Act-05 予感
「にぃにぃ」
「ん?」
「泳いでる人がいる」

窓を半開にして車内に風を入れ込みながら湖の回りのドライブコースを流していると雪乃が指を指した

「あぁ。遊泳許可エリアになっているようだな。 此方は遊泳禁止エリアで、ここはさっきボートから見えた展望台だ。ブイを挟んだ向こうはボート類禁止エリアになっている」

小休憩エリアとなっている停車ゾーンを見つけるとゆっくりと車を回して止める
小さな展望になっていて、幾人かの家族連れとカップルがお弁当を食べたり写真を撮ったりしている。
身軽に助手席から降りた雪乃の手にはペットボトルの麦茶。
外国育ちで麦茶なんて知らないだろうに、と思っていたが、和食が好きなおばさんは時折日本料理を作り、日本茶も煎れる程だったのを思えばおかしくはない。
来客用には日本食のアレンジしたものを作り下手な日本料理店よりよほど上手に作ってた


「にぃにぃ、泳げる?」
「お前な………」

麦茶を飲みながら聞いてくる少女の上目線に諸星は溜息を吐く。

「俺は、学生時代に夏期トライアスロンで聖さんとトップ争いをしたんだぞ。 結果は2位に甘んじてしまったがー…… と、悪い」

お互いの家族の話は厳禁。
本当の諸星雪乃の両親と、兄は、夏休みにアメリカに家族旅行に行った帰りに実際に合った飛行機テロの事故で死んだ。
雪乃は数少ない生き残りの独り、というのは新聞記事も掲載されている。
数少ない生き残りの少女だが、家族を失った事故のショックで記憶の殆どが欠落してPTSDで外出恐怖と対人恐怖症に陥った為、事故当時はまだ幼い小学生だった事とハーフで日本人離れの容姿と云う事もあり報道規制が入り顔写真も公開される事なく、その後の特集も組まれない。

顔形も年恰好も瓜二つの少女。

天涯孤独のその少女が見事に記憶を無くしてしまっていた事と姫湖の容姿が酷似してる事からおじさん達が秘かに履歴を作り替えた。
2年の歳月をかけて精神的な治療を受け、漸く外に出られるようになったのを見極めて、今頃は違う国で、新しい名前を持ち、子供を授かる事が出来ずに養子を探していた優しい夫婦に引き取られた。
外資系の会社勤務の夫は元々ハーフで中学迄はアメリカ暮らしで英語には問題もなく、IT専門の技術者で将来を属望されていた事から、昇進を期に裏から手を回して、アメリカ本社に引き抜き、生活拠点を移動させた。
今頃は、新しい環境と、日本語も堪能な養父母と3ケ月の観察期間を経て、リハビリを受けながらも穏やかで新しい生活をしている筈だ。


「お前は家の庭に作ったプールで水遊びをするのは好きな癖に泳ぐのだけは駄目だったな。オールマイティーで何でもこなすのに、水泳だけは駄目だった」
「日に焼けるもん。」
「お前は白過ぎだろう? おばさんとエクササイズをしてガードの御供でランニングもしていた癖に。」

(って、え? 姫湖ちゃんって多才だったの? 私、運動だけは苦手だったのに!?)

「そうだ。 教えてやるから海に入ってみるか?」
「ぇー……」

自慢じゃないが、転生前は水泳どころが運動全般苦手だった。
勉強ばかりして、運動は授業とスタイル維持の為に週1回のエクササイズ。
どうやら姫湖ちゃんは運動もしてたらしい。

「やだ」
「大丈夫。 俺がずっと傍にいてやる。」
「嫌、陽に焼けるもん、海の水って出て渇くとベタベタするし」
「陽に焼けるってな… そんなに白いんだから少し陽に当たらないと免疫力が付かないぞ。水のどこが怖いんだ? 俺がいたら溺れる心配なんてないだろう?」

