Act-07 友人
"シェリー"に会ったのは、瑞西に留学して3ケ月目のスキル判定の試験を目前にした時だった。
生活の基盤こそお父様が使ってた家兼研究所の使用許可がでていたものの、研究所内での勉強部屋は区別なく同じ条件。
多少の年齢の前後はあってもレベルに応じた研修室でびっしりと教え込まれる。
80分の授業で15分の休憩が基本。
研修センターは朝5時から11時まで開いているが授業は朝8時から夜の9時までと決まっていた。
但し、年齢と此処の体力に応じた睡眠時間と休憩時間は厳守。
狙撃手候補の子供たちは90分とか2時間の授業、更には徹夜での夜間トレーニングも入ってくるが私は医師を目指す理系だったので夜間の研修勉強は無かった
必死に食らいつく候補生はセンターが閉まるギリギリまで居残って教授達を捕まえて勉強をする。
外からつれて来られた知能の高い子供達はこれからの生活が懸かっているので必死だ
余裕で授業を受ける候補生は7時頃には切り上げる。
コードネームが内定している幹部候補生だと余裕で課題をクリアしていく。
里子同然で組織に売られた子もいれば、お父様のように孤児でありながら頭の良さで引き取られた子もいる。
お父様は両親が死んだ後3歳から小学校に上がるまで孤児院で育ったから生粋の組織産まれの組織育ちとはいえない。
引き取り手は数多くいたけれど、大人顔負けの頭脳故に、養子縁組は遅々として進まなかったときいた。
小学校1年の知能テストで信じられない程の高得点を叩きだして、組織が海外での一流校への留学を条件に引き取り育てたというから9割は組織育ちと言える。
頭の良さ、という事だけはしっかりと受け着いた私は、幼稚園でどうして回りの子がABCが云えず、足し算や掛け算が出来ず、漢字か読めないのか不思議だった事を覚えている。
英語だけでは物足りなくて、家庭教師が教えてくれる独逸語やら理科の実験が楽しかった。
英語と独逸語を抜かした語学のスキルは猶予期間をくれたからAプラスの評価がでなくてもいい、とはいえ、基本のあいさつ位は頑張ってはいるが伸び悩んでいる。
けれど、ジタバタしても仕方ないので焦らないことにした。
日本にいたときと同じで、金曜日には勉強をしない。
ダンスに乗馬、ピアノ、スイスに来てから教えて貰いだした絵画は新しく雇ったイタリア人のメイドが絵画への造形が深く、スケッチなどがとても上手だったから教えてもらった事だ。
スイスの街並みは山が多く、風景画を描くには最高だと言っていた。
レベル検定を目前に幹部候補生たちが集まり、必死に自習をしている大きな図書室には2階にスイスの山並みを見渡せるベランダがある。
むろん、ベランダでも勉強をすることもできるが、私が広げているのはスケッチブック。
モノクロで陰影をつけて水彩画のように描くのが気にいっている私は色鉛筆や絵の具は殆ど使わない。
光の陰影で金や銀、青や緑などを薄く使う位だ。
「判定試験が来週なのに随分と余裕なのね」
「今更ジタバタ頭に詰め込もうったって無駄なことよ。」
背後から声をかけられて答える
「確かに貴女のいう通りね。 隣の椅子を使ってもいいかしら? 判定試験の前で空いてる場所がなくて」
「どうぞ。 でも、ベランダは勉強には不向きではなくて?」
「いいのよ。勉強なんて。 私はもうAプラス判定をもっているもの。参考書が読めればそれでいいの」
「Aプラス?」
その言葉に私はスケッチブックから顔を上げる。
赤茶色の髪の肩口で綺麗に切りそろえている、私よりも2〜3歳年上の綺麗な女の子。
スケッチブックを片付けて席をあければ、ありがとう、と隣の場所に腰掛けた。
テーブルにあるベルを鳴らして司書を呼ぶと二人分のチーズケーキと紅茶を頼んだ
「Aプラス、ということはコードネームをお持ちなの?」
「いいえ。 Aプラスの評価はあるけど、まだ大学課程に入ったばかりなの。貰えるとしたら大学院の進んで薬学の博士号の取得が確定してからだと思うわ」
「科学者を目指しているの?」
「ええ。私の母は組織の科学者だったし、父も物理学者だったから」
「貴女のご両親は二人とも組織の方?」
「そうよ。私はどちらかといえが薬学だけど。 ―… 宮野志保よ。 日本から頭のよい幹部候補生が来るのはきいてけど、こんな所で会えるなんてうれしいわ」
「こちらこそ。 私は有間巳恩よ。 でも国籍は仏蘭西なの」
