氷壁の姫 Act-04 白い組織
「「シュウ! / 赤井さんっ!」」

赤井の言葉にキャメルとジョディが悲鳴を上げる

「ならば私の目の前にいるのが赤井秀一だという証拠を見せて。 私が望むのは諸星大、もしくは沖矢昴と名乗っていた男の法律的、遺伝子的な永遠の死。」
「疑い深いのも大概にしろ。 今の俺は赤井秀一。有間巳恩の母親である、旧姓ルーナ・ロッサの従弟だ。」
「だから信じろというの? お前を地下室に入れて、このおばさんたちに捕まるのは御免よ」
「ここまで、信用を無くして嫌われてしまうのは想定外だ」

ジョディの言葉に赤井はゆっくりと深呼吸をする。

「俺への恨みは少しおくとして、違う話に移ろう。」
「違う話?」
「志保に解毒剤に必要な薬品を取り寄せ、有間邸の研究室を使う変わりに組織壊滅後に組織の科学者として法の裁きを受けろと云ったな」
「言ったわ。 解毒剤の調合に必要な薬品は激薬だから、専用の研究室を持たない阿笠博士には購入資格がなくて一度きりと云われて呼び出された。 沖矢昴は工藤新一の家で盗聴していたわよね」
「確かに、な。ボウヤに言われて万一修羅場になったら止めて欲しいと云われていた」


―… お願いよ、巳恩! 貴女にしか頼めないの。  無菌室で温度管理のできる滅菌の研究室がなければ、購入許可がでない。 巳恩、貴女の家には滅菌研究室があるでしょう?  薬品の購入費用は私の命。
―… 命って大袈裟だな、灰原? オメーはコイツと違ってどっちかーつと被害者なんだがら命令すればいいだけだろ?
―… 命令なんかで済む問題じゃないのよ。 薬品が保管されているのはそこらの警察が束になっても叶う先じゃないの。 日本の疾病センターにあるかどうかー… アメリカにあるけど、保管庫を開けるには幾多の稟議を通さなくてはならない場所よ。
―… 良く覚えているわね
―… お願いよ。巳恩。 貴女になら薬を入手できる筈。 20… いいえ、10gでいいの。 工藤君の躰を元に戻すだけの量があればそれだけでいい。 全て片付いたら貴女の研究材料として被献体になってもいい。 白の組織ー… っぁ

パシン! と哀の頬が鳴って、小さな躰が床に倒れた

―… 人前で白の話をするなと言ったでしょう! 
―… ご、ごめんなさい。 でも! あちらの方に連絡を取れるのは、私の知る限り貴女しかいないのよ!
―… 解毒剤なんかの為に連絡をしろと云うの? 正気なの?
―… 解毒剤なんかってどういう意味だ! テメーは犯罪者だろうが!! 黙っていう事をききゃいーんだ!!
―… おだまりっ! これは、私と志保の問題よ! 領域外は黙ってなさいっ!
―… これが黙ってられっかよ!
―… 工藤君は黙ってて!! 巳恩は私のパートナーよ! 巳恩が犯罪者なら私も犯罪者だわ!


巳恩と志保が醸し出す氷点下の睨み合いに新一と阿笠はゾクリと一歩下がる


―… 解ってる! ジン・デイジーにとってはAPTXレベルの研究は大した研究じゃない事を。貴方が目指してる事は私の知識を凌駕してる事も。 だから、貴女のレベルからみたら、どんなくだらない我儘を言っているのか、承知の上で云ってるわ。 一度切のお願いよ。 2度とは言わない。 有間巳恩の医師としての技術と人脈を貸して下さい。 

ペタリと床に座って頭を下げる哀の姿に阿笠も新一も言葉を失う
あの時の志保の慟哭は、その言葉は。隣の住人も聞いていた筈だ。

FBIの権力で薬を与える事も研究所を貸す事もできた筈なのに、彼等は何もしなかった



「あの時、お前は購入と研究室を貸す代わりに条件を出した」
「余りにみすぼらしかったからよ。 確かにあの薬は劇薬で入手するのに専門の研究所でも半年はかかる。 証明書やら何やらで議事を通すのも大変だわ。 でも、組織にもどれば1ケ月もあれば購入できるし作れた筈よ!」
「だったらなぜ、志保の居場所を組織に言わなかった。 何故、その頼みを聞いた? 無視する事もできただろう。 盗聴していた俺が動かないと思ったのか?」
「まさか! 盗聴してるからこそ、あの条件を出したのよ」
「ほぉ……?」
「薬を取り寄せ、阿笠研究所なんかよりも設備のあるこの家の研究室を貸す対価としては易いものでしょう? 勿論、元々はお父様の研究室だったけど、備品なんかは専門研究所並に揃ってるの」
「あぁ、知ってる。この家を捜索した時に同行した鑑識が研究室を丸ごと移築したいと口をそろえて言ったからな」
「そんなに凄いの?」

