氷壁の姫 Act-11 銀に染まる
「こんな所、ですか?」
「そうね。 頬の傷があと少し長く… 赤井さんが撃ってから暫くたつから傷跡がもう少し薄くなってもいいかもしれない。」
「そうですね。 奴の最後の写真がこれなんですが―…」
戦闘用ヘリに座って黒いライダースーツに銀色の救命胴衣を着つけた巳恩がジンを護る盾のように恐れ気もなくドアの変わりになるように座っている為、赤井は撃てなかった
その後、ジンの手によって海に落とされた巳恩を救う為に、救命胴衣を着ける事もなく海に飛び込んだのは赤井だが、病院で意識を取り戻した巳恩には、何故助けたと罵倒されただけだった。
FBIの赤井さえいなければ追跡は甘くなる。
それを承知していた巳恩は自ら海に飛び込んだ。
ジンも承知の上で突き落とした。
一瞬のパニックの隙間を縫ってヘリは逃走したが翌朝、地図には乗ってない無人島でヘリは発見され、パイロットだったキャンティは頭を打ちぬいて自害していた。
その腹部には公安に撃たれた銃の弾が残っていた事から逃げきれないとわかっていたのだろう。
乱戦の最中でコルンは死亡。
ジンとベルモットとウォッカは逃亡し、今だに見つからない。
黒澤陣の個人資産は1年の国家予算を軽く凌駕していたが、その資産は有間巳恩#名義に全て書き直されていたため、白の組織の代理人が間に立ちふさがり、FBIや公安が入手経路を調査する事は出来なかった。
ジンとしての資産もあったがそれは普通の社会の一般貯金レベルだった。
「巳恩ちゃんは、本当にジンが… 好き、なのね?」
「有希子さん?」
「でなきゃ、盾になるように座るなんて出来ないわ。女は愛する人の為になら白にも黒にもなれるものよ? 赤井さんだってそうでしょう? 巳恩ちゃんを守って、巳恩ちゃんを護る為にならFBIを辞める覚悟までしている。」
「―… 俺は、明美を守ってやれなかった。 反対に殺される原因を作りました。志保は俺を責める事はありませんでしたが、沖矢昴から赤井秀一に戻った時、一瞬見せた恨みの顔を忘れる事はできません。」
「そう。」
「巳恩の心を壊したのは俺達です。父親を奪い、父親の命奪ったFBIはまだ生きています。 そして彼等が殺人者として法に照らされる事がないのも事実。」
「―… 辛い、わね」
「俺も、その事を知った時はFBIを職業に選んだ事を後悔しました。 志保は、母方の縁戚で、巳恩は父方の縁戚です。」
「どっちも選べない?」
「志保は研究所で沢山の仲間が出来てたと言ってました。 博士にはイギリスに帰った灰原哀の変わりに少年探偵団の子供たちが。―… そして、フサエさんが傍に居ます。志保は今回の件で人生を新しくやり直す事になってしまいましたが、研究生活は楽しいと云ってました。志保が若いからと妬む研究者はおらず、反対に同等レベルの研究者たちがいるのですから。 なんでも来月から始まる新薬の開発チームの1員に推薦されたとか」
「そう。志保ちゃんの頭脳なら当然だけど朗報ね。 優作も新一もきっと喜ぶわ。」
赤井の出した写真のジンと鏡に映るジンを見比べて傷の確認をしていく有希子。
「そうですね。彼女は小さい時から科学的な学術に秀でたギフティとして生まれ、虐めや差別を恐れた両親が12歳になるまでは普通の子として育てていた子―… と履歴を作りましたから」
「確かに志保ちゃんはギフティよね。 最も、ギフティというなら巳恩ちゃん―… "ちゃん" って呼ぶと怒られるでしょうけど… も、だけど」
「そうですね。 俺が巳恩と呼ぶ代わりに巳恩も俺を呼び捨てます。 諸星大と名乗ってた時から"さん"つけで呼ばれた事はありません。 ジョディやキャメルに至っては毒舌の嵐で氷点下の会話です」
「氷点下…」
「巳恩の毒舌にジョディが大人の対応を出来なくて実力行使に出ようとしてそこを突っ込まれてまた言い返すもので。」
「あらま…」
「ジョディが、巳恩の鷹を殺した事にも原因があるでしょうが、たかが鷹の命だというものですから逆鱗に触れまして。」
「そ、それは―… ジョディさんには悪いけど巳恩ちゃー… 先生の味方を取らせていただくわ。 ペットを飼った事が無い人には分からない気持ちよね」
赤井も苦笑する。
「俺は、潜入している時から、巳恩がレディとデューク―… っと」
「いいのよ。レディは蘭ちゃんが傷付けた。―… 子供達に見せてと言われて見せて上げていただけなのに、襲われてると勘違いして身近に有った木を倒して… だったわね」
「羽を酷く傷付けて。京都の鷹匠の元に連れて行っても飛べない鷹は鷹じゃないと、羽は元に戻らないと… その後、巳恩は学校に直談判をし、学校サイドは毛利のお嬢さんへの表向きの注意だけにとどめた事を知り、組織の情報をフルに使って法律上の裁判を起こしました」
"あの生徒だ!"
