になりかかってる娘を見つめて溜息を吐いて膝の上に乗せる。

「パパがフライトをした日から数えて2週間以内に医師が12時間のフライトを許可したらー…… 条件付だが、パパを追いかけて日本に来てもいいぞ」
「!?」
「フライトの許可が出たら、BAU専用のジェットを日本まで飛ばしてくれるそうだ。勿論、あいつ等もお前が使うならいつでも使っていいと云ってくれた。パパはホテルを転々とする日が多いがお前の生活基盤の面倒をみてくれる家族を探しておいた。お前も知っている人だが工藤さんではない。」

赤井がコツン、と頭にデコピンを落とす。

「日本支部がセキュリティの高いマンションを探してくれている。だが、一緒に暮らせる時間は短い……」
「でも、パパの声は同じ日本で聞けるんだよね?」
「そうだ。 だが、マンションに戻れるのは、パパと一緒にいる時だけだ。普段は、お前を日本まで護衛してくれる人の家に泊まる事になる。」
「日本に行っていいんだよね?」
「2週間以内にDrの退院許可とフライト許可がでたら、だがな」
「うん……っ」

こくん と頷いてしがみ付いてくる桜の反応に頬が緩む。

(俺も大概、親馬鹿だな…… 意識が戻れば体調次第で1週間もせずに退院許可が出る。BAUの連中がいれば、フライトできる位の躰に戻るのが解ってて、こんな条件をだすんだからな)

「ただ、日本ではお前の髪はとても目立つし、今までのように一緒にいられない事も多くなる。アレルギーや心臓の関係で出来ない事とか沢山出てくる。 それでもいいんだな?」
「うん。 少しでもパパと居られるならいい。 でも、条件って?」
「…… 日本に行ったら、学校に通う事」
「学校? University に行くの?」
「いや…… 日本は飛び級制度がない。 お前が通うのはUniversity…… 大学ではなくElementary school。 小学校だ」
「……Elementary school……!? そんなぁ! せめてHigh schoolにして!」
「ふっ……」

小学校と言われて眉をひそめて抗議する桜を見て赤井は優しく笑うとウサギの縫いぐるみを取って持たせる。

「お前が即日マサチューセッツやイートンに編入できる位に頭が良いのは承知の上だ。 だが、残念ながら日本には飛び級制度がないからな。無理矢理中学だ高校だと編入させれば、ここにいる時と違ってTV局や雑誌が目を付けて目立ってしまうからお前を守ってやれない。 だから、見かけが同じ子供達と一緒に、昼の間は学校という安全地帯の中に入って居るんだ。 いいな?」
「う〜〜〜」
「大丈夫だ。学校に通うのはパパが日本にいるだけの間で静養に連れて来た事にしてやる。アレルギーや心臓移植で食事制限や運動制限のある事は、医師の証明書1枚で形が付く。 日本で、同じ年ごろの友達を作れ。」
「わかった」

桜は溜息を付く。
それは赤井の最大限の譲歩。
その気になれば高い塀に囲まれて24時間部屋の前に人がいる施設に預ける事もできるだけの権力を赤井は持つ。

「ねぇ…… パパ?」

赤井からお気にいりの縫いぐるみ=ウサギのアリスを受け取ってぎゅう、と抱き締めながら桜が声を掛ける

「ん?」
「パパは、私の…… パパに助けて貰う前の記憶が戻った方がいい?」
「え?」
「それとも、戻らない方がいい?」
「それはー……」

赤井は黙る。

「そうだな……」

膝の上でじーっと見つめてくる瞳を受け止めて赤井は言葉を考える。


「もし、お前の記憶が戻ったとしてもお前の家族が見つかったとしても、俺はお前のパパで居たい。お前がどんなに我儘なお姫様であっても、だ」
「パパ」

(秀一なら、私の記憶が戻ってしまった事を話しても、きっと受け止めてくれる)


「何を思い出したとしても、俺は…… 桜を守る親で居たい。たとえ、どのような辛い記憶を思い出したとしてもパパが守る」

(俺は桜には勝てない。 だから…… 俺は命を懸けて守っていこう)


「パパ」

どれ程デメリットが高くても。

「あのね? たった一つ。 銀色の髪の人がいたのを思い出したの。 顔は分からないけどジン兄って呼んでいたと思う…… 」
「ジン。 どんな人だった?」
「黒いスーツ…… 銃の硝煙と、煙草の香りを纏ってた。 でも私には、優しかったような気がする」
「そうか……」


