氷壁の姫 Act-05 後遺症
薬の説明で呼ばれたのは工藤夫妻と赤井である
コナン=新一という事を知っている阿笠の同席の話もでたのだが、巳恩の、大事にするかも知れないの一言で同席は認められなかった。
「最初に云っておくわ。 この薬を服用したら今までの解毒剤以上の激痛に襲われる。 相互作用の関係で痛み止めは最低限しか出せない。」
医療用のバックから小さなガラス瓶を取り出して現物を見せる巳恩
「それが解毒剤、か」
「痛みで死ぬとかは無いの?」
「激痛で気を失う可能性はありますが死ぬ事はありません。 コンピューターのシュミレーションとマウスでの実験結果から、子供の躰から大人の躰に戻るまで約半月。 組織と違って人体を使っての臨床試験は出来ないのでマウスとモルモットでの結果が全て。 薬剤は2回に別けて投与します。 1回目は子供の躰から大人の躰に戻す薬剤。2回目は大人の躰に戻った細胞を安定させるための治療。 ただし成功率は86%〜95%」
「86%〜95%?」
「残りは後遺症よ。」
「後遺症ってなんだよ!しかも半月とか、なんだっつーんだよ! 詐欺じゃねーか」
「志保は大人に戻った回数は少ないから全量投与で1日半で戻ったわ。でも細胞を安定させる薬剤投与は半日かけておこなったのよ」
「なら俺も1回で戻れるだろ? 後遺症のねぇ薬を作れなかったのかよ! テメェは医者だろ! それとも親の七光のヤブ医者かよ!!」
「工藤君! 薬を作ったのは私よ! 巳恩は手伝ってくれた方!」
「灰ー… いや、宮野、オメーの事は信じてる。 けど、俺には犯罪者を信じることなんざできねー…「「新ちゃん!!/ 新一っ」」ってぇええ! 叩く事ねーだろ!」
バシっとコナンの頬を腫れ上がる程容赦なく叩いたのは優作
「新一! お前はどれ程失礼な事を言ったか分かってるのか!?」
「お、親父!?」
「巳恩ちゃんの協力がなければ薬は作れなかったのよ!」
「でも、母さん!」
「お気になさらず。 私が信じられないなら薬をこの場でバラまいて退出すればいいだけの事ですわ」
顔色も変えずに答える巳恩
「おめーなんか必要ねーよ。解毒剤があって宮野がいりゃあ治せるだろう! 宮野なら100%の解毒剤が作れるはずだ。薬だけおいて消えちまえ!」
不貞腐れたようにいうコナンは挑戦的だ。
「志保。 私が必要ないなら薬は濃硫酸に漬けるだけなのだけど構わない?」
柳眉を少し上げた巳恩はここぞとばかりに天使の笑みを見せる。
「待って巳恩っ! ごめんなさい、工藤君の言葉の悪さは私が謝るわ。私は後で殴られても抵抗しないから! 工藤君は巳恩の事を、ジン・デイジーを知らないただの子供なの。 貴女の能力はパートナーである私が一番よく知っているわ」
「その通りだな。 息子の口の悪さの事は私からも謝罪しよう。Dr有間。 不愉快にさせて申し訳ない。何なら赤井君の目潰しでもうけさせようか」
「ホントにね。 私達は、随分とこの子を甘やかしすぎたわ。 ごめんなさい」
「父さんも母さんも俺よりコイツを信じるのかよ! 100%戻れねぇなら薬なんか服用しないぞ! 」
その言葉に巳恩はコナンを睨み付ける。
「赤井」
「何だ?」
「そこのクリスタルの灰皿取りなさい」
「灰皿? その薬を灰皿に撒き散らすつもりか?」
「FBIの狗の分際に逆らう気? 言っておくけど、薬の主導権を持っているのは私であって志保じゃないのよ。 それともこの場にバラまいて、あとから寄せ集めたのをオブラートにでも包んで飲む?」
「―…」
有無を言わさぬ言葉に赤井は灰皿を差し出す。
「煙草もよ」
「は?」
「持ってるでしょ?」
「―…」
