氷壁の姫 Act-03 怒りの泉
「もう一度、言って貰えるかしら? 貴方を保護司として認めろとか司法取引とか聞こえたんだけど?」
「その通りだ。 完結に云えばお前をFBIの保護下におくのが決まった、と云った。この家もFBIの管理下に置かれる事になるがお前がここに住むというなら新たなセキュリティを設置する事になる。」
「―……親でも無いのに大きなお世話よ」
「有間巳恩はまだ未成年でしかも日本の法律的に高校生。 ジン・デイジーというコードネームを持つとはいえ人を殺した事も無い。 法の元で処分する事が出来ないし、ジンにウォッカ、ベルモットは逃走中。そして、お前はシェリーに協力して解毒剤の研究場としてシェリーこと宮野志保に、この家を提供したからな」
「 ―……」
「お前がジンを慕っているのは知っている。ジン…… 黒澤陣と呼び変えてもいいが、奴もお前を―…"ジン・デイジー"を可愛がっていたからな、コンタクトを取る確率は高い」
「―………」
「組織のバックアップがあったとはいえ、お前がスイスの大学で医学を修め、医師としての博士号を取得しているのは、学校側の成績証明書類等で証明されている。その事実まで抹消するとは言わないしインターンを止めさせるような事もしない。」
「それで? この有間邸をFBIの塒にして、FBIが日本支部のように居座り、ジンの連絡が来るのを盗聴盗撮するとでもいうの?」
「アナタねぇ! シュウがどれだけ苦労して公開裁判沙汰になるのをもみ消したと!」
ジョディがバンっと机を叩いて、巳恩は僅かに柳眉を寄せて睨み付ける
「テーブルが痛むわ。 そのテーブルは縄文杉の1枚テーブルなんだから。」
「だから、何よ? 壊したら同じの買って弁償すればいいんでしょ? たかがアンティーク素材のテーブルじゃない! 新しいのを買ってやるわよっ!! 幾らしたのよ?」
ジョディは業とらしくバックから銃を取り出してダンっと擦ってギリギリと傷を付ける
「―… 修理代金で500万程頂こうかしら?」
「はっ! アンティークで500!? バカバカしい! 20万もあれば買えるでしょうが!」
「このテーブル、アンティークとはいえ縄文杉なのよね」
「ジョウモンズギ?」
ジョディはきょとんとなる。
「縄文杉とは屋久島に自生する屋久杉の事で樹齢4000年以上とか木の文様が縄文土器に似てるから縄文の名が付いたとかいわれている古木杉だ… お前が傷つけたのはその杉のテーブルだな 測定不能な杉なら7000年以上の樹齢のものもあるようだが、このテーブルも可也の太い幹が材質のようだな。1枚杉でこの大きさとなれば千万を超えるものもある…」
赤井はスマホを検索して縄文杉の説明を見せる
「… 千!? うそ、でしょう?」
「縄文杉の価値を知らないのね。 縄文杉は今は伐採禁止になって居るから、1枚テーブルを探すのは大変よ? これ位のサイズだと軽く千万単位かしら? 今は故人となった藤代のお祖父様が、この家の新築祝いに宮大工の職人に伐採して10年程天然乾燥させて艶がでてきた素材で作らせたものだと聞いたわ。 お祖父様が健在の時は、まだ伐採できるのがあったらしいけど。 現在、屋久杉は稀少価値がとても高いの。 頂いた時の説明に樹齢も書いてあって、縄文杉であるという証明書もついていたそうよ。 説明書はお父様のお部屋の何処かにある筈だわ。 修理できる人を探すのも大変で、修復するのにも軽く500万はかかるでしょうね。 ちなみに偽物も多く出回ってるから、古物商でも縄文杉を取扱うには証明書だか許可証が必要なの。だから売買できる業者は少ないわ」
「―… ぇ」
艶光して味のあるテーブルに白くギリギリと残った傷。
「どんな躾を受けたのか是非ご両親に伺いたいわね。」
