Act-16 爆弾宣言
「 こんな足捌きの悪いのを着て、護衛が勤まると……?」
赤井は溜め息を吐く
那須紺色によく見なければ分からない細い朱の格子が入った絣に黒がかった緑色の博多帯
等身大の鏡をみれば自分でないようで、長い髪はゴムではなくて朱色の組紐のようなものできっちりと結ばれている
「馬子にも衣装、だわね。」
「ミス巳恩は着慣れていても、自分は初めてです。」
「情けないわねぇ〜〜。七五三や成人式で袴とか着せて貰わなかったの? 私は3歳の時も7歳の時もお父様が藤代のおじ様を通じて誂えてくれたお振袖を着て日本髪を結って貰ったわよ。 残念ながらお宮参りは、お母様が鬱状態だったのと、私もまだ保育器の中を出たり入ったりしてたというから出来なかったけど。 変わりに1歳の初節句は明治神宮、伊勢神宮、橿原神宮に春日大社と、4ケ所もお参りしたのよ。」
「伊勢神宮と橿原神宮には僕らも参列したんですよ。 父と、僕と、綾乃に豆乃、それからまだ健在だった母と祖父が」
「今でも覚えてるで。 お祖父はんが巳恩ちゃんを抱いてデレデレになってたの」
「巳恩は終始ご機嫌で抱かれたから、祖父さんが更に張り切って抱っこしてたし。母とどっちが抱っこするかで睨み合い」
「それは賑やかだったろうな。 残念ながら自分は着物に縁の無い生活をしてきた頃になりますが。」
「日本人なのに」
「申し訳ありません。」
「でも、似合ってるわよ。流石、恭介兄さんの見立てだわ。そこらの顔だけが売りのアイドル的俳優より見栄えがするわ。 この機会に浴衣の着付けと殺陣でも習ったら?」
「巳恩に云われると嬉しいよ。 さて、次は巳恩の番だけど何を着たい?」
「あ! 私、以前見せて貰った深紫のレトロっぽいのが着たい」
「深紫の…? あぁ、そういえば なんか今年色々と虫干しした中にあったような」
「駄目? 寿々乃お祖母様が若い頃に着ていたっておじさまが見せてくれたの」
「思い出した! 巳恩ちゃんが着たがるやろうって、言っておった大正ロマン風のやな。なら虫干しした後に奥の座敷にしまった筈やから―… 恭兄はんのお茶でも飲んで待ってー……「その必要はないで」」
綾乃の言葉が終わる前に障子が空いて藤代が大きめの乱れ箱を持ってくる
深紫を基調にした無地の単衣に桜色の帯。
半襟のついた薄い桜色の長襦袢……と帯揚げ帯締めに足袋……
「巳恩ならそういうと思ってな。前もって虫干しをさせて置いた。以前みせた時は背が足りんかったし、袖も長かったさかい着れんかったが今の巳恩なら着れるやろ」
バサリ、と着物を広げて羽織らせる
「写真に残っとる寿々乃はんによう似てる。地方で今も現役のお姉はんらが見たら驚くで」
「ほんなら、髮をお下げにしてみまひょか? アップにするより可愛いで」
「へ? だって踊るときは邪魔でしょう?」
「構わん構わん。どうせおとうはんが巳恩ちゃんを見せびらかしたいだけや。 」
「そうなの?」
「ほんまや。 な、お父はん。桜色より、この前仕入れた朱色の帯の方が引き締まって似合うのとちゃうやろか?」
「引き締まるというなら黒地に小花のー…」
テーブルの上に小物を並べ乍言う会話を聞いて、諸星はまた溜息を付く。
自分が着る時も体系補正だと薄手のタオルを3枚程付けれらた。
巳恩の場合はそれを上に行く補正の量だ
「あ、着物の時はアクセサリは取りなはれ。」
「でも、此れは」
「それが、無くなった厳はんのもアンクオンダイヤモンドっちゅうのはよぉしっとる。 けどな、着物の時のアクセサリは駄目や。後で縮緬の小さな可愛い信玄袋を上げるさかいに、鞄の中に閉まっておきなはれ」
「ー…… はい」
背後で衣擦れの音が始まって諸星は意識を庭の方に向けた
徹夜に近い事もあり、朝食は出汁で炊いた野菜粥になっていたが、流石は京都というべきか。
数種類の漬物と黒豆、卵焼き。
料理好きな祖母の血を引いたという恭介が漬けた茄子や大根は薄味だが、いくらでも食べれそうだった。