赤井は小さく溜息を吐くと封を切ってないパッケージを取り出すと差し出された手に置いた
「未開封…。ま、いいわ。 禁煙にもなるでしょうから貰うわよ。 志保、私の医療用バッグ」
「巳恩? 何を」
「取りなさい」
銀色に光る医療用バッグはジンが特注したもので注射器やら縫合セットやらと入っている。
巳恩はその中から小指の先程の小さなアンプルを3つ取り出すとその内の一つの中身を開封して灰皿に置いた煙草のパッケージの上にたらたらとこぼす
ジュウウ〜〜〜
という音がしてパッケージが溶ける音と焦げ臭いような匂いが漂い、有希子と優作、そしてコナンは息を飲んだ。
「硫酸アンプルはまだあるわ。志保の解毒剤を消滅させること位ならできるわね。この煙草の上に置くだけで使用不可になるわ。 それともコナン坊やが硫酸を味わってみる? 言っておくけど、この結果をだすのにモルモットたちがどれだけ犠牲になった事か! 貴方の躰の状態で80%の結果を出すために100匹以上の動物が命を分け与えてくれたのよ!!」
「100匹以上…」
「薬品の殆どは動物達の躰を実験を行うの! 黒の組織には動物達は専用の焼却処分してるけど大手の薬品の研究所には命を使わせてくれた動物達の霊を祭る墓所があったりするの!! 空っぽの脳みそに叩き込んでおきなさい! 分かったら返事!」
「わ、分かった! 分かったから!」
「何が」
「悪い! 悪かった!!」
「悪い、で済むと思ってるの? 工藤新一。 幼児化したのは自業自得でしょう」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!! 有間のお姉さん! 僕の口が過ぎました!! 僕が悪かったです、動物たちも謝ります!! ごめんなさい!」
残った二つの瓶を取り上げてちゅ!とキスをする巳恩の天使のような笑顔に、コナンの口調でだらだらと汗をかきながら謝る新一。
「18歳が6歳の子供の姿と子供言葉で謝るのは楽しいわね。 次に言ったらペドフェリアの赤井秀一にこの場で抱かれてもらうわ。 ボウヤボウヤと構ってたんだから性欲処理に丁度いいはず… ねぇ? 兄妹揃ってショタコンの赤井捜査官?」
「言わない! 言いません!!ごめんなさい! 僕、まだ6歳だから、赤井さんの恋人にはふさわしくないよ!! ね、赤井さん!?」
「ー… そうだな。 俺も小児性愛者じゃない。 恋人候補というのならば妹か降谷君だろう。 妹ならボウヤが大人にならなくても平気で付き合うだろうし、降谷君もボウヤを気に入っているからな」
「降谷―… それでも楽しそうね。 公安の切れ者の恋人が小学生の男の子―…って、女子高校生たちが喜びそうなネタになるわ」
「あ、赤井さん!! 有間のおねーさんをあおらないで!」
全力で否定するコナンに巳恩は口角を上げる。
(っつたく、巳恩の女王様で超が複数付きそうなS気質は誰に似たんだ? …ルナ姉じゃない事だけは確かだが―… となると、アイツの影響か…)
赤井は脳裏に浮かんだ銀髪の男を消すように片手で顔を押さえる
「さて、坊やの質問に藪医者として答えて上げるわ。 確かに、1回の投与での治療も可能よ。リスクが跳ね上がってもいいならね。」
「それは…」
「ボウヤの身体の中の薬への抗体がもっと少なければ長くても5日位で戻ったかもしれないという事よ。」
「5日…」
「死んだ方がマシって位の激痛に耐えるなら、全量投与してもいいけど藪医者としては進めないわ。 キック力増強シューズの最強出力で蹴ったサッカーボールを1メートルの距離位で頭と体を足に10連発位食らった以上の痛みはあるからボウヤに耐えられるかしら? でも、一回くらいはぶつけられる方の経験をするといいかもしれないわね?」