"君! 毛利蘭、さんだよね!? 躾けられて攻撃をしない鷹を空手で殺したんだって!?"
"殺人犯を捕まえる為に得意の空手で重症を負わせた時の気持ちを是非!"
"気に入らない事があると空手でモノを壊して言いなりにさせるって本当!?"
ある朝、突然学校近辺に現れたTV局と雑誌の取材陣。
"ここが、ベルツリータワー襲撃の犯人を捕まえて重症を負わせた現役空手チャンピョンが通っている高校です!"
"勇気は称賛しますが褒められる行為じゃないと思う。"
"あの事件の犯人は一生車椅子生活って聞いたよ! 若しかして毛利蘭のした事だったの!?"
"犯人に同情する気は全くありませんが、生徒にそんな危険な事を許可してる空手部は武闘派の集合という事でしょうか!?"
"学校にはあの、鈴木財閥のお嬢さんも通ってらっしゃるんですよ"
"組織の壊滅に一役買った高校生探偵もいますよね!?"
"って事は金ばらまいて黙らせった事!? さいてー"
登校してきた学生たちが言い出すように騒々しくなる。
逃げるように足早に校舎に入れば先に入った生徒たちが顔を合わせずにバタバタと教室に走っていく。
授業どころではない。
携帯で親に連絡をしだす生徒もいて電話が鳴り響く。
"あー… 蘭ちゃん? 私の学校の後輩だよ。可愛い子だけど昔からよくモノを壊してたよねー"
"そうそう。 なんかもんくあるの!? って鉛筆とかペンケースとかを、顔の前に持ってきて、ぐしゃーっって折って、にっこり笑って威嚇するの!"
"確か、壁に穴をあけて、先生には次の試合で勝つシュミレーションをしてました って言い訳したって"
"ほら、離婚したお母さん弁護士だから"
"小学校の時から机とか壊したって"
"椅子のパイプの所を折り曲げた事もあるって聞いた"
"ほら、中学校の鉄棒の一部が折れ曲がってるの! あれも彼女がやったってきいた事があるよ"
"あ! 確か記念に残してあるって?"
"そーそー。現役空手チャンピョンの母校である証拠にって!"
"あれ? 鉄棒じゃなくて屋上のフェンスじゃなかったか?"
"確か、付き合ってる工藤先輩も随分と困ってるって"
"空手で脅して付き合ってるってきいたよ?"
"あと、鈴木財閥のお嬢さんと親友だから、何やってもいいって思ってるんじゃない?"
"鈴木財閥ってあの鈴木?"
"そうだよ〜 アノ鈴木の末娘!"
"財閥の娘が私立じゃなくて公立?"
"おねーさんは某有名女子高だよ。 こっちはモロお嬢様って感じ!"
"妹の方は結構砕けてるよな"
"うん。お嬢らしくないお嬢"
"そのお嬢様が毛利蘭とオトモダチ?"
"7不思議に入るかも"
"可愛いけど乱暴者だよな!"
"強いのが悪いとはいわねーけど、ちょっと…なぁ? 俺、怪我したくねーし"
"毛利は新一、新一、だからこっちに被害はこねーけどな"
"工藤も可哀想に。女に守られてるんだもんな"
"アイツなら気にしないじゃねーの? サッカーと推理しか頭にねーし"
"それで留年だもんなー。 有名作家の息子が留年!"
