Act-11 斎の後
(彼等の目的は、これから支払がされる多額の保険金。  葬儀での王家の勅使からの伝言で、大人になるまで…… 恐らく、成人するまで…… 月額で見舞金と称しての振込みがある。……という事はこれからも叔父様方はきっと……)

雪乃の意識が冴えていても、体力はすでに限界を超えている。
姫湖の歩調に合わせて赤井が背後に付く。

気を抜くと階段途中で意識を手放しそうになりそうだ。

(人前で倒れるような事だけはしちゃいけない……)

「姫湖、倒れても俺が後ろにいる。 ―……無理はするな」
「―……うん……」

小さく返事をする。
必死に酷使した喉は焼け付きそうだ。
そして、赤井も姫湖の躰が、限界を超えて居るのに気付いて居た。
それでも無理矢理抱上げないのは、姫湖が耐えて居るからだ。

姫湖が親戚と話して居る間に赤井はケイタリングの担当者に前もって依頼しておいたディナープレートを頼む。
姫湖の好きなコーンスープにミニトマト付のポテトサラダ、小さなバターロールにミルクティ。
デザートにもなる果物は夜中に喉が渇いて目覚めても大丈夫なようにフルーツ・バスケットを部屋に籠でおいてある。

部屋のドアノブを開ける事すら億劫になっている姫湖を見咎めて赤井がドアを開ける。

「あり……がと……」

部屋に入るなりぐらりとよろける。

「危なっ……!」

赤井は崩れ落ちかけた姫湖の躰を抱きかかえて驚いた
妹と同じ年なのに、疲労の所為もあるのか酷く軽く感じる。

「姫湖」

肩で息をしている状態の姫湖をベッドに座らせば、力つきたかのようにパタンと倒れた。

「姫湖っ! だから早く休めとあれほど。ほら、少しでいいからスープを飲んでサラダ位は胃に入れるんだ。 ……その後で洗面所で化粧を落としなさい。体は支えてやるから。」
「……ん……」

(そうだ…… 化粧…… お風呂も入りたいけど……)

赤井に抱き抱えられる様躰をおこされて、テーブルの前の椅子に座らせられると言われる儘にスープを口に運ぶ。

「しーちゃん…… シャワー浴びたい……」
「気持ちは解るが、髪を洗うとなると今の体力では倒れるぞ?」
「でも、汗で気持ち悪い。」
「はぁー……」

赤井は溜息を吐くと立ち上がる

「じゃあ、俺も一緒に入って髪を洗ってやる。 着替えを取ってくるから待ってろ」
「へ!?」
「今更だろ? 赤ん坊の時から何度も一緒に入ってるし、お前のオムツだって変えてやったし、添い寝だってしてたんだ。」

赤井は姫湖の額に痛くない程度のデコピンをして部屋から出ようとして振り向くとウィンクを一つ

「いいな? 先に入っててもいいが、鍵はかけるな。倒れたら大騒ぎになるからな」


(なななななななっ……!! 姫湖ちゃんってばパパやお兄さんと何歳まで一緒にお風呂に入ってたの! ちょ… ちょっとまって、私! と、取りあえず赤井さんは姫湖ちゃんの躰の中にいるのが20の女って知らない筈だし!)


ドクンドクンと心臓が脈を打つ。

(えーっとえーっと。あ、まずは着替え着替え。それから……)

疲れている筈なのに一気に体温が急上昇したような気がする。

赤井はドアの外でバタバタを動き出した足音を聞いて肩をふるわせて笑いを堪えた。

(少し意地悪が過ぎたか? だが、まぁ…… 心配ばかり掛けられたんだ。 これ位はいいだろう? ―…… な、聖さん?)

赤井は、2階に用意されている自分の部屋に入る。

―…… 俺が後見人になった時、おじさんとおばさんは家の鍵とこの部屋を俺にくれた。

聖さんや姫湖の部屋よりは狭いが、ベッドはダブルサイズで机と椅子、TVにPCまで俺の好みで置いてあるこの部屋は普通の家に比べたら十分すぎるほど広い。
家族用のハンディ・ホンも置いてあって勿論新しい着替えも用意してあった。

壁に飾られた、後見人になった時に記念に行った南フランスのビーチでの写真。
姫湖はあの時、俺が後見になった事も知らずにはしゃいで甘えて来た。
夜になると俺のベッドに中に潜り込んできた。
止まったコテージの管理人に、本当の家族だと思われたあの時……
ファザコンでブラコンで我儘な俺のお姫様

ー……何時か、仇は取ってやる。

姫湖を泣かせて傷つける奴等を、俺は決して赦さない。

赤井は棚から着替えを出すと宣言通り姫湖の部屋に戻った。


トントン

小さな音がバスルームのドアを叩く。

「しーちゃん?」
「入るぞ、姫湖」
「うん」

(この際、開き直ればいいのよ。 アーチと一緒にシャワー浴びた事あるし!)
元の世界で恋人だったアーチ。
今頃どうしているだろう?