ジョディはテーブルを見て、キャメルは慌てて腕時計を取り外すとポケットに仕舞い、赤井は何度目になるか分からない溜息を付く
「テーブルの件はFBIで一流の修復師を探して手配する。 京都の藤代さんに頭を下げて伺えば、当時の宮大工―… はもうなくなられているだろうが、取扱のできる宮大工を紹介していただくか、修復できるかわかるだろうしな。 修理費用はコイツの自腹を切らせるし、もし修復が気に入らなければ同じもの探して―… 新築祝いで貰ったものなら、どんなに高いものであっても弁償には成らないだろうから代替え案は考慮する。 取りあえず傷の度合いを見せる為に写真を取らせてもらうぞ。 傷を付けたのがジョディの銃であるというのは銃についた木屑が証明するだろう。 映したものはこの場で確認してくれて構わない」
「幾ら価値のあるものだったとしても所詮はテーブルでいつかは使わなくなるものにどうして!」
「何時かは使わなくなるもの、ですって?」
ギリ、と唇を噛んで流れるようにジョディから眼鏡と取り上げるとバキっと中央から折り曲げる巳恩
「何をするのよ!」
「所詮はいつかは使わなくなるものでしょう? テーブルよりも安い買い物よね?20万渡せば同じものを買えるかしら? オークションで探してみれば手に入るんじゃなくて? 新品でもっと高くて良いものを買えるかもしれないわ」
「っ それはパパの遺品で同じものは二つと無い― … ぁ」
「お前がした事はそういう事だ。」
赤井は巳恩がテーブルに放った眼鏡を取り上げると追い打ちをかけるようバキンと割ってジョディに渡す
「何時まで父親の幻影に囚われている積りだ! お前は今年アカデミーを卒業したばかりの新人か!」
「パパー…の、幻影」
赤井は傷のついたテーブルの部分をスマホで撮り、画像を巳恩に見せる
「ジョディがテーブルに傷をつけたのは俺とキャメルが証人として上司に説明する。日を改めて詫びに来させるからこの件は俺に預けてくれないか?」
「いいわ。テーブルの件、だけよ。安物の眼鏡と50:50で済ませたら承知しないわよ」
「承知した。―…何をしている、さっさと眼鏡をしまえ! 銃は証拠品で俺が預かる。」
「―… 了解。 ごめんなさい、パパ。 でもきっと修理して見せるからー…」
ジョディはハンカチに眼鏡を置くと丁寧に包む。
「さて、と。 話を戻すが、お前が父を殺したFBI捜査官を嫌うのも憎んでいるのも解ってる。 だが、厳兄さんをー… 有間博士を撃った捜査官は2人供―… もう、罪を償える状態じゃないんだ。 怨むなら、憎むなら、彼等と同じFBIの俺を怨んで憎んでくれて構わない。だから彼等の事は忘れてやって欲しい。テーブルの詫びにもならないが、お前の命と行動の自由は俺が、命に変えて守ってやる」
「赤井秀一を憎み恨む事で我慢しろと?」
「俺を憎むだけでは不服か」
「私が望むのは、お父様を殺した捜査官一族の命を、社会的に葬る事だわ。」
「アナタがそう出るなら、FBIは彼等に証人保護を掛けて守って見せるわ!」
「証人保護を受ける家族にはどうやって説明するの? 捜査官が殺した犯罪者の娘が報復で命を狙って居るからとは云え無いわよね? 捜査官の事を忘れる代わりに家族の命を差し出せと言われたから、証人保護で守らせてほしいと言える?」
「彼等を法の基に出せと」
「代替え案として諸星大に出頭させて、基、組織の構成員として法律的裁判を受けて貰う事と引き換えてもいいのよ。」
「そんな男は知らないわ」
「FBIの情報源って日本警察並みにチャチなのね。 なら、探すといいわ。 諸星大は潜入という名の大義名分の基、罪なき一般人を幾人殺して、その手を血の色に染めたのか、私が知っているだけで両手の指の人数はいるのよ?」
「―……」
