Act-11 幹部候補生 後編
「明美?」

ホテルの名前が書かれたカートにキャリーと、自分の荷物のボストンバック、そしてを土産の菓子が入っているという大きな袋をおいて、鷹のレディを入れた籠を持った巳恩の跡に付いた諸星は、ホテル前のパーキングで大型の車の前で所在なげに立っている宮野明美の姿を見て目を見開く。
日本では違和感が云々と言った本人が膝の見えるミニスカートにロング丈の羽織りをジャケットの様に着ていたが不思議と似合っている。


「大、君? 大君がどうしてこのホテルに」
「昨日言っただろう? 俺は荷物持ち兼護衛の仕事だ。お前こそ―」
「あ、私、昨日の夜、本部から電話があって、幹部候補生を言われた場所まで送り届けるだけの簡単な仕事だからお前でもできると言われてー… 今月、組織の仕事をしてないから、銀行のお給料だけだと家賃や水道光熱費を払ったら食費が厳しくて。―…長距離運転だけど、日当が良いし、大君とのデート流れたから引き受けたの。」
「そうか。」
「幹部候補生を送るってきいて、一端は断ろうかと思ったの。 もし、有間巳恩の運転手だったらしたくないと思ったけれど、でも、彼女じゃない確率もあるから―…」
「幹部候補生が―… 有間巳恩が嫌い?」
「妹の友人なんだけど口の悪い子だから私は―… ぁ!? 「明美! 無礼だぞ!」
「大、君?」

滅多に声を荒げない諸星の制止の言葉にギクリとなって、巳恩の姿を見咎めて顔色を変える。

「―… ぁ… 巳恩ちゃ…ん?  ご、ごめんなさい―‥」
「幹部候補生の悪口を言えるなんて随分と余裕がある事で結構だわ。 口が悪い毒舌次いでに、いつ、私を"ちゃん"で呼べる幹部クラスになったのかコードネームと一緒に教えて下さる? 先日お会いした時はFランクと言っていたわよね? と、いう事は昨日、幹部昇進の特例内示でもあったのかしら? 辞令が降りたらAプラスの評価を持つ幹部候補生のランクまでメールが入る筈なんだけど、私のタブレットには報告メールが来ていないの」
「―… それ、は」
「コードネームを貰ったのなら、私より階級が上になるのだから、態度を変えなくてはならないし。長距離の運転なんてさせられないもの。 本部へ、配車担当者の人選ミスを報告しなくてはならないわ。 さあ? 貴女の幹部としての認識番号とコードネームを、幹部候補生に教えて下さる?」

巳恩はスマホを取り出す。

「す―… すいません、でした。 わ、私はFランクで、巳恩、様は、Aプラス評価ランクとコードネームが内定している幹部候補生です」

ぺこり、と頭を下げる明美

「運転手の仕事は不満そうね? 宮野明美さん?  諸星とデートで一日ホテルにこもる予定をキャンセルさせたならキャンセル料を恵んであげてもいいのよ?」
「そんな約束はしないわ! …いえ、して、いません。」
「あら、そう? ならお前の家か諸星の家の寝室、かしら? 最も諸星も節約節約だから倹約家同士で貯金もたまりやすいんじゃなくて?」
「ミス巳恩。 俺と明美はそんな関係ではありません。」
「あらそう? 諸星は組織に入るために明美に近づいて関係を持って、姉の特権で志保に無理強いをしたのだと思っていたわ」
「!!」

