氷壁の姫 Act-02 水と油
雨の中で20分以上門の外で待たされて、雷が鳴り出して土砂振りになり、更に20分以上待たされてびしょ濡れになった所でやっと鋼鉄の門扉は開けられた。

「いい格好ね。 FBIが”犯罪者”の娘の玄関ホールでタオルを借りるなんて、滅多に拝めないわ」
「貸すのが嫌ならとっとと入れれば良いじゃない!  風邪引いたら責任とっても貰うわよ」
「帰らなかったのはそちらの勝手。 車で来たなら車中で監視すれば良いだけでしょ?」

業とらしく犯罪者という言葉を強調する巳恩。

居間に繋がる部屋のドアが広く開け放たれており、片隅に置かれている大きな鳥かごの中の止まり木には2羽の鷹が止まって羽繕いをしているのが赤井の視界に入った。

「全く! 可愛げの無い子なんだからっ」
「FBI相手に可愛いなんて思われたくないわ。 お父様を殺したのはFBIなんだから」
「ジョディ! 文句をいうなら帰れ、と俺は言った筈だ。」
「でも、シュウ」
「巳恩は俺の担当だ。お前じゃない」
「… わ、解って、るけど…」
「担当ねぇ? 年上だからと他人を呼び捨てる礼儀知らずの名前を覚える必要性はミクロ単位もないわね。」
「玄関先で追い出すわけ? 雨が上がるまでどうぞ休んでいって下さい、位言えないの? 年下の癖―… 「いい加減にしろ、ジョディ!」」
「シュウ? 有間巳恩はシュウの監視下にあるんでしょ? 雨の中延々とまたされたんだから、少し位休んでもいいじゃない?」
「許可も得ずに入るのがFBIの常識なのね? ―… FBIも公安と同じで権力行使が好きな集団、という証明が記録できたわ」
「なんですって!? 犯罪者の癖に!! 公務執行妨害で逮捕する事もできるのよ!」
「やれるものやらやってみれば? 有間の専属弁護士を呼んで無罪放免。恥をかくのはおばさんの方よ」

足音を立てて勝手に居間に入ろうとしたジョディに向って放たれた巳恩の言葉は感情の欠片もない。

「上司が上司なら部下も部下だわ。」
「はぁ―…」


以前からそうだったが、ジョディと巳恩はウマが合わない。
見事に水と油。
組織絡みでジョディが巳恩の鷹に発砲した絡みもあり、―… ジョディもジョディで鷹位という言葉を発した事から、ただでさえ信頼のない警察機構が更に信頼度を下げてしまった。

巳恩は黒曜石のような瞳を光らせて赤井たちを睨み付けた儘だ。

「残念ながら私は盗聴盗撮が趣味な人と話をする暇なんてないの。 タオルのレンタル料は請求しないし、持って帰って構わないからさっさと帰ってくれるかしら」
「残念ながらそうもいかなくてな。 ジョディの度重なる振る舞いに関してはFBIの教育不足だ。すまない。 この案件が全てかたづいたら新人と一緒にアカデミーで再教育をさせる。 今はそれで妥協してくれないか」
「―…ちょっ 今更再教育って何よ!それ」
「自分の振る舞いを考えろ! この家はお前の家でも俺の家じゃないし、FBIの名義でもない。 ましてやお前との繋がりは全くないだろう」
「で、でも!」
「今日は穏便に話をしたくて来たんだがー… 馬鹿な捜査官が台無しにしたようだ。日を改めて、今度はアポイントを取って出直そう。 ―…あぁそうだ。 忘れる前にこれを」