「潜入に使った宮野明美は、彼のせいで殺された。 殺したのはジンだけど、狗を連れ込んだのだから処分されるのは当然よ。 最も宮野明美は下端だったから死んでようが生きてようが、証人保護で違う人になってようが、私にはどうでもいい事だけど」
「確かに、宮野明美を嫌ってたな? 明美には良い所も沢山あったが」
「好き嫌いの以前の問題よ。 志保には悪いと思うと思うけど、男に騙されて抱かれて甘い言葉に酔わされた愚かな女なんか役立たずすよ。 志保と志保の両親のおかけで生きる事を許されていたのに」
「騙されて…か」
「志保の姉が殺されたのは諸星大が産まれてきたからよ! 諸星大こそ裏切りものとして死ぬべき存在だわ!」
「―……っ」
赤井は拳を固く握り締める
(明美が死んだのはー… 俺の所為だ。 志保に残されたたった一人の家族を、俺は…)
「志保は確かに私のライバルでありパートナーでもあり、友人だったわ。でもそれは過去の話よ。 諸星大は赤井秀一と同じ黒髪に緑の瞳。でコードネーム… といっても使ったのは半年あったかどうからしいけど、RYEというのよ。」
「明美さんが死んだのはシュウのせいとでも云―… 「ジョディ!」」
「っ…… ぁ」
「シュウというのね、諸星大の名前の一部は。私の眼の前に居るのは諸星大そっくりの顔で、黒髪で緑の瞳。赤井秀一と同じ名前が入ってるのね。」
黙り込んだジョディに巳恩はクスリと口角をあげる。
「お父様を殺した奴等はFBIの権力の元で生涯年金を貰って生活保障を受け、生きながらえてる。 USAは! 日本警察に捜査を打ち切れと、嚇しをかけた! 殺人の時効は15年。まだ15年は過ぎてないわ!」
「圧力をかけたのは否定しない。だが、一人は半身不随で家族の介護が無ければ着替えも出来ず、歩く事も、風呂に入ることも出来ない。意識はあるがまともに喋る事もできない状態だ。 そして一人は最愛の妻と娘を目の前で殺され、息子は脊髄損傷という事故に有う悲劇に見舞われ生涯歩けないという。 妻と娘は夫、そして父親の前でレイプされた後、正気に帰る事無く警察病院で死んだと報告があった。 其で充分じゃないか?」
「そう」
巳恩はくすりと笑った。
「貴方! 仮にも医師として人の命を助ける道を選んだんでしょう! 歩けない人を治したいと思わないの?」
ジョディが声を荒げる。
「きゃんきゃん吠えないで頂戴。―…あ、でも、弱い狗ほど良く吠えるっていうわよね。 それとも、赤井秀一と別れてから男の人に餓えて欲求不満? 宮野明美は死んで、組織は壊滅したのに、因を戻せなかったの? だったらおばさんの魅力不足なのね。 宮野明美そっくりに
「何ですって! 犬って何よ! 男を知らないのそっちでしょう、”お嬢ちゃん”」
ヒートアップして頭の上でお湯が沸かせるのではないかと思う位に熱くなるジョディに反して巳恩は冷静だ。
「私がおじょうちゃんなら貴女は立派なおばさん …… おばあさんよね。 ヒステリックで自分の感情を押さえられない病気なら精神鑑定をお勧めするから医師を紹介しましょうか。 シワ伸ばしの整形をご希望ならば、優秀な美容整形を紹介するわよ? 私のデータとして一つ訂正しといて欲しいのだけど、私、とっくに経験済みよ? 」
「けっ…っ って、まだ16でしょう!?」
「あら、志保から聞いてないの? 私はジンの永遠の女だって事、知らなかった? ジンと身体を重ねた時は彼の子なら欲しかったから避妊しなかったけど、ジン以外の男の場合はちゃんと避妊してるわよ。 手術のアシストもしてるから男の裸も女の裸も見慣れてるしね。」
「「「 ー…… !!!」」」」
にっこりと笑った巳恩の言葉に、ジョディは目を丸くしてソファから手を放し、キャメルは赤くなり、赤井は片手で顔を押さえて溜め息を吐く。
