Act-15 にぃにぃ
赤井は意識が戻ってから異様な程に赤井と離れるのを嫌がり、医師たちにまで怯えるようになってしまった姫湖を見かねて無理やり退院させると瑞樹邸に戻った。
それは、邸には看護師の免許を持つメイドとFBIから選抜された護衛がいるからだ。
邸に戻るとお姫様抱っこで部屋に連れ込んでフリルたっぷりのネグリジェに着替えさせると、前もってたっぷりとお日様にあてて干してふかふかにさせておいたベッドに寝かせる。
それからベッドサイドに椅子を動かし日本行きの話を始めたのだ。
「ぇ? 日本?」
「中々云えなくてすまなかった。」
「そ… う…」
(そろそろ日本への潜入捜査に行くとは思ってた。 宮野明美が運転する車にぶつかって被害者になって)
そして恋人になって―…
(嫌だ。 私の心が嫌がっている。 原作と変えちゃいけないのを解っているけど明美さんに渡したくないと願ってる)
「しーちゃん、名前をかえる、の?」
「―…! 全く、お前は勘が良いな」
「本で、読んだ事、あるの。」
コナンの原作では諸星大、と名乗ってた。
なら私はどうすればいいの?
「姫湖―…」
ぎゅっと服を掴んで放さない姫湖の躰をあやすように撫でて落ち着かせる。
「大丈夫だ。 今日はここに泊まる。」
「ほんと?」
「あぁ。何か用があったらルームホンを鳴らせ。」
「うん!」
余程寂しかったのかパッと笑みを浮かべる少女。
「―… 疲れただろうから少し眠れ。 俺は離れのジムを借りて2時間位、躰をほぐしてくる。」
「ジム? 帰らない? ここにいる?」
「たまには使ってやらないと、おじさんや聖さんに殴り飛ばされる。」
「パパと、にぃにぃ」
「もしかしたらおばさんにも怒られるだろうな。 おばさんは毎日あのジムでエアロビクスをしていたからな。 借りていいか?」
「―… うん」
「イイコだ。 夕食の時間までゆっくり眠れ。」
部屋のカーテンを閉めるとくしゃりと頭を撫ぜて、大きな手で少女の目を塞げば、あっという間に眠りの世界に入る。
そして気づけば3時間は軽く過ぎていた。
(ルームホンの着信はついてないな…)
ほっと息を付くと部屋に入って汗を流して着替えをして邸に戻るとそっと部屋を覗く。
すでに日は陰り夕日の時刻。
「良かった。熱もないな。 もう少し寝ててくれよ?」
キッチンに入ると棚に置かれた沢山の果物を見る
「姫湖の好きなフルーツサラダは作れる、と。 後はコーンスープに…」
今日だけは自分で作ってやりたくて、メイドに夕方から翌朝まで自由時間として休暇を与えた。
病院の食事にも殆ど手を付けなかった姫湖の為に自ら台所に立ち、姫湖の好きなコーンスープを豆乳で作り、冷凍してあった厚切りのパンを卵液にたっぷり浸したフレンチトーストを作りヨーグルトのドレッシングで合えたフルーツサラダを添える。
そして、自分の分として冷蔵庫にあったステーキ肉にパスタを添える。
テーブルセッティングをして足音も軽く2階に行くとノックをして入る。
「姫湖。 夕食が出来たぞ。 ほら、起きろ」
「… いらない」
「駄目だ。」
「お腹、空いてない」
「今朝も残して、昼もスープを少し、だったろ? 夕食位ちゃんと食え」
赤井はベッドに潜ったままの少女から毛布をはがすとガウンを羽織らせて抱き上げる。
メイドは甘やかして食事は部屋に運んでたから、食べたように見せかけてトイレに捨ててしまってても分からない。
キッチンからは事故のあったリビングがみえてしまうが、赤井は構わない。
ぎゅっ・・と顔を伏せる姫湖
「大丈夫だ。俺がいる。怖くはない」
「しーちゃん?」
「大丈夫だ。食事はいつもキッチンだっただろう?」
ゆっくりと言い聞かせてキッチンに入る
「ほら、お前の好きなものばかりだろ? 俺が作ったから手抜きだが、柔らかいものの方が食べやすいし、胃にも優しいからな」
