Act-02 転生 後編
「姫湖! 姫湖っ!!」

悲鳴を上げて意識を無くした姫湖を抱き締める

「秀!」
「ジョディ! おばさん達は? 聖さんは!」
「気の毒だけど……」

ジョディは緩く首を横に振った。

「そん な」

赤井は意識の無い姫湖を確りと抱き締める。

「本当なら、今頃、レストランで家族だけの……」

昨日の12歳の誕生日。
お誕生日のプレゼントに強請ったのは深夜のドライブとダーツバー
ドライブはともかく、煙草と酒に溢れるバーは頂けないと、渋い顔をしたおばさんだったが、娘に激甘な父親と、自他共に認めるシスコンの兄に挟まれて、翌日が土曜で学校が無い事もあって、おばさんが負けた。
ダーツバーはFBIの連中も贔屓のバーだったから、仕事が終わって合流した同僚たちも祝いに入り、とても賑やかなパーティとなった。
マスターも、本来ならばいい顔できない年齢ではあるものの、両親(しかも、父親はペンタゴンの参謀本郡勤務で准将の階級)…… に、常連客のFBIの兄がいて、俺も他のFBIの同僚も、おじさんの部下達も居れば何も言えない。

酒とたばこは出来るだけ御法度。
きゃあきゃあと初めてのダーツに歓声を上げて投げる少女。
だれかが中央に当てたら拍手して気をよくした奴がダーツを教える。
普段忙しくてまともに娘の相手が出来ないおじさんは、妻と息子と娘の誕生日と年末年始だけはしっかりと公休を入れる。
それ以外は休みなんてないも同じで娘が寝てる時に帰り一休みしただけで娘が起きる前に出勤……という事が殆どだ。
だから、たまの休みだと、息子と娘を学校を休ませて、目一杯構い倒す。
超絶がつくほど娘に激甘なおじさんが、身分階級関係無く相好を崩して、ダーツに混じり、得意のビリヤードでは華麗なショットをみせる。
点数なんて関係ない。
当たるか当たらないか、落ちるか落ちないか、それだけを楽しんで、ビリヤードを教えるおじさん。

聖さんもそうだ。
俺よりも4つ年上だが幼馴染と言える位だろう。
頭が良くて、飛び級を使ってどんどんと上の学校に進級をしていった。
截拳道の兄弟子で、勉強で分からない事は何時も教えて貰った。
俺が唯一勝てない兄さんの様な人。
異例の速さでFBIに入局し、捜査員として活躍をしていたが、妹の誕生日と、年末年始は何があっても、どんな時も妹が最優先。

―…… 最もどんなに忙しくてもちゃんと公休日には家に帰ってはいたが。

そんな二人に溺愛されて、育った為に姫湖はファザコン・ブラコン気味で甘ったれだ。

妹の真純と同じ小学校で、同じクラスだったが、頭もよくて、さっさと2年の飛び級をしてしまった姫湖は、今は中学校で、部活は合唱部で、ピアノを担当している。

少し小柄で、小さな躰の姫湖にはビリヤード台の上が見え無いだろうと、誰かが踏み台を探してくる。
何時もなら負けた奴が酒をおごるが、昨日に関してはやらない。
大判振る舞いのおじさんがキャッシュで一晩貸し切ってしまったからだ。
皆姫湖を構って構って至れり尽くせりで、兄の聖さんが睨みを効かせてあっちこっちと牽制球を投げていた。

物心付く前から玩具のピアノの叩くほどピアノが好きで、ジュニア部門のコンクールを総ナメにして、史上初でショパンコンクールの最年少優勝候補とまで噂されていた姫湖。
コンクールが目前な事もあり、バーの片隅のアップライトのピアノで大人顔負けな旋律を弾かせた。

明け方近くお開きになった時はバーのソファーで眠り姫。
父親の腕に抱かれて満足そうな姫湖の寝顔は天使みたいで、その眠りを邪魔できる人間はいない。
お誕生日が深夜のドライブにダーツバーだけなんて事は無く、今日の昼は学校の友達を招いてのランチパーティ、それから夜はホテルでディナー…… の筈だった。

明け方まで遊び倒して欠伸を噛み殺す俺達に、緊急通報が入ったのはつい長い1日が終わろうとしている就業2時間程前。
ここ半年程、指名手配中の犯罪者数名を市内で見かけたという情報で召集が入ってきた。
その犯人が一番に狙うターゲットが聖達……  瑞樹の一家だった。

直ぐに部隊が編制されて、20分後にはジェイムズを筆頭に特殊車両に飛び乗った。
聖の家の近くに止まる指名手配中の車。
捜査員がばらけて、近所の家に出ないように指示を出して、通行止めを掛ける。

窓から様子を見れば、おじさんはタキシードで胸を赤く染め、聖もジャケットこそ着てないがブラックタイで脇腹を撃ちぬかれていた。
截拳道で俺の兄弟子だった彼が!?
俺に截拳道の基礎を教えてくれたおじさんが!