赤井は濡れないようにとビニールをかぶせて持っていた紙袋を差し出した。

「気に入らなければ捨ててくれ。 細工は一切していない。 万一細工されていたら俺が責任を取る」
「―…?」

袋を受け取った#巳恩は黙って紙袋を開ける。

「ジー・クリフの蜜香紅茶に固巻きのシナモンスティック。 リーフルのタルボ農園とサングマ農園とリシーハットにキャッスルトン? 驚いた。… シルバーチップ単体のダージリンは今年は少量しか採集出来なくて殆ど出回ってないし、ゴールデンチップも稀少生産で5ツ星ランクのホテルが買占め状態だったから大手の専門店でも入荷量が凄く少なかったのに」
「君が紅茶好きな事は覚えていたんでね。 ただ、どの農園のが好みなのか分からなかったんでな。 恥ずかしながら、ネットで調べて店舗で聞いて、幾つか紹介して貰った農園の中から良さそうなのを選んでみた。 入荷数が少なくてテイスティングができなくて味は分からないが」
「店員さんのチョイスなの?  でも、まぁ、ゴールデンとシルバーをいれた時点で気を使ったという事は分かるわ。 どれも良い茶葉の選択ね。 私の手土産にするには合格ラインと認めて上げるわ。」
「気に入って貰えたようで何よりだ」
「組織壊滅してからもこれみよがしに盗聴盗撮をして、今だに人の家を漁り続ける貴方たちの存在は気に入らないけど、紅茶の茶葉だけは褒めてあげる。」
「姫のお褒めに預かり恐悦至極だが、一つ訂正してもいいか?」
「訂正?」


赤井は溜息を吐いた。


「確かに、この家を盗聴監視していたのは事実でそれに関しては暴走した公安やこいつ等―… いや、仲間うちでも行き過ぎの行為もあった。 その事に関してはやり過ぎた面もあってそれに関しては謝罪する。 だが、組織壊滅に合わせて機材は全て俺と公安の安室君―… いや、降谷君との立ち合いの元で全て撤去し、俺達二人の立ち合いの元で破棄をさせた。 一つ残らず撤去したという証明書にこの場でサインをしてもいい。 今は、必要最低限の行動として、君の身を護る為に週に2〜3回は君の勤務先や有間邸を捜査員が巡回してるが、君の行動を聞いたり後を付けるような事はさせてないしこれからもさせない。 俺達はこの家には盗聴器も盗撮器械も一切取り付けていない。 ―… それだけは本国に誓える。安室ー… 降谷君も同じ事をいうだろう。  なんならここで宣誓をして、それを証拠にしてもいい」
「それが事実なら私の家の玄関とか庭やベランダと庭に盗聴器を仕掛けてハーレーにGPSを取り付けたのは愚かな高校生。ベランダについてたのは投げる程度じゃ無理な場所だからKIDか誰かの力を借りた、という事ね。」

ピラリ、と、小さな器械が3個程入ったビニール袋を見せびらかす巳恩

「なら、これは役立たずの日本警察に出してもいいわよね? これはれっきとした証拠なんだから、いかな低能の日本警察とはいえ、それなりの処置ができる筈。 全部じゃないけど指紋の一部がついてたわ。 FBIに指紋鑑定を頼むと握りつぶす、かしら」
「依頼とあれば鑑定に回してもいい。 どうやらあのボウヤには、APTXを飲まされてから事件解決の為にはGPSを付けて盗聴位してもいいというような悪い癖がついたらしい。 彼にはあとで説教をしておくよ。」
「なら、謝罪文をA4用紙で12フォント位の文字で、余白は天地左右1センチでびっしり100枚位、手書きで書かせて父親に届けさせて頂戴。 以前の契約をいつ反故にしたのか、時間と場所と立会人を教えて欲しいとね」
「了解した。 気の毒なのは優作さんだが興味本位で仕掛けた坊やに非がある。 彼の読者としては残念だが致し方あるまい」
「なに? 何の事?」
「お父様がFBIに殺された時、工藤優作は役立たずの刑事に変装して、録音機能付きの集音器と粗悪な録画装置つきの眼鏡をかけてウチにきたのよ。 その時に有間邸を探るような事は、作家生命にかけてしないという約束をしたの。もっとも公安やFBIが面白がって盗聴していた時は情報はダダモレだったら取り付ける必要なんて無かったんでしょうけど?  当時部長刑事だった目暮っていう人が証人よ。」
「―…」
「もし、この機材が生きていてこの言葉が聞こえているなら、今のうちにご両親に謝っておく事ね。 有間邸のセキュリティは赤外線紫外線、音量と熱探査もできるのよ。」
「―…」
「恐らく、これを仕掛けた人の指紋の欠片位は残っているから証拠として預からせて頂くわ。鑑識を誤魔化そうとしても無駄。 指紋照合位、この家の機材で簡単に出来るし、工藤新一 いえ、江戸川コナンの指紋もDNAもとっくに入手済だとね」
「全く。坊やの所為で此方の話が大部不利になったな」