「し…ちゃ … にぃにぃみたい」
「あぁ。 にぃにぃでいい。 俺はお前の親であり兄代わり。聖さんの変わりに、おじさんやおばさんのかわりにお前を護る。健康面も生活面も… 一生、な」
「しーちゃん」
(赤井さん。 駄目。姫湖の我儘ばかり叶えていては。 お願いだから、証人保護でもなんでもさせて。赤井さんを忘れられる所へ―…)
姫湖は暖かな湯気を立てているスープを少し口に含む。
料理上手なメイドが作ったスープに比べると手抜きかもしれないが、不思議と美味しかった。
「―… どうだ? 手抜きだが味は悪くない筈だ」
「美味しい」
「良かった。 全部とは言わないが、せめてスープ位は全部飲んでくれよ?」
「―…ん」
美味しい、と言って貰ってほっと息と着く。
「食べたいものとかあるか? 日本に行くまで少し時間がある。 お前が好きなものを何でも作ってやる。―… おばさんのように上手じゃないが。」
「… じゃ、しーちゃんのパスタ、少し欲しい」
「ぇ…? これか? 病み上がりには味が濃いぞ? それでもいいのか?」
赤井の戸惑う声に姫湖はこくんと頷く。
「分かった。 取り皿を持って来よう、 肉も食うか?」
「入らない。 気持ち悪くなる」
「そうだったな」
何か食べたいという言葉を期待した訳ではない。
それなのに自分が口を付けたパスタを欲しがった事が何故か嬉しかった。
「ほら。ジムの後だったから少し濃い味付けで、沢山はやれないが。 ―… 俺はお前のフレンチトーストを少し貰うぞ」
「うん。 全部上げる」
「ははっ! 全部貰ったらお前の分がなくなる。」
妹の真純は目を放すと味が濃くても薄くても、なんでも口に入れる。
遊び仲間の殆どが男の子、という事もあり、食べ過ぎで胃薬の世話になるのも珍しくなかった。
兄たちが好き嫌いをしないので食べないものはない、という超絶健康優良児の妹だが姫湖は違う。
好き嫌いはないものの食べる量は妹の半分程で、味の濃いものと辛いものは苦手で殆ど口にしない。
事故からは肉類も口にしなくなったがこれはPTSDの一種らしいので自然に癒えるのを待つしかない。
「姫湖ね…」
「ん?」
「だれかとご飯を一緒に食べたかった。」
「ー…!!」
「メイドさんが作るご飯はあまり美味しくないの。 しーちゃんのは美味しいのに」
「そう、だったのか……」
いつも、おばさんの愛情がたっぷりこもった料理を食べていた姫湖
外食にしてもおじさんやおばさんがいるのと居ないのでは気持ちからして違うのだと。
「すまない。 もっと早く気づいていたら」
赤井はそっと手を伸ばして姫湖の頬を撫でる。
「俺は、お前を護る。 これだけは信じてくれ」
「―…」
「約束する。 命に代えてもお前の幸せを護ってやる。」
(口癖なの? 赤井さんは、原作でも”そんな顔をするな””命に代えても護ってやる”とシェリーに… 哀ちゃんに言っていた。 渡したくない。 明美さんにも哀ちゃんにも。 他の誰にも渡したくない。)
「ほら、フルーツサラダはどうだ? これはおばさんに教えて貰ったんだぞ、姫湖が一番好きな、フルーツのヨーグルトソース和え」
「ママの味… が する」
「これで良いなら、いつでも作ってやる。」
「しーちゃん」
(心が痛い。 日本に行ったら、記憶が、言葉が邪魔をして赤井さんとかしーちゃんとか呼んでしまう。 もし、あのジン達に見つかったらー…)
「姫湖? どうした? また顔色が…。」
「平気」
「そうか…」
(言いたい事は沢山あるのに何も言わない。このまま一人はできない。)
(一緒に行って、足手まといになるのは嫌だ。でも、一人になるのはもっと嫌だ)
心臓が捕まれたように痛かった。
「ーっ!」
「姫湖! 姫!! 苦しいのか? 」
「へい、き。 すこし、休めば 収まる、から。 病院のDrが、過呼吸みたいなものだって」