「ぅ……」
今にも小瓶を開封しそうな手つきで言われてコナンは頬を引き攣らせる
「信じる信じないのどちらにしても、選択肢は患者となるボウヤにあげる。言っておくけどさっきの言葉通り、1回の場合の方がリスクは高いわ。 2回の場合が10%前後。1回の場合は40%まで跳ねあがる。 どちらを選んだとしても、工藤新一としての筋肉やら骨の成長促進が止まるまでは絶対安静で面会謝絶。」
「2回―… それで俺の身体は治るんだな?」
「私と志保がタッグを組んだのよ? 成功したのは年相応に戻った志保をみればわかるでしょ? 工藤新一に試す前に志保が身をもって証明したわ。異常はなし。違う点はたった一つ。 工藤新一のように解毒剤を何度も服用したわけじゃないから、投与回数は1回だったし痛みも予想よりは酷くなかった。」
「灰原は1回なのに俺は2回なのか」
「工藤君は―… 蘭さんと会いたくて何度も薬を飲んだでしょ? 5日とか3日で戻す色んなパターンのシュミレーションをしたけど、そうすれば躰中に麻痺が残ったり視力の急速低下とかのリスクが高すぎたのよ。 一番高いリスクは、男性機能障害と半身不随で歩けなくなることだったわ。細胞の活性化が止まってしまうとか、筋肉が妙に歪になって固まるとか」
「だ、男性機能って…」
「つまり子供が出来ないという事です。一言でいえば女性を最期までイかせられない。 精子の数が減り、女性の卵子との結合が難しくなる」
「結論的に私達は新一の子供―… 孫の顔が見れないという事、かな?」
「できないとは申しませんが可能性が―… 普通のカップルを100と仮定しましょうか。―… 女性が妊娠しやすい時にチャレンジした時の確率が普通のカップルで80として、年齢的に確立は下がりますが、工藤君の場合は18に戻った時、女性が妊娠しやすい時の確率で10%未満と想定されます。 勿論これはコンピューターが弾きだした結果なので正確さにはかけてますから詳しい確率は大人に戻ってからの検査次第。妊娠の可能性は低いから1年中ゴムを付けずに楽しめるという特典が出来るので男としては良いんじゃないかと?ヒトコトで云えば不能になるという事よ」
あっさりという巳恩に有希子は少し頬を染めて優作は空咳をして誤魔化すが言われた本人は頬を引き攣らせる。
「半身不随…。じゃあ2回だとどうなるの?」
「男性機能障害は残ります。体機能障害で手足の痺れと経度の麻痺が残る蓮ですが、こちらは2〜3ケ月の身リハビリをすれば普通の生活に戻る事はできると思います。最も可也ハードなリハビリになると思いますが」
「先ほど言っていた男性機能は」
「データ上は22%〜31%の確率で子供を授かる事ができます。 精子が死滅する訳じゃ無いので、男性バージョンの不妊治療と体外受精で授かる事も可能です。 盛りのついた猫のように毎晩すれば、運がよければ治療なしでも恵まれるけど、子供に後遺症が出てくる可能性があるので妊娠したらDNA検査は必要です。 1回の場合は精子の80%以上が死滅するから子供は授からない可能性が有るから覚えておいて。」
「―… し、死滅って」
「女性を満足させれるかどうかは工藤新一の努力次第。 躰はイきたい。でも行為が続かないという可能性もあるわねぇ… 強精剤とバイアグラ使えば1回位なら… いけるかしら」
「ホォー… とてつもない博打になるんだな」
「ま、これは後遺症の問題だから、男性機能障害のレベルは治療後の日常生活とかでも変わると思うわ。 最悪の場合はいつの場合も考える。―…当然の事よね?」