諸星は黙り込む。

「どうやら、ミス巳恩は、私が組織に入るために明美との接触事故を業と計画したのではないかと誤解されているようですがそれは偶々ー… 偶然の産物です。 私は組織に入って後悔はしていません。 以前の給料より割が良くなった。」
「大君?」
「そうだろう? 任務ではあるが、俺は狙撃手として思う存分趣味のライフルを扱える」
「ならいいわ。 最も宮野明美は不満そうね。」
「不満なんて―…」
「諸星、荷物を後ろに入れなさい。 宮野、向かう先は南禅寺よ。」
「南禅寺?」
「京都の南禅寺。 12時半に待ち合わせてるの。 ノンストップで運転なさい。 交通事情がどうあれ、1分の遅刻も赦さないわ」
「きょ…… 京都!?」
「超距離だと言われた筈よ。 鷹を連れて新幹線は回りの乗客に迷惑だし、レディも落ち着かないから」
「ノンストップで京都まで、休憩なしは厳しいだろう。 せめて途中で1時間位俺が…」
「反論は赦さないわ。 諸星はCで宮野明美はFランク。 私に命令できるのはシェリーのような幹部クラスと黒澤さんだけよ。 姉の特権を使ってシェリーに連絡をして運転を途中で変わるように頼んでもいいのよ? シェリーは幹部で私は幹部候補生なのだから」
「―… わ、わかり、ました。ノン・ストップで」
「ですが、ミス巳恩。 構成員とはいえ女性に京都まで6時間近くの運転は―…」
「たかが6時間よ。黒澤さんは12時間でも運転できるわ。」
「男性と女性では違います」
「なら本部に宮野明美への教育不足の連絡をいれるだけの事よ。 シェリーの評価を下げるような言動しかできない姉を何時まで飼っているか楽しみだわね」
「志保の評価…」
「宮野明美は宮野志保の姉。 志保と私がスイスで研究上のパートナーであった事は公開されているわ。」
「志保の評価を下げるような報告は止めて! そんな事をして志保が喜ぶと思ってるなら2度と志保に近寄らないで!」
「近寄るな? 報告を止めて? Fランクの役立たずが偉そうに―…」
「ー……っ」

明美の言葉に巳恩の瞳が険しさを増す。
ゾクリとなる黒いオーラ。
周囲の温度がそこだけ10度以上気温が下がったのではないかという冷たさ。

明美は失言に気づいて顔を背ける。

「ミス巳恩 人前です。 明美が言葉遣いを知らないのは貴女と違って外で育てられたからです。 幹部になる立場の者として聞かなかったふりをしてみては。 明美もランクを考えて物をいえ!」
「でも、大君! 何で! 何でこんな子が幹部候補生なのよ! 年上を年上とも思わないような子が幹部だなんておかしいわ!」
「明美! お前は宮野博士の血を引く娘として努力したのか? 名前のプレッシャーに負けてるじゃないか? その時点でお前の負けだ」
「… プレッシャー」
「シェリーもミス巳恩もご両親のプレッシャーを跳ね返して幹部候補生になり、幹部になった。」
「―…それは! 私だって努力はしたわ! 大君だって知ってるでしょう!? 学校の成績だって、… 志保に比べたら落ちるかもしれないけど悪く無かったわ。」
「お前の成績レベルは組織からみたら下位レベルよ。 幹部候補生として教育できるかどうか小さな時から何回も試験があったのに、ことごとく落ちた。 気の毒なのはお前を育てた養父母の方。 しかもFランクがCランクを名前呼び? 世も末ね。」

嘲るように笑う巳恩

「ミス巳恩 名前呼びは俺が許可しました。 ミス巳恩がシェリーを名前で呼んでいいと許可を貰ったように。 それに6時半には高速に乗らないと道が混むというのならあと10分位しか時間がありません」

巳恩は氷のように纏っていた黒いオーラを出すのを止めて溜息を付いた。

「―… いいわ。諸星の顔を立てて聞かなかった事にしましょう。 ただし、今日の日当は半分に減額よ。高速料金も半分。一度限りの温情よ 2度目は無いわ。 時間潰しのラジオ音楽も赦さないわ。お前が触っていいのはカーナビだけよ。」 

諸星はそれ以上庇う事はできない。

「諸星」
「はい」
「何してるの。 荷物をいれなさいと言った筈よ。 宮野、車のドアを開ける事もできないの」
「すいません」
「直ぐに」

諸星は後部トランクを開けると丁寧に荷物を入れる。
明美がドアを開ける。
巳恩は慣れているのかレディの籠を中に置くとさらっと車内に入る。

諸星は気にするな、というように明美の肩を優しく叩くとドアを閉めて反対側の席に座る。
明美は小さな溜息を一つ着くと運転席に戻る。
幹部と幹部候補生が使う為の大型車だけあって、後部シートはゆったりと作られている。
鳥籠を固定して置ける様な台迄取り付けてある事に、諸星は権力の違いをみせつけられた。