(昨夜、風呂から上がって自分の部屋に戻った巳恩の部屋からは繰り返し繰り返し三味線の曲が流れ、練習していた。三味線とお琴の曲が静かに流れ続けていた。)
負けず嫌いな性格からして復習でもしていたのだろう。
部屋に置かれていたと思える琴を会わせ、弦を弾く音も聞こえた。
藤代たちも気づいている筈だが、何も言わない所をみると予測済みだったのだろう。。
「何ボヤっとしてるの、諸星」
「―… すいません。 着替えを見たら悪いと思い、つい。考え事を」
「お前でもそんな気を遣うの? 女の着替えなんて明美で見慣れてるでしょうに」
「… ゴホっ ミス巳恩。 何をいきなり」
お茶を飲もうとしていた諸星は噎せかける
「汚いわねぇ。まさか、服着たままの女を抱くのが趣味だとか言わないでしょうね? 私、そんな変態趣味の護衛なんて要らないわよ。」
「ゲホッ ゴホ。ミス巳恩! 」
「大丈夫どすか? ―… 巳恩。 朝から大人な会話で遊ぶと諸星の兄はんが可哀想やろ」
綾乃が咳き込んで居る諸星の背を叩いて、諸星は手を上げて大丈夫だというサインを見せる。
「だって、諸星の反応が楽しいんだもの。それに海外の子は日本の子よりマセてるから、12や13で経験する子もザラにいるわよ。下手したら10歳とか、」
「―… ミス巳恩。黒澤氏に怒られるような会話は」
ぐったりと朝から疲れたように深い溜息を付いた諸星に、綾乃が同情の視線を見せる。
「黒澤のパパはこんな会話で驚いたりはしないわよ。 殺されたお父様もね。寧ろ、医者を目指すなら男がどういうモノか1度位はさっさと経験しておけ、というかもしれないわね。 海外じゃキスもハグも日常茶飯事よ。 恭介兄さんだって、祇園のお姐さんたちの間じゃ鈴乃屋の若主人って大人気でお相手は選り取り見取りだし、綾乃姉さんだってー…「ストップストップ!」」
子供らしかぬ会話が続きそうになり恭介と綾乃が止めに入る
「巳恩ちゃん。 ほんにもう―… やっぱ祇園のお姉はんらに色々聞いてるんやな。 巳恩ちゃんは舞妓やおへんから、妙な事を拭きこむなとあれほど頼んでるのに」
「全くね。 襟替えとかで固定の旦那をもつわけじゃないんだから。女の子がそんな話題をするんじゃない」
「ふふっ! いいじゃない。 医学を勉強してれば婦人科の勉強もはいるからおのずと解ってしまう事よ。 私、来年卒業したら黒澤さんの恋人に立候補するんだもの! 保護者から脱却めざいてるのよ。 黒澤さんに相応しい女になるんだから! たかが着替えやキス位で驚いてたら黒澤のパパの恋人になんかなれないわ」
「はいはい。 まーたファザコンの黒澤さん自慢が始まってしもうたわ」
「お前、本当に黒澤さんが好きなんだな」
「うん! 今はまだ他の女と付き合ってても文句が言えないけど、絶対隣に立つ女になって見せるの! 医学もピアノも舞も、全部、その為のステップよ」
「―…… 相当な重症やな。年々黒澤はんラブ度数が濃くなって」
「最も黒澤さんもそこらの女性には目をくれないけどね」
「なんだかんだと巳恩を育てれば、自信過剰性格も可愛いし、言葉使いとは別に優しいし、同年代の娘と比べて絶対巳恩に軍配上がるやろな」
「ふふっ」
巳恩は楽しそうに笑う。
「さて、と巳恩」
「なに?」
「いい加減にせんと、お前のお目付役が会話に付いて行けなくてへたり込んでいるで」
「ぁ」
巳恩はいつの間にか壁に凭れて頭を押さえてる諸星を見る
「情けない護衛ね。 志保の頭痛薬でもあげましょうか。それともキスでもしてほしい?」
「はぁ―… 頭痛薬で治るような痛みじゃない。 呆れているんだ………」
「黒澤さんの部下がこんな話題でへたり込むようじゃ世も末ね。」
「仕方ないだろう! 普通の子供がするような会話じゃない。初恋話ならほのぼので微笑ましいが、キスだハグだと挙げ句にー……」
「普通のコイバナなんて真っ平よ。」
ズキズキと、僅かな時間で胃が悲鳴を上げたような気がした。
(まだ13の子供に何を教え込んで居るんだ?)