赤井は溜息を吐いた。

「優作さんには俺からも監督不行き届きだと報告をしておくよ。―…坊やは高校留年してしまったから補習に追われて謝罪にこれるかどうか分からないが」
「留年? 性格的問題は兎も角、頭は悪くなかったわよね?」
「高校には出席日数、というものがあってな。坊やは組織との対決で絶対出席日数が足りなかった。」
「それは自業自得というものよ」
「たしかにそうだな。本人は進級できないなら退学して高校卒業検定を受けるような事を希望したが、ご両親が自分の蒔いた種が原因だから留年してやり直せと説教したと聞いている。」
「ならばこの件に関しては終了にしてあげる。」

巳恩は小さな溜息を一つ吐いた

「紅茶を貰った礼と、愚かな部下を持った上司に同情して今からカッキリ1時間、時間を取ってあげるわ。 1時間に承服できないなら今すぐ帰って」
「いや…。 1時間もあれば十分だ。 居間に上がってもいいか?」
「どうぞ。ただし、他の部屋には一歩も入らないで。」
「承知した」
「此れを仕舞ってくるから好きな場所に座ってなさい。 この儘持っていたら手癖の悪い捜査官が権力を笠に持っていくかもしれないから」

巳恩が台所に繋がるドアを開けその姿が見えなくなるとジョディはバックから小さなマイクロチップを取り出してソファの隙間に埋め込もうとして、目ざとく見つけた赤井が取りあげる。

「止めろ、ジョディ」」
「何故止めるのよ? こんな小さなチップですもの玄関ホールにだって居間にだって取り付ける場所は沢山あるじゃない? 録画は無理でもジンの電話があるかもしれない。 万一変装してこの家に来たら二人セットで捕縛する事が可能だわ」
「この邸内にはセキュリティの監視システムが取り付けてある。 それは、工藤邸の非では無いからすぐにバレるぞ」
「―…そんなの、FBI本部に連絡すればどうとでも言い逃れる事ができるわ。」
「有間邸には監視ルームがある。この映像は間違いなく記録されているだろう。 お前も大概あのボウヤに染まってるな。」
「法律上は私達の方が有利なのに、どうして其処まで庇う―…」

ジョディが溜息を付いた時、カチャカチャというカップの音がしてくる。

そして、カラカラとキッチンワゴンの音がして、上品なデザインのティカップとチーズをのせたクラッカーを乗せた皿が置かれている。

「紅茶? にしては色が薄いわね? 色素を薄めた水みたいね」
「薄めた水…? 表現としては紅茶を全く知らない人の言葉としては間違ってないわね。 シルバーチップのファーストフラッシュだもの。 色が薄くて当然よ」
「確かにファーストフラッシュは色が薄いのが殆どだからな。 店舗で進められた茶葉をみたがシルバーチップはどれも大きく銀色をしていた。 店員もシルバーチップだけのは稀少性が高いと言ってた」
「シルバーヴィンテージが高いのは当然よ。 それに同じファーストフラッシュでもちゃんと色ができる農園もあるし。シルバーをブレンドしたファーストフラッシュだってあるわ」
「流石に紅茶が好きなだけあって、美味く淹れるな。 ケーキではなくクラッカーにチーズ、というのがとてもいい取り合わせだ」