「ねぇ、おばあさん? 父親をベルモットに殺されて恨んでるでしょ? FBIの権力とコネと行使して殺したいと思った事は一度もないの? テーブルを傷つけたようにベルモットに銃弾を叩き込んで殴り殺したいと思ってないの?」
「そ、それは―…」
「今、ここにベルモットが居たら、どうする?」
「勿論撃ち ―… いえ、逮捕して、素顔をさらして裁きを 受けさせるわ」
「言い替えたわね。 まぁいいわ。 でも、アナタの父親は組織に直ぐばれるような捜査しか出来なかった警察官。 殺された事で特別昇進して遺影は本部の壁に飾られただけの存在。 私のお父様は生きていたら、今でも沢山の人の命を救っていた、20代で神の手を持つと云われた天才外科医なの」
「ただの警察官、ですって? 私にとってはたった一人の父親よ!」
「その通りね。 お父様が組織の医療部門を統括していた幹部でFBIに殺された犯罪者だとしてもお父様はお父様よ。 私にとってはたった一人のお父様だわ。 外の世界で沢山の患者がお父様の手術を待っていたわ。 知ってる? Dr有間を殺したのは、軽傷だからと手術を拒否されたお偉いさんで、国家権力で自分の手術をさせようとFBIを送り込み、他の患者を優先させて拒否されたから殺された、って云う噂を」
「そんな噂、誰が信じるというのよ」
「噂なんてそんなものよ。お父様の手術を一日千秋で待っていた患者たちは日本警察を能無しと言ってくれたわ。 葬儀の時、お父様が助けた患者とその家族が来てくれて、リハビリ中の人達から沢山の悔みのメッセージを貰った。 毎年命日には欠かさずお参りにきてくれる人がいるし、今だに月命日にお墓を綺麗にしてくれる人もいるの。貴方のお父様にはそんな人がいる?」
ジョディは唇を噛んで黙り込む
「法の裁きと憎しみとどちらを優先させる? ベルモットを撃ったとしても罪に問われる事はないから、それを見越して、FBIの証人保護を受けるかわりに大きくなったらFBIに入れろと交渉したのら合法的ね。」
「なっ…!」
ジョディは黙り込む
「堂々巡り、だな」
赤井は溜息を吐いた。
「だが、此処で引き下がる訳にもいかなくてな。」
「へぇ? FBIの権力行使?」
「それもできるが、そんな事はしたくない。 俺は、法律に基づいてお前の保護司として受理されたからな」
「だからこの家に居る権利が在ると? 色々家捜しして、財産没収して競売に掛けて資金不足のFBIの行動資金にして、お父様と繋がりのある有名人を探して脅すの? 証人保護をウケる代わりにFBIに入れろと、試験を受けたかどうか解らない人もここに居るわよね。其こそ親の7光じゃない事? ねぇ? デカブツさん」
その言葉にキャメルが気まずそうに下を向く
「私なら、FBIの証人保護や保護観察を受ける位なら、此の家を焼き払って死んでみせるわ」
「巳恩。この家は厳兄さー…Dr有間との想い出が詰まっている家だろう?」
赤井は眼を開く。
「そうね。この家にはジンとの想い出も詰まってる。 でも、FBIの塒にされるよりマシよ」
「なん…ですって?」
「私には組織なんて壊滅しても残党が残っていてもどうでもいいの。 ジンがいればそれでいい。」
「ほぉー…」
「ジンのいない世界に未練はないわ」
「京都の藤代さんたちも?」
「―… FBIごときに鈴乃屋を葬る事は出来ないわ。 藤代は祇園で屈指の名家。おじ様は国宝級の舞の大家で梨園や大物政治家とも深い繋がりがある。 藤代に手を出したらFBIどころかCIA、日本警察までも恥をかくだけよ。 お父様を殺した時のように上から調査中止命令が発令されて終わり。 それでも鈴乃屋と祇園にその汚らしい手を伸ばしすというなら、私がお前達に報復するわ。 どんな手段を使っても、ね。 赤井は知っている筈よ」