医学を勉強すれば、確かに、知識として教えられる事。
海外ならば尚更だ。
とは言うものの、まるで経験済みのような会話に一気に疲労を感じて、諸星は溜め息をついた
「はいはい。そこまでだよ、巳恩。着付けが済んだ所でお香でも聞くかい?」
「ううん。お店でももう、お香を炊く時間でしょ? お店の門を開ける音がしてるわ」
「まぁ、小物ばかりの観光客ばかりや。 ちゃんとした反物を誂えるのは殆ど置屋はんだしなぁ」
「そうね。 最近は海外の観光客が舞妓体験とかしてるけど、着物きて散策体験のあのテロテロの着物はどうかと思うわ。 一見縮緬風のプリントとか、ぱっちん帯とか。肌襦袢が短すぎるとか! しかも丈が踝よりも遥かに上に着つけるとか。」
「ちゃんとした丈やと歩けないんやと聞いたで? 今の若い子は大股で闊歩」してるさかい、その感じで歩いて直ぐに着崩してしまうんらしいんや」
「―… 着物のイロハも知らないのね」
「正絹や絽は万一汚れたらクリーニングも高くつくからね、ポリエステルとかプリントで華やかに見える方が人気らしい。洗濯で汚れが落ちるようにいてあるのもあるらしいよ」
「京都の雅が無くなる訳よね。海外の人って奈良の鹿にも意地悪するって聞いた事あるわ」
「ああ。奈良公園に鹿せんべいやろ? 鹿にあげるフリして寄ってきたら技と高い場所に上げて鹿にあげないで虐めるって事件が多いらしいで。 せやから鹿も噛みついたりする事件もあるらしい。」
「そんな事したら鹿が可哀想。私が傍にいたら沢山買ってそんな観光客なんて追い払うのに。 いっそのこと国と交渉して私有地として公園を買い上げようかしら? 地元の人達はいいとして、鹿をみるなら公園への入園料を取るって事にして。 」
「せやな。巳恩は奈良の鹿が大好きやったな」
「うん。一番は鷹のレディだけど、狼や虎も好きよ。」
「猛禽類に猛獣、ですか」
あきれたように云う諸星
「何いうのよ! 日本狼なんて今は絶滅種で北海道ですら生息が掴めないし、西表山猫とか、月の和熊も希少種よ。 皆、好事家たちが面白半分に乱獲させたりしたからだわ」
「巳恩なら絶滅動物愛玩協会に入れるだろうね」
「だって、動物達の躰で貴重な薬剤の臨床試験をしてるのよ? 最も、実験に使うのはモルモットとかハムスターとかの小動物が多いけど、でも、半端な気持ちで医者を目指すなんて、医学の為に命をくれた動物たちが可哀想じゃない」
「そう、だな。」
キパッと言い切った巳恩の瞳の力は強い。
「ミス巳恩は、有間博士の立派な跡取りですね。」
「ぇ?」
「それだけの強い意志があれば、何年―… 10年位は掛かるかもしれないが―…、きっと、お父さん以上の医師になると、俺ー… 自分は、思います」
「あ、ありがと。」
諸星の言葉に少し驚いて少しだけ頬を染める。
「ジ… 黒澤のVaterと、志保と、藤代のおじ様たち以外でそう云ってくれたのは、諸星が初めてよ」
「ほぉー? 俺は思った事を言っただけなんだが」
「せやな。巳恩は小さな事時からお父様の片腕になる、というのが口癖やったって厳はんが嬉しそうにいっておったな」
「そう、ですか」
どこにでもあるような家族な風景に、諸星は巳恩を家族として扱う藤代一家に安堵を覚えた。
(ルナ姉。 姉さんはずっと巳恩の事を心配してた。 でも、少なくとも、外の世界で、藤代さんたちといる時は、普通の子として、組織の事を考えずに生活をしているようです。―… 俺が、今、この子にしてあげれる事はないけれど、いつか、組織を壊滅させたら、その時はきっと)
諸星はアンクオン・メモリアルダイヤを入れる為に綾乃が持ってきた幾つかの小さな信玄袋をあれでもないこれでもないと本気で選ぶ巳恩の姿に少しだけ頬を緩めた
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