諸星はチラリと睨み付ける

「海… 嫌い」
「全く。何がトラウマなんだろうな。 ニースに行った時もビーチボールで遊ぶだけで海には足が浸かる程度までしか入ろうとしなかった。 浮輪を付けて、聖さんに抱かれてちょっと深い所に浸かった程度で泣き出したのを思い出したぞ」
「海、嫌いじゃない。 でも日に焼けちゃうー…」
「はぁー… ま、いい。 まだ一寸時間があるが、ログハウスに行こうか」
「もう?」
「時期に雨になりそうだからな。」

空を見上げていた諸星が云う。

「雨?」
「ホラ、見えるだろ? あの雲が現れると警報だ。今直ぐは降らないだろうが、車椅子を置いてある荷台にビニールシートをかぶせてない。 時間は十分あるから先にログハウスに行って、食品と車椅子を置きに行こう。 夜は久しぶりにパスタを作ってやる」
「パスタ! バジルのオリーブオイルソースがいい」
「了解。今日と明日はコテージに泊まるから特別に、何時まで起きててもいいぞ」
「ホント!?」
「あぁ。ただし、夜の海辺は危険だから外にでる時は俺も一緒だ。 いいな?」
「夜のドライブしたい!」
「いいぞ。雨が降らな得れば星が綺麗にみえるだろうから、湖1週程度でいいなら連れっててやる。ただし、大雨の場合は視界が悪いから駄目だ。いいな? 小雨程度ならいいが」
「うん!」
「さ、ログハウスに行くぞ」
「うん!」

駐車場まで身近な距離だが抱っこを強請るように手を伸ばす

「っつたく。 幾つになっても甘えん坊だな、お前は」

呆れたように溜息を付くが頬が緩むのが分かる
幾人かの観光客が視線を向けてきたが、何方にせよ、年の離れた妹を溺愛してる兄と思って貰えるだろう

潜入捜査官として、組織の情報は少しずつ集まってきている。
”あの方”と呼ばれるTOP。
そして
TOP10と呼ばれる幹部にその幹部を補佐する構成員。
命がけで捜査をして帰らぬ人となった先輩たちの情報で唯一手にしたのは"シェリー"と呼ばれる天才科学者がいて、その科学者の恋人らしいと噂される幹部があの方の側近の一人だろうという雲をつかむような細い糸。
科学者には姉だか妹だかがいるらしいという報告が送られてきたが、その潜入捜査官との連絡はそれを最後に途絶えたという。
恐らくは処分という名義で殺害されて生きてはいない。。

「(赤井さん。 貴方が好き。 でも、原作と一緒にならないと、組織への潜入が出来なくなる)」

雪乃は煙草の匂いが少し残る赤井の胸に顔を埋める。

「(私に、何ができるだろう? 赤井さんは諸星大として宮野明美に近寄る。そして組織に潜入をして、ライというコードネームまで貰う。スコッチと出会いー… バーボンと出会い…)」

「どうした、雪乃? お前がこんなに甘えてくるのは久しぶりだな。 何時も寂しい想いをさせているから今日は一緒に寝るか?」
「!!」

パッ! と驚いたように顔を上げる雪乃
その反応がまるで成人した女性のようにみえて、諸星はふっと口角を上げる

「コテージのベッドはセミダブルとなってるからエアコンの温度を2度位下げれば一緒に寝られるぞ」
「で、でも」
「ちっちゃい時から何度も一緒に寝てるじゃないか?  お前のオムツを替えて一緒に風呂にも入って、添い寝もしてやった事があるんだから今更、だろ?」
「ぇ(嘘! マジ!! あ、赤井さんが!? 赤井さんがオムツ替え!? そ、想像できない。 あの赤井さんが…)」

原作で知っている赤井はすでに敏腕のFBI捜査官。

(あ、でも妹の真純ちゃんと弟の秀吉君がいるんだっけ。 でも、高校からは確か寮生活だからあまり一緒に暮らしてない筈。アルバムでは聖兄さんと赤井さんのー… ううん、たしか、赤井さんは義理のお母さんとは余り仲が良くなくて夏も冬も殆ど家に帰ってない筈ー…  真純ちゃんは瑞樹姫湖の両親と聖兄さんの葬儀の時にきていた。 ショートカットの子。弟君は来てなかったけど、日本の将棋の大家の家の養子に出した。 けれど縁が切れるという訳ではなく、手紙のやり取りは続いている。 真純ちゃんは兄2人の影響か男勝りで、しーちゃんはアイツは性別を間違えて産まれてきたと、頭を抱えていた子。 って事は弟と妹の面倒をみていたから私の事も妹のように可愛がってくれていた、という事なのか)

