Act-13 I'll be Back
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Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.


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「本当に日本に行ってしまうんだね」
「ニコル司祭様。御機嫌よう」
「御機嫌よう、桜ちゃん。 発作を起こしたと聞いたがそれだけ歌えるならもう大丈夫のようだね。」


毎月歌う墓地の前で得意の Amazing grace を歌っていると聖書を片手に持った教会の司祭様がやってきた
 
「君の唄が聞けなくなると、彼等が寂しがりますね。フライトは今日ですか?」
「明後日の夜です。 明日は色々と忙しくなって唄う時間がないかもしれないというので、今日、唄いにきたんです」
「そうでしたか。」
「ごめんなさい」
「謝る必要はありません。 赤井さんが日本に行くのは神の配剤で、君が日本に行くのも運命なのでしょう。」
「運命?」
「君も赤井さんもカトリックではないからなんとも言えないが運命から逃げてはいけないよ」
「逃げる……」
「赤井さんが日本に行ったのは、君を拉致していたマフィアを根絶やしにする為の最終操作だと聞きました。」
「……」

ニコル司祭は墓石の近くの椅子に座ると手招きをする。

(そう。パパはジン兄たちと決着を付けようとしている。 私の、ジンと同じ銀色の髪は日本では珍しい。)

「その仕事に付いて行く事はとても危険だと、桜ちゃんには理解できている筈ですね?」
「はい。」
「赤井さんが、桜ちゃんをアメリカに置いて行きたいと思っていた理由は、日本に行く事が昔の記憶を戻す切っ掛けになり、パパを忘れるのではないかと、思っているからだと思いますよ」

(! ごめんなさい、司祭様。 私はもう、ジンの事を思い出してしまった。)

「本当はアメリカで留守番できるのが一番いい事だと思うのですが、それは嫌なのでしょう?」

ニコル司祭の言葉に桜はコクリと頷く

「日本に行きたい。 もし、記憶が戻る…… 昔を思い出しても、赤井秀一は私のパパです。 名前を覚えてない私を、拉致されてた時に何をされていたのか分からない私を、秀パパは助けてくれた。桜っていう名前もくれた。 アメリカの国籍も、FBI捜査官の娘という生活もくれた。」
「・・・ 赤井さんが好きかい?」
「大好き! 秀パパは嘘をつかないもの。BAUの人たちも本気で付き合ってくれる。」
「桜ちゃんには誤魔化しは聞きませんからね。」
「声で分かるもの。 だから、パパが嘘をつかない限り、私は何があっても離れない」
「嘘をつかない限り?」
「嘘を付いたら、パパと縁を切るわ。」
「君を守る為の嘘であっても?」
「だとしたら、ちゃんとした理由がある筈だもの。私を護る為にこうゆう嘘を尽く、っていう。 でも理由なく嘘を付いたら… 理由を隠して嘘を付いたら、」

(その時は、組織に戻る)

桜はゆっくりと深呼吸をした。

「きっと、傍に居られなくなる。」
「……」

ニコルは顔を曇らせる。

ミューズの祝福を受けた為に、僅かな声の迷いすら聞きとがめてしまう。

「桜ちゃん?」
「なぁに?」
「桜ちゃんの唄を楽しみにしているのは墓地に眠る人たちだけじゃないのを忘れないで下さい」
「……」
「となりのリハビリセンターで生活をする人たちも、教会で暮らす神父たちも、皆、貴女の声に癒されています。 聖歌隊の仲間たちも、桜ちゃんが居なくなったら悲しみます。」
「悲しむ?」
「桜ちゃんの声は、神からの授かり物。桜ちゃんの唄で、笑えなかった人が笑えるようになり、自殺未遂を繰り返して誰にも救えなかった人が生きようと始めました。病の中で先が短く、痛みの中で天に召される筈だった患者が、貴女の唄で、笑みを浮かべて無くなりました……」
「私の唄で?」

(私の唄は、組織のリサイタルで裏切り者を見つける為の武器だった。私の唄で何人も、裏切り者を捕まえて来た。 その声が、病気で苦しむ人を救ってる?)