赤井たちを真向から見据えていう巳恩の瞳に気おされてジョディとキャメルは息を飲み込む
「―… 本気で言ってるようだな」
「私には、お父様から受け継いだ裏の繋がりがあるの。それは、FBI・CIAを始めとした名立たる機関本部の局長クラスが鳩首会議をする程のネットワークよ」
「そんなネットワークがある筈ないわ! 組織は壊滅したんだから!」
「なら、明日にでも貴女のカードが使えなくなるようにをしてあげましょうか? 口座を凍結する位なら1日あれば出来るわよ」
「……まるで秘密結社を牛耳っているようだな、君は」
「秘密結社は世界各国に点在してるわね。有名な所でフリーメイソン、コーサ・ノストラ、KKK、日本には公安が調査対象にしているカルト教団もあるわよね」
「君もどこかに組していると? あの組織以外に?」
「お父様は複数のグループの幹部として組してたわ。 本来は複数のグループに組する事はないのだけど、お父様は別格だったの。 知らなかったのはお母様だけ。」
「藤代さんも組してるのか?」
「さぁ―…? どうかしら? 自慢の盗撮盗聴技術で調べたら如何? 簡単でしょう? 沖矢昴さん?」
「―… はぁー……」
挑戦的な瞳で云われて赤井は何度目になるか分からない溜息を付いた
不幸な死を迎えた大好きな従姉。
その従姉が残した娘。
早産で保育器の中で小さな手で俺の指を握ってきた時の予想外の力強さと温盛。
保育器で頑張る赤ん坊達を優しい瞳でみていた医師としての厳さん。
巳恩だけじゃない。
ICUの患者にもただの骨折の患者にも医師として同じ立場で差別なく接していた。
子供達には医師として、そして娘を持つ父として厳しい言葉も優しい言葉もかけていた。
FBIに入ると決めた時、義理の母親は何かと理由を付けて止めたが、ルナ姉だけは応援すると言ってくれた。
FBI(CIAもだったが)に入るなら仕送りは即座に打ち切ると豪語した義母だったが、それでも大学の学費を出してくれた事には感謝しなくてはならないだろう。
アカデミーに合格した時、母親は翌月、少し大目の仕送りをして、その後は勝手にしろと云い捨てた。
想像していただけに笑ったが、アカデミーに合格した研修生は全員寮生活だったので高いアパート代を払わなくていい事だけは救われた。
とはいえ高校と大学時代にバイトで貯めた貯金の殆どはアカデミーで必要な武器や装備の訓練費用と捜査官になる為の参考書に消え、寮生活とはいえギリギリだった。
俺が高校の寮に入っていずれ打ち切られると想定していた仕送りを貯金して、バイトを始めてからも截拳道の道場に通って試合に出られたのも、高額な合宿費用を出せたのも、俺がFBIに入りたいと唯一相談をしたルナ姉さんと、それを聞いた厳兄さんが、義母には内緒でと、資金援助してくれたからだった。
定期的に送ってくれる医薬品やドリンク剤はドラックストアで買えるものとは違って、医師だからこそ買えるもので、俺も寮の同期仲間も随分と助けられた。
そして仲間たちと分けられる菓子類は甘党の連中がノートと引き換えに強請りにくる程だった。
そして荷物の中に必ず入ってくる巳恩の写真。
少しずつ大きく愛らしくなっていく巳恩の写真は厳兄さんが無くなる直前におくられてきた荷物に入っていたのが最後になったが、俺の宝物になった。
俺に時折荷物(と言っても簡単な受取検査はあったが)を送ってくれる厳さんが世界でも名を馳せていた天才外科医の有間厳だと知った時の同僚の驚き
そして俺と厳さんの繋がりをしっている極少数の上司に呼び出されて有間厳が黒の組織というテロのメンバーと接触しているらしく、極秘調査対象に入った、という事を教えられた時の驚き。
