Act-08 退院
「こんな所か……」

諸星は部屋を見回す。

セミダブルのベッドに机と洋服ダンスに調律して貰ったアップライトのピアノ。
女の子らしい鏡台はこの家に基からあったものを業者に頼んで綺麗に磨き直して貰った。
ブラシを置いて引き出しにアメリカの家からこっそりと取り寄せたリボンやブレスレットに幾つかの時計。
庭に面した出窓にはレースのカーテン
棚にはすっかりとお気に入りになったロリポップの置物にあちこちから買ったキャンディを差し込んだ
自分の好みではあるが画面の大きなPCとHDD内臓のTVも取り付けた。
何しろ産まれた時から知ってるだけあって、服の好みも好きな食べ物も把握済みだ。

"諸星"の家もかなりの財産家だったらしく、頭に叩き込んだ地図を元に久しぶりに "家" に帰った時、リビングはとても広くバーカウンターがあり、スタウィンエイのグランドピアノ迄あったのには驚いた。
そして娘である雪乃の部屋にあった日本ブランドのアップライトピアノをみて、小さかった諸星雪乃もピアノを習っていたのだと知った。

アメリカに渡った少女の養父母が養子縁組の担当者に譲りうけた遺産を使ってピアノを買い与えてもいいのかどうか迷っていると聞いた時。

雪乃の死んだ両親が残した遺産の5割を家族のこれからの生活の為に。
残り3割は雪乃に好きな人が出来た時の嫁入り資金。
残り2割は "諸星大" の為に。
雪乃の両親に支払われた保険金は雪乃のものだから、と。

その遺産の使い道に口を挟む事はないと、諸星は"アルファ"を通じて返答をした

養父母は驚いたが、ピアノにせよ何にせよ、習い事には金がかかる。


アメリカでの永住権と職場での昇進、かなり広い家を用意させた事から楽器店で娘の希望通りの良いグラウンドピアノを即金で買えて、 "娘" もとても喜んでくれた。
大人し過ぎる為にリハビリを兼ねて学校返りに週に1度ピアノスクールに通わせているが教師からとても筋がいいと褒められ、同じピアノスクールに隣のクラスの子が通っている事からその子を通じて友達も出来てクラスメートとの中も良くなった、と、親馬鹿さながらに報告を受けた時はほんの少しだが救われた。
姫湖と雪乃には音楽という共通接点があったのだろう。

リビングで弾く人のないピアノは寂し気な音色で、諸星は汚れないようにカバーをかけたが、引き取る事を決めた時にピアノやオルガン、ギターにベース、ハープ、三味線にお琴の教室を併設している大きな楽器店で調律を頼んだ。

「妹さんが教室をお探しなら是非、無料体験レッスン30分に入らして下さい。 楽器店の体験なら私の名刺カードに書かれた番号を言って頂ければ10分延長出来ますので。」
「ありがとう。 体調を見ながら考えておくよ」
「是非。」

人の好さそうな初老の調律師だが、成績にもなるのだろう。
教室の宣伝パンフを置いて帰って行った。

雪乃のベッドを整えながら諸星は鏡台に置いたパンフレットに視線を向けた

雪乃と隣り合わせの大の部屋もベッドはセミダブルで、普通の窓だった以外はほぼ同じだ。
違うのは画面の大きな1体型パソコンが3台あり、仕事柄モデルガンもあり、銃関係の情報雑誌類や図面などもある事。
銃の所持免許やクレー射撃での入賞トロフィーまで無造作においてあった事から銃を扱えても怪しまれない、という事に諸星は安堵した。

環境を変えた所為か、雪乃は少し変わって、自分の意志を示す事が無くなったが、夏に小旅行をした時から甘えるという事を思い出しのか、療養所にあるピアノを弾く事が増え、―… 元々、ピアニストの登竜門であるコンクールの史上最年少の優勝候補だった為に当然だが―… 長期に渡る療養患者たちのささくれがちな心を慰めるようになったといわれ、ゆっくりとだが日常に戻りつつある。

元々、精神的なトラウマ疾患で療養していただけなので外に出る事も会話もできる事も可能になればいつでも退院はできる、と言われていた。

1日の殆どをパズルをして過ごした子がピアノを通じて外の世界を再び見ようとしている。

諸星はクリスマスを目処に引き取るのを決めて長く使われなかった雪乃の部屋の掃除をしてベッドや家具を綺麗に磨き直して 居間と私室のピアノも調律をした。

会社での諸星を良く知る部長が、実は雪乃の亡き祖父の教え子で、姪が卒業したというアメリカンスクールへの編入の紹介状を用意してくれるとまで言ってくれた。

「雪乃ちゃんも、諸星君も英語には不自由しないだろう? アメリカンスクールは2期制度の9月始まりだから1月からの編入なら丁度いいだろう。 校長とは懇意にさせて貰ったし、編入試験を受けるなら口添えするよ。 保証人が必要なら私がなるから安心しなさい。」
「ありがとうございます。学校の件は助かります。雪乃に聞いて改めてご返事させて頂きます。」
「まだ中学だ。慌てる事もないだろうしね。区立でも十分だと思うよ。」
「はい」



(俺は、あの人達を欺きとおさなくてはならない。―… 目先の事に囚われてはいけない)

諸星大は、姫湖が好きな果物をキッチンの棚に置い篭の中に置いていく

「フルーツサラダだとヨーグルトも必要だな。」

週末には3日程の一時的帰宅で、調子が良ければ2周間後に仮退院。
退院後のアフターケアで看護師の資格を持つ女性がお手伝いで通って来るが、クリスマスはトロピカルランドですごそうと大人気のトロッピールームを2連拍で予約済みだ。
仮退院期間は雪乃の体調と状況次第だが健康診断とカウンセリングの結果次第で普通の生活に戻る。

「さて、お姫様の為にパンケーキと魚のムニエルの予習をして―… フルーツティの淹れ方も検索しておくか」

諸星は本屋で買い込んで来た、パンケーキとワンプレートランチの本等をキッチンの棚から取り出した。
8/12
prev  next
←夢幻の果てに