ゆっくりと車が滑るように動き出すと、巳恩は前席と後席を遮る硝子の壁をパシンと引き上げた。

「ミス巳恩? これでは運転席との会話が―…」
「宮野明美と話す事は一言もないわ。 何かあれば、私が指示を出します。 退屈ならスマホで音楽でも聞いて為さい。 レディは暫く我慢してね。 お前は今日の夜と明日は鷹匠の家にお泊りよ。」


巳恩は発言は赦さない、と言い捨てるとバックからイヤホンを取り出しとスイッチを入れて、やや集めの独逸語の医学書を取り出すと捲りだした

(京都まで食事にいくとはね…)

諸星は溜息を付く。

(鈴乃屋、と云ってたな…)

スマホを操作して鈴乃屋を検索すれば京都でも老舗の呉服商で国宝級の作家の1点ものを使う店と表示される
舞妓・芸妓が通う女紅場学園のスポンサーとしても有名…

(巳恩とどんな関係があるんだ?)

「―… スマホで調べたって私と鈴乃屋の関係なんて分からないわよ」

イヤホンの片側を外して本から目を放さずにいう巳恩

「すいません。鈴乃屋がどのような店か知りたかっただけで」
「祇園にある老舗呉服商で京都でも有数の旧家。それだけよ。お父様が今の主人ー…… 当時は若主人の命を救った時からの付き合いなの。」
「Drが」
「そうよ。お父様がお母様と出会う前の話。お父様が祇園の呉服商の手術をしている事は履歴を調べれば直ぐわかる事よ。 そんな事も調べてないの? お父様は京都の児童養護施設に預けられていた時期があったの。 そこから有間家に養子に行ったのよ」
「そこまでDrのデータを網羅しているわけではありませんので。」
「まぁ、そういう事にしておいてあげるわ」

巳恩は本に目を移す。

「あ、ごはんたべには諸星も付き合うのよ。」
「俺もですか」
「当然よ。」
「俺はビジネスホテルで明美と一緒に待機、だとばかり…」
「云った筈よ。本来なら運転手にはホテル代を組織持ちで待機させて自由時間を与えて明日帰京させる予定だったわ。 でも宮野明美の任務は私を南禅寺まで送ったら用済み。 今日中に本部に車を返す為に帰京させるわ。 幹部候補生の不興をかった、という事は経歴に残るわね。」
「…とんぼかえり、ですか」
「帰りの車は鈴乃屋で手配するわ。 今度は宮野明美以外の人選でね。」
「とんぼかえりでは躰が持たないだろう。 上に立つ人間なら少しは考えて―…」
「なら、お前は女を抱く時、相手の躰を考えて抱いているの?」
「っー………」
「女が満足しても自分は満足できずに抱き続ける―… お前はそういうタイプよね」
「―…… 子供がする会話じゃない」
「なら、何も言わずに黙ってらっしゃい。 本部には南禅寺に付いたら帰京させると連絡をいれたの。 それが宮野明美の仕事。 バイトで時間給1000円だったとしても往復12時間で12000円。良い事? たとえ半額になったとしても1日の日当としては一般人には高額よ。 勿論、諸星には私に付き合った分の日当が後日振り込まれるわ。」
「―… 明美の事を考え直す余地はないと。」
「無いわ。生活が苦しいといのなら、お前の日当を分けて上げる事だわね。」
「―… 幹部となるべき人間として狭量だと思わないのか―… いえ、思いませんか」
「思わないわ。 無礼なものに罰を与えるのは当然よ。 たとえ、宮野明美が志保の姉だったとしても所詮はFランクなんだから」
「なら、ミス巳恩が幹部になって、俺が幹部になったら同等の立場にたてるという事ですか」
「甘いわね。幹部にもランクがあるのよ。Aから始まって SA、そしてSランクからSSになるのよ。外部からの幹部はAプラス評価を貰っても最低5年はSAに成れないの。つまりお前が私と同等のレベルに立つには山ほどの任務をこなすか、SAランクの幹部の気に入りになるかのどちらかよ。反対にAプラス評価をもっている幹部候補生はね、Aランクで半年任務をこなせば自動的にSAランクになれるのよ。」
「ー……」

諸星は黙り込む。

「組織育ちの幹部候補生が外部からの人間をそう簡単に信用するなんて思ってるなら、計画の練り直しをして出直しなさい」
「―……!」

思わぬ情報。
知ってか知らずか、 気づいているのかいないのか。

巳恩の言葉に諸星は顔には出さない溜息を深く吐いた
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