「後遺症… そこまで考える必要があるのか」
「そこまでデータを作る必要があるという事よ。工藤新一に子供ができて、ちゃんと育てられると思っているの? 相手が蘭さんなら蘭さんは1人で病院へ駆け込む事になるわ。 ヘラヘラと探偵をして事件解決して新聞に顔出しして、被害者の家族が逆恨みで子供を狙うという事も考えられる。 世間を騒がせて子供が熱だしても捜査協力で家に居なくて、病院に連れて行く事もできない父親を持ったら子供が可哀想よ」
「…っく」
「ならいっその事子供が出来なくなるように去勢…いえ、パイプカットの手術をした方がマシだわね。」
「パ…っ」
「―… 巳恩、ダイレクトに言いすぎよ…。 工藤君が固まってるわ」
「あら、失礼? 藪医者は言葉を選べないの。 事実を言っただけの事よ。」
「Dr有間は、息子の振る舞いで随分と御立腹のようだな。」
「そ、そうみたい、ね。 一息入れましょうか? 紅茶がお好きと聞いたから美味しい紅茶とケーキを用意しておいたの。どうかしら?」
「お構いなく。ここは敵地ですから、紅茶の中に何を入れられるか分かりませんので。それに説明はまだ終わってませんから」
「新一の所為で私達も信用を亡くしたかしら…」
「私は工藤夫妻もFBIも公安も信用なんてしてません。 それに志保もカフェインはNGですから」
「あ…そう、だったわね。 志保ちゃんの事も考えず―… ごめんなさい」
眉を下げた有希子の言葉に巳恩は冷たい言葉を返す。
「結論を申し上げると、2回での治療になった場合でも、数年後に蘭さんと華燭の典を上げても子供ができる可能性が低いという事です。ですが1回治療を選んだ時よりも授かる確率は高いのは確かです。 意識が戻って1週間は起きれない程の痺れが後遺症として出てきます。ですが、それは、リハビリで歩行訓練をすれば半年ほどで治ります。 ただし、工藤君がリハビリをさぼった場合は保証の限りではありません。」
「治療先はどの病院に?」
「治療する場所はFBIが極秘で借りたペンションを予定してますが、場所は言えません。ですが、工藤君が治療を選んだ場合、私と巳恩が付き添います。 巳恩は担当医として、私は助手として。 勿論、万一に備えて工藤君のご両親にもペンションで待機して頂きます。」
「細胞が安定したのが確認できたら、大手のリハビリセンターに転院します。 表面上は事件を解決、重症を負って入院していたけれど安全のために御両親以外との面会しか出来なかったと。 これでボウヤのちっぽけなプライドも守られます」
「万一とかちっぽけなプライドって。 なんだよ、それ! 灰― 宮野が担当医じゃないのかよ?」
「私は科学者であって医師じゃないの。 人体の事についてはほぼ素人よ。 治療に関しては巳恩の方が専門。」
「薬飲みます。はいそうですか、息子をよろしく。で、終わるもんだと思ってるの?」
「身体を元に戻してすぐにそのまま生活出来ると思うなら服用しない方が良いわ」
「命懸けって事か」
「このカプセルの中の薬は眠ってるの。胎内吸収されて30分後位から活動を初めるわ。何らかの後遺症が残っても自力で治すというのなら、すべて一人で元に戻る覚悟が有るなら準備なしで明日からでも始めるわよ」
「決めるのは工藤君、貴方よ。目が醒めた後、巳恩と私の組み立てたリハビリで歩行訓練が始まる。」
「リハビリで歩行訓練って…」
「坊やは推理以外に頭を使わないのね。さっきの話を聞いていた? リスクの中に麻痺が残ると云ったでしょ? 本当に工藤優作の息子なの?」
「残念ながら、私の息子だよ。」
