Act-19 誤解 前編
「お父はん、お帰りやす。 巳恩ちゃ… と、衣装を脱ぐまでは舞妓・すずの、やったな? すずの、諸星はんもおたぶくれはんどしたな。初めてのお茶遊びは如何どした? すずのはぎょうさん福玉を貰うてきはって。 持って帰るのに諸星はんを使うたんか?」
「お、おたぶ… ? 方言、か?」
「あははっ! 諸星は知らないわね。 京言葉でお疲れさまっていう意味よ。 ただいま綾乃姉さん。すごいでしょ? お姉さんに買って貰ったのと、御大に頂いた大玉と志保に1つづつ上げて一緒に開けるの! でねっ! 他のサイズのはスイスに帰る時に一緒にいれて、割れちゃったら仕方ないけど、もし、割れなかったらスイスのラボで開けるつもり。ね、お昼にサインを頂いた簪も一緒に持って帰っていい?」
「勿論や。 その簪は巳恩ちゃんだけのものやし、春佳と真奈の簪も巳恩ちゃんに上げたものやし。」
「うん! 貰った簪と一緒に大切に飾っておく」
「福玉も割れないように持っていけるとええな。 ―…さぁさ、戦闘服を脱いで化粧を落とさな綺麗な肌が荒れるで。 諸星はんは先にお風呂をつこうて下さい。 昨日と同じ場所に御着替えを用意して置きました」
「ありがとうございます。 ですがミス巳恩より先に湯を使わせて頂くのは…」
「構わないわよ。着物を脱いで化粧を落として髪をほぐすのに20分… 30分位掛かるもの。それに、私は昨日と同じで家族用の内湯を使わせて頂くから、先に休んで構わないわ」

小さな欠伸を連発して十分に暖まった居間に入ると綾乃が帯をほどきにかかると、パラパラと小さなモノが畳みに落ちてきて、諸星は一瞬表情を険しくする

「これは。」

塊を拾って諸星は首を傾げる

「あらま、お捻りどすな。 隠し入れるなんて最近じゃ珍しい事」

誰彼いれたかお捻りが複数。

「う、嘘〜 気がつかなかった。ここに戻ってくる時も落ちなかったし!」

帯をほどいただけの巳恩が目を丸くする

「悪い。俺もだ。護衛失格だな。」
「ははっ!  御大たちやな。 入れる事に気ぃつかない様に、置屋に帰って着物を脱ぐまで落ちないようにと仕込むのは難しい。 だが遊びなれてる御大なら、簡単や」

帯の隙間や袖の中に懐紙に包んだものもある。
あれだけ遊んで袖をふって遊んでいたのに気が付かなかった。

「あーあ。 云いように仕込まれて玩具にされよったな」
「ん、もお! 大御所方ってば! 私舞妓じゃないのに。しかもこんな沢山仕込まれて1つも気がつかないなんて、黒澤のパパにどんくさいって怒られるわ…。パパがいたら絶対気づいたのにぃ」
「黒澤はんがいたら怖くて仕込めないやろ? まぁ、そこらは諸星の兄はんより御大の方が上手やったという事や。 まぁ仕方ないやろなぁ。 巳恩は御大たちに会った事で舞い上がってたようだしなぁ」
「に、しても はぁ〜〜〜」

帯を外しただけの姿で畳に落ちたお捻りを拾う巳恩

「俺が拾って置く。ミス巳恩は綾乃さんに化粧を落としてもらうといい」
「そうね。流石にもう重くて限界越しそう」

巳恩は夜中まで起きていた綾乃と供に着物を脱ぐ。
長襦袢で肌が隠れているのを覚えた諸星は、それでも、あまり姿を見ない様にしてころころと転がったお捻りを拾っていく。
化粧を落として貰いながら溜息を付いて顔を引き締める巳恩

(お捻りとはいえこれがお父様を殺した奴等だったとしたら。間違いなく殺されていた。 京都にいるからと気が緩んで遊び過ぎた、かもしれない。 これじゃあスイスで調子を取り戻すのに時間がかかる。 組織の幹部失格になってしまうわ)

「諸星」
「はい。拾ったお捻りはお風呂に行く前に2階の私の部屋に届けておいて頂戴。」
「中身を確認しなくても?」
「お捻りは縁起ものというだけの小銭ばかりよ。 場を華やかにする為の物。大御所様たちへのお礼はその内考えるわ」