「忘れないで下さい。 貴女は常にミューズの祝福を受けているのです。 そして、赤井さんへの想い、赤井さんが、親として無条件に娘を想う心。忘れないで下さい」
「はい。」
「…… これを、あげましょう」

ニコルは自分の首にかけていたロザリオを外すと、桜の首にかける。

「ロザリオ? これは、司祭様が何時も付けられて大切になさってるものでは?」
「バチカンで暮らしていた折、当時の法王猊下から頂いたロザリオです。 一時ですが、猊下がその躰に付けておられたものを、神の恵みで下賜されたもの」
「そんな名誉なもの、カトリックでもないのにいただけません」
「だからこそ。 桜ちゃんにもっていて欲しいのです。 日本で桜ちゃんを、引いては赤井さんを護ってくれるように。」

(この方は、何処まで、ご存じなのだろう? 法王の玉体に付けられたロザリオだというのが事実なら、普通なら出自の分からぬ子供にあげようなんて思わない筈)

「赤井さんの仕事が終わったら、一緒に帰ってきて下さい。」
「司祭様」
「そして、また、この場所で、ミサの時に天使の声を聞かせて下さい」
「はい。必ず―……」

桜は頷くと鈍く輝くロザリオを握り締める

(もう一度、この場所に戻って来たい)

「気を付けて、お行きなさい」

司祭は立ち上がると、桜の額に十字を切って口付けを落とす。

「貴女に神の祝福がある事を。無事に帰って来れるように祈りましょう」
「ニコル司祭様」
「はい?」
「私、カトリックではありません。 でも、私の唄が、彼等の癒しになるというのなら、」
「……?」


♪・・・・・・・・♪

Tell me the tales that to me were so dear,
Long long ago, long long ago
Sing me the songs I delighted to hear,
Long long ago, long ago

Now you are come, all my grief is removed
Let me forget that so long you have rov'd;
Let me believe that you love as you lov'd
Long long ago, long ago


♪・・・・・・・・♪


桜の澄んだ声が響き渡る

Long Long Ago はイングランドの民謡


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*近藤朔風の訳詞


語れ愛でし真心 久しき昔の
歌え床し調べを 過ぎし昔の
汝帰り ああ うれし
永き別れ ああ 夢か
賞ずる思い変わらず 久しき今も

愛し小道忘れじ 久しき昔の
汝忘れそと告げたる
久しき昔の
わが笑い 人に褒め
汝が語る 愛に酔う
その言葉 なお胸に 久しき今も

いよよ燃ゆる心や 久しき昔の
語る面は床しや 過ぎし昔の
長く汝と別れて
いよよ知りぬ真心
共にあらな楽しや 久しき今も


♪・・・・・・・・♪


「Long Long ago Story にならないように。」
「待っていますよ? 全て終わって、貴女が白銀A桜ではなく、赤井桜となってくれる日を」
「ー!!」
「忘れないで下さい。苦しんでいるのは、赤井さんと桜ちゃんだけではないんです。」

(司祭様は、何処まで知っているのだろう? 秀パパは私の事をどこまで話しているんだろう?)

「ここに眠る彼等は、尊い命をイエスに差し出した方々です。 そして、"彼等"も」

"彼等!?"

桜は歌声に惹かれて教会や病院から出てくた人たちを見る。
その中の幾人かは障碍者だ。
口が不自由だったり、目が不自由だったり、車椅子の生活だったりする。

(まさか、あのたちは赤井秀一が撃って、助かった人たちだというの? だとしたら何故、私に恨みの言葉を言わず、パパの悪口を言わないの?)

ふ、と胸に湧きあがった想いを即座に否定する。

(違う。 秀パパが撃った人たちはここに眠っているのだもの)

「 I Will be Back…… 」

(秀一が裏切らない限り、戻ってくる)

桜は唄った。


(組織を壊滅させた時ジン兄は生きているのだろうか? もし捕まったら、無期懲役。ううん、間違いなく死刑になってしまう。 ジン兄が死ぬのは見たくない。)

脳裏に浮かぶ儘、讃美歌を唄い連ねる桜

(全てが終わった時、パパが生きていたら。 私が生きていたら。 お姉ちゃまの事を話して、ジンの事も話そう。それでも私を娘として愛してくれるなら、白銀桜の名前を消そう。 組織の事を忘れて、赤井彩華として新しい生活をしたいのだと)



いつまで経っても帰ってこない妹を心配したBAUの”家族”たちが呼びにくるまで澄んだ歌声は続いた……。
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