「心からご愁傷様を言わせてもらうわ。 いい事? 筋力がすぐに元に戻ると思ってるの? 今迄の一時的な薬とは違うのよ。骨の成長を一気に促進させて元に戻って、直ぐに駆け回れるなら私や志保は居なくてもいいの。 薬を飲ませてそこらの倉庫に放置してハイサヨウナラで終わりなんだから」
「ぅ…」
「もう一度いうわ。有間巳恩を藪医者だと思うなら、治療なんてやめなさい」
「何で」
「それだけ危険な薬なのよ。こちらの世界では生涯秘匿の危険分野になるの。シェリー・ジン。それがこの薬に付けた名前。」
「シェリー・ジン」
「そうよ。 シェリーとジンの名前を残すの。永遠に残るわ。ジンは精霊のジンと掛け合わせたの。つまり精霊シェリーと呼ばせる事も出来るわ。」
「ー…… 私よりもジン・デイジーの名前を残せばって言ったのに」
「元々の開発者は志保と宮野エレーナでしょ? 確かに私は調合に必要な薬剤を取り寄せたけど、それは私の力じゃないわ。 有間邸の研究室を貸しただけ。 それに私の名前を残すのはまだまだ先。」
「シェリージンか………」
聞きたくも無い名前。
治療経過のカルテに残る。
「有間博士はつくづく凄い跡取り娘を遺されたんだな。 羨ましいよ。 治療に関しては、少しだけ考える猶予を貰えるかな? 子供の躰に戻ったのはこの馬鹿息子の行動が原因と理解はしてるが元に戻れなかった時の事も考えておかなくてはならないようだ 1時間程度でもいいんだが」
「私としては新ちゃんでもコナンちゃんでもいいんだけど、新ちゃんに戻らないと蘭ちゃんが可哀想だし、コナンちゃんならコナンちゃんで探偵団の子供達とお別れしなきゃだし」
「確かに。 ご夫妻のおっしゃりたい事もわかります。 ならば返事は明日の23時59分59秒まで。 1秒でもおくれたら治療はナシよ。 ちなみにこの薬、2度と精製しない契約書を志保に書かせたわ。 だからチャンスは一度切よ」
「―… な! 灰原はそれでいいのか!? お前の薬だろ!?」
「いいのよ。 APTXに関しては研究開発の全権を巳恩に譲渡するの。これは、私が決めた事よ。」
「哀―… いえ、今は宮野志保ちゃん、と呼ぶべきなのよね? 貴女はそれでいいの?」
有希子が哀と巳恩を交互に見てから聞く
「はい。 ―…この解毒剤の精製で私はジン・デイジーと至福の研究時間を貰えました。 それは、この薬の権利全てを手放してもお釣がくる程の充実した時でした」
「そう。」
有希子は巳恩に向き直る
「巳恩ちゃんー… いえ、今は、有間先生と、呼ぶべきかしら? 哀ちゃー…じゃないわ、志保ちゃんから薬の権限を譲渡されたあと、貴方はどうするの?」
「それは、この薬の扱いの事ですか?」
「そう思ってくれてもいいわ。」
「正確にいえば、志保が権利を譲渡した先は私ではなく材料を取り寄せてくれた組織の薬品チームです。レシピが記載されたUSBや書類は今後の参考として残しますが、使ったPC 器具も薬品も、私と志保がここにきてる間に専門家がすべて回収して、廃棄処分とするように命じてあります。」
「つまり頭の中にレシピがあっても機材も薬品もないから精製はできねぇって事か」
「権力を使って留守を狙って捜索するという芸当はできないわよ。 それなりに手続きを踏んで廃棄するの。 そろそろ公安と日本警察とCIAとFBIと二の足踏んでいる頃かしらね…」
鞄からタブレットを出してカタカタと捜査して画像を映し出すとくすりと笑って赤井の方へ向けた。
降谷が奥歯を噛みしめるように梱包されて運び出される機材を睨みつけている。
降谷の他にも各機関が囲むように牽制し合う。
日本警察は生憎と各機関が邪魔をしないように交通整理として目暮が駆り出されている