ジョディが目を丸くする。

(ただの天才医師じゃない、という事ね…。なら私たちは組織より手強いテロ組織を相手にしているという事なの? 有間巳恩はその一員?)

「温度湿度は勿論。研究室のある通路は熱センサーで無菌滅菌ライトが自動照射でな。研究室に入るには指紋どころか静脈掌紋網膜認証システムが設置してあった。」
「マジ?」
「その通りよ。お父様と私―… 今は私だけだけど、私以外の人間の指紋静脈掌紋網膜以外では警報システムが作動するの。解除できるのは20桁のコードを1分以内。」
「それを知らない捜査班は睡眠剤入りの煙を噴射されて次々に倒れてね。撤退させるのに時間が掛かった」
「私の発案で組織とは違う裏世界のスペシャリストが設置したシステムなの。 煙の中に入ってた神経を麻痺させる成分は私が ”遊び” で開発したセキュリティ用パウダーなの。 3日位は視力が戻らなくて声も出なかったでしょ? でも後遺症もないし、命までは取らないわ。」 
「道理で逮捕できた組織の科学者たちが怯える訳だ。」
「当たり前でしょ? どこに狗がいるのか分からないんだから。 残念だけど、あの研究室は誰にも渡さないわ。 お父様が作って、私が完成させた聖域なんだから。 FBIや日本警察に渡す位なら油をまいてあの部屋にあるデータごと永遠に使えなくするわ」
「あのぉ… そこまでの研究設備なら国が専門チームを組む筈だと、自分は思うんですが」
「FBIや公安に設備を使わせる位なら邸を爆破してみせるわよ?」
「爆破って…」
「この部屋を爆破すれば貴女たちも道連れにできる。地獄へ続く黄泉平坂への道案内はレディとデュークがしてくれるわ」
「地獄ツアーへの誘いは赤井秀一が個人的に受けるとして、だな…」

キャメルの言葉にさらりと答えた巳恩をみて赤井が口を挟む

「そうだったわね。私が出した条件はたった3つ。その1、組織の科学者として逮捕されて裁判を受ける。 その2、FBI・CIA・日本警察その他諸々の警察関係者政治家たちと縁を切る。 その3、阿笠博士、工藤夫妻を初め工藤新一や服部平次、灰原哀、もしくは宮野志保を知る人達全てと縁を切る。 たったそれだけ。」


―… 分かったわ。 それが私への対価というなら。
―… 哀君! そんな―… そんな条件、わしは認めん! そりゃあ、裁判を受けるという事に関しては致し方無い事かもしれん。 だがの、新一や赤井君やわしとの縁を切るなんて、そんな条件を飲む位なら、わしがあらゆるツテを使って薬を取り寄せてみせるわい! すべての発明品を売り払ってでも、無菌室で温度管理のできる部屋を作る! 薬を取り寄せて手が後ろに回っても構わんぞ!
―… 俺もいる! テメェの薬の手が後ろに回る前に薬の取り扱い先と、白の組織とやらの場所を云え!! そしたら薬はFBIと公安に頼み込む! 親父に頼めば研究室の一つ位簡単に増設してくれる! テメェなんかの力もコネも金もいらねぇよ!
―… ならば、工藤の家で盗聴してる沖矢昴に出て来て貰いましょうか? 灰原哀を 姫と呼ぶあの大学院生にね 
―… なん…っ? この会話を? 昴、さんが聞いてる?
―… テメェ… ある事ない事全部テメェの罪にしてやろうか!
―… この会話は隣の住人が聞いている。 今の言葉は嚇しだから罪に問われるのはボウヤの… あぁ、残念だけど、盗聴は法的執行力がないから訴える事ができなかったわね? でもね、私は、沖矢昴が赤井秀一だという事を知ってたわ。 煙草の吸殻から採取したDNAは赤井秀一と一致した。 藤代の家に残した諸星大の指紋と髪の毛から採取したDNAは沖矢昴の鑑定結果と一致した。 宮野明美がどうなろうと組織を裏切らない限り、赤井秀一が諸星大と名乗っていても無視をしたわ。 でも、今の赤井秀一は、沖矢昴は目障りで邪魔なのよ!
―… 昴さんが、赤井秀一で、お姉ちゃんを騙していた潜入捜査官? 諸星大? 昴さんは変装した姿?

