Act-05 安堵
「ー…… は? 」

赤井は我ながら間抜けた返答だと思った。

「すいません、Dr? 聞き間違いではなく?」
「間違いではありませんわ。」

治療室内から出てきた女性医師が、笑顔を見せる。

「あの状況では、乱暴されたと間違っても仕方有りませんが、姫湖ちゃんは、悪戯されて居ません。 女性特有の月の巡りになっただけです。」
「つまり、その―……? あの出血は……」
「事故でご家族の不幸を見て躰の方が驚いただけ… 。御安心下さいな。」
「ー…… 良かっ た。」

赤井は壁に凭れる様に寄りかかる。

「ですが、姫湖ちゃんが、首を締められ、躰にのし掛かられるという恐怖を体験した事実には変わりがありません。 精神的なショックを受けてしまったのは事実ですわ」
「その恐怖は ー……癒せますか?」
「それは解りません。 ……まだ小さいお子さんですから。」
「そうですか」

赤井が、溜め息を吐いた時、ガラガラという音がして、ストレッチャーに乗せられた姫湖が出てくる。

「姫湖?」

首に残る締められた跡は包帯で隠れて見えない。
酸素吸入器を付けて、輸血と点滴もされて居る。

「目を覚ましたら精神科の医師と話をさせた方がいいかと……。」
「ー……それは」
「少し、混乱してるようで、意識が戻った時に アーチ? とか ニイだかニコラ? みたいな名前を譫言で呼んでました。 良く、聞き取れなくて ー…… 首を締められた時に咽の器官を酷く痛めてますから、暫くは掠れ声になるでしょう」
「アーチ……? ……それは、聖さんの事でしょう。 姫湖は兄さんではなくて、あーちゃんとか、にぃにぃと呼んでいますから……」
「にぃにぃ? あーちゃん? あぁー… 掠れ声でしたが確かにそう聞こえますね。なら、お兄さんの事を呼んでたんですね」

看護士がホッとした顔をする。

「ならば、PTSDの後遺症を中心に確認して貰いましょう。 あ、最上階の特別フロアの1203号室に。」
「はい」
「付いて居ても?」
「勿論です。 赤井さんと瑞樹准将の息子さんは兄弟も同様と聞いてますし。」
「聖 ー……」
「姫湖ちゃんはショック状態で暫く面会謝絶。ニュースの取材もシャットアウトするように周知させます。」
「助かります。」

赤井は特別フロア専用のエレベーターに同乗する。

「特別フロア直通のエレベーターは、医師か看護主任のパスが必要です。 此を使ってる下さい。」
「IDカード?」
「12階を押する前にこのカードを正面タッチして、12階を押したら部屋番号を押してカードを裏にタッチ。 でないと、12階のドアは開かず、故障したように1階に戻りますから」

医師がクスっと笑う。

「つまり、普通に12階を押してもドアが開かないと」
「まぁ、そんな感じです。階段でも行けますが、監視カメラもありますし、指紋ではなく、網膜照合と掌紋照合でドアが開きます。」
「ー……ハッ…… 流石にセキュリティ自慢な病院だけはあるな」
「勿論です。この病院は瑞樹准将以外にも政界の大物も来ますからね」

12階の患者、病室から看護士から食事迄、一般入院の患者とは違い、一定レベル以上の担当が付く。
ロビーも広いが、此処は共用スペースで、患者の家族や護衛等が息抜きの場所となるが、喫煙は不可で、喫煙はフロアーの端にある。

ドアが開けば正面がロビーで、スーツ姿の護衛とおぼしき男性が数名煙草を喫っており、慌てて後ろ手に隠した。

「全く! 喫煙は向こうのスペースでといったでしょう! 何回言わせるんですか」
「すいません……」
「ほら、カーペットに灰が落ちてます! 先日、次に見つけたら貴方個人に、クリーニング代を請求するといいいましたよね?」
「……! それは」
「煙草は向こう! はい、喫煙したいならサクサク動く! それに、あなた方のボスは、明日、退院でしょう!」
「すいません、Dr」

ポリポリと頭を掻く護衛。

「ホラ、退いて。 リズ、クラリス。姫湖ちゃんの担当は貴方たちに任せるからその積もりで」

ストレッチャーを押す看護士に言う医師。

「はい、Dr」
「赤井さんも、いいですか? 彼女達なら任せて大丈夫ですよ」
「はい。 ー…… 、姫湖の事を、頼みます。 時間を見つけて、なるべく来る様にしますがー…… 」
「お任せ下さいな。 ねぇ、リズ?」
「ええ、クラリス。 私たちが、付き添いますから。」
「頼みます……」

赤井はペコリと頭を下げた。

「赤井さん。 形式上ですが入院書類の保護者覧にお名前と御住所をお勤め先を書いて下さい。 早く受付を済ませないと、国防総省が動き出したら権力で転院させられてしまいますから」
「俺は法的後見人の手続きをしてるので大丈夫だと思いますが。」
「それでも、早いにこした事はありませんよ」

そして医師の勧める儘に急いで手続きを済ませる。

病院の手続きが終わり、コンピューターへの記録が済、10分もしないで国防総省から病院当てに連絡が入り、瑞樹姫湖の転院と逮捕した犯人の引き渡し要求が入った時、赤井は心底ほっとした。
8/25
prev  next
←夢幻の果てに