「そんな問題じゃないだろ!」
心臓を当たりを押さえた少女をみて赤井は食事を切り上げ、額を合わせて熱を計る。
「確かに熱はないが。」
「大丈夫。」
「ったく。 お前は独りで抱え込み過ぎだ。 たまには真純のように爆発しろ。」
「真純?」
「あいつは気に入らない事があるとよく拗ねるし我をはるし爆発もするぞ。」
「でも、それは兄妹だし」
「俺はお前のにぃにぃだ。 だから、我慢なんてしなくていい。 聖さんやおじさん、おばさんのように甘えていい」
「!!」
限界、だった。
「しーちゃ…っ」
「いいんだ。 泣いて。我慢なんてしなくていい。」
赤井は黒曜石の瞳に大きな水たまりが浮かんでくるのを見てそっと抱き上げる。
「泣いていい。 お前は事故から殆ど感情を無くしたように我慢してきた。 泣いていいんだ。 お前は子供なんだから」
「ママ…っ パパに、会いたいよぉ…っ あーちゃんがいない、嫌、だよぉ」
(アーチ、お祖父様… っ! 啓之―… やっと、姉弟になれるかと思ってた時、だった、のに)
「そうだな。俺も聖さんに会いたい。 おじさんやおばさんにも」
服が濡れていくのが分かる。
細い肩が震えて、嗚咽が漏れる。
「―… そうだ。 思いっきり泣けばいい。 俺が姫湖の傍にいてやるから」
赤井は自分の部屋にと2階に与えられた部屋に座ってベッドに座ると膝に乗せた姫湖が泣き止むのを待つ。
どれ程の間泣いていたのか、呼吸が落ち着いたのを見計らって額に優しいキスを落とす。
「落ち着いたか?」
目元を真っ赤にして小さく頷く姫湖。
「兎の目になってしまったな。 今夜は俺のベッドで眠れ。お前のベッドより狭いがダブルだから大丈夫だろ」
ガウンを脱がせて、ぽふん、とベッドに寝かせると洗面所に行ってハンドタオルを濡らして戻る。
「ほら、少し冷やしてろ。 俺はキッチンを片付けてくるから。」
「姫湖も行く」
「駄目だ。 いいか? 約束通り、今夜は一緒に寝てやる。朝まで一緒だ。 明日の夜もどんなに遅くなっても帰ってくる。 日本に行くまでずっとだ。―… お前が望むなら一日本に連れて行ってもいい」
「日本!!」
「お前はまだ云った事がないだろう? 弟が高校から日本留学をしてるから2度程旅行で行ったが。お前が喜びそうなアミューズメントとか沢山あるぞ。 真純なんて大はしゃぎでアスレチックセンターで擦り傷を山ほど作ったな」
「―… 日本」
(懐かしい響き。春日の家はまだあるのかしら? 春日が手懸けていた新しいアミューズメントパークは名前を募集していて幾つかの都市の合併の話も出ていたっけ。 新しい学校施設とかの建設も決まってた筈… 転生したというならディズニーランドじゃなくてそのパークがトロピカル・ランドなのかもしれない。)
「俺が日本にいくのは2週間後。色々と手続きをしなければならないから、行きたかったら2〜3日で決めるんだ。 それ以上は猶予をやれない」
「―… 」
(行きたい。 帰りたい。 自分の家はないかもしれない。 でも、組織の連中にあったら、しーちゃん、とか赤井さんとか呼んでしまうかもしれない)
(忘れる事が出来れば―… この世界が消える事ができれば、赤井さんの悩みは消える筈。 どうすればいいの?どうすればー…)
「今日はもう、何も考えるな。 いいな? ゆっくりと眠れ。何も考えずに」
赤井の心が耳に染み込んでくる。
そして、赤井が戻ってきた時、姫湖は深い眠りの世界に入っていた。
赤井はパジャマに着替えるとするりとベッドに潜り込むと細い躰を抱きかかえるように胸元に引き寄せるとうっすらと残る涙を痕に唇を落とす。
「おやすみ姫湖。 俺の大事なお姫様」
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