(あの時まで、志保は赤井秀一の事を知らなかった。 いえ、薄々は気が付いていて、それでも確証を掴めずにいた)

―… 工藤優作なら大切な一人息子の為に滅菌の研究室を作れるわよね。 もしくは借りる事もできるでしょう。 この話を盗聴してる沖矢昴がFBIの権力を使って裏ルートであの薬品を買うのならそれも結構。 でも、今現在、FBIも公安も表だって動けない。相場の何倍の金額を提示されるか、純度100のを購入できるかどうかは保障しない。 
―… 混ざりものの薬品、じゃと?
―… TVドラマでよくある純度100のヘロインが高いのと同じ事よ。薬品成分2%で合成物質98%を渡されても素人には分からないし効果はほぼ同じ。 味見もできない程の危険薬。 取り扱う裏ルートですら二の足を踏む。 阿笠博士が今まで手にいれていた薬品は素人が買える範囲だわ。
―… そんな馬鹿な! ハッタリだろ!!
―… 私なら、FBIや公安のお馬鹿さん軍団が邪魔しなければ買えるけど、生憎と私はボウヤに対して其処迄の義理は無いわよね? 阿笠さんの取り寄せた薬品には確かにあの薬と同じ効果の成分はある。でも、あの程度の薬剤で調合した解毒剤では大人に戻れる回数は後3回か4回が限度よね?
―… あと3回か4回…? 
―… 多量に服用すれば何回かに一度くらいは元の姿に戻れるかもしれないわ。 でも、いつ元の姿にもどるのかは保障できない。1日戻れるかもしれない。もしかしたら30分かもしれない。 電車に乗ってて発作が起きたら隠れる場所はないわ。
―… まさか、そんな
―… ハッタリをいう程暇じゃないのよ、私。 幼馴染にいい格好を見せたくて、何回薬を服用した? 新しい薬を渡す前に志保は自分の躰で試した筈よ。 それにも気づかずに良く探偵だなんていえるわね!
―… じゃあ、俺の、躰はもうコナンの―… 餓鬼の姿のまま成長も止まるって事なのか? ターナー症候群のように低身長になっちまうのか?
―… ボウヤは馬鹿なの!? ターナー症候群は正常女性の性染色体がXXの2本なのに対し、X染色体が1本しかないことによって発生する一連の症候群のことよ。98%は胎児の段階で自然流産となる。でも、2000人… いえ、3000人に1人は親の愛情を受けてこの世に産まれてきてくれるの。 その子たちは選ばれた子たちよ。 二次性徴が自然におきないのも特徴だけどこれは医学的ケアによって対処する事ができるのよ。 昔は130センチ位の身長だったけど、今の医学治療だと150センチ位まで成長する可能性もあるの!
―… けど、俺は! 元の姿に戻りてーんだ! 工藤新一が130センチの高さじゃ様にならねーんだよ!
―… 幼児化して更に解毒剤を服用して大人に戻るような愚かな真似を繰り返しているのは工藤新一が初めての被献体なの。 私に言えるのは解毒剤の免疫で今の解毒剤では長時間戻れないという事よ。 恐らく次に飲んだら半日持つか持たないか。
―… 12時間から14時間って事か?ならその次は
―… さあ? 服用後のデータ次第だけど10時間位? 坊やだって戻ってる時間が短くなってる事位気が付いているでしょう? 新しい推理小説をベッドの中で暗がりの中で呼んで視力が悪くなったという建前を使って、博士の眼鏡の御蔭でなんとか視力が落ちてないけど、メガネが壊れたらコンタクトが必要な筈よ。
―… 純度100の薬さえあればちゃんとした解毒剤があれば作れるんだろ? だったら灰原だけで十分だ! FBIにテメェを拘束させて、拷問して、自白剤打って薬の入手先を聞き出して、テメェの名前を使って購入すればいいだけじゃねぇか!
―… あいにくと、連絡が取れるのは私じゃないのよ。私にできるのは頭を下げてお願いするだけ。
―… ならそのテメェに自白させて薬の研究者を1人でいいから捕まえればいいだけだ!
―… 無理よ。 宮野明美の言葉を借りれば私はその組織の末端にすぎないわ。 FBIに殺されたお父様は黒の組織の幹部だったと同時に白の組織でも幹部だったの。貴方たちのいうダブルフェイス… いえ、お父様は3つも4つも使い分けていたわね。 お父様が天才外科医だったから、向こうの幹部が私を知っていて末端の研究員として名前を載せてくれたの。 白の呼称は研究者が多くて白衣を守っている人が多いから白の組織・ホワイトカラーと呼んでるだけよ」
―… ほんとか、灰原?
―… えぇ。 本当よ。 恐らくジンも、いえ、ジンは知っているでしょうけど、探りやのバーボン…、公安でさえも蜘蛛の糸よりも細い霞の噂程度。 人を殺したりはしないから手も出せない。 ただの研究者の集まりだと。 半端な医学知識で潜入しても反対に力の差を見せられるだけだと思うわ。そしてね、彼等は絶対に今の工藤君のように脅したりしないのよ。
―… っ

