Act-15 再び日本へ 前編
「桜ちゃん? どうしたの? さっきまで元気だったのに、やっぱり不安かい?」
「探くん」
機内は快適で、眠くなったら躰を横にして眠れるソファシートに、打ち合わせをするとき用のテーブルがある向かい合わせのシートもある。
バックスペースには珈琲と紅茶を入れる簡易キッチンシステムがあり、火は使えないがレンジで温めるだけのグラタンにカットされた苺ジュースに苺のババロアにココアにフレンチトーストもある。
桜がご贔屓のカフェクリストファーのチキンライスとコンソメスープも運び込んであるのでお腹が空いた時にいつでも温められるようになっている。
カフェクリストファーの名前で一瞬ご機嫌になったものの、窓辺のソファに座ってぼんやりとなっている少女をみて、探は苦笑するとバックヤードの簡易キッチンに向かうと冷凍庫から苺のアイス臭いが苺のソースをかけた物ヲ取り出して差し出した。
「わぁ! 苺のアイスに苺のソース付き! 」
「BAUの皆から預かった苺のアイスだよ。夜ご飯の前だけど今日はおやつタイムが無かったからね。」
「パパのレシピ!」
「パパ? 赤井さんの?」
「うん。 パパが考えてくれた苺とアーモンドミルクと生クリームのアイスなの。パパのと同じ位美味しいの」
「同じ位? 同じ配合でもやっぱり違うのかい?」
「うん。パパのはふんわりとして柔らかい… の? ……?」
パクンと口に運んで食べて一寸首を傾げてまた一口。
「……。」
「…… どうかしたのかい?」
「パパの味がする」
「…… だ、そうですよ。 いい加減出てきたらいかがです?」
「パパ!?」
探の言葉にカタン、とスプーンを落とす桜。
「アイスのお味はいかがですか、お客様?」
機長室となっている壁の向こうのドアが開いて、副操縦士の制服に身を包んだ赤井がサングラスを外して口の端に笑みを見せながら姿を見せる。
「パパ!」
「このジェットは途中で一度給油で孤島に着陸するんだ。そこで待ち伏せして驚かそうかと思ったんだがな…… たった2週間合わなかっただけでパパの方が我慢しきれなくなった」
「探くん、知ってたの?」
「勿論だよ。 桜ちゃんは我慢強いけど、やっぱり護衛の僕だけじゃ不安だろうって云ったら、赤井さんを迎えにこさせようってね」
「全く迎えに来ないと桜の日本行を阻止するだとか日本支部にウィルスを送るとか散々脅しやがって。ガルシアのウィルスじゃ駆除するのにどれくらいかかるやら……」
赤井は苦笑する。
「だが、お前にとても会いたかった。幸い副操縦士を務める位の知識と腕はある積りだ。これ位の大きさならパイロットもできるだろう。だから、驚かせようと副操縦士としても潜り込んだんだ」
「パパ、飛行機の操縦も出来るの?」
「出来るがパイロットの免許を取るにはフライト時間が足りないな。筆記試験だけなら合格する自信はあるが」
「知らなかった ………」
(何処まで凄いんだろう。赤井秀一は。 ジン兄だって、ヘリなら飛ばせる。クルーザーの免許もある。 偽名の方で個人のヘリやクルーザーを持ってたから、乗せてくれた事もあった。もしかしたら、ジェットの免許も有るかも知れない)
「どうした?久しぶりのアイスは美味しく無かったか?」
赤井は片膝を付いて桜と視線を会わせる。
「ううん。 桜はパパの苺アイスが一番好き! でも……」
「でも?」
「―…… かった から……」
「ぇ? すまない。もう一度?」
ふえぇ…… と翡翠の瞳が歪む。
「桜ちゃん?」
「桜? どうした?