「何で捜査一課の目暮警部が…?」
「降格されたの」
「何で!」
「何しろ事件の関係者以外が現場に入る許可を出してヒントを貰って逮捕したりしてたから。」
「っ」
「小学生を事件現場に入れるなんて刑事失格って目暮班は解散。巡査部長に降格されて1ケ月の自宅謹慎。交通課への移動に加えて半年の減俸処分。佐藤警部補班巡査長に降格されて3カ月間の減俸処分。減俸処分が済んだら地方の県警の免許更新センター勤務3年の辞令が待ってるわ」
「俺の?」
「工藤新一は高校生、江戸川コナンは小学生。 二人とも捜査権の無い一般人。 少年探偵団は自動相談所送りで済んだけど保護者は保護者責任放棄で家庭裁判所に出頭の上、書類送検ね」
「アイツら迄!」
「因みに担当の小林先生は指導不足で副担任に降格されて学校移動になったわよ。」
コナンは黙りこんだ
「流石に用意周到だな。公安、CIA、FBI NCIS… 錚々たるメンバーだ」
「それ位、見越していたんじゃなくて? FBIのペドフェリアさん?」
「―… 赤井秀一だ」
「赤井秀一=沖矢昴=諸星大=ライ おまけにペドフェリアの傾向もある。 どの名前も吐きそうな程嫌いだわ」
「それは悪かった だが、生憎と俺の名前はその”吐きそうな程嫌い”だという名前と同じでな。 繰り返すが俺はペドフェリアじゃない。 至ってノーマルだ。ペドフェリア傾向があるのは、どちらかといえば安室君の方だろうな」
「なら口を差し挟まないで。 薬なんて分からないでしょ。 盗聴盗撮しか能のない男に用はないの」
「え、えっと、その! ならなんで彼をここに?」
「唯の証人よ。 工藤新一の身内だけだと何させるか分からないもの。 だから公安の降谷零を呼んで同席させてもよかったの。 赤井と因縁があるようだから私怨がらみとはいえ面白いバトルがみれたでしょうね。 NOCリストは白の組織でも握ってるから裏世界に彼の情報を流せば高値で売れるわ。 赤井秀一やボウヤの情報、KIDの情報も高く売れる筈よ」
「巳恩、貴女まさか本気じゃないわよね?」
「安心して志保。白の組織は志保の情報だけは億単位の情報料金を提示されても流さないわ。私が頼んだから。 黒の組織と違ってそれをネタに脅したり恐喝したりしない。 情報入手に関しては公安やCIAの非じゃないわ。」
「―…」
巳恩はにこりと笑う
「今頃有間の研究室は棚があるだけの空き部屋になってる筈です。塵一つない状態になってますし、彼等にも自分たちが有間邸で何をしようとしたのか録画をされている事は伝えていいと言ってあります。 公開されては困るでしょうから無断侵入はしないでしょう。 PCは組織で廃棄され溶解処分となり欠片も残しません。 精製した薬は5錠。 1錠は志保に使いました。 ボウヤが薬を飲まないなら残り4錠は組織で管理されます。 すでにアメリカの専門機関から秘密裡に精製方法の問い合わせとサンプルが欲しいという問い合わせが来てると聞いてます。」
「自分では志保君の精製した薬を使わないという事かい?」
「APTXは組織―… ホワイトカラーにとっては価値あるテーマではありませんが、一般的には喉から手がでる程の研究です。解毒剤が完成した今、価値は数倍に跳ね上がっているでしょう。 ですが私のテーマではありません。 ボウヤが薬を飲まないのならこれ以上、私が関わる義理もありません。 世界的に有名な作家にはそれ位お分かりだと思います」
巳恩は薬の入ったカプセルを小さなジェラルミンケースに入れて鍵をかける。
「薬の説明は以上です。 覚悟が決まったら志保に連絡を。 仕度に3日程かかるのでその間に子供達とお別れは云える筈です。」
