Act-07 情報
俺が一息付けたのは、招待客達の一部の連中が密談(盗撮されてるとも気がつかず)に入り、密談に縁の無い(興味が無い)招待客がロビーラウンジに流れている前回のリサイタルの録画を見始め静かになった後。

「次のピークは歌い手達が着いた後だな」
「歌媛の警備は誰が担当を? タイムスケジュールでは歌い手の到着時間しか書いてありませんでした」

返事の想像はついていたが、スタッフの総責任者の呟きに便乗する形で知らない振りできいてみる。

「ん? お前新人か?」
「警備主任幹部の推薦で今日のリサイタルの警備スタッフとして呼ばれた諸星です。 先程まで歌媛ディーヴァギャンブルで山程の預かり状を書いたので気になりました」
「あー… 毎度毎度凄い金額になるからな。 受付スタッフが預かり状の束を整理してるぜ。」
「回数ごとに跳ね上がっていくからな」
「諸星っていったよな? 狙撃手の期待のルーキーに諸星っているときいたけどお前か?」
「買いかぶり過ぎです。 俺は与えられた任務をこなして居るだけですから」
「ふぅん? 謙遜するタマには見えねぇな……? ま、いい。 覚えておけ。 歌媛に興味を持つなよ?」
「興味?」
「歌媛の専任護衛はジンとウォッカだ。」

(ジンとウォッカ!)

「今まで歌媛の事を探ろうとした奴らは一人漏らさずあの世行きに成っているからな」
「探る気は毛頭有りませんが………。 ジン、というのは幹部で組織随一の狙撃手のジンの事ですか? その彼が、わざわざ護衛を?」
「歌媛は、ジンの気に入りの1人だよ」
「1人、とは? まだ他にも気に入りが?」
「科学者チームに、シェリーって名前の天才科学者が居る。この2人はジンの直属狙撃部隊と、仲が良い。 実は、シェリーには末端構成員に姉がいるが、こいつは役たたずだから俺達が覚える必要は無い。 姉はまぁ、妹の七光りで飼われてるようなモンだから、せいぜい顧客相手のホステス止まりだ。」

明美の事を云われて、あの彼女がホステスに選ばれる事はまずないだろうとは思ったが顔に出したら怪しまれるので冷静を装おう。

「その”シェリー”は、ホステスとかで来ないのですか?」
「今日は忙しくて来れないときいている」
「これない?」
「関わってる研究の2次試験の結果がでるのが今日の夜らしくてな。 あと、シェリーにホステスなんかさせたら、こっちのクビが飛ぶぞ。 ジン様と公認の仲だから気を付けろ? 歌媛は赤ん坊の頃、裏切り者に歌媛の命が狙われ大怪我をした。 その時、シェリー様が幹部として頭角を現してきたジン様に殺してくれ、と云った程の仲だからな」
「大怪我を? そんな事が」
「知らないのか? 組織の中じゃ有名な話だ。」
「諸星は新人だ。 まだ聞いてないんだろ? あの事故の時は、ジン様のベレッタが火を噴いたがその時には裏切り者は正気をなくしてたって話だ」
「あれは、ディーヴァ様の声で狂ったってゆう噂もあるぜ」
「狂った…? 声で?」
「歌媛の別な名前はセイレーンだ。 漁師を海に引き込む魔物。 彼女のいる領域は魔のトライアングルゾーン」
「−… バミューダ海域、ですか」
「にもなりえるという事さ」
「…了解」

「さて、雑談は終わりだ。 諸星、プレゼント・ルームに出入りの業者からディーヴァ宛てに果物が届きだしている。 カメラとか無いか確認をして、控え室まで届けろ。 手漉きの連中はもう確認に入ってる筈だ」
「自分も、ですか?」
「果物は歌媛の好物だ。 毎回半端ない量の果物が出入りの業者から届いてる。」
「了解しました。差し入れにまで盗聴器とは無駄な事をする顧客たちですね」
「よくわかってるじゃないか。貴重な資金源だ。気を付けて扱えよ」
「承知しました。」