「秀パパの馬鹿ぁ!!」
「っ!? サラ?? 桜? 馬鹿って、おい、パパは何も虐めてな……」
「パパなんて嫌いだもん!」
ボスン、とお気にいりの縫いぐるみのアリスを投げつける
「っっと!! コラ! アリスはお前の友達だろう!」
床に落ちる前にキャッチするとご機嫌斜めになった少女の席の前に置く。
「桜…… サラ? 黙ってたのを怒ってるのか?」
「っ…… ちがっ……」
ぶんぶんと首を横にふる桜は、言葉とは反対に珍しくも少し慌てている赤井に向かって手を差し伸ばす
(―…… なる程、ね。)
探はくすりと笑うと二人の席から離れたソファに移って、鞄の中からiPhoneを取り出すとダウンロードしてあるクラシックを聴きながらこれからのスケジュールに目を通す。
そして、チラリと後ろを見れば赤井の胸に抱かれてぐすぐすとしゃくりあげている少女の姿。
赤井はソファに座ると膝の上に乗せた娘を赤ん坊をあやすように背を撫ぜて耳元で何か囁いている。
イヤホンを外せば小さく抑えたような低い歌声が響いてきた
♪・・・・・・・・♪
木枯らしとだえて
さゆる空より
地上に降りしく
奇しき光よ
ものみないこえる
しじまの中に
きらめき揺れつつ
星座はめぐる
日本語訳:堀内敬三
♪・・・・・・・・♪
(ウィリアム・ヘイスの冬の星座? 桜ちゃんは天才的に歌が上手なのは何度か聞いているけど赤井さんも歌うとは…)
♪・・・・・・・・♪
ほのぼの明かりて
流るる銀河
オリオン舞い立ち
スバルはさざめく
無窮をゆびさす
北斗の針と
きらめき揺れつつ
星座はめぐる
♪・・・・・・・・♪
(あの、赤井さんが桜ちゃんの傍にいる時だけ、あんなに優しい顔をしている)
子守唄がわりなのだろうか。
静かにゆっくりと流れる声。
怪盗KIDの調査ともう一つの組織を追ってFBI本部で情報交換をした時も、桜を紹介する時だけ、頬が緩んでいた。
(赤井さんの唯一の弱点、という事になりますね。 となると、組織の目に付いたらまた、拉致されて…… 最悪の場合は……。)
探は考えを巡らせる。
と、自分の席の前に影を感じて顔を上げると赤井が珈琲を二つ持って立っていた。
「親子のスキンシップは終わったんですか? 桜ちゃんは落ち着きました?」
「あぁ。泣き付かれて寝てくれた、というのが正解だが。何か歌えと脅された」
くい、と顔を巡らせた方をみれば、ソファベッドですぅすぅと眠る小さな姿。
ワンピースの襟元のボタンと袖口のボタンを外して、靴も脱いでいる。
目元が少し赤いのは泣いた跡だろう。
「…桜ちゃんは、我慢強い子ですが甘えたさんですからね。 パパに会えて嬉しかったんですよ。それに赤井さんも中々の歌声だと思いますよ? 確か元々はラブソングでしょう?」
「ははっ…… ひっそりと練習しておいた。 童謡ばっかりじゃ嫌われるからな」
「喜んだでしょう? 桜ちゃんはミューズの神に愛された子ですから」
「…… だといいんだが。折角迎えに来てやったのに散々文句をいわれてポカポカ叩かれた挙句歌わされて、挙句、肝心のお姫様は寝てしまうんだからな」
「BAUの人たちは桜ちゃんの事を家族のように、妹のように可愛がってますが、赤井さんとは違いますよ。赤井さんは親なんですから」
「無視されたら親の立場がなくなる」
「無視されるより泣かれる方がマシでしょう? これからの事を考えれば構ってあげれる時におもいきり構ってあげないと。 小さい時のスキンシップは大切ですからね。」
「そうだな」
探の言葉に赤井は苦笑する。
「だがまぁ、今は向こうも少しばかり落ち着いているからな。 日本に着いたら、まずには探君のお父上に改めて御挨拶に伺うつもりだ」
「そのような気遣いは無用です。父から、赤井さんの人也は聞いてます。 父も赤井さんの娘さんなら依頼がなくても何時までも白馬の家をホテル代わりに使っていいと云ってましたし。それに音楽室もあるんですよ。 アップライトのピアノとギターが置いてあります。」