「仏蘭西?」
「本当は日本で生まれる予定だったのだけど、早産で生まれたからフランス国籍になったの。 1ケ月近く保育器に入っていたのだと亡くなったお父様が言ってたわ。」
「亡くなった? まさか、有間ってDr有間?」
「そうよ? お父様を知ってるの?」
[勿論よ! 世界的権威の天才外科医。私、この研究所の講義室の最前列の中央席を陣取ってDrの講義を聴いた事があるの。 先が楽しみな娘がいると笑顔で仰っていたけれど、貴女の事だったのね」
「そう? 私はこれでも必死よ? 親の七光り、と言わせない為にお父様より優れた医師になる為にね」
「博士は組織の中ではあの方の右腕が左腕かとも言われた人だったものね。 外の世界でもDrの手術を待っていた患者が大勢いたと聞くわ」
「そうね」
「結局犯人は捕まってないの?」
「―… 私は、お父様を撃った犯人を見たわ。顔も確り覚えている。でも、日本警察は上層部の捜査禁止令を受け入れて犯人逮捕をしなかった!!」
「そう…」
「私ね、本来ならもっと早くスイスに来る予定だったの。でもお父様の事件で、私も狙われているかもしれないから留学許可が中々でなかったのよ。」
「どうやって来たの?」
「後見人になってくれたジンが手配してくれたの。」
「ジン!? あの狙撃手のジン?」
宮野志保、と名乗った女性が目を見開く。
「そうよ。 ジンはお父様の教え子の一人だったの。 私に銃の取り扱いを教えてくれたのもジンよ。 だから、後見人になってくれたんだと思うわ。」
「へぇ―…? ジンは冷徹だっていう噂だけど貴女には優しいみたいね」
「巳恩でいいわ。 宮野さん」
「なら私の事も志保と呼んで巳恩」
「分かったわ。 よろしくね。 今度、私の家にも来て。 親の7光だけど、お父様の研究所を丸ごと生活基盤として使用許可を貰ったの。」
「ありがとう。 レベルチェック頑張ってね。 Aプラスは別途掲示板に貼りだされるから楽しみにしているわ」
「そうね。 でも優秀な幹部候補生は沢山いるからどうかしらね? 全教科Aプラスになるように祈ってて」
「貴女ならー… 巳恩なら大丈夫よ」
志保の言葉に巳恩は笑顔を見せる。
「またね。 本当に遊びに来て。 薬学なら私の勉強にも関わってくるから色々とお話を聞きたいわ」
「喜んで」
志保との出会い。
私は忘れる事はない。
始めてのスキルチェック。
幹部候補生たちが揃っているだけあって可也レベルが高いものがあった。
でも、本来なら小学生の1〜2年の勉強が精一杯の子供が中学生並のスキルを示したのだ。
年齢と教育を合わせた総合判断のスキル判定は勿論Aプラスの中でもトップクラス。
始めたばかりのイタリア語は基礎挨拶しかできなくて(それでも教師たちは褒めてくれたけど)C判定という不本意な結果に終わってしまった。
けれど、ジンは、独逸語以外は猶予期間だと云ってくれて、約束の褒美だと言って、お父様のジャガーとアルマーニのワンピース、そして、大好きな金平糖や和菓子とかも沢山送ってくれたので、お菓子は仲良くなった志保にもお福分けをしてあげた。
時折お父様の研究施設を借りに来るようになった志保。
私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
半年に一度の判定テスト。
私は志保と競うかのように常にAプラスを取り続けた。
医学と薬学。
重なる部分も多いため、お互いの研究室に行き来して協力し合う事もあって、議論をぶつけ合って、お互い折れる事もなくて教授達が頭を抱える事もあったけど、とても楽しかった。
スイスに来たのが2年程早かった志保は私よりも先に正式にシェリーというコードネームを貰って、日本に帰国したけれど、メールのやり取り、クリスマスと誕生日のプレゼントの贈り合いだけは続いた。
ジンとも誕生日とクリスマス以外は会えない日や連絡一つ出来ない日が多かったけど、ジンの代理でウォッカが時折来てくれて、その度に色々なメーカーの金平糖と(どうやってしらべてうるのか考えたくないけど)ブランドものの服やらバックを届けてくれた。
そして、年に1〜2回、帰国する都度、ジンはあちらこちらと連れて行ってくれた。
一番、楽しい時だった
10/30
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