自分の前に置かれたカップを取り上げて一口飲んだ赤井が云う。

「紅茶の茶葉に罪はないもの。 折角だから入れてみたのよ。 喫茶店で飲んだらこのセットだと1杯3000円、お店のグレードによっては4000円位かしらね。チーズはスイスの専門店からの取り寄せよ。通販はしてないわ。」
「さっ…! こんな色の薄いのが」
「私は珈琲は飲まないの。珈琲を好んでいたのはジンだから。でも、ジンが居ないから珈琲豆は先日、全部処分したの。 気に入らないなら捨てるだけよ。 貴女がさっきバックから出して忍ばせようとしたチップを使用不可にする事位できるでしょう」
「あんたね!」
「ジョディ。大人げないぞ。 ―…確かに、君は珈琲を飲まなかったな。エスプレッソを入れてバニラアイスにかけてアフォガードにするかミルクたっぷりのカフェ・オ・レ程度だった。」
「珈琲が飲めないなんてお子ちゃまね」
「お父様も珈琲は飲まなかったわ。  貴方たちの行動は予想通りに録画してるから、今度、本部の長官の個人アドレスに送りつけて上げましょうか?」
「なっ……!」
「珈琲も紅茶も嗜好品よ。ゲーム狂いの捜査官よりマシだと思うわ」
「ゲームが好きで悪いとでも?」
「いいえ?  ゲームも使い方によっては教育にも治療にも使えるのよ? でもゲーム依存はどうかしらね?」
「………」

ジョディは黙り混む。
認めたくないがゲーム好き。シューティングゲームでパーフェクトを出した快感は1度味わったら止められなくて仕事帰りにゲームセンターに行くのも日常化。
自宅のPCにもスマホにもゲームサイトが沢山登録してある。
と、いってもプレイするゲームはあまりないが。

「ジョディ。 珈琲紅茶と文句をいう間に飲んで見ろ。 工藤さんの監督不行き届きは俺にもあてはまりそうだ。」
「わ、悪かったわ。 珈琲が嫌いな事までは知らなくて」

ジョディは一口紅茶を啜り、目を見開いた。

「ー…… 美味しい! 時々、紅茶も飲むけど、こんなの初めてよ。 喫茶店みたいに美味しく淹れるのね」
「全くです。 カップも綺麗ですね」
「ふふっ。 紅茶だけはね。と、いっても基本的にストレートメインだけど。貰った紅茶のシルバーチップだけのファーストフラッシュが入ってたから」
「へぇ… シュウが選んだ紅茶なの?」
「買い手がどれ程礼儀知らずであっても紅茶に罪はないわ。 貴方たちに上げた1時間のうち、十分時間も取れるし」
「―…」
「美味しい茶葉を貰った御礼と礼儀知らずの部下を持った上司に同情して要件位はきいてあげると言ったでしょ? その要件を飲むかどうかは別として、ね? さっさと言わないと1時間なんてあっという間よ?」
「ー…… そうか」

赤井はティカップを置くと深呼吸を一つして姿勢を改めてゆっくりと目を閉じる。
すっ… と巳恩の雰囲気もガラリと変わって、ジョディとキャメルは部屋の温度が数度下がったのような錯覚を感じた。

目を開けた赤井はFBI捜査官としての顔になり、氷を纏った巳恩を正面から見据え、ジョディもキャメルも真顔になる。

「有間巳恩、こと、ジン・デイジーは組織の幹部ではあるが、実質的に人を傷つけた事はない。 が、後見人たる黒澤陣は組織の幹部にして狙撃者でもある事から、何らかの方法で有間巳恩に接触する可能性が高い。 身の安全と、今後の生活には付いて新たな後見人を設定するか、証人保護をかける必要事項がある。 とはいえ、お前に証人保護をかけるとなると、FBI、CIA、公安は当然の事乍、CICS、KGB、DST等々の各国の機関がお前の頭脳を欲しがるだろう。3ツ巴、4ツ巴それ以上の乱戦になるのは間違いない。 だが、幸いというか何というか。 俺―… 赤井秀一が、お前の母親の従弟で縁戚関係が有るのは戸籍上で証明されている。 俺が、お前の後見人として、保護司となり、司法取引を承諾する事で、お前の組織の幹部としての履歴は永遠的に封印される。 ―… 簡潔だが、以上が上層部と裁判所との合意的処置だ。」

赤井の言葉に巳恩は目を見開いて、黙り込んだ
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