Act-07 決意
ネットか何かで見たのだろうか
サービスで置いてあるウィスキーを丸い氷をいれたグラスに入れて、チーズとチョコレートをトレイにおいてもって来る。
氷もチーズもビターチョコも、雪乃に丸い氷が冷凍庫にあるかと聞かれて諸星が酒が好きだと知った管理人が、自分も酒が好きだからと好意で分けてくれたものだ。
「なら俺は酒の変わりにお姫様に蜂蜜入りのココアでも作ろうか」
「わぁ! ココア大好き」
「だろ? ココアはオールミルク。砂糖少な目で蜂蜜を追加」
「オレンジシロップは?」
「残念ながらプチバカンスに其処まで期待しないでくれ。 オレンジシロップは持ってきてない。プラリネチョコならお前の好物だから持ってきてるが」
「プラリネ! それでいい。 プラリネチョコは美味しいもん」
「そうだったな。 なら仕上げにひとかけらいれてやろうか?」
「うん!」
普通とは一寸違う、手の込んだ淹れ方を雪乃は好む。
「風呂を入れてやるから、ココア飲んだら汗を流してしっかりと暖まってこいよ?」
「にぃにぃ、ママみたい…」
「ママってな… お前の生活を聞いたら言いたくもなる。」
「ぅ…」
諸星はコツン、と雪乃の頭に拳骨を与える。
「痛っ…! にぃにぃ乱暴!」
「これが痛いウチに入るか!」
大袈裟に頭を押さえる雪乃を睨み付ける。
ぷう、と頬を膨らませる年相応の顔に諸星は少し目を細めて口角を上げる。
療養所で、滅多に部屋から出ない。
食事も残す日が多い。
眠りが浅い
そんな生活が続けばいずれカウンセリングの回数が増え、強制入院にもつながる。
「頼むから―… 俺の寿命を縮めるような事だけはしないでくれよ…」
「うん…(わかってる。 でも、私の中にいる子はとても寂しがり屋なの。パパもママも目の前で死んだ。 大好きなにぃにぃも死んで、赤井さんしか頼れない)」
「おいで?」
そっと差し伸べられた手を掴めばぎゅっと抱き締められた。
「しーちゃ… にぃにぃ」
思わず以前の呼び方を仕掛けて言い直す。
「2人だけの時なら… その呼び方もいい。だが、充分、気を付けてくれよ?」
「ごめ…」
「謝らなくていい。 俺だって、お前に無理をさせてるから、な」
ひょい、と抱き上げて膝の上に乗せるとお腹の当たりを掴んでスキンシップを計るかのように撫でる
もぞもぞと躰を動かして雪乃は諸星の心音が聞こえるような向きになると甘えるように顔を伏せる
「(まるでアーチに抱かれているような温かさ。 留学して、張りつめて一足飛びに医師を目指していた私の糸を切って、人の温盛を分けてくれた大好きなアーチ)」
"雪乃。僕らが君の家族になる。 お前の家が財閥でもなんでも関係ない。 独りの人として僕と供に人生を歩んでほしい"
"私達には娘が居ない。ずっと娘が欲しかったのよ"
"おじ様、おば様"
"結婚式までは名前で呼んで頂戴! 我が家の伝統よ。私も結婚するまでは、お父様やお母様の事を名前で呼んでと言われてたの!"
"そうそう。我が家は嫁を貰う時も婿を貰う時も、結婚式が済むまでは名前で呼び合う。 パパ呼びママ呼びは結婚した翌日からなんだ"
"ありがとう、ございます"
(優しい人達だった)
(いつか、還れるだろうか)
(還れたら、もし還って、アーチが他の人と結婚してたら?)
(あの事故で、幾人助かったのだろうか―…)
「雪乃?」
「―… お風呂、入ってくる」
「そうか」
諸星は抱きしめていた腕を緩めた
居間のソファーで氷で程よく冷えたバーボンを喉に流し込みつつビターチョコを撮んでいればお風呂で汗を流した雪乃がドライヤー片手に顔を見せる。
「乾かして欲しいのか?」
「ー…… 駄目?」
小さく首を傾げる雪乃
「いいや。 お前の髪を乾かすのは久しぶりだと思ってな? ほら座れ。 濡れたままでは風邪を引く」
「うん!」
小さな時から何度も乾かした。
妹はかなりの癖っ毛のショートヘアでガシガシとタオルドライで放置しても風邪など引いたりしないが、この子は違う。
赤ん坊の頃から湯上がりは確り髪を乾かして、優しくブラッシング。
家族総出でエステサロンさながらに手入れをしていたその効果は抜群で、シャンプーリンスのモデルが出来ると周囲に言われて艶やかで、俗にいう天使の輪が出来る程。
おかげでピアノの発表会などで髪を纏める時はサラサラ過ぎて大変だった。
「んー………」
小さな欠伸。
「眠くなったか? 乾いてサラサラになったらベッドに運んでやるから寝ても良いぞ?」
「ー…… にぃにぃも、一緒?」
「一緒? 同じベッドに寝るか?」
「うんー……あーちゃ………も 」
「………」
半分寝惚けているのだろうか。
目の淵に浮かんだ涙をこしこしと擦る。
「じゃあ、あのグラスに残った酒を飲み干したらな?」
「お酒?」
「お前が持ってきてくれたのを、残せないからな?」
「うん。でも、飲み過ぎは、駄目」
小さな欠伸を連発。
「解ってる。 ―… っと? お休みモードの発令だな」
諸星はドライヤーのスイッチを切ると抱き上げる
コテン、と頭を肩に乗せる雪乃
「ゆっくりお休み……」
ベッドに寝かせて薄手の毛布をかけるとちゅ、と額にキスを落とす。
規則的な呼吸にほっとして諸星は部屋の窓を閉めて電気を消した。
(おじさんとおばさん、聖さんの仇は必ず……… お前が幸せになる日まで、俺は……)
入れ替わってからの日常は、アメリカの時と変わらない
(分かってる。 どれだけ我慢させて居るのか。 あそこに居れば安全で、 でも、13の子には辛い場所だという事も)
諸星は、居間に戻ると雪乃の目が無いのをいい事に、煙草を取り出して深々と吸うと、持ち歩いて居るノートパソコンをテーブルに置くと画面を立ち上げる。
一通り調べて妙な機材の仕掛けが無いのは確認済みだ。
幾重にもロックをかけたノートパソコンだが、傍目には会社貸与で、メールの確認としか見えないが、技術の粋を極めた性能で、アメリカとの極秘回線が繋がって居る。
(雪乃。 お前を、泣かす事になる。だが、俺は、お前を手放す事は出来ない。 宮野明美と顔繋ぎは出来たが、焦りは禁物。 狩るべき相手を間違ってはいけない。)
深呼吸を一つ。
もう少し、様子を見て、情報を仕入れなければ。顔は同僚が仕入れた"宮野明美"だがまだ大学生。
日常生活のサイクルがまだ分からない。
諸星はメールを立ち上げた。
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