Act-12 些細な出来事
巳恩が運転席と後部座席の仕切り硝子を下げたのは、京都タワーが見えて来た時だ。
高性能カーナビと、制限速度ギリギリでノンストップ走行をしたのだろうか。
待ち合わせの時間まで1時間近く余裕がある。
「あと1時間。待ち合わせには充分ね。ー…… 此処からはゆっくりでいいわ。」
「はい。」
明美はその言葉にやっと緊張が解けたのか、小さな溜息を吐いてカーナビで検索するとルートを確認して車を回そうとする。
「少しスピードを落として。 カーナビは要らないわ。 私のいう道順で進めて」
「はい。」
京都タワーの周辺には舞妓や芸妓の姿の女性がいる。
「流石京都、だな。舞妓と芸妓が大勢いる」
「京都タワーの説明は要らないわね。 あれは観光客。舞妓体験の子たちよ。」
「そうなのか?」
「舞妓ならあんなぎこちない歩き方はしないわ。 ぽっくりというのだけど、慣れないと歩き辛いのよ。 それに舞妓さんは地髪を結うの。 あの子たちは半鬘で髪飾りの簪も季節外れ。 おしろいもお店のスタッフがやってるから額がボケてないし首筋もラインもキッチリしてるからすぐわかるわ」
「―… く、詳しい 良くご存じなんですね」
「基礎知識でしょ?」
明美の言葉に巳恩はくすっと笑う。
「舞妓さんたちの簪は12ケ月でそれぞれ違うの。デビューして2年程は割れしのぶの髪形しか結えないのよ。 姉さん舞妓になるとおふくだし。 簪は1月はお正月の松竹梅や稲穂。2月は梅とか、菊や菖蒲もあるわよ。 12月なんか大変よ。簪に絵馬みたいなのがあって、南座の歌舞伎総見に行って、贔屓の歌舞伎役者さんに名前を入れてもらうの。」
「ほぉー…」
「そうなんですね…」
「歌舞伎に興味なかったり嫌いだと、総見に行くのも億劫だそうよ。 一夜漬の知識でDVDとか観て感想云いながらファンの振りして書いて貰うのだと聞いたわ。 女形の時は朱色で名前を書いてくれるの」
「私も歌舞伎はわかりませんから、億劫になる気持ちは何となくわかります。 でも、一度サインを貰ったら、翌年、遣い回しをすれば問題はないわよね? ―… いえ、問題ないと思うのですが?」
「残念。 簪のデザインは毎年変わるから遣い回ししたらすぐバレるようになってるの」
「そうなんですか。」
「ミス巳恩は歌舞伎は」
「私? 私はあの衣装も、仕掛けも好きよ。お父様が昔の時代劇を好きだったから。 有間邸にはお父様がコネをフルに使ってためた昔々のDVDが山程有るわよ。」
「Drが?」
「はるか昔の…… 20年…… もっと前以上前の頃、という限定付よ。 昔の時代劇の主役には歌舞伎役者さんが演じてたりしたのよ。 その所為かしらね? 歌舞伎のDVDも沢山あるの。 私が歌舞伎を好きだと知って、桟敷席の招待状やDVDを今でも送ってくれるのよ。 殆ど見に行けないから、大抵は黒澤さんを通じて好きな人に譲ってしまうのだけど」
「今の時代劇は見ないのか? いや、見られないのですか」
「そうねぇ…… お父様ならCGを使って誤魔化している今の時代劇俳優には華が無いって一刀両断に斬りすてると思うけど。」
「手厳しいな。」
「まぁ、貴方たちは着物の着付けが出来ないようだしね。 興味ない人に歌舞伎の話をしても無駄というものだわ。 昔の時代劇の方が衣装も小道具も質が良いものを使っていたわ。」
「あ、あの」
「何?」
「今のうちに伺いたいのですが、南禅寺までお送りしたあとは、どうすれば…?」
「夜の11時までに本部にこの車を返しにもどればいいわ。この車で京都一回りしてから帰ってもよくてよ。 私は諸星を護衛に1週間程ゆっくりするから帰りは鈴乃屋で手配するわ」
「はい。」
「でも、この車で諸星のような事故を起こしたら、翌日には処分されるわよ。」
「そんな事しないわ! ―… いえ、しません」
「さぁ? 案外と当て事故られるかもしれないわね」
「ミス巳恩。 嫌味ですか」
「貴方が入院した時のカルテをみたから。 あれだけの事故でただの打ち身。普通なら骨折とかしてても可笑しくないのに強運の持ち主ね。諸星には当たり屋の素質が有るわ。」
「―……個人情報に問題がありますね、あの病院は」
「組織を前にすればあの程度の病院なんて1日で潰せるわ。 最も患者さんを殺したりしないように院長や看護婦たちの頸を飛ばす程度にしてもらうけど」
巳恩の言葉に諸星は黙り込む。
「諸星大は打撲傷で脳震盪を起こしただけだったから宮野は交通刑務所に入らないで済んだのよ。 もし、交通刑務所に入ってたら、志保の経歴に支障がでるから刑務所内で病死してても可笑しく無いわ」
「―… 志保の経歴」
「宮野明美が愚かな真似をすれば、志保の経歴に傷がつく。 組織はお前の経歴を抹消して処分するわ。新しい銃の的にされても文句は言えないわよ」
「わかりました。 十分、気をつけます」
「ならいいわ。 そこの交差点を右。路地をぬけて左側が駐車場よ。」
「分かりました」
明美はゆっくりと車を駐車場に停めた。
「ここが南禅寺…」
「そうよ。 お前の仕事はここで終了。 夜の11時までに車を本部に返しておきなさい。」
「本当に11時でいいの? ー…… 11時で、いいのですか? 行きは6時間の制限をつけた―… 付けられましたが」