(ジン! 興奮させた時にジン兄と言ったが、やはり一番忘れていて欲しいやつを思い出してしまった、な)

「何時かきっと、ジン兄とかの事を想いだすだろう。」

赤井はそっと頭を撫ぜる。

「パパからも聞いていいか?」
「何?」
「明美―…… 宮野明美、という名前を聞いた覚えがあるか? たとえば、拉致されていた場所でお姉ちゃま、と呼んでいたとか?」
「ミヤノ・アケミ?」
「若しくは 宮野志保という名前を」
「志保……!?」

(シェリーお姉ちゃまの本名は宮野志保。私の本当の名前は宮野彩華。 宮野明美は異父姉だとジン兄から聞いた事がある。シェリーとディーヴァは組織にとって大切な幹部。俺にとっても大切な仲間だと。だが、宮野明美はお前たちの姉だから、細胞収集の為に生かされているだけの構成員だと云っていた。 なんて、答えればいいの?)

「覚えて、ないか?」

遠い方を見るように考え込んだ桜をじっと観察する赤井

(明美は兎も角、志保の名前に聞き覚えはあるような反応だが、明美の事をお姉ちゃまとか、志保を志保姉とか…… そんな呼び方をして無かったようだな……)


どくん。
志保の名前で桜の心臓が跳ね上がった。

「……っ 無理に思い出さなくていい。」

赤井は眉をひそめて慌てて止める

「すまない。 また、発作をおこさせる事を云ったようだ。」

僅かに荒くなった呼吸を宥めるように優しく背中を撫ぜる

(気づいて、いるのだろうか? 私とジンの関係。 パパじゃないけどパパでもあって、兄でもあるけど兄じゃない事。 ううん。 ジン兄ならDNAを残すような事はしてない筈。 宮野明美のDNAがあるなら、父親違いの姉妹だとわかるから、あんないい方をしないで、お姉さんが見つかったという筈。)

桜は甘えるように赤井の胸に顔を埋めるて顔を見られないようにする。

「大丈夫か? 苦しいなら医師を呼ぼうか?」
「大丈夫。」
「そうか……?」

(答えられない程の想いがあるのか? だが、明美は桜と同じ宝石を持っていないし聞いた事もない。志保が持っているのなら明美が知っている筈だし)

赤井は桜に気づかれないように溜息を吐く

「秀……パパ?」
「ん?」
「桜……ね。 本当の名前もお姉ちゃまの事も思い出せなくていい。 白銀A桜のままで居たいの。それじゃあ駄目なの?」
「パパも同じだ。ずっとお前と居たい。俺にとって一番の宝物なんだ」

赤井は静かに微笑んだ。

「久しぶりにお喋りをして疲れただろう? 水を飲んでもう少し眠れ……。目を醒ましたら。カフェ・クリストファーのコンソメスープを温めてやる。」
「うん……。」

赤井がベッドサイドにおいておいたパステルピンクの小さな水筒を蓋をあけて差し出せば、ごくごくと飲んでいく。
満足するまで飲んで、はふ、と口を放した所で赤井は水筒を受け取るとベッドに寝かせて、ウサギのアリスはベッドサイドにおいたもう一つの椅子に置く。

「パパ、手」

強請るように言われて赤井は苦笑すると毛布を掛け直してから大きな手で目の上を暗くするようにおおう。
すぐに穏やかな寝息に代わる。
倒れた時の混乱状態からすれば格段に違って落ち着いている。

(もし、全てを思い出すような事があったら、俺は)

ポケットから古いガラケーを取り出す。
ずっと持っていたのだろうか。
諸星大が選び、買ってやった携帯を……。
諸星大になる時に買った携帯と同じ機種を選んだ明美。
同じものは旧型になってしまうから、と諸星は同シリーズで最新の機種を現金で買った。

あの携帯のPSが事実なら桜は。
確かめるには情報が少なすぎる。
ジンのDNAは今だ入手していない。
潔癖症に近い位用心深いジンは自分の痕跡…… DNAが検出できるようなものを残すような事をしない。

日本で、調べなくてはならない事が多すぎる。

潜入はもう出来ないが、奴等はシェリーを探していると情報がある。
ならば
あの小さなボウヤが暮らす街を中心に動けば何等かの手がかりがつかめるだろう。
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