Act-09 姉妹
「志保!」
「志保〜! 合いたかった〜〜っ! 久しぶりっ!!」

先程までの小馬鹿にした態度をごろっと変えて白衣姿の女性に駆け寄る巳恩。
驚いて飼い主の肩から飛び上がった鷹も志保に挨拶するようにゆっくりと上空を旋回する

「まーったく! お姉ちゃんが低能なのも、諸星大がお姉ちゃんをたぶらかして入ったのも事実だけど、小気味良い位にポンポン云いたい放題云ってくれちゃって!」
「ふふっ。 ごめんなさい。 だって、この人たち、幹部クラス以上しか入れない中央エリアに入ろうとしていたんだもの。」
「そう。なら、レディにからかわれても仕方ないわね。 今回の帰国はどうして? 帰国するなら連絡をくれたら発表会当日でもない限り空港まで行ってあげたのに」
「ふふふっ! 驚いてくれた? 明後日は薬学と医学の合同研究発表があるでしょう? その聴講の許可を取ったの!」
「へぇ… よく許可がとれたわね。」
「今回発表する医学の研究グループに入ってたのよ、私。 医大の論文があったからお手伝い程度だけどね。研究チームは先週から日本入りをして、レポートを纏めている筈よ。」
「そういえばそうだったね。 研究チーム専用のフロアはデータの取り寄せとかレポートだとか会議でてんやわんやの大騒ぎよ」
「私も一緒にグループメンバーとして参加してもいいという許可はでてたの。 でも博士号取得のレポート提出が終わらなくて来日予定を伸ばして聴講だけにしたのよ。 この2週間位半徹夜。 レポートを教授に叩きつけてその足で飛行場に向かったの。 博士号取得したら日本に戻れるしね」
「ホント!?」
「今は年に2〜3回しか戻れない有間邸を拠点にして、お父様が所属していた総合病院と本部での研究の掛け持ちになるから日本に戻ったら忙しくなってしまうと思うわ。」
「やったじゃない! ジンとの約束は16〜18歳の間って聞いたわよ? それをあっさり2年近く縮めての帰国だなんて流石は私の親友だわ!」
「何言ってるのよ! 私だって必死だったわよ! 一寸成績落ちたらDr有間の娘なのにっていわれてしまうのよ? 医学部の勉強プラスに銃の特訓とか卒論とか、医師免許取得とか、バイクと車の運転技術」
「流石は巳恩ね。 来年帰ってきたら、また合同研究とか出来そうだわ。戻ってきたらバイクでツーリングに行きましょう。巳恩が帰ってくるまでにハーレーを買っておくから後ろに乗せて上げる。」
「わぁ! 楽しみにしてる。 医学と薬学は切っても切れない間ですもの! 志保の薬を使って人を助ける事が出来たら最高だわ! とはいえ、正式に帰ってくるまであと半年位掛かってしまうけど」
「それは仕方ないわ。」

溜息を付く巳恩にくすっと笑う志保

「お礼を言うのは私の方よ。 巳恩との臨床試験のおかげでどれだけ研究が進んだか! ホント、巳恩が妹だったらいいのに!」
「あら、志保の妹ならいつでもなってあげるわよ?」
「ふふっ ありがと。 ―… そうだわ。 折角、此処まで来たんだもの。明日の発表のレポートを見てくれない? 最終確認はしたのだけど、医学的見地からも意見を聞きたいわ。」
「やった! 喜んで」

巳恩は嬉しそうに頬を緩ませる。

「巳恩…? まさか、あなた、私のレポートを先に見たくて此処に立ち寄ったの?」
「ぁ… ごめん。 ばれちゃった」
「…ったく。 巳恩じゃなきゃ許さない言葉だわ」

呆れたように睨み付けて、そしてくすりと笑う志保

「ま、いいわ。レディもいらっしゃい。 研究所に入ったら鳥籠に入って貰うけど」
「当然だわね。 研究所内を荒らすような事はしない子だけど、モルモットもいるから、籠にいれたら黒い布で視界を遮って落ち着けないと興奮しちゃうわ」
「研究所はご馳走の山だものね。 そうそう。 万一巳恩が来た時の為にね、京都の金平糖を取り寄せてあるの。それから和風のマロングラッセも」
「わ! 嬉しい! 私もスイスのチョコレートとチーズをお土産に買ってきたの! 飛行場からクールバイクで配達させたけど、届いている?」
「勿論、届いてるわよ! あのケーキは日本にはないわよね」
「そうよ。 私と志保の好きな3種類のチーズを使った焼きチーズケーキはカフェ・アルテミスのスイス本店のみだもの。今、日本支店でも3種のチーズケーキを提供できるように仕入れ担当者に交渉してるの」
「素敵。 じゃあ、カフェの個室を貸し切ってお茶をしながらレポートをみせて上げるわ。」
「マロングラッセにはシャンペンがいいな」
「だーめ! お互い未成年なんだから」
「えーーー!! じゃあカルヴァドス」
「もっと駄目!! ―… おおまけにまけてシードルワイン1杯」