優れた人脈を持つ工藤優作とは違う裏の世界のネットワーク。
それが有間巳恩が殺された父から譲り受けた脅威の遺産。


―… 貴女次第よ。シェリー。 
―… 私の返事は一つしかないわ。
―… 最悪、失明の可能性があるとして工藤新一は解毒剤を飲む覚悟がある?
―… 失明!? ホントか灰原!
―… 可能性、として最悪の場合ありえるわ。巳恩が言った通り、工藤君はことあるごとに解毒剤を飲んだ。 蘭さんと一緒に居たい、事件を解決する時に工藤新一でいたいと。 私も何回も言ったわよね? 免疫がつくから飲むなと。 データ上は確かに視神経に若干の炎症が見られるの。 でもそれは一時的なものですぐに回復するかもしれない。 そして、元の姿に戻った時、何等かの神経細胞に影響を及ぼす可能性も残っているの。低身長に関しては未知の分野で分からないわ
―… じゃあ、哀くんも大人の姿にもどれんという事なのか…!?
―… 志保はこの坊やみたく多量に服用してないから細胞のデータをみる限りでは身体的異常は見られない。 でも血中濃度は可也薄くなってるから、慢性貧血になりかかってるわね。 これ以上試薬実験を繰り返したら志保の場合は内臓を痛めて強制入院になってしまうわ。
―… な、なんじゃと! 哀君はそんな危険を冒して負ったのか?
―… 保護者を自任してる癖になんにも知らないのね。
―… い、いや。哀君が研究に没頭しておったのは知っておる。じゃが、自分の身を犠牲にしてたとは… 知っておったら止めておったわい!
―… ジン・デイジー。 私の躰の事はいいの。 でも、聞いて。 APTX4869は最終的な実験はまだ途中だったの。 デイジーだって知ってた筈よ? それをジンが使ってしまった。 幸い幼児化しただけだったけど、薬の管理を怠った私には責任があるの! デイジーが組織に戻れというなら戻るわ! そして、いずれ勃発するFBIや日本警察との闘いに、組織の研究者として立ち向かってもいい。 デイジーが、シェリーを犯罪者として断罪されるのを願うならそれでもいいの! これが私の、シェリーとしての最後の研究になっても構わないから!


(そういって、志保は、私に縋りついた。 子供になった躰で、隣に盗聴されているのを承知の上で)


「結果としてシェリーはジン・デイジーの条件を飲んだのだから、よほど工藤新一とやらに魂を抜かれてしまったのね。可哀想に」
「私からみたら貴女の方が可哀想でみすぼらしく見えるわよ! 今だに組織での立場やお金に未練があるのよね! 哀ちゃ… いえ、志保ちゃんの方が数段立派な…「ジョディ!! 俺と巳恩の会話に口を挟むな!!」シュウ?」