"今度の事件だってもともとは毛利が無理やりトロピカルランドにデートに連れてかれたから巻き込まれたんだろ?"
"そうなの? わー 気の毒。 得意のサッカーですっげー器物破損をしたって話だけどホント?"
"ホントホント!"
"うわー? 幾ら払うんだろ?"
"有名人の子だから、修繕費用は親がポンっとだすんじゃねーの?"
"いーねーぇ? 手切れ金変わりに暴力女の賠償金も払ってくれるかもー"
ボロボロと言われる心無い言葉とSNSのブログに投降される会話。
「大騒動、だったわね。 現役高校生空手チャンピョンの実態とか、暴力を闇に葬る高校の教育方針とか…」
新一の家も24時間の警備を続けて記者や取材陣が居なくなったのはつい最近。
薬の治療で行先が不明だったのが幸いしたが隣の阿笠に対しても危険な武器を作った発明家として心無い放送もあった。
「高校以外にも教育委員会と全日本空手連盟の実態調査、空手教室の教育指導諸々… 鈴木財閥の押さえもあって事件そのものはすぐに下火になったのが、怒りを増長させたようで」
未成年、という事でクラスメートたちの顔は出ず、声もボイスチェンジャーに掛けられたものが流れた。
だが、蘭に関しては高校生空手チャンピョン、とニュースに流れた事もあるのであっという間に顔写真が全国ネットで流れた後。
鈴木の力を持ってしても一度流出した顔写真の削除は出来なかった。
蘭が商店街を通るとニュースを知った人達がヒソヒソ声で尾鰭をつけて、蘭がしてない障害事件も蘭が犯人ではないかと噂をする。
"それは蘭がした事じゃないわ!"
"私はしてない! 犯人は別にいるわ! どうして何もかも私の所為にするの!"
"だって、モノを壊すなんてねぇ?"
"ウチの子も力あるけど、電柱は壊せないもの"
"よく外を歩けるわね…"
"さぁさ、噂は此処までにしましょう。 空手で脅されて大怪我をさせられるわ"
"そうね。"
園子がどれ程庇っても、空手で脅して言わせているのだと云われてしまう。
"どうして! どうして、私がこんな事言われるの!? 私は悪い事なんてしていない!コナン君や新一を守ってただけじゃない! 犯罪者にちょっと怪我させて何が悪いの!? あんな人達みんな逮捕されればいいんだわ!"
"蘭―… ? あの怪我が一寸、だというの?"
"たかが蹴りをいれただけよ? 園子や歩美ちゃんの仇を討って骨折っただけよ? それが悪いの? 新一なら分かってくれる―… 新一ならきっと―…"
"蘭―… 頭を冷やしなさい。 アンタもう少しで殺人するトコだったんだよ? そうしたらいくら鈴木でも庇ってあげれないんだから…!"
"殺人犯なら罪にはならないわ? 私は未成年なんだから! そうでしょ?"
"蘭、未成年だから殺人犯を殺してもいいって法律はないの! どうしてそんな風に思うの?"
"だって―… 強く成らなきゃ。 新一を守れるのは私しかいないんだから。"
蘭の瞳に宿る凶器。
心無い事を書いた巨大なブログサイトの掲示板は削除されたが色々なサイトにトカゲのしっぽのように残っている
「絵里ちゃんも小五郎くんも蘭ちゃんを守ろうとしてるわ。 娘は事件解決に貢献したのに何で責められるのかと。 悪いのは娘を罪人にしようとしてる組織の人間だと」
「親なれば子を守って当然でしょう。ジョディにも毛利のお嬢さんにも言い分もあると思います。 毛利のお嬢さんはコナン坊や助けようとしてその時その時が必死だった。 ジョディはジョディで毛利のお嬢さんやコナン坊やのアクションを楽しんでたらしくて。大人として止める事をしなかった。 巳恩は父親の事件以降FBIを始め警察関係を毛嫌いしてますから、話をするには弁護士団体を通せ、ですから。 あの弁護士団体は妃さんよりも凄腕揃いですから公安も日本警察も