「公人しての御挨拶は先日警視庁へ伺って済ませたが、父親としての御挨拶をしてないのでね。お時間のある時に改めて御挨拶をしなくてはならないだろう」
「―…… 分かりました。父にメールを打っておきます。」
「頼む。 お父上の時間に合わせて此方がご挨拶に伺うと」
「承知しました。その旨も伝えておきます。」
「迷惑かもしれないが、とくれぐれも伝えておいてほしい」
「大丈夫です。 僕の追っている組織と、赤井さんが追ってる組織、それぞれ違いますが、僕たちの間には色々と絡んでくるものが重なります。たとえば怪盗KIDは僕が追っている犯罪者ですが、KIDキラーと呼ばれる少年がいますしね。 まだ子供なので名前も顔も出回っていませんが…… その子供は赤井さんの仕事に関わっている子供ですし」
「その通りだ。そして現在の怪盗KIDは2代目。初代はマジックショーで死んだといわれているが生きているという噂もある。 最も桜の言葉を借りれば初代のマジックは面白いが2代目はただのコピーキャットに過ぎないらしいが」
「ははっ! そうですね。 2代目の動きはオリジナリティーに欠けてます。あの宝石を盗み出すショーは独りでやってる事じゃない。協力者がいてこそのマジックです。 初代は協力者の一人も居ずに―… いえ、一人いましたが、7割以上自分の力。今のKIDは7割が協力者の力です」
「君も桜と同じように中々辛辣な言い方をする。」
「僕には、理由があって、怪盗をしているんじゃないかと思えます。 ですが、どのような目標があったにせよ所詮は盗人。彼の真似をする模倣犯がでたら、KIDは犯罪者を作っている事になる。」
赤井は探の言葉にふっ・・と口角を上げた。
「義賊とはいえKIDは国際的な犯罪者だ。 一般人の姿であったとしても捉える事は訳もない事。 私達は逃れられない証拠品をおさえてある。」
「そうですね。 でも僕がKIDとして捕まえたいんです。TVの前であの仮面をはがして公開したいのは山々ですが一応未成年としての法に守らているから法定でも顔は出ないでしょう。 と、いっても奴なら正々堂々と顔バレするかもしれませんが。」
探の言葉に赤井はくすりと笑う。
「まぁ、KIDの方は探に譲ろう。好きにするといい。」
「ありがとうございます。 ―・・さて、そろそろ本題に入りませんか?」
「そうだな。 幸い桜は良く寝ている。 夜ご飯を食べてないから時期にお腹がすいて目をさますだろうが、それまでに済ませてしまおうか」
「はい。」
探と赤井の打ち合わせは小型ジェットの給油ポイントまで続き、着陸の振動で目を醒ました桜は小さな島で自家発電の個人所有の別荘の中で父親と探にたっぷりと構って遊んで貰って歌を歌った。
(今、この幸せが少しでも長く続く事を)
(パパを忘れない為に)
(この温もりを)
(桜は奴等には渡さない。 たとえジンが"兄"だったとしても)
赤井は自分の膝を枕にして眠る少女を見て思う。
(ジンのDNAを手にしたら、鑑識回してDNA鑑定に回せるだろうか?)
暮らし始めたばかりの頃は、こんな風に甘えるような仕草は余り見せなかった。
唄っている時は怖いもの知らずだが、夜は時々魘されて突然泣き出した事もある。
魘されなくなったのはこの1年程だ。
(俺はこの子が成長する姿を見たい。誰よりも幸せになって欲しい。お前の躰に犯罪者であるジンの血が混じっていたとしても、俺は―……)
小さな手がしっかりと服を握っている。
身動きの取れない赤井に、探が暖かなフリース素材の毛布をかけてくすりと笑った。
「赤井さん。顔が溶けそうですよ?」
「悪かったな」
「いいえ。 親の顔でとてもいいと思います。 捜査から離れている時は、桜ちゃんだけのパパであるべきです。」
「ー……。」
「日本に着いたら戦いの日が始まりますからね。」
「そうだな」
日本にはあの組織が待っている。
黒い服を護った銀の髪の長身の男が。
1000の顔を持つ女優が。
だが
私は負けない。
桜を護る為に私は此処にいるのだから
19/20
prev next←歌媛哀唄