Act-17 舞妓
「ちょっ! 一寸待って! 華豆の女将さんっってば! きゃあ!」
「いいから黙ってこの着物を着てみなはれ」
「だぁか〜〜らっ! これは舞妓さんの戦闘服でっ! 私はただのお振袖って」
「ええんどす。 お客はんたちも納得付くの事やさかい諦めなはれ!」
「ロクに舞もできないのにどうしてそんなっ… きゃあっ 真奈ちゃん迄女将さんの味方なんて酷い!」
「かんにんどすえ。ウチも巳恩ちゃんの戦闘服姿がみたいんどす」
「豆乃。ほら、モタモタしとらんで。化粧をしてあげなはれ」
「へぇ。今、白粉を溶かしてます。 紅は下だけ、でよろしおすか?」
「せやな。巳恩ちゃんなら髪型も舞妓になりたての割れしのぶの方が可愛いやろし。」

ドタドタバタバタきゃあきゃあと賑やかな声が上の部屋から聞こえる、といより降ってくる。

1階の居間でくすくすと笑っているのは藤代で諸星は階上の方をみてハラハラものだ。

「いいんですか? ミス巳恩が怒ったら俺がとばっちりを食います…」
「ええんや。たまには振り回してやらんとな。 女将も巳恩も何だかんだで楽しんでおるだけや 」

悠然と構える藤代

玄関がベルが押されてドアが開くとジーンズ姿の初老の男性。

「源さん」
「藤代のお家元!ご無沙汰しとります」
「こちらこそな。 今日は無理をいうてもうて―… この礼は源さんの孫さんの祝いの時に勉強させてもらいますさかいに。」
「気にせんでおくれやす。 こちらのお兄はんは?」
「あぁ、この兄はんはあの黒澤はんの部下で巳恩の荷物持ち兼お目付兼。まぁ、お庭番ってとこやろうな。 で、源さんは祇園でも数すくのうなってきた男衆はんでな。この華豆専属のように出入りくれはる人や。よう覚えておいてな」
「了解しました。 俺―… 自分は、ミス巳恩のお庭番の諸星大、といいます。宜しく。」

諸星は諦めて藤代の言葉に便乗する。

「お庭番の兄はんどすな。よろしゅうたのんます。ー…… 上は賑やかでおますなぁ 」
「黒澤はんに頼まれて巳恩に似合う盛装を作ってるさかいな。似たような柄ので、会わせて居るんや」
「あぁ! 来年の卒業式会わせどすな。藤代のお家元自慢の末っ子は海外に留学して飛び級で大学を卒業って花街でも噂が高いどすからご自慢ですな」
「ウチラは何も補助しとらんから、せめてパーティドレス位は、と黒澤氏に打診した時なそれなら着物一式誂えてくれいうてな」
「ドレスアップせぇへんのどすか」
「着物なら、ダンスを申し込まれても断りやすい、とな」
「可愛い娘を虫とダンスはさせれないという事でっしゃろうか? 華豆はんにも鈴乃屋はんにもいつも勉強させて貰ってますさかい。一人増える位なんの手間もありません。 それに巳恩ちゃんの着付けなら喜んでさせてもらいますさかい、いつでも呼んでくれてかまいまへん」
「本格的な舞妓の着付けは初めてやから出来が楽しみや」
「へぇ。精々気張らせてもらいます」
「ー…… 舞妓のポックリとかいう靴は歩きにくいと聞いたが」

諸星は、先日巳恩から聞いたばかりの事を口にする。

「巳恩なら大丈夫や。京にいる時は着物を会わせてるさかいな」
「では、鈴乃やはんの末っ子の店出しの支度を手伝うてきますわ。」
「宜しゅうな」
「へぇ。 お庭番の兄はんも楽しみにな」
「機嫌が悪くなければいい。 精々姫君のご機嫌を取ってきてくれ」
「委細承知」

階段を上がっていく源さん、と呼ばれた男衆を見送って諸星は溜息をついた。

「きゃああああ〜〜〜 源さん、苦しっ」

2階から悲鳴が上がる

「本当に大丈夫なのか」
「ははっ! 悲鳴が上げられる位なら心配いらんで。」
「なら、いいんですが」

ハラハラとした諸星に反して藤代は鷹揚に構えている。

「鈴乃屋のおとうはん!」
「お師匠はん。 巳恩ちゃんの御仕度、整いましたぇ」

やっと静かになった、と思ったら舞妓の姿になった真奈がトントンと階段を下りてくる。

「ほぉー…? 昨日の姿とは大違いだな。 だらりの帯や簪とか凄く似合っている。その簪が今年の12月の簪か? サインがある、という事は歌舞伎総見に行ったという事か」
「へぇ。ようご存じどすな。」
「東京から京都にくる途中ミス巳恩から延々と聞かされた。亡くなった有間医師は昔の時代劇や歌舞伎が好きだったそうだな」
「巳恩ちゃんも歌舞伎が大好きどす。問題は昔昔の人が好きで、おまけに、昔の歌舞伎役者さんが演じた時代劇の事になると着物の事から小物まで延々延々と熱く語ってくれますぇ?」