ディーヴァの控え室
諸星の胸が騒ぐ


だが、まだ動けない
俺に話したのは、俺がどう動くかを見極める為のテストだろう。
歌媛が受け取ったとしても、ダミーの可能性が高い。


焦るな
焦った方が負ける

じっくりと、見極める

それが、俺の仕事………


「歌い手達の到着は2時という連絡が入った。 交代で45分の食事に入れ。 歌い手達が着いたら、ロビーの客たちが出迎えに騒然となるからひと波乱あるぞ。」
「出迎え……? 裏から入るとかではなく?」
「歌媛以外は真正面から入ってくる。 揃いのワンピースとスーツでな」
「……揃い?まるで合唱団のようだ」
「まぁ、歌い手は組織直属の合唱団のようなものだ。 ワンピースもスーツも高級ブランドのオーダーメイドでリハの後で着替える衣装もオーダーメイドだ。 リハの見学は出来ないが、声だけならば誰でもロビーで聴けるぞ。」
「リハといえば…… 歌媛はリハーサルをしないのですか?」
「お前…… 何も知らないんだな? ディーヴァ様は絶対音感を持っているから下手な伴奏すると殺されるぞ。 歌い手達も一部ハーモニーで参加するが”1音外すものはされ”と言われてるほどの絶対聴覚をもっている」
「1音の誤差も嫌がると?」
「それが歌媛”セイレーン”とも呼ばれる由縁だ。コロラトゥーラ・ソプラノからテノールまでの7オクターブ位の広音域を自在に操る才能は世界デビューしたら1週間でミリオンセラーになるぞ」
「コンラトゥーラ? ………7? 人がそんな高音域を操れるのか 」
「だから歌媛なんだよ。 一言でいえばソプラノ歌手のTOPレベルって事さ。」

どれだけの聴力を持っているのか……、と諸星は喉を鳴らすように息を飲む。

「ま、歌媛が歌いだしたら会場が静まり返るからお前がロビーにいたら耳に届くだろうさ。歌媛が何を歌うかはぶっつけ本番ってやつでな。誰も知らない。讃美歌もあればロシアの曲の時もある。イタリアの民謡、ドイツの民謡、クラシックもあればオペラの時もある。ただ……」
「ただ?」
「必ず歌うのは”Amazing Grace”だな」
「Amazing Graceって、あの… 良く結婚式とかで歌われる?」
「そう、  Amazing grace how sweet the sound……  って曲だ。」
「…… 十八番ってやつですか?」
「だろうな。 ディーヴァ様はこの曲を一番最後に歌う。」
「……」
「そして…… 客どもは感きわまってボロボロ泣くんだ」
「そこまで歌唱力が?」
「お前も聴けばわかる。だから、招待客以外のスタッフは耳栓しないと、仕事にならなくなる」
「それはー… 興味深い症例だな」
「ま、組織が大金を落として教育した歌媛だからな。 当然といえば当然だが」
「そんなに……」
「あの躰には数億の金がかかってるからな」
「億……」
「躰が弱くて、普通の子供達と比べると体力がないから専用の医療チームが組まれてる」
しな」
「医療チーム? 会場には救急の車はありませんでしたが」
「ああ…… ダミーの車があるからな」
「ダミー……」
「キャンピングカー だよ。 黒いノー・チェックのが1台……」

何時の間に諸星の傍に来たのか、警備主任の幹部が小さく漏らす。

「……!」

業と教えているのか……
歌媛の事が分かってくる。

「主任! 驚かせないで下さい」
「ははっ! すまないな。 先に食事をしてきたからお前たちも行け、と云いにきたらディーヴァ様の話題になってて声をかけれなかった」
「じゃあ、俺はスタッフルームで軽く食べてきます。」
「ああ…… そうしろ」

諸星の言葉に警備主任が頷く。

「そうだ…… 諸星。一寸…………」
「何か?」

諸星は警備主任に呼ばれて近寄る。

「いいか? 焦るなよ? 焦って標的を見誤るな…… 今はゆっくりと煮詰めるんだ。 ビーフシチューを作る時のスープの灰汁を取るように時を掛けろ……」
「っ……!! 何の 事 です?」
「行け。さっさと飯を食って、差入れのチェックに回れ。 ただの戯言だ」
「失礼します。」


諸星は一礼するとスタッフルームに向かう。
背後の視線が感じなくなるまで平成を装って。
ロビーから離れて階段まで行き、視線を感じなくなるとがくん、と壁にもたれかかる。

(あの人も…… やはり俺が掴んだ通り、なのか?)

嫌な汗が背中に伝っている。

(今、歌媛を連れ出すのは無理だ)

任務をこなして…… 次のリサイタルで仕掛けるしかない……
今日は、警備スタッフに徹して、チャンスを待とう

「さて、云われた通りに、歌い手さん達のガードする為に少し胃に食べ物をいれておくか……」

諸星大は深呼吸を一つするとスタッフルームに入る。
コンビニの弁当とは違って仕出しの料亭の弁当だ。
招待客用の弁当を一流の料亭から届けさる為、値段的ランクは下がるがボリュームのある弁当という恩恵を受ける。
壁に並んでいる椅子に座ってお茶と弁当を食べているスタッフもいるし、テーブルのある場所で新聞やスマホをいじりながら食べてるスタッフもいる。
食べ終わってアコーディオンカーテンで仕切られた喫煙場の隅で煙草を吸っているのもいる。

諸星は中央のテーブルに置いてある弁当を一つとペットボトルのお茶を取り上げると受取りの所に名前を書いた。
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