Act-10 義兄と義妹
「ははっ それでそのイベントの期間に有給か?」
「教室の先生には是非にと言われ、雪乃は独りじゃ出ないと言い張り、前門の虎になんとやら、でー…」
「で、流石の諸星君も雪乃ちゃんには負けたわけだ」
「すいません。 業務的に忙しい日程では有りませんが公休に重ならないので、有給が取れたら、と、納得させては来たのですが」
「いや、構わないよ。 諸星君の有給はたっぷりあるからね。」
「諸星がギター弾くのは知らなかったな」
「諸星の小父さんがギタリストだったから基礎を教えて貰った程度だ。 おじさん達が無くなってからは我流だから、雪乃のリクエストした譜面を覚えるのは大変さ。」
実はアメリカでバーのアルバイトでアコーディオンを弾いていた、とは口が裂けても言えない。
ギターのみにしておいたほうが安全圏だと、諸星は誤魔化した。
「もう決まってるのかい?」
「ビゼーの組曲のカルメンから抜粋がお姫様の御希望なんだが。 ホルストの惑星とムスログスキーの展覧会の絵も候補だと言ってたな。」
「へぇぇぇ〜〜!! ビゼーやムスログスキーって、まだ中学生なのに凄いのね。私もピアノ習ってたけど、社会人になったら暇が無くなって… 今は指が動かないわ」
「あぁ。レッスンを1日休めば自分の手が、3日休めがプロの耳が、1週間休めば周りの人が音が違うとわかるのだと雪乃から聞いた。」
「ふふっ! 1週間で分かるのは音楽学校の教師とプロ位よ。 バイエルやソナチネの教本とかショパンの仔犬のワルツ位なら今でもひけるけど技巧曲は指がもう動かないわ」
「雪乃は伸び盛り―… 小父さんの才能を受け継いだのかもしれないな。耳がとてもいいんだ。 療養所でもピアノを弾いていたから当然なのかもしれないが」
「あ、そうだ! 当日休みの社員に声かけようぜ! 諸星のギターと自慢の妹ちゃんのピアノのデュエット!」
「広報部に言って取材かけるとかどうだ? できれば記念写真とか」
「すまないが写真撮影は禁止だ。 最近、肖像権とか煩くてね。家族が息子や娘の姿を取る事だけ許可されている」
「なら、会社として正式に!」
「おいおい、勘弁してくれ…… 」
「ならば部の代表で私が行こうかね?」
「常務!?」
「あ、酷い! 職権乱用!」
「何を言うか! 諸星君のお爺さんは私の高校・大学時代の工科学技術部の恩師だぞ。先生は高校部から工学部を専攻してる生徒の授業を請け負ってたから課題で分からないと友人たちと大学部にある教授の部屋に押しかけた。先生からみれば下らない事だったろうに、忙しい合間に教えてくれたよ。大学の先輩たちと鉢あう事もザラだったが、先生は同じ工学部なんだからいがみ合うなと、笑いながら部屋に入れてくれた。 冷蔵庫から缶コーヒーを出してくれたり、底無し胃袋の私たちをファミレスや焼肉の店に連れてってくれて、底なし胃袋なんだから遠慮するなと笑って、晩飯を奢ってくれたりね。 奥さんはお嬢さんが大学に入った年になくなられて。 そのお嬢さんは大学のマドンナで才媛で5歳年上の息子さんは高校時代からイギリスに留学してMITに進学して海外で仕事をしてた。」
「MIT! すげぇエリートじゃねぇか!」
「で、日本の支部に昇進移転になって、会社の総務の女性と結婚した。ごく一般家庭の娘さんだったが夫婦中はとても良くて、産まれたのが諸星君だ」
「へぇ… 諸星がやたらと情報ITや機械工学に詳しいのは親父さん譲りなんだ」
「かも、しれないね。」
「もしかして娘さんは常務の初恋だったとか」
「ははっ! あこがれている男子は中等部から大学院生まで沢山居たよ。でも当時の私はまだ中学だったし、すでに大学生だったマドンナのハートを射止めたのはギターで日本や海外のコンクールで何度も優勝を飾ってる交響楽団のギタリストだった。交響楽団のDVDなら探せば有るかも知れないな」
「へぇ… 諸星君がギター弾けるのはそのおじさんに習った?」
「あぁ。本当に兄妹仲の良いご夫婦だった。 お嬢さんのご主人は、教授が癌であっけなくこの世を去られてからは音楽家としてのプロ活動を未練なく辞められてね、以前からオファーのあった音大の教授になったんだ。 お嬢さんは料理上手で息子さんを育ててー… 諸星君を引き取られてから雪乃ちゃんが産まれて。 3人の子供の母と父として差別の差の字も無くて。飛行機事故の時は先生の教え子たちの間で電話が飛び交ってね。 諸星君は合宿で飛行機の乗ってなかったから私が合宿所まで迎えに行ったんだよ。 雪乃ちゃんは重症ではあったが奇跡的に助かりー… テロ、だったらしいが、私も有給を取って友人たちと合同葬儀に行ったよ。音大の生徒さんも沢山列席してたな。 まだ高校だった諸星君が遺族の席で3名の遺影写真を持って険しい顔をして座っていたのを覚えてる。雪乃ちゃんは病院のICUに入ってたから」