ピラ、と指に挟んだ小さな紙を見せる巳恩

「それは?」
「大御所お二人の本名が書かれたお名刺よ。携帯番号とアドレス、そしてお家の連絡先が襟元に入ってたわ。お前と違って油断も隙もない早業ね」
「おやおや。ほんに、お気にいられたみたいやな。御大たちは滅多な事じゃ連絡先をおしたりはせぇへんのに」
「… まぁ、嫁にこい、養女になれとまで言われましたからね、ミス巳恩は」
「あらあら大変やわ。巳恩ちゃんが嫁ぐときの用意をせなあかんかしら?」
「御冗談でしょ! 梨園には嫁がないわよ! 私は黒澤さんの恋人になるんだから」

一刀両断に切り捨てる巳恩

「確かに歌舞伎はすきだけど! 嫁いだら着物に御習字、接客マナーその他諸々仕来りだらけで面倒な事ばかりよ 医者を続けるどころかなれるかどうかも分からないもの」
「…まぁ、梨園は独特世界やからなぁ。 祇園とのつながりは深いが、巳恩には向かんやろ」

藤代が頷いて云う

「自分には、舞の良し悪しはわかりませんが、ミス巳恩の舞は良かったと思います。 何といえばいいのか分からないが艶のある華のようだった」
「あぁ。 見事やったで。 きっとな、あの時、巳恩の躰を借りて寿々乃姉はんが降りてきはったんやないかと思う。 歌舞伎の御大に会う為にな」
「と、いわれても、私覚えてないのよね。 地方のお姐さんたちのお三味線が聞こえたと思ったら躰が動いて、気付いたら舞いおさめてたんだもの。」

巳恩は苦笑する。

「へぇ―…? そうなん? あ、動いちゃあかんで! 簪取ったら化粧を落としていくさかいな。サラサラすぎて纏めにくいと椿油を大目に使ったと連絡があったさかい。」
「早く髪洗いたい。 舞妓さんって尊敬するわ〜 この髪型で寝るんだものね」
「慣れ、だろうね。巳恩の髪はサラサラで纏めにくいって髪結いさんがこぼしてたよ。寿々乃さんもサラサラで何時も苦労してたっていう事を聞いた事があるから隔世遺伝で似たんじゃないか?」

日本髪に結い上げた髪から簪を抜き取る綾乃に、いつの間に戻って来たのか恭介が言葉を重ねる

「おたぶくれはんどした。恭兄さん。華豆の女将さんはどうどした?」
「お帰りなさい、恭兄さん」
「お帰り、恭介」
「お疲れさまでした、恭介さん。本来なら自分も一緒に行くべきでしたが任せてしまって申し訳ありません」
「ただいま、綾乃、巳恩。ただいま帰りました父さん、諸星さんもお疲れさまでした。舞妓を送るのは、祇園に暮らす男の務めですよ。気にしないで下さい」

丁寧に挨拶を返す恭介

「春佳と真奈は華豆の女将さんに遅くなったお詫びをして送り届けました。茶屋の女将が連絡しておいてくれたので問題は全くありませんでした。 二人が異口同音に巳恩の舞を褒めてましたよ。 絶対に舞妓になって欲しくない、と女将に直談判するとかしないとか」
「むぅ… それはそれでなんか癪にさわ… 痛っ」
「あー、もう。 目元の化粧を落としてるんやから、動いちゃあかんって! 化粧が綺麗に落ちんやろ」
「ごめんなさい」
「ははっ。―…と、ごめんごめん。 巳恩が舞妓になったら予約殺到間違いなし、だって」

恭介はテーブルの上のテッシュを1枚抜き取って巳恩の目尻に浮かんだ涙を抑える

「春佳ちゃんと真奈ちゃんの方が上手なのに」
「だから、じゃないか? 才能のある人は才能のある人を知る、というからな」

諸星は笑わずに―… 笑ったら後が怖いのは十分想像できたから、であるが―… 答える。

「へ?」
「何かしら響くものが無ければ、嫁だ養子だと云われる事はないだろう。」
「そうかしら?」
「まぁ、今日の―… と、もう昨日の事になるけど、お茶屋の件はあっという間に広まるだろうねぇ。地方のお姉さんや茶屋の女将もみていたんだから」
「う〜〜〜。 おじさまの所為で!」
「おいおい、私の所為か? 御大にあって喜んだのは巳恩やろ」
「それとこれとは別! スイスに戻ってもおじ様の好きなチーズ、送ってあげないから」
「あ、食物で反乱になった」
「食べ物の恨みはおそろしいで〜?」
「じゃ、華豆に送って、おじ様にはあげないように手紙添える!」
「そうきたか」
「やれやれ。 手ごわい姫様だな」

諸星は家族のようなじゃれ合いに頬をゆるませる

コン!