年頃の娘を持つ先輩捜査官が、娘に恋人ができたらしいとかブツブツ言いながらも頬を緩めた顔をして、恋話やアイドルの話を辟易する程聞かされたというのを苦笑しながら聞いた事は数々あれど、今、目の前にいる少女の口から出るのは物騒な話ばかり。
("厳が怖いの" "どうしてかしら")
電話で昔聞いたルナ姉の言葉。
(厳兄さんは、ルナ姉と出会う前からどこかの結社に入っていたんだろうか)
「どうしたの? 保護司になった事を後悔してる?」
「いや。 ますます 保護司としてやり甲斐がでてきたな。 どうすれば氷壁のお姫様を守れるかとね」
「そう。」
巳恩はくすりと笑った。
飼い主の怒りを感じとったのか2羽の鷹が啼声を上げて落ち着きのない羽音を発てる。
「リトル・レディ、カノン。 ー…… お前達の事を怒ったんじゃないわ。お前達はイイコよ。 こんな役立たずのFBIなんかよりも大切な家族なのよ。」
籠の中に居なければバタバタと赤井達に飛びかかりそうな鷹は威嚇の鳴き声を響かせる。
巳恩は可愛がっている鷹の側に行くと籠から出して止まり木に乗せると2羽の頭を掻いて背中を撫でる。
「この子達をけしかけるような事はしないわ。嘴や爪が穢れるもの。 ねぇ、リトル・レディ? カノン。 お前達のママは、空手で人を脅すのが得意な女子高校生に殺された。 私に出来たのは、懇意にしている検事に相談をして学校に連絡して2週間の停学処分と3ヶ月の試合停止処分を科す位だったわね。 そうしたら、『鷹に襲われたら大怪我するのをたすけたのに何が悪いの? 悪気は無かったのに停学にするのが学校のやり方なのか 』って… それはそれは可愛い笑顔で謝りもせずに言ったのよ? 私が裁判にもっていくと申告したら、弁護士の母親は 『飼っている鷹を傷つけ、結果として殺してしまったのは事実だから停学処分は甘んじて受け入れるとしても、チャンピヨン防衛試合には出させたいから、鷹の雛を買う資金と引き換えに訴えを棄却して示談にしてくれ』というし、父親の方は 『 所詮は鷹の命じゃねぇか 棄却しねぇならこっちにも考えがある 』 と言ったの。 最も、検事が調べた、度重なる過剰防衛と器物破損で所属している空手連盟から除名処分になったらしいから、これから試合に出るのは難しくなるでしょうけど。 でも、パパを殺した方は傷害罪にもならなかったわ。 ー… FBIが状況的にみて傷害罪には当たらないと庇ったから」
「鷹と毛利さんの履歴と比べるなんて出来ないわよ! ましてや組織の犯罪者が飼っていた動物は猛禽類……「ジョディ!!」」
赤井がバシン、とジョディの頬を容赦無く叩く
ジョディの一言で一瞬部屋が静まり帰って、巳恩が部屋の温度が一気にマイナスになるかのような黒い氷点下オーラをまき散らし、ジョディは漸く失言に気が付いた
「今の言葉はお前が悪い! ―… すまない。巳恩 こいつだけは連れてくるべきじゃなかったな。 殴っても蹴ってもいいぞ。 今の言葉に関して殴りたいというのなら、逃げないように俺がコイツを押さえてやる。」
「シュ… シュウ!? ちょっと! 犯罪者を庇うというの?」
「いいか!? 俺はこの子が鷹を飼う前に、鷹匠に依頼してちゃんと躾ていたのを知っている。レディの番にと選んだデュークの事もだ。 お前も知ってるだろう? 白馬警視蒼さんの息子さんを? その息子さんも鷹をパートナーとして飼っている。 鷹の件に関しては俺はお前も毛利のお嬢さんの事も庇う事はしない。 お前がデュークを撃ったのも事実だろう。 テーブルの件も含めて、自宅謹慎は覚悟しておけ!」
「ごめんなさい。 言い過ぎたわ。 でも、もしあの鷹が飼われている鷹だと知ってたら… 撃たなかった、わ…」
慌てて言い添えるが時すでに遅し
「謝って済むなら警察はいらないわよね? レディが、デュークがどれだけ痛い想いをしたか! その右腕が使えなくなれば少しは死んだ子たちの痛みが分かるかしら?」