諸星は頬を染めた雪乃をみて楽しそうに笑う。

「コテージエリアはそこだ。」

5棟程が連なっている木造の家を閉める。

「俺達は1ブロックEだから、忘れるなよ? 道を1本挟んで後ろの棟が2ブロック。もっと奥まったエリアに3ブロックがあるが、1ブロックが一番日あたりがいいからな」
「3ブロックまであるの?」
「3ブロックは学生向けで宿泊料金が安く設定されていた。俺はお前とゆっくりしたいから1ブロックを頼んだんだ。 1ブロックは管理棟にも近いしな」
「うん。鍵は?」
「鍵はコテージの管理棟で手続きをして受け取るんだ。 ほら、そこの2階建ての家だ。」

諸星は門扉に管理棟と書かれた家を指し示すとコテージ使用客専用の駐車エリアに車を止める

「にぃにぃ、1ブロックに車がある」
「俺達以外にもコテージを借りている人達がいるんだろ。 バカンスシーズンだから当然といえば当然だが。1ブロックは管理棟から徒歩で10分位か」
「そっか。」

諸星は玄関のベルを鳴らす。

パタパタと足音がして初老の男性が出てくると同時に若い女性4人組がきゃあきゃあと賑やか玄関をでるのにすれ違う。

「それじゃあお嬢さんたち、鍵の返却は4日後の昼までですよ」
「解ってる! 朝ご飯の後で返しにくるわ!」
「庭のバーベキューはいいのよね!」
「かたずけはちゃーんとお願いしますよ。キャンプ場じゃありませんから、9時以降は外で火を使わないように。」
「それは大丈夫! かたずけ名人の明美がいるもん!」
「「ねー!」」
「もう! 洋子たちが下手なだけじゃない!」
「あー! それ云う!?」

きゃいきゃいと賑やかな4名に目を丸くする諸星と雪乃。

「あー!! 湖にいたイケメンのスパダリ候補!」
「きゃあ!! え! お兄さんもそこのコテージ!?」
「超ラッキー! ねね! 今日の夜とか一緒にどーですか? ビール沢山持ってきたんです!」

「すまないが、ガールハントにきた訳じゃないんでね。」

ハイテンションの女子大生に表情を変えずに答える諸星

「えー! いいじゃない! 食事位」
「ねぇ? こう見えても料理は上手ですよ! 私達」
「もう! 洋子も綾もお京も初対面の人に失礼でしょ! それにほら、妹さんがお兄さんの影に隠れて怯えてるじゃない」
「いいじゃん! 妹ちゃんも一緒によべば!」
「ダメだったら! 友人たちがすいません。忘れて下さい。 ほら行くよ!!」
「あ! ちょ、ちょっと〜〜〜!!」
「明美ってば!」

明美と呼ばれた女性はペコリ、と諸星に頭を下げると友人たちをせかすように管理棟を出ていく

「ー… 賑やかなお嬢さんたちだ」
「遊びにきたのかボーイハントか分からない子が増えましたから。 でもお兄さんたちは1ブロックであのお嬢さんたちは3ブロック。 大丈夫だと思いますよ。 さ、こっちの部屋にどうぞ。お嬢さんも吃驚しちゃったね」

コクン、と頷く雪乃の顔は少し強張ってる

(アケミ、と呼ばれてた。 まさか… 宮野明美?)