赤井に注意されたにも関わらず、思わず反論したジョディ。

「だ、だって、事実じゃない! 志保ちゃんが可哀想よ! あんなに可愛がって貰った阿笠さんやクールキッドと2度と会えないのよ!」
「決めたのは志保だ。お前じゃないだろう!?」
「でも! 有間巳恩は組織生まれで組織育ちの犯罪者でしょ!? 志保ちゃんとは違うじゃない!」
「巳恩は俺の従姪でもある。 と、いう事は俺にも犯罪者の血が混じっているという事だがそれを承知の上の台詞か?」
「ぁ……………」

赤井の言葉にジョディは黙り込む

「躾の悪い犬ですまないな。 ―…で、話を巻き直すが、お前との条件を飲んで、アメリカに渡米して、極秘裁判で無罪を言い渡された志保ー……  シェリーと言い換えてもいいが」
「ぇ?」
「組織で薬を作ってたとはいえ、本人の知らぬ事。未成年で組織壊滅に尽力した事。とか、無罪的要素は沢山有ったからな。どちらかといえば被害者枠の判決だった。」
「そう。 志保の頭脳を欲しがる機関は山とあるから司法取引もしやすいでしょうね。 権力行使されてもあの志保なら黙って受け入れたでしょう」
「―… そうだな。 一言の反論もしなかった。 裁判でも毅然として自分のした事を全て言ったよ。 云わなかったのはお前の事だけだ。」
「私の?」
「お前はシェリーこと宮野志保に取って、最高のパートナーだったと。 お前と解毒剤を調合した日々を忘れる事は出来ない。 一番楽しくて充実した時だったと、そう言っていた」
「―… 志保が」
「約束は生涯守る言っていた。 勿論、何等かの研究で日本に行く場合はあるだろうが、その時も阿笠博士たちと一切連絡は取らないと。 そう伝えてくれと言っていた。 有間邸の研究室を借りれたから、有間巳恩が調達してくれた薬品があったからこそ解毒剤が完成したのだと裁判で言っていた。 ―… 阿笠博士たちの事は時が忘れさせてくれる。 けれど、お前との共同研究の日々を忘れる事は出来ないと」
「そ、う。」
「司法取引をせず、名前を替え、国籍を替えて無罪になったのはお前のいう所のホワイトカラーの力、だろ?」

(名立たる機関でもホワイトカラーに繋がるデータは調査不能だった。 分かったのは医学世界にも政界を影から操る事のできす黒幕のような存在があるという事。 政治経済でなく人の命を司る裏世界という事だけ。 複数の国家ぐるみで隠蔽されている組織)

赤井の視線を受けて巳恩は外に繋がる窓辺に寄ると小さな溜息を吐く

盗聴していた沖矢昴が、赤井秀一の姿で現れ、そして自らの進退をかけて、巳恩の薬の購入と購入ルートにはついては封印・公安にも阿笠にも工藤優作にも邪魔をさせないという言葉に巳恩は、公安の降谷零と工藤優作を呼び出させ、同じ言葉を証言させて裏の世界に連絡を取った。

少しでも詮索する気配を見せたら降谷零が組織の人間として潜入していたという事、自分の蒔いた種とはいえ工藤新一が江戸川コナンである事を証拠品と供に全世界にばらまくという巳恩の言葉に優作は予想外にあっけなく、降谷は新一のようにぐだぐだ反論をしたがぺらりと見せられた公安秘蔵のNOCリスト―… 何故かコナンがウキウキと興味を示したが優作に首を掴まれると大人しくなった―… の一部を見せられて黙認せざるを得なくなった。
巳恩が戻り薬が届き、解毒剤が成功するまで警視庁を抑え込むのが公安の仕事。
FBIやCIAが動くのを停めるのは赤井秀一とジェイムズ。
阿笠と大阪の頸を突っ込みたがる探偵と月下の奇術師と怪盗KIDを停めるのは優作と有希子とコナン。

そして、巳恩は可愛がっている鷹を連れてドンの息子の幹部と呼ばれる側近がいるという隠棲場の一つに向かう。
ドンのネットワークを使って薬を手にして、更に新一の進退データと志保の進退データを分析して不足の薬品を購入する。


―… ありがとう、ドン。お祖父様。 我儘を聞いてくれて


キングサイズのベッドで点滴を受けながら穏やかな笑みで答える老人は曾祖父。
傍に控えるのは祖父とその息子と孫に当たる四天王と呼ばれる兄妹幹部。
何故か男系一家で、女性は父親の叔母だけだ。
白衣を纏って数年ぶりに会ったドンは死そのものを受け入れた老人だった。