「…」
「その腕1本、肩から使え無くしてみる? これでも医者だから手術不可能な神経を切断するのはお手の物よ? デュークは小さな躰に銃弾を2発も撃ち込まれたのよ? どれほど痛かったかお前なんかには到底理解できない事よ。 腕と足と、1本ずつ使えなくなったら折り合いが付いて丁度良いわ」
「口を挟んですまないが、傷害手帳が必要になるような罰は勘弁してやってくれないか。こんなヤツでも俺の部下だ。 ナイフを付きたて、全身に水をぶちかけて食品用冷凍庫に1時間位押し込める程度にしてもらえると有りがたい。」
さらりという赤井
「FBI公認で怪我をさせていいとか、冷凍庫に押し込めるのはとても魅力的だけど、権力行使であとで罪に問われるかもしれないからやめておくわ。 冷凍庫の買い直しもしなきゃならないし。」
巳恩はジョディを見据える。
「そうそう、レディを殺した子は今まで、空手を自慢して、何人の犯人に重傷を負わせたかしら? 空手は犯罪者を殺す為の道具じゃないわ。 昔、沖縄が琉球とよばれた時代に、武器を持つ事を禁じられた島の人達が身を護る為に発達させた武道よ。 ベルツリーの犯人に重症を負わせた時だって学生だから書類送検程度ですんだけど、成人してたら過剰防衛傷害罪よね? その場にFBIが居たにも関わらず、止めようとしなったのは貴女じゃなかった? あの時も弁護士の母親と、財閥の友人が揉み消したとか?」
「そこまで嫌がらせをして愉しいの?」
「嫌がらせ? 私は事実を言っただけよ? レディもデュークも私の家族だったわ。 最もペットを飼った事が無ければ解らないわね」
「ー…………」
「ちゃんと足輪も鈴も付けていた。それは、諸星大が知ってー………… あぁ、アナタ達は諸星大を知らないんだったわね」
挑みかかるような黒曜石の瞳。
「巳恩。俺は、お前の怨みも哀しみも、怒りも全て受け受ける積もりでこの家に来た。 俺に何を望む?」
「志保のAPTX4869を飲ませてみたいわ。 沢山の人たちの前で生中継の公開映像ね。 勿論、死んでも後悔はしないという直筆の証明書を書いてもらうわ。 幼児化して生き延びたらFBIの権力で新しい戸籍を作ればいい。 子供からやり直せばいいのよ。 それか、2度と銃が持てないように利き腕の上腕と利き手を撃ち抜いてもいい。 一生歩けなく為るように意識のある時に両足を潰して車椅子の捜査官になってみる? それとも、私が逃げ込んだシュルターの中で真紅のガスを経験してみる? ガスの噴射時間は30分セットに延長してあげる。 車にぶつかっても軽症で助かった躰なんだから、助かる確率も高いわよ。 それとも妹か弟を身代わりにする?」
「其でお前が普通の子供に為るというなら。 俺が死ねば、怨み辛みを忘れられるならばこの両手に風穴を開けてもガス室おくりにあっても構わない。 俺は、ルナ姉と約束した。 お前を護ると。」
「母親なんて知らないわ。」
「シュウ! こんな子、庇うだけ無駄よ! 顔をださなくても処分をうけさせる事はできるわ。 捕まえて本部に連行しましょう。 警官に対する侮辱罪を適用すればいいだけよ。塀の中にブチ込めば弟さんも妹さんも守れるわ」
「どうぞ? でもその前に逮捕状を見せて頂戴。不当逮捕じゃないという証拠として、用意位してある筈ね? 」
「!!」
「どうしたの? 」
ジョディは黙り込む
「いいだろう。」
赤井は立ち上がる。
「俺をそのシュルターに閉じ込めろ。 予定の1時間をオーバーするが、ガスの中で30分生き延びたら俺の勝ちだ。それでも怒りが収まらないなら俺の両手でも両足でも撃ちぬくといい」
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