「っ! ―… つい。 すいません」

頭にヒットしたのは巳恩が手に持ってたお捻り。

「扇子の方が良かったかしら」
「いえ、これ以上はもうご勘弁を」
「じゃ、お捻りと福玉運びは任せるわね。」
「分かりました。ではこれらはお部屋の方に」
「それから私がスイスに帰るのは来週よ。まだ日はあるけど、フライトの手配を確認しておいて頂戴」
「承知しました。問い合わせは9時…10時過ぎになりますが」
「それで構わないわ」
「来週スイスに帰るん? もう一寸ゆっくり羽根を伸ばせばええのに」
「もう充分伸ばさせて頂いたわ。黒澤のパパも居ないから長居しても御迷惑だし。 今回の目的はレディのお婿さん探しですもの」
「僕らは10日が1ヶ月でも全く構わないけどね」
「うん。でも、 遊び呆ける年齢にはまだ早いわ。」
「そんなん早く大人になりたいん?」
「黒澤のパパは待ってなんてくれないもの。 パパに相応しい女になるのよ、私は」
「全く。藤代の末っ子は重度のファザコンやなぁ」
「お父様が殺されたとき、側に居てくれたのは黒澤さんだったのよ?」

チラリと諸星を見る巳恩。

「お父様だけじゃない。メイドも運転手も殺された。 勉強を見てくれる教授も殺された。黒澤のパパが来てくれなかったら私は死んでた。 黒澤のパパが、留学という形で日本から連れ出してくれた。医者として必要な知識も全部最高の教育を付けてくれた。 あのパパ以上に素敵な男なんて居ないわ。 死んだお父様も、黒澤のパパが相手なら、文句は出ない。」

(そうだ。彼等は厳さん以外にも手をかけた。この子が信頼していた人を手に掛けた。)
諸星は拳を握り締める。
(この子が警察嫌いになっても仕方ない。 その信用を回復させる方法を知っていても、俺は何もしてやれない)

「では、ミス巳恩、俺は先に風呂を使わせて頂いて休ませていただきます。明日の予定は」
「午前中に一度レディの顔を見に行くわ。その後、平安神宮か清明神社か33間堂あたりにでも出ようかしら。平安神宮の近くに美味しいパン屋さんがある筈だからパンが食べたい。ご飯飽きたわ」
「了解」
「巳恩はホンマ厳はんの子やな。 厳はんも2日ご飯は飽きると云った」
「まぁ、スイスのパンは家庭のは今一だけど、店やホテルのは美味しいわよね。独逸のエカテリーナ宮殿の裏側にあるパン屋のデニッシュは最高だったわ。」
「また、ピンポイントな店だな」
「黒澤さんと独逸に行った時ね、泊まったホテルがエカテリーナ宮殿の裏門近くの綺麗なホテルだったの。 朝5時位にね、ポップコーンを持って黒澤さんとホテルの庭を散歩してたら市民の人が焼きたてパンを持って歩いてるのを見かけたの。 すっごく良い香りがして、香りに誘われてお店を探したら一寸坂道上がった所に地元密着形のパン屋さん見つけて。 ホテルの朝食なんて目じゃない位美味しかったわ。 お店でココアと珈琲を買って、エカテリーナ宮殿の庭を散歩しながらベンチで食べたの。 パパは珈琲を飲んでいただけだけど。 動物たちが寄ってきてたから、ポップコーンは動物たちに上げたのよ」

当時を思い出したのか楽しそうに云う巳恩
(そうだ。 この嬉しそうな、愛らしい笑顔。 おれは、この子に何時もこんな笑顔でいて貰いたい)

「そのお店はまだあるん?」
「分からないけどまだ続いていると嬉しいわ。」
「ミス巳恩がパン好きなのは充分、分かりました。 あるかどうかわかりませんが食べブログでもみて美味しいと評判のパンやを探しておきます。」
「ふふっ! ありがと!」
「では」

諸星は軽く頭を下げると部屋の片隅においてある福玉を取り上げると腕に提げる。

「その手じゃ障子は空けれんなぁ。私が開けよう」

藤代が腕に福玉、手にはお捻りを持って両手を塞がれた諸星をみて笑いながら開ける。

「ありがとうございます。」
「おやすみ」
「おやすみなさい。」

藤代が小さく目で挨拶をする。
諸星も小さく頷いた。




***

余談ですがエカテリーナ宮殿裏のパン屋は実在します。(今もあるかどうかは不明)
管理人が欧羅巴旅行中に泊まったホテルと見つけた店をモデルにしました。
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