―… いいんだよ、巳恩。 お前は私の曾孫の娘だ。 孫たちの一人の養子に出来なかった事が心残りだが―… 私の亡きあともこの世界はお前の頼みだけは聞いてやる。
―… いつでも戻っておいで。 ホワイトカラーはお前を幹部として受け入れる
ー… お前の父は、私達の可愛い弟がただひとり遺した息子。その子が唯一遺した娘を受け入れるのに何等問題も無い
―… ドン? おじ様? おば様まで?
―… それが、私にできる唯一の償いだ。
―… お前は外の世界にいるが、大切な家族だよ。
―… 私がここまでこれたのは、お父様とジン、そしてドンとおじ様達やおば様の御蔭だもの。 組織の研究者である私を別の立場で守ってくれた。 私の研究がもっと進めば、ドンの病気を治せるかもしれないのに
―… 私の病は歳の所為だ。 1世紀以上を生きるは長すぎだな。お前の欲しい薬は、直ぐ手配させる。 薬品の管理センターにあった筈だが?
―… はい。ですが購入したのが2年程前なので純度を確認しなくてはなりません。 試験管に10gずつ安全パッケージに梱包をして30g用意させましょう。もし純度が落ちていたら新たにとりよせますが3週間もあれば良いかと
―… さ、30!? 多過ぎだわ! 20もあれば十分…
―… 遠慮は無用だ、巳恩。純度測定が終わったら届けるよ
―… 連絡をくれたら私が取りに伺うわ。FBIや公安もこの薬品に関してはノータッチの言葉を貰ったけど、人が居ない間に盗聴盗撮を仕掛けた可能性があるから、こちらの組織が危険なの。 この件に関しては動かないと思うけど、補償がないわ
―… ならば薬と供に新しいシステムに交換させる技師も向かわせる。 研究に使うマウスとモルモットも必要だろう。 他に必要なものはないか?
―… もし、叶えて貰えるなら、お願いがあるの。
―… お願い?
―… 志保を守りたいの。
―… 志保? お前が以前話していた友人か?
―… あの志保が、私を頼るなんて初めてなの! 私が出した無謀な要求を全て飲んだの。全部かたずいたら、志保は極秘裁判にかかる。回りが止めても自ら出頭する筈よ
―… 無罪にする事なら容易いが、司法取引か証人保護かどっちがいい?
―… 志保が無事なら、科学者として研究を続けられるようにしてあげたいの。 志保は宮野夫妻の血を引いて、組織でもトップレベルの研究者だったわ。 ドン達からみたら些細な研究だけど、あちらの世界ではAPTXを専用に研究している人は居ない筈。
―… 分かった。 裏から手を回しておく。 お前が認めたパートナーなら独逸かスイスの病理学の研究所の主任研究員にもなれるだろう
―… もし、その志保とやらが此方にくるというのならいつでも歓迎するよ。でも無理強いはしない。 僕らは自らの意志でこの世界にとどまっているのだから。
―… ありがとう、お祖父様。おじ様たち
―… これ位なら容易い事だ。 お前の夢の為に我々はいつでも協力するよ。

 
(でも、ドンたちとの話の事は志保が知らなくてもいい事。 独逸の研究所であろうが瑞西の研究所であろうが、名前を変えても、志保の今までの研究データをみれば即日採用が決まる。)


暫く使って無かった滅菌の研究室に滅菌ライトを照射して滅菌シャワーのシステムを作動させる。
薬が届くまで二人で煮詰めた解毒剤のデータ修正はとても楽しかった。
仮の試薬を作りハムスターで実験をする。
毎朝リトル・レディとカノンを連れて散歩して。
その様子は監視員がみていた筈だが一切邪魔をしないのを条件に咥えた為、スイスでの珠玉の時間が戻ってきたようだった。

スイスで議論をぶつけ合った時のように二人で分散して試液を作った。
ギリギリまで高めた緊張感と昂揚感。
調合に失敗するなんて気は爪の先程も無かった。
あるのは勝利の女神の微笑みだけ

大人に戻った志保と私の勝利宣言に、工藤新一も阿笠も赤井も何も言えなくなった。

江戸川コナンの工藤新一に戻す。

それが、私と志保の最後の共同治療だった
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