Act-19 提案
見舞いと称してやって来た彼ともうひとり。
見舞いに相応しく年長者の方は果物が入った籠を持っている。

二人とも普通の見舞い客のような服だが、姿勢も歩き方も鍛え上げたもので、一見プロのモデルの様にすっきりとしている。

「私服で申し訳ない。 私服の方が目立ちにくいので。ー… 彼は、私が最も信頼している部下の一人でアルファ。 業務上の呼び名ですが、アルファと呼びすてて下さって構いません。 彼は祖母が日本人な為日本語も堪能です。」
「アルファ?」
「お見知りおき下さい。 Mr.アカイ」
「あぁ。 宜しく、アルファ」

アルファ、と呼ばれた男はカツン、と、踵を合わせる様な敬礼をすると、ビジネスバックを持ってドアの前に戻り直立の姿勢をとる。

「お嬢さんの容態は、悪いのですか?」
「良い、とはいえないな。」

気遣しげに声を落とした男性客に赤井は答える

「此れを、預かって来ました。」
「俺に、か?」
「はい。 直に手渡すようにと、命を承りました。」

年長である彼が胸ポケットから蝋で封印された封書を取り出す。

アルファは扉の側で身動ぎもせずに待機の姿勢だ。

「拝見しても?」
「どうぞ」

赤井は二人の視線から姫湖を隠すようにカーテンを引くと、封印を確認して、ペーパーナイフで開く。

「ー……… (おじさん。貴方はー……)」

紙に書かれた内容に、赤井は一瞬目を見開くと深い溜息を吐く。

「これ、は」
「貴方が受けるも受けないも自由、とのお言葉です。受けられた場合、今後はアルファが中継地点となります」

男はカーテンの隙間から点滴を受けて眠る姫湖に視線を巡らす。

「瑞樹准将と瑞樹Jrが、以前からこの様な時の為にと作って置いたもの。使わずに済めばそれが一番だと笑いながら仰って、私に預けられたものです。」
「おじさんと聖さん、が」
「我々は、彼ー… 瑞樹准将と瑞樹Jrから沢山のアドバイスを頂きました。 その恩は我々を始めUSAを護る1組織としてこれ位で返せるものではありません。 同席されたあの方も、そう仰せられました」
「(姫湖ー…)」
「ただ、これを執行するにはサインが必要なのです。 貴方と姫湖ちゃんの」
「俺は兎も角姫湖はサインできる状態じゃない。 それに、情緒不安定で安定剤を服用させないと何をしだすかー…」
「姫湖ちゃんは未成年です。 法律的保護者である貴方の代筆で適用できます。MrアカイはFBIが誇る狙撃手にして捜査官ですから身分も保証されています。」
「…代筆」
「ですが、契約書の写しを差し上げる事はできません。 当方で2通管理する事になります。クワンティコに届ける事は簡単ですが組織が絡むとなると、上手の手から水が漏れるという例えもある。ですので、この提案は貴方の同僚にも上司にも、漏らされては困るのです」
「つまり、赤井秀一と君達との個人的契約、という事か」
「そうなります。」

赤井は昏々と眠る姫湖を見るとゆっくりと深呼吸をする

「よく、解った。 この提案、赤井秀一が全責任を持って承諾する。」
「了解しました。ー… アルファ。契約書類を」
「はい」

アルファは部屋に置かれたテーブルにバッグを置くと胸ポケットにしまってあるカードケーキからキーを取り出して開ける。

中に入っている青いビロード張りのファイルに国防総省と王家の透かしが入った特注品の契約書類
先方のサインは既に書かれている。

「この期限は15年です。」
「15年!?」
「15年でカタが着くのかなんてわかりません。ですが、15年間、この契約ファイルは封印され、15年後、焼却処分となります。 勿論、その間にカタが付き、元に戻っていても構いません。 履歴は事故の翌日から2年前にさかのぼって適応されていますので残り13年ー…。」
「ー…!!」

赤井は黙り込む

「彼の帰国はいつです?」
「来週。金曜日の夕方の便。 明日の便でアメリカに来る。」
「承知しました。 その日に合わせてジェットの手配をします。 では、来週月曜からお嬢さんと別行動を取ってください。 彼等は狡猾です。 日本迄は別行動。姫湖ちゃんは、我々関係者が別荘まで、全責任を持って送り届けます。」
「承知した」
「私は1度、本部に戻りますので、別荘の場所等はアルファに説明させます。頭に叩き込んで下さい。 」
「了解した」

赤井は頷く。

「ー…… んっ……」

小さな、魘されるような声。

「姫湖? どうした?」

サインをしようとした手を止めて立ち上がると細く開けておいたカーテンをのぞきこむ。

「あーちゃ……?」

焦点の会わない瞳が開かれる。

「大丈夫だ。眠れ」

赤井はそっと頬を撫ぜて、額にキスを落とす。

「にぃ、にぃー…?」
(赤井、さん? 駄目だ。 躰が重い。 ここんとこ不摂生していた、からー…)

「にぃにぃは、此処にいる。イイコだから、眠るんだ」
「ー… 」

大きな手で、目を覆うように光を遮られる。

「ぅー……?」
「大丈夫だ。 お前を独りにはしないから」

FBIきっての切れ者で、視線で人を殺せると噂の赤井が、ベッドで眠る少女に掛ける声はとても優しい。

「しー……ちゃん。 あい、し、てる」
「俺も、お前を愛してる。」

その言葉に安心したのか、深い眠りの世界にはいる姫湖。

広範囲に切ったとはいえ、傷自体は浅かったのでリハビリの必要もないが、ピアノを弾けるようになるまではまだ時間がかかる。

最悪の形で家族を亡くし、心を病んでしまった愛しい少女。

(この提案は、危険も伴う。 だが、俺は、きっとー…)

赤井はそっと額にキスを落とす


「姫湖の事を、頼みます。正直、この子をどうやって、日本に連れて行くか。考えが纏まらなくて、迷っていた所です」
「我々が出来るのはこれだけです。CIAとKGBは既に組織に潜伏してる人たちがいて、日本の公安も潜伏準備中との事です。 だが、彼等と横の連携は取れない。各組織としての縦の繋がりしかないのが残念だと准将はいつも言っておられました。」
「そう、ですね。それは同意見です。 ですが、彼等も自分たちで倒したいと思っている筈。だれが倒しても、結果、悪が栄えたためしはない、となればそれでいいと思います。」

契約書のサインを確認して自分のバッグに入れる男

「では私はここで。 アルファ。日本へのルート、別荘の場所、全て説明をするように。その後、本部に報告にもどれ。専用チームを招集しておく」
「はい。」


ピシリ、と敬礼をするアルファ。

「では、説明に入らせて頂いて宜しいですか」
「あぁ。頼む」

赤井はタブレットを出して説明を始めたアルファの言葉を持ち前の記憶力で叩き込む事を始めた
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