階段の隅で身動きが出来ない程痛めつけられている男が見えた事から犯人数名のうち何名かは倒したのだろう。
おばさんは、カクテルドレスの服を裂かれて、誰か分からない男が馬乗りになっていたが、その目は開かれて、動いても居なかった。

誕生日を迎えたばかりの姫湖はピンクのレースの膝丈までのドレス。
俺がバースデーに贈ったビーズのバッグがちぎれてビーズが床にばらけていた。

その姫湖の上に馬乗りになっている男。
姫湖の瞳が恐怖で見開かれて、救いを求めるように微かに動いている手をみた瞬間、俺の理性が飛び、無意識に躰が動いていた。


家族での最後の楽しい記憶になる筈が、こんな悲劇の記憶になるなんて、俺は思っていなかった。


「「シュウ!/ 赤井君!」」

ジェイムズとジョディの制止の声は耳に入らなかった。

ドアを蹴飛ばすように開けるとリビングに飛び込んで、姫湖に馬乗りになっていた男を引き剥がす。

姫湖の躰の上に跨って首に手をかけて居た男の襟首を捕まえた俺は、截拳道の容赦ない拳を数発躰に叩き入れ、蹴りを入れて後続の仲間たちの方に投げつける。
湶の2〜3本と足の骨も確実に砕けた筈だが、当然の報いだ。
銃で撃たれなかっただけ運があったと思えばいい。

姫湖の下肢に流れる鮮血に何が起こったか瞬時に理解して目を止めた俺は、裾だけ目立たないように直し、破れた服を隠す様にFBIのロゴの入ったジャケットを掛ける。

「救命士をこっちに! あと鑑識も!」

インカムに向かって叫ぶ。

「姫湖! 姫湖!」

何度呼んでも姫湖は意識を取り戻さない。
首に残る圧迫された手の跡に、遅かったかと後悔が出てくる。

「赤井さん! どいて下さい! 除細動器を使います」
「……あぁ……」

救命士の言葉に俺は退く。

バスン という音がして、小さな躰が一瞬 跳ねたような気がした。

「姫湖! ……姫湖! 目を開けてくれ!」

(まだ11歳じゃないか……!)

「姫湖っ!」

救命士が姫湖の脈を計りながら再び電気ショックを与える。
と、脈が戻ったのか小さな息を漏れるような音がして、姫湖は荒い呼吸を取り戻して、咳き込んだ

「姫湖! 返事をしてくれ!?」

俺はジャケットで覆うように姫湖の躰を抱き寄せて、背中を撫でれば、顔が苦痛にゆがむ。
受けた傷を思えば無理もない。

「ひめこ……?」

疑問形で紡ぎだされる言葉

「姫湖? 俺だ! 秀だ! しーちゃんが分からないのか?」
「しー ちゃん……?」

疑問形で聞き返してくる言葉に俺は耳を疑う。

”しーちゃん”は姫湖が俺を呼ぶ時の言葉。

俺は姫湖が赤ん坊の頃から知ってる。
言葉が喋れるようになると、姫湖は聖さんをにぃにぃとかあーちゃんとか呼んで、俺の事をしーちゃんと呼んでいた。
いい加減”しーちゃん”呼びから卒業してもらいたいものだと何時も思っていたが、今はそんな事を云ってられない

「そうだ、しーちゃんだ。 昨日もあっただろう!?」

そう答えたおれに姫湖は
”わからない”
と…… そう答えた。

「姫 ……? どうし…… 「嫌ぁあああああああ!」」

どうした、と言おうとした俺の言葉は姫湖の甲高い悲鳴に消される。

「姫!……姫湖っ!」

姫湖は俺の腕の中で気を失った。

(何が起こったというんだ? 妙に大人びた、恐怖に怯えた…… あの瞳)

「赤井さんっ 姫湖ちゃんを病院へ」
「ー……」
「赤井さん! しっかりして下さい! 赤井さんがしっかりしないと、今、姫湖ちゃんを守れるのは貴方だけでしょう!」
「!! そう…… だな。」

赤井はストレッチャーに乗せられた姫湖を見つめる。

呼吸困難を起こしてしまったのか、姫湖の口には酸素マスク。
呼吸も浅く早く。
額にびっしょりと汗を浮かべて、高熱を出している。


「姫湖……っ」


俺にできるのは

小さな手を握って、声をかける事

それだけだった……。
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