Act-14 覚悟
「姫湖 姫…! 確りしろ!」

(私を 呼ぶ のは ダ レ ー……?)

「姫湖っ」

看護婦が夜中の見回りでは何事も無かったので何かのはずみで目を醒まして起きた時に貧血でも起こして倒れたらしい。
何時も通り朝6時に朝食を届けに行ったメイドが見つけて救急車を呼んだ。

血糖値が下がり、血圧も低い。

自発呼吸が出来ているのが救いだが、まともに食事が摂っていない為に体力が低下している。
目を醒ますまでは予断を許さない状態だと、医師が云った。


「あー・・ち」

(アーチ? 聖さんの事じゃないのか? アーチという名前はクラスの男子生徒にもいなかった筈)

「姫湖……」

赤井は病院のベッドサイドの椅子に座って冷たい手を温めるように握りしめる。

「頼む姫湖。 お前は聖さんやおじさんおばさんの分まで生きなきゃいけないんだ。」

(こんな状態の姫湖をおいて、任務に集中できはしない)

意識が戻るかと思ったら眠り、昏睡かと焦れば浮上したように譫言を云う。

「姫湖………」

(この状態で、日本に連れていけるのか……)
赤井は思う。

(どうやって日本につれていく?)

飛行機では目立ってしまう。

「嫌 だ…… 」
「姫湖?」
「独り、は…… い や」
「!!」

甘ったれのファザコンでブラコン。

「(瑞樹の家に帰ってやって無かった、から……?)」

後見人で、家族フロアの2階に自分の部屋まで貰っているが、血がつながっているわけでもないため、遠慮はある。
おじさんもおばさんのいない今、遅く帰っては迷惑だろうと、定時で上がれた時だけ顔を出すだけでは無理があったのだろうか。
どれ程遅くても立ち寄って、眠っているならキスの一つも落としてやれば良かったのか。
いっそ、瑞樹の家に引っ越してきてしまえば良かったのか。
だが、それでは、妹の真純が不貞腐れる。
仲がよくて行ったりきたりの間だったらいいのだろうが、正直仲がいいとは言えない。
半分は妹の所為でもあるが性格の違いがあり過ぎた。

(なら俺は、)

赤井は覚悟を決める。

「姫湖? 一緒に来るか? とても危険な任務だ。 体力のないお前について行けるかどうか分からない。」

昏々と眠る姫湖に呟くように囁く。

「俺は」

(こんな状態の姫湖に証人保護をかけて安全な場所で静養させる事はできない。 たとえ学校に通えなくても、笑ってくれなくても、俺は)

誕生日から比べて一回り痩せて体重も減った姫湖。
年上のクラスメートの影響で御洒落にも目覚めて可愛い服や小物や綺麗なアクセサリーが大好きだった。
体系にも気を使って早起きをしておばさんと一緒にエクササイズをしたり、ガードと一緒に早朝ランニングをする事もあった。

「ね、しーちゃん見て見て! 似合う? パパがピアノの発表会用の為に買ってくれたの!」

レースをたっぷりあしらった膝丈のワンピースとエナメルの靴。

「あぁ、似合ってるよ。お姫様」
「ホント!?」
「ああ、ホントだ。 発表会には花束を贈ってやるからな。」
「わぁ…! 姫湖頑張る!」
「姫湖は何を弾くんだ?」
「んとね、今年はの予選はドビュッシーの月光かショパンのピアノソナタのどちらかって決まってるの。予選に残ったら翌日の本選はメンデルスゾーンかリスト、ヴィバルディでそれぞれ2曲の合計6曲の中から1選曲するんだけど、本選に残るかどうか分からないからまだ決めてないの」
「そうか。」
「予選のある土曜日は公休日だから、パパもにぃにぃも来てくれるって! 本選の日は有給取ってくれるって!」
「我が家のお姫様はピアノ教室でも群をぬいての優勝候補だからね。 それに今回のコンクールは欧羅巴でも歴史あるコンクールで予選までたどり着くのが難しいと言われてる。そのコンクールに12歳で出場するんだからな!」

おじさんは姫湖を手招きして自分の膝の上に乗せて抱き寄せるとキスをする。
尻尾があったらパタパタと振っているんじゃないかと思われるように父親の胸に顔を埋めて甘える姫湖。

「にも関わらず、ピアニストには成らなくてもいいというんだからな、姫湖は」
「姫湖はあーちゃんのお嫁さんになるんだもん! ピアニストにならなくてもいいの!」
「兄妹で結婚は無理だって」
「そんな事ないもん! 歴史上は兄弟結婚も親子結婚も史実としてのこってるもん!」
「昔は血族結婚がゆるされてたけど、今は無理」
「じゃあ、どっか他の家の養女に行って、にぃにぃのお嫁さんになる! しーちゃん、結婚式には来てね!」
「あのな……」
「聖さん。一生、結婚できませんね。」
「聖の嫁になるにはまず姫湖の許可が必要だな」
「駄目! あーちゃんは誰にもあげないもん!」
「秀一。だれか恰好よくて、姫湖を任せられる騎士候補を知らないか? 姫を一生護れるだけの―…… 「嫁にはやらんぞ! 養子に決まってうだろう!」」

聖さんの言葉を遮るおじさん。


「勿論、婿に入る前にFBIの入局試験で頭脳と体力のテストも受けて貰って腕の1本か2本は折らせてもらうがな」
「軍が執り行ってる素人向けのサバイバルピクニックはどうです?」
「サバイバル程度じゃ面白くない。 姫湖を護れるだけの甲斐性がある男でなくてはな」
「2年位兵役生活でもさせましょうか?」
「―… ふむ。 それもいいな」
「おじさん…… 聖さん。二人ともどれだけ過保護なんです?」

平然と物騒な事を言う二人。

本当に目の中にいれても痛くない程甘やかして親馬鹿で兄馬鹿で。
そんな家族を失って。
幼い姫湖が正気で居られる筈がない。

(姫湖)

眠り続ける姫湖の頬に、水が伝う。
その水はとまる事なく枕を濡らして。

「目を醒ましたら真っ先にキスの雨を降らしてやる。膝の上に抱いて、気が済むまで抱いてやる。  だから姫湖」

(だから、早く、目を醒ましてくれ……)

赤井は頬や手の甲に優しいキスを幾度も落とす。

見舞いに来たジョディやジェイムズがドアを開けても病室に入れず、ナースステーションに果物の籠を預けてそのまま帰った事にも気づかずに。

赤井は優しい顔でずっと姫湖を見守り続けた
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