きゃあきゃあと賑やかに去っていく二人。

「志保」

明美は手を伸ばしかけて止める。
「いいのか。 今日は週に1回許された姉妹で過ごせる貴重な1日だった筈だ」
「いいの―…」

明美はニコリと笑う。

「私は、志保の研究のパートナーには成れない。あの巳恩ちゃん見たく、医師の免許が取れる程頭がいいわけじゃない。 大君のように射撃のセンスがある訳でもない。 宮野エレーナの娘というだけで組織に名前を連ねる事ができている下っ端なの。Eランクといっても名前ばかり。」
「明美…」

(あの小さかった巳恩は、組織の色に染まってしまったのか? 厳さんは―… カムフラージュでルナ姉と結婚したと? あの結婚当時の笑顔に溢れた俺の姉さん…)

けれど、と諸星は思い直す。

病院で自分の娘だけでなく、他の保育器で頑張っている赤ん坊達を、厳兄さんは、とても優しく、愛に溢れた優しい瞳で分けへだくなく診て回っていた。
小児外科は厳兄さんの専門じゃなかったけれど、どの保育器の赤ん坊たちにも"頑張れ"と優しい声をかけていた。

ルナ姉の事を、いつも気にして、愛妻家と噂の高い外科医だった。

クランケを愛する家族の元に還す為。
家族の笑顔の為に。
手術に全身全霊を賭けていた。

あの子も、父親がなくなるまで、山のような愛情を受けていた筈。
その後、すぐに保護出来なったのは俺達の不手際と日本警察の横入り。

(ルナ姉。―… 俺は何時か、きっと厳兄さんを撃った彼等に代わって罪を償う。あの子から父親を奪ってしまった罪。 そして、あの子を直ぐに助け出せなかった罪を背負って生きる。)

「大、君?」
「ん?」
「どうしたの? 怖い顔して」
「いや。なんでもない。ただ、Dr有間がなくなった時のニュースを思い出してな」
「そう? 私は全く知らないけど」
「俺は、TVの特集でな。 故人を偲ぶ、だったか? 天才外科医の早逝の謎、だったか? Drの手術で助かった人たちや建設中だった総合病院の話。 育てていた医師達のコメント、それから葬儀で喪主として凛として映っていたあの子―… シオンだったか? の、姿を覚えてる」
「―… 凄い人だったのね?」
「日本どころか世界的にも惜しい方を亡くしたと、司会者が云っていた。」
「ー… 私が末期癌だったとしても、私の財力じゃきっと手術なんて夢の夢の話になるような人だったんでしょうね」
「どうだろうな? Drの専門は心臓とか脳外科だと聞いたが」
「そう。」
「だが、外科の手術も内科もこなすパーソナリティだった筈だ。 ただ、娘の誕生日とクリスマスだけは絶対に手術の予定は入れないでその日だけは優秀な助手たちに任せていたそうだ。 親馬鹿かもしれないが、年に数日のこの時間があるから、クランケの手術に打ち込めるのだとコメントを残していたそうだ」
「そう。 亡くなったDrは、本当に可愛がってらっしゃったのね」
「まぁ、子供が可愛くない親はいないだろうしな」
「そうね」

(… あの子は、俺を覚えてないだろう。)

(だが、それでいい。 有間月奏との繋がりは決してバレてはならない事なのだから )

諸星大は溜息を一つ付いた。

「これ以上ここに居るとまた嫌がらせを言われるだろ? 俺が付き合ってやるから美味い物でも食いに行こう」
「大君?」
「俺じゃ志保の変わりにならないか?」
「ううん! そんな事ない! ありがとう!」

明美は笑みを見せる。
(大君… 今少し、夢を見させて…)
明美は諸星の腕に自分の腕の絡ませる

「何か食いたい?」
「なんでもいいわ」
「そうか」


そして、仲良く敷地の外にでる二人を、銀色に輝く髪をもつ黒いスーツの男がじっと見ている事に、二人は気づかなかった。


(諸星大。何て目をして巳恩の事をみている? まるで、無くした物を見つけ時のような目をしやがった。 巳恩は全く意に介して無かったが、な……)
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