「分かった。どんな返事であれ、23時50分までに必ず宮野君のスマホに連絡をいれると約束しよう」
「では、後はご家族とそこにいるFBIで話あって下さい」
薬の入ったジェラルミンケースを医療用のバックにしまって再度鍵を閉める巳恩
「―… そうだわ ボウヤ。 これを上げる」
「な、何?」
テーブルにおいてあるアンプルを無造作にジャケットのポケットにしまおうとして、蓋を開けるとぽいっとコナンに向けて投げる
「わわっ!!!」
思わず手で受け取ってワタワタとして手から飛び出して床に落とすコナン。
「ー…ぇ?? あれ??」
床に飛び散った水が足にかかった筈なのに怪我一つない。
「―… そのアンプルは、ただの、ビタミン剤」
「は? さっきのは確かに硫酸、だったよな?」
「硫酸は高いのよ、坊や?」
「………」
「巳恩… 工藤君は薬には疎いのよ。これ以上揶揄わないであげて」
「あら、机に出しておいた時に言わない志保も悪いのよ。 ま、薬を溶かす事は半分本気で言った事だけど、ね」
にっこりと笑う巳恩
「さ、帰るわよ、志保。」
「ぇ、どこに」
「私も志保も薬を飲むか飲まないかの下らない家族会議に出る義理はないでしょ。 この解毒剤は私にとってはボランティアよ。 ニースの別荘で1週間位ゆっくりしたい所だけどそれは無理だろうからアル・アマーニ・ホテルの会員制スパ・アイスランドでのんびりしましょう」
「って、ホテルは兎も角、スパ・アイスランドは予約制でしょ? 着替えだって」
「私が行くんだから予約なんて必要ないわ。 あのスパのVIPルームを使うのは限られた人だけよ。スタッフを呼びつければいいだけだわ。 着替えなんてアルマーニとかフサエブランドの服が選び放題だから気にする必要もないでしょう」
薬の入ったカバンを持つ巳恩は居間を出る。
「一寸! 巳恩! もう少し説明を」
「私に逆らうと?」
「… いえ。」
志保は溜息を付く
「工藤君。 ちゃんと、ご家族と考えて頂戴。 もし、薬を飲まないのであれば、コナンの儘で生きるのであれば工藤新一死亡の手続きと江戸川コナンの戸籍が出来るわ。そして工藤夫妻の養子となり工藤コナンとなって新しい人生を生きてもいいと思う」
「灰原―…」
「志保!」
「今、行くわ」
工藤邸を出ると待ち構えていたかのように阿笠が研究所の門扉の前でうろうろしながら立っている。
「博、士 …?」
「哀―… じゃない。 志保君…!」
ドタドタと抱き着かんばかりに駆け寄ってくる阿笠から一歩下がる志保。
「志保、君…」
「ご無沙汰、してます。」
志保は丁寧に頭を下げる
「こ、こんな所で立ち話もなんじゃ。 少し上がっていかんか? 珈琲を飲む位の時間はあるじゃろ? 志保君の好きなチーズケーキとパエリアとハーブチキンをたっぷり用意してあるんじゃ! 勿論、巳恩君―… いや、有間君の分もある。」
「残念ね。 今の志保は刺激物は厳禁なの。 博士と違って自制ができるから時期に治るけどジャンクフード系は禁止。 それに私は基本的に買ってきた食事はしないのよ」
「ならジュース位」
「却下。 ジュースに薬を仕込むかもしれないわ。」
「そんなー… 少し位いいじゃろう!? 志保君はわしの娘も同然じゃ!」
「志保のご両親は阿笠さんと違って天才科学者だったのよ。 役ただずの発明家ではないわ」
「そりゃあ、血の繋がりはないが、だが!」
「巳恩、お願いがあるの。 10分… いえ5分でいいの。時間をくれない? 一つだけ取ってきたいものがあるの。 水も飲まずに戻ってくるわ」
「取って来たいもの?」
