Act-12 潜入準備 
姫湖の両親を殺したのはこの数年胎動をしているある組織。
この潜入捜査で殺されたのは姫湖の両親だけじゃない。
FBI捜査官として同僚でもあるジョディ・サンテミリオンの父親は彼女の目の前で女性に殺されたという。
その顔は新進女優のシャロン・ヴィンヤードに酷似しているがそれは公開されてない。
なぜならジョディ自身が父親の死後、証人保護制度で当時の関係者であるジェイムズ・ブラックを後見として他人に生まれ変わって生きて来たからだ。

長官に呼ばれたのが1ケ月前。
潜入捜査の話がでた時、俺は即答した。
FBI捜査官として任務に迷いはない。

その後直ぐに諸星大という偽名が作られ、日本支部で俺に良く似た捜査員が生活を始めて、周囲に溶け込むように行動を始めた。


姫湖の父親が極秘で捜査をしていたのはテロリスト。
どうやらその情報がリークされ、組織の関係者が軍にも入り込んでいたらしい。
その関係者は国防総省の方で身柄を拘束。
拷問に近い尋問をして現在、活発に動いているのは日本の支部だという事を掴んだと合同会議で報告があった。

すでにCIAの方で潜入捜査に入っている連中も、日本の警察機構も極秘捜査に入っているらしい。
FBIでは、嘗てジョディの父親が秘密裏に探索していた奴等。

(なら俺は……)

「でも、赤井君。 確かに君なら適任だとは思うが、その間、姫湖ちゃんはどうするね?」

会議の都度に、言葉のニュアンスこを違うが確認するように聞かれる問い。

「―……。」
「そうよ、シュウ。危険すぎるわ。 貴方の顔だってバレているかもしれない。」
「日本人なんてどこも似たような顔立ちだ。」
「姫湖ちゃんを連れて行くの?」
「―…… 分からない。 葬儀の後から家を一歩も出ようとしないんだ。 気分晴らしの散歩も大好きだったショッピングも嫌がって、日がな一日弾いていたピアノにも触ろうとしない」
「……食事は食べてるの?体調管理は?」
「FBIの面接に合格した看護師兼メイドに任せているが日毎に減ってきている。 サンルームで人形のようにぼーつとしている事が多いと云ってたな。 精神科の医師によるとPTSDを発症して放心状態に近いらしい。」
「そう……」
「医者には転地療養を進められたが日本での任務は危険すぎるし、かといって、アメリカに置いておくのもはばかられてな」
「私が行っても部屋から出てこないものね。」

ジョディは溜息を吐く。

「まぁ、本人次第だろうが、家族を殺された悲しみから立ち直るには長い時間がかかるだろう」
「そうね……」

後見人とはいえ、血の繋がりもなく、家の鍵も部屋も貰っているとはいえ、毎日我が物顔で帰る気にもなれず、毎日連絡を取り、ほぼ定時で上がれた時だけ…… ジェイムズたちが気を使って水曜と金曜は定時で上がらせ、土曜は完全オフにしてくれているため、その日以外で早く帰れた日……だけ、お邪魔するというスケジュールを組んでいる。

事故の後、笑わなくなった… 笑えなくなった、という方が正確かもしれない、俺の姫湖。
学校にも行かなくなり、教師や友達が来れば会うが、会話はとても少ないと云う。
状況が状況なので家庭教師を付けているが、何時でも復学できるレベルを保っている。


「家の中に閉じ籠りは身体に悪い。 少し、外に出れるように為れば気分転換にもなると思うんだが。」
「私も何度も云ったんですが、邸の外に出ると過呼吸を起こして動けなくなってしまう事もあるようです。」
「過呼吸」
「自分の部屋だと落ち着いてますが、外の世界をシャットダウンしてるようです。 本当はセーフハウスの方が安全なのですが、邸から引き離すのはやめた方がよいと言われて。一応、護衛は付けてますが」
「ご両親が無くなったのが家の中だから、家に入れない、というのならわかるけど逆の症状なの?」
「居間には入れないようで、気に入ってるカップとか必要なものは部屋に持ち込んでいるよ。 食事も部屋でしか食べてない。」
「気長に接して上げる事だね。」
「えぇ。 医師もそう言いました。」

赤井は溜め息を吐く。

「長期任務で、本国を離れる事はちゃんと話します。 姫湖が付いてくると云うのなら、履歴偽造とか必要になるかもしれませんが」
「それはいくらでも。 両親を事故で失ってから極度の人見知りで外に出られ無いとかの診断書を偽造するのは簡単だ 。諸星大は養子で姫湖ちゃんはその両親の実の子ととでもすればいいだけの事だ」
「有り難う御座います」

「赤井君のパスポート3日もあればできる。 銀行通帳の偽造は日本支部でして、すでに諸星大が使用中だ。」
「解りました。作戦開始日は」
「来月早々だ。 遅くとも来週末にはアメリカを出て、”諸星大”と入れ替わり行動を始めて貰う。既に、諸星大は米花町のマンション生活に入っている。 仕事先はアメリカ系の企業で銃の販売と製造関係の日本支部の営業だ。 学生時代からクレー射撃が趣味だとしてあるし、諸星大は実在の人間だから履歴を探られてもボロは出ない。 そうしておけば、長年銃を取り扱ってきたその手の跡も誤魔化せるし、日本政府発行の拳銃所持許可証 日本に付いてからの手順だが、まずー……」

打ち合わせは夜半まで続いた。
どれだけシュミレーションをして綿密な計画を立てたとしても、予定外の事件は起こる。

姫湖がアメリカに残るなら、せめて妹とのぎくしゃくした関係を修復して泊に行ったり来たりできる程の関係まで戻してやりたい。
けれど、姫湖は今だに首を縦に振らない。

何かに耐えているようにもみえる。


自分の目の届く範囲で護りたい。
けれど、それはあまりにも危険すぎる。


赤井は瑞樹邸の前でゆっくりと車を止めて、姫湖の部屋のある方を見上げると煙草に火をつける。

(電気は付いてないが…… また、泣いて眠りについたのだろうか?)
抱き締めて供に寝てやればいい事位解っている。
(けれど、これから先の任務を想えば、姫湖の為にならない)

赤井は煙草の煙に気がついて寄ってきた警備の警官と少し話しただけで邸の中に入らずに自分の家…… といってもFBI本部にほど近いマンションに向かってハンドルを切った。

暗闇の中、出窓の近くに置かれたソファでじっと姫湖が見ていた事に気づかずに。
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