くすり、と笑った茉奈の言葉に諸星は目を丸くして、想像がついたのか溜息を吐く。

「巳恩ちゃんをみたらもっと驚きますぇ? 女将さんが、寿々乃姉さんの再来やって昔の写真を探してる程なんどす」
「まぁ、あの気性も寿々乃姉はんそっくりやと、赤ん坊の巳恩をみたお父はんが言ってたしなぁ。 店に残ってる写真をみても隔世遺伝のように似ておるしな。 ほな、巳恩の舞妓姿を見にいくとするかな」

藤代は湯呑をおいて立ち上がる。

「ほら、諸星のお兄はんも! 巳恩ちゃん、すっごく可愛いんどす! ホンマ舞妓にならはったらウチラのご贔屓筋のお客はんたち皆いなくなってしまうわ」
「ならば、是非とも写真の1枚も取って黒澤氏に送らないといけないな」
「是非是非! 黒澤はんもびっくりしますえ! ますます巳恩ちゃんを手放せなくなるかもどすが」
「それはそれで困るものがあるが」

諸星は藤代に続いて2階の和室にいき、ドアの所で固まった。

―… 見事な黒髪、決して派手ではないが黒に銀色の福寿草を染めた柄に金色の縁取りのだらりの帯。
半襟は店出ししたばかりの舞妓が使う赤色の多い柄。
反抗して疲れたのか、鏡台の前の椅子に座ってジュースの入ったグラスを貰ってストローで飲んでいる

「寿々乃、姉はん」

藤代が声を絞り出す。

「本当に。 寿々乃さん姉はんに瓜二つや。 巳恩ちゃんが寿々乃姉はんに似ているのはよぉ知っっておったけどな。まさかここまで似てるとは」
「全くですなぁ、女将さん」

使わなった小物を畳みながら源さんが云う。

「寿々乃はんの事はよぉく覚えておます。 うちが男衆として見習いを始めた頃、寿々乃はんは若いながら祇園の1、2を争う舞妓はんで、祇園の男たちは寿々乃はんが女工場に行く時の姿にすら憧れておましたからなぁ」

祇園が誇った天才舞妓。
一見の客どころか贔屓筋でも半年待ちとかザラだったという祇園でも何処までが本当なのか分からない程の舞妓の姿が、そこにあった。

「つくづく、舞妓さんや芸妓さんの体力を尊敬するわ… こんなのきてよく舞う事ができるわね」
「ふふふっ 慣れ、ですよー。 1年中着物で毎夜戦闘服ですもん。」
「お振袖より重い。 苦しい。ついでに簪がぴらぴらで邪魔」
「ははっ 振袖の4倍近い重さがあるさかいな。 ぴらぴら簪は舞妓デビューの証拠や。 来年の卒業謝恩会の着物もフルセットで作ってるから、その予行練習と思って我慢しなはれ」
「げ… ドレスの予定なのに」
「黒澤はんの希望や。 巳恩に似合う盛装をと云われて去年から生地を作ってる。糸も全部国産のものや。 国宝級のが出来上がるで。」
「黒澤のパパが」
「せや。 俺の娘にそこらの安っぽいドレスなんか着せられるかと云われてな。肌襦袢に足袋から1式」
「黒澤氏は、財産家なのか? 財テクアドバイザーだと聞いてはいるが」
「財テクはセカンドビジネスよ? セキュリティの仕事だと云ったでしょ。世界中かけまわってる高級取りなのは確かね。」
「ほぉー…」

諸星は溜息を付く。
有間厳は確かに個人で膨大な資産を残し、若くして屋敷のような私邸を一流建築デザイナーに作らせた。その私邸はTVの撮影に使いたいと云われる程で、父親の亡きあとは後見人に撮影許可を求める依頼が年に数回。
が、黒澤氏は1度も首を縦に振った事がない、という事位しか公式のデータとしか分からない。

「豆乃姉さん、ジュースお変わり。 冷たいカルピスの葡萄がいいわ。 冬なのに暑くて死にそう」
「仕方おへんな。 葡萄はないけどあまおうのがあるさかい。持ってきてあげまひょ。」

豆乃が苦笑しながら立ち上がる

その夜、巳恩は1夜限りのスペシャルゲストの舞妓すずのとして茶屋に入って、呼ばれた昔の祇園を知る地方のお姐さんたちに寿々乃姉はんの再来と異口同音に言われ、諸星とは別な意味で疲労困憊する事となる。
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