「今でも特集される事故ですよね。 時期に10回忌ー…」
「GW前、でした。雪乃は1ケ月以上ICUにいて。 最悪植物人間になる可能性も言われましたが奇跡的に持ち直して。 諸星の義父や義母、義兄が守ってくれたんだと、今でも思います。」
「報道規制で生存者の情報はながれ無かったもんな」
「日本の科学技術の先端を担う科学者が複数名犠牲になられたからね。情報開示できなかったんだ。 それで工学技術の研究が20年遅れたと言われている。 ご存命であればアメリカロシアと並ぶ工学技術を得ていただろう」
「ウチの会社とも取引のある銃機工業の会社ですよね。」
「あぁ。博士たちが分散して持ってた設計図は半分以上焼き焦げて、その図面は原本で機密扱いでコピーは無かったからわが社の研究も頓挫するかと思ったよ。 あの時は私も技術部だった為に連日徹夜でね。現場に飛んで、家に帰れず、会社に泊まり込みで離婚されるんじゃないかと本気で思った。うちの工学技術部長も犠牲になられて。 惜しい方々を喪ったんだよ。」
突然しんみりとなる業務室
「まぁ、諸星君がこの会社の入社試験を受けたのを知ったのは人事から採用試験の面接の結果で配属を決める打ち合わせの時で、その時は驚いたよ。」
「ー… そっか。 なら尚更諸星は有給取って雪乃ちゃんとデュエットしねーとな!」
「そうだな(諸星の両親はー… 兄妹仲も良い、ご夫婦だった)」
「なら、リハーサルの事もあるだろうからそれを踏まえて業務計画を立ててくれ。 有給は3日4日纏めて取ってくれても構わないよ。」
「ありがとうございます。 妹も喜びます」
話を終わらせるかのように雰囲気を変えた部長の話で、大が苦笑した時、業務開始のベルがなった。
「さ、諸星のギタリストデビューの話はここまでにして、10時から経営戦略会議だったな。」
「10階の中会議室です。各支店の支店長が9時半前後に到着予定。」
「会議ファイルは」
「出来てます!」
「珈琲のご用意も出来てます。大阪支社長は珈琲を飲まれないので日本茶を用意してあります。」
「諸星も出席だったな。 会議に使う戦略プランは君のアイデアだからな」
「はい。 パワーポイントのファイルも出来てますのでPCの配線を繋ぐだけです」
「分かった。PCの設定を始めてくれ」
「直ぐに」
諸星は、雪乃が有給が取れたか取れないか、という報告をを首を長くして待っているのを知ってはいたが、雪乃も学校がある。
お昼に一度ラインを入れると約束したので返事はその時でいいだろう。
退院してから簡単なものだがお弁当を作るようになり、一緒に料理をするようになって、雪乃に笑顔が戻ってきた。
独りで食べる食事より、家族と食べる方が美味しいに決まっている。
栄養だけを考えて出される食事だとしても沢山の友人たちと食べる方が美味しい。
会社の仲間たちが羨ましがったと云った時、とても嬉しそうに笑った。
そして会社の同僚には言わないが、雪乃は夜中に目を醒ますと半覚醒の状態で大の部屋に入って来る。
ただ、ドアを開けてぼーっと立っているだけだが、そのまま崩れ落ちて意識を無くす事が多い為、大は自分のベッドに招き入れてしっかりと抱いて一緒に寝てやる事が多い。
ぐっすり寝てる雪乃を明け方そっと自分のベッドに戻してやる為、本人は全く気づいてないが。
(雪乃。お前の傷が癒えるのは何時になるのかー… 聖さんー… 瑞樹のおじさん、おばさんー… 姫湖を護ってやって下さい。 俺の姫ー…)
(雪乃、俺は、お前にどれだけ嘘を重ねー… どれだけ、嘘をつかせるのだろう。)
諸星としての生活を、諸星大と諸星雪乃という存在を印象付けるには格好のイベント。
組織の目に留まりー… 無事に潜入して身元を調べられたとしても、経歴が”本物”である以上心配はないが、潜入までは一般としての日常を増やしておく方がいい。
自分が入れ替わった事にも気づかずに接してくれる人達。
上司。
諸星は、普通の一般人としての意識に切り替えた。
10/12
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