私の躰はあの事故で助かったの?
それとも海の中に沈んだ儘?
私を助けようとして躰の中に入れてくれた榊にはまだ小学生に上がる前の息子がいた筈。
亜米利加と日本と行ったり来たりして、いつも私を助けてくれた。

「姫湖?」

シャワーの音が止まってタオルを背中にかけられながら背後から抱き締められた

「しーちゃん」
「聖さんたちを思い出していたのか? 顔色が悪い」
「ごめん なさい」
「当然だ。 俺だって悔しいからな」
「……」
「よく、頑張ったな」
「!!」
「ん? 将軍方もみな驚いていた。普通の子には姫湖と同じ真似は出来ない」
「だって……」

(瑞樹の家は財産家で、この家だって、春日の家までとは言わないけれど普通に考えたら可也広い。アーチの実家とタイを貼る位。プールに体育館みたいな場所。 本当に見事としか言いようがない位家族に恵まれた生活。 壁に家族の写真が掛かっているのはアメリカならではの習慣)

「姫湖……」
「!」

行き成り正面を向けられて心臓が止まるかと思って慌ててタオルで躰を隠す。

くすり、としーちゃんが口角を上げたのが分かった。

「―…… 真純と違って、やはり年頃になって来たんだな」
「え?」
「真純はお前と違って今だに身体を隠さず平気で風呂に乱入して来るし、風呂上がりもボクサーショーツにシャツ1枚でウロつくぞ。」
「!!」

(真純? 真純ちゃんて、えっと、世良真純ちゃん!? そういえば原作で赤井さんを秀兄って呼んで…… あ、父親だか母親が違う兄妹だったっけ……)

「最も真純はお前と違って性別を間違えて産まれてきた。生物学的には確かに女で妹だが、性格は100%男だからな。 全くお前の女の子らしさを少し分けて上げたい位だ」
「その言い方はいくら何でも……?」
「事実だろ? 小学校の時、お前の騎士になるんだと毎日毎日付いて回って大騒ぎした所為でお前は一時不登校になりかかったし。」

(思い込んだら一途って小さな時から変わらないんだ。 確かコミックスでは云っちゃかわいそうだけど胸はあるか無いかのAカップだし、どこの話だったか、怪盗KIDに完璧男の子に間違えられたし。最狂ボンド付の事件ホイホイ吸引体質コナン君を追いかけまわすショタコンになってたけど……)

思わず原作を思い出す。

「ホラ、気になるなら、ちゃんとタオル巻いて座ってろ」

赤井さんはバスチェアを指で示す

そして気づいた。
赤井さんも一応気を使ってくれていたのか腰にバスタオルを巻いている。

アーチはスポーツこそ適度にしてたけど、学者で研究者だったから筋肉質の体系じゃなかった。
でも赤井さんは流石に鍛えている体系。
アーチの手は薬を扱う所為かいつも綺麗で手入れをしてた。
赤井さんは銃を使う所為か豆が潰れたような跡もある。

「どうした?」
「なんでも、ない」

(姫湖ちゃんの心が泣いている。 にぃにぃに会いたくて、パパやママに会いたくて)

「なら、さっさと洗ってしまうぞ。躰はもう洗ったのか?」
「うん…… しーちゃんがくる前に」
「そっか。後で背中だけ洗ってやる。 ほら、目を瞑ってろ。」

わしゃわしゃと、蜂蜜の香りのするシャンプーで洗ってくれる大きな手

「姫湖」
「ん?」
「何時か、必ず、お前のパパとママとにぃにぃを殺した主犯、捕まえてやるからな」
「…… 捕まったのは犯人じゃないの?」
「実行犯、というべきか。麻薬中毒で、おじさんか聖さんに腕を折られたらしいが中毒が進んで痛みを感じる事が無くなっていると。 禁断症状がでると大暴れで医療刑務所に送られて解毒をさせているが、死罪には成らず無期だろう。」
「…… 他は」
「金で雇われた重度のアル中人間だ。」
「…… 罪に問えないの?」
「いや、実際、お前の首を締めた奴は一家惨殺を依頼されたと自供した。つかまずに逃げられたら多額の報酬を貰って、国外逃亡する事になっていたと」
「そう」


赤井さんは、あと数か月で日本にいくだろう。
2年… もしかしたら3年は会えない?

私と真純ちゃんが同じ年。
真純ちゃんは原作ヒロインと同じ学年。
つまり私と同じ年。
工藤新一が事件で小さくなるのが高校1年の筈。
その時にはアメリカに戻ってきている筈だからー……

嫌だ。
明美さんと仲良くなる赤井さんは見たくない。
もしかしたら、もうジョディさんと別れているかもしれない。



「姫湖……」

黙り込む姫湖を見つめる。
シャワーに紛れて涙しているのが解ってしまう。

大人びて気丈に振る舞っていてもまだ12。
親の比護と無条件の愛情を一身に浴びていい年齢。

(聖さん。 俺は何時の日か姫湖を護る騎士になりたいと思ってる。 まだ、今はその時ではないが、もしその時が来たら、夢の中で俺をおもいっきり殴ってくれ)



髪を洗っている間も、俺が背を向けている間にネグリジェに着替えている間も、髪を乾かしてくれてる間も涙が止まる気配はない。

赤井は姫湖の躰が泣き付かれて眠るまで膝の上で抱き締めていた。
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