「いくら私でもね、お昼を食べる時間位はあげるわよ。 夕方まで車の中で仮眠してから帰っても、京都めぐりしながら帰ってもお前の自由。 でもタイムリミットは11時よ。」
「―…いいんですか」
「構わないわ。京都タワーに寄ってもよくてよ。 本部には11時と連絡済よ。」
巳恩は鳥かごの安定装置を外す。
「お待たせね、レディ。 懐かしいでしょう? 京都よ」
巳恩の言葉にレディは籠の中で早く出してくれと羽をバタつかせる。
「もう! まだ駄目よ。 籠から出るのは鈴乃屋さんに御挨拶をしてからよ……」
ピーピーとねだるように啼くレディ。
「ふふっ… 困った子ねぇ。 ほらじっとしてなさい」
バックの中から革の腕当てと肩当てを出すと羽織りの上から巻き付けると手首につけてるブレスレットの釦に紐をつけてからレディを篭から出すとの脚輪の鉤に着ける。
リンリンと鈴の音を響かせてバタバタと飼い主の肩に飛び乗るレディはピーピーと甘える様に啼く。
「鷹には随分と優しいんだな。」
「だって、この子はお前達と違って賢くてイイコだもの。」
「鷹と比べるのは差があると思うんだが」
「少なくとも、宮野明美よりは役に立つわ。」
「鷹は運転なんかできないし、荷物持ちもできないー…… ませんが」
「そうね。でも宮野は組織の中で役ただずのFランク。 私と対等になりたいならAプラスの評価を持つ幹部候補生になる事ね。 ―…と、云っても候補生になれるのは12歳位迄だから、トウの立った二人は永遠に成れないわね 19までが候補生予備軍ですもの。つまり必死になって成果を出してランクを上げて地道に幹部になる道を進むしかないのよ、お前達は」
「ー… 」
レディはそうだと云わんばかりに甲高く啼く。
「コラ、レディ。静かにしてないとまた、籠に閉じ込めてしまうわよ。」
メっと可愛くにらめばレディは言葉がわかるかのように鳴き声を納める。
「諸星、荷物を出しなさい。 待ち合わせをしている方は時間に正確な方なのよ。 遅くても20分前には店に来ている筈だから、もう店の中にいらっしゃる筈よ」
「分かりました。」
「お気を付けて。」
「あー… そうそう。忘れてたわ。」
巳恩はバックから封筒を取り出す。
「これは」
「お昼ごはんの代金。」
「ぇ…」
「お金がないから節約をして、お腹を空かせたまま東京に戻って事故、なんてみっともない真似をさせたら候補生の沽券にかかわるわ」
「そんな事は! それに、子供にお小遣い貰うなんて…」
「駅の中でランチが食べれる程度しかいれてないわ。それに私は宮野より稼いでいるのよ?」
「ありがとうございます…」
諸星はクスリと口角を上げる。
「何? 言いたい事でもあるの?」
「いえ、なんでも。 ―…明美。 幹部候補生が少しゆっくりする時間をくれたんだから、気を付けて帰れよ。」
「ありがと、大君。 京都駅の中のショッピングモールにとても美味しいお漬物を売っているお店があると聞いた事があるの。 そこで買い物をして、御抹茶の美味しい和菓子屋さんに寄って帰るわ」
「そうか」
巳恩は二人の会話に興味もないのかレディを肩に止まらせたままさっさと歩いて行く。
「じゃ、な。 ホテルに付いたら連絡を入れる」
「うん。大君も気を付けて」
「あぁ」
諸星は片手を軽く上げて荷物を持つと巳恩の後を追う。
明美は溜息を付くとポケットから小銭入れを取り出して駐車場の片隅にある自販機で珈琲の缶を2本買うと車に戻って運転席について、溜息を吐いた。
「失敗、したんだろうなぁ…。 本部から、幹部候補生に気にいられたらランクアップの可能性もあるっていわれたけど。」
朝の言い争いと1日持たない帰京。
お昼を食べる時間はくれたとはいえ気に入らない下位ランクという印象を付けた。
缶コーヒーを開けて一息に飲み干す
(―… それでも、帰る前の休憩時間と食事の時間はくれた。 11時、という事は3〜4時間はゆっくりできる。 帰りはパーキングで珈琲も買える。)
封筒を空かしてみれば3枚程重なっているのが分かった
(巳恩ちゃんの年からみて1000円札が3枚、かしら? 以外と可愛い所ーが …!?)
明美は封筒を開けて目を見開く。
3枚は3枚でも1万円札。
(確か、駅でランチが食べれる程度って…。 まさか、1万円札と千円札を間違えたとか。 でもそんな事聞いたらまた機嫌を損ねるかもしれないし…)
携帯を取り出して諸星にメールで聞こうか迷った時にタイミングよく諸星からの電話が入る
「大君! 丁度良かった。 あのね―…」
「まだ駐車場か?」
「えぇ。30分位躰を少し休めようと思って」
「なら時間はあるな。 ミス巳恩からの伝言だ。 間違ってないから連絡無用。 ―… 意味、わかるか?」
「!! 間違ってない?」
「あぁ。 駐車場を出て直ぐ言われた。 宮野に連絡しておけと云われてな。 と、 もう店の前だから切るぞ。 じゃな」
要件だけ言ってさっさと電話を切る諸星。
「―… つまり、幹部候補生とFランクの差って事よね…」
組織の中では階級が全て。
頂点にたつあの方。
そして側近たち。
どんなにあがいても太刀打ちできない。
明美は小さな溜息を一つ吐くと、封筒を鞄にしまって車のアクセルを踏んだ。
(あの子の傍には、居たく無い)
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