「比護さんの直筆サイン。 巳恩だって歌舞伎の大御所のサインを貰って大切にしてるでしょ?」
「―… サイン、ね。」
巳恩は小さな溜息を付く。
「ま、志保が比護さんのファンだというのは知ってるし、取りに行きたいという気持ちもわかる。 もし比護選手のNoユニフォームもあるなら黙認してあげる。 私が京都で貰った大御所のサイン付の簪が大切なのと同じですものね」
「ありがとう。信じてくれて」
「つまみ食いはほどほどにしないと明日の検査ですぐばれるわよ」
「巳恩?」
「ジャガーで待ってる。10分よ。」
「―… すぐ戻ってくるわ」
志保はパタパタと研究所に入っていく
「し、志保君! 志保君!」
志保が研究所の玄関を開けると、デリバリーではあるのだろうが料理の匂いが匂ってくる。
その匂いを無視して階段を駆け上がって壁に掛けてあるサインを取る。
テーブルの上に置かれている写真には比護を中心に哀とコナンを含めた少年探偵団が映っている。
(未練、よね)
志保は写真立てから写真を取り出すとビリビリと破くとポケットにしまう
「し、志保君、その写真はたった一枚だけ残した宝物じゃ…」
「いいのよ。 灰原哀の記憶はもう捨てるの。 宮野志保に戻らなくてはならない時がきているの。 とうにその覚悟はしていたの。でもサインならオークションで落札したとでも何とでもいえる。 幸い比護さんの名前だけの色紙だもの」
「―… わしは、わしは、いつでも志保君をまっておる」
パタパタと居間に降りるとデリバリーのパエリアは兎も角、カフェ・アルテミスのチーズタルトとチーズスフレケーキとフルーツや山程乗っているフルーツタルトにモンブランにオペラ…と10個位入った箱が置いてある
「博士、これ…」
「その、わしは、巳恩君―… と云ったら怒られるじゃろうな。 Dr有間の好きなケーキなんてわからなかったからの。 沢山あれば少しは志保君との時間がもらえるかと思ったんじゃが―… 計画は外れたようだ」
「博士、隣にもっていきなさい。 このお店なら有希子さんもお好きな筈よ。 チーズケーキなら… 赤井さんも食べれるでしょう。そこで今までの状況を聞くといいわ」
つまみ食いはほどほどに。
一口位ならいいと、巳恩は言ってくれた。
自分の本心を滅多に表してくれない巳恩
(そんな巳恩だからこそ―… 私がパートナーとして選ばれた)
(似たもの同士)
(研究所では必要な言葉以外会話が少ない)
(天才科学者と天才医師)
(私の大切な家族は、死んだお姉ちゃんでも阿笠博士でもないのだから)
志保は箱からチーズスフレを一つ取り出すと皿に置いて大きく切ってパクンと胃におさめる
「御馳走様、博士。 あまり、ジャンクフードをたべないようにね。」
「待っておるのは、自由じゃろ? あの―…巳恩君だって、人の心までは」
「博士。 巳恩はね、 組織で唯一年齢の近かったパートナーなの。そして、有間博士は、私の事を一番初めて認めてくれた恩師なの。博士の講義を聴いて、博士は私の両親を知っていて、頑張れと応援してくれた、最初の方なの。スイスで意見が分かれて言い合った事もある。 喧嘩もした。 それでも、あの機関でお互いを認め合って巳恩と過ごした日々があるからこそ、今の私が居るの」
「志保、君。」
「元気でね、博士。 もし、工藤君が治療を受ける時は、1度位、博士に会う時間を作ってもらえるように頼んでみるから。」
志保は一度だけ、ぎゅっっと阿笠を抱き締めると振り切るように研究所を後にすると黒光りするジャガーの運転席に乗り込んだ。
5/32
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