「雪乃、どうした?」
「う、うん… なんでもない」

玄関横の客間に通されて書類を出される。

「はいはい。 じゃあ、これがコテージの鍵。無くしたらスペアキーごと鍵の新規取り換えになりますから費用はそちらもちになります。 これが備品台帳。冷蔵庫にはトロピカーナのオレンジと葡萄のジュースが1個ずつとビールが2缶、ウィスキーとブランデーのミニチュア瓶が1個ずつ。 これはサービスなので料金は発生しません。 自販機は書くブロックに1つずつ設置してあります。 氷は冷凍庫に入れてありますが足りなくなったらスーパーで買うか自動製氷機のスイッチを入れて作るかです。 スーパーはここから車で20分位かかります。 地図はコテージのリビングに。 珈琲メーカーはありますが豆は個人持ち込みで使って下さい。基本的な調味料はキッチンのー…。」

様々な諸注意が明記されたブックレットに目を通す諸星。

「確認したらサインをお願いします。夜は防犯スイッチを必ず入れて下さいね。」
「了解した」

サラサラとサインをする諸星。
雪乃は窓辺から見えるコテージエリアをみて、大きなビニールや保冷バックを持って歩く大学生の団体を見る。

(ここで、赤井さんと明美さんは顔だけすれ違ったんだろうか? これから調査をして明美さんの運転する自動車にぶつかる事件が起こってー… あぁ、公安の安室―… ううん降谷零もそろそろ行動を起こしている筈。 私に、何が出来る? 私に出来るのは医学的な知識だけ。ハッキングもシューティングもできない私は足手まとい)

「―… 雪乃? ―… どうした、雪乃? また具合が悪くなったか?」

ふわり、と抱き上げられて雪乃は甘えるように諸星の胸に顔を埋める

「おやおや。 ―… 甘えたさんモードですね」
「いつも、療養所で寂しい想いをさせてるからな。 特に今回は俺が海外出張で長く日本を離れていたから」
「そうですか。」
「こら、雪乃 昼寝をしたいならコテージについて、シャワーを浴びてからにしろ」
「ー… にぃにぃ?」
「おい、コラ。 しがみ付くな。 運転ができなくなる」
「ん… 」

雪乃はこしこしと目を擦って諸星の腕の中から降りる

「ほら、コテージはすぐそこだ。」
「ねむ…い」
「分かった、わかったから。車に乗ったら寝てもいいから、少し我慢しろ」
「ん…」

諸星は本気で眠ってしまいそうな少女をせかして管理棟を出る。

「お気を付けて。」
「ありがとう。」

管理人の優しい笑みに見送られて諸星は車の助手席に雪乃を乗せると1ブロックに向った。

諸星が車に乗り込んで1ブロックに向かうのを見送った管理人の顔がふっと変わる。

玄関の鍵を締めて棚にある一つのボタンを押すと、本棚が動いて部屋が一つ現れた。

「―…どうだ?」
「諸星大の戸籍の確認とれました。少女の方は諸星雪乃。―…10年程前に起きた飛行機事故の数少ない生き残りです。 諸星大は5歳の時に両親を亡くし、母親の妹に当たる叔母夫婦に引き取られてただけのようですね。 事故の時は部活の合宿中。現在は銃機の外資系の営業ですが成績はかなり良くて、先月アメリカの本社でのプレゼンに行って、つい先日帰ってきたばかり。時々ガンショップでの販売や会社の代表でライフルの競技会に参加してるようです。 物騒な職業ですが、雪乃の事を猫可愛がりしてるだけの会社員なようです。 ―… 問題はなさそうです」
「随分とゴツゴツした手だと思ったか、銃を扱う会社員なら道理だな。 最も宮野明美も勝手に男を作ったりしたらどんな罰を受けるかあの躰が知っているだろう」
「まぁ、宮野明美はあのシェリーの姉という事で生かされているようなモンですから。 本人だってわかってる筈です」
「そうだな。 だが、宮野明美が止まる3ブロックの監視は怠るな。あの馬鹿な女子大生たちもな」
「了解」

ポンポーン

「コテージに泊まる客だな。次の客も引き続き戸籍の確認を怠るな。 宮野明美に安易に接触されて我々の事を喋られたら責任を取るのは俺達だからな」
「了解です」

男は柔和な顔に戻ると人のよい管理人に戻り「はーい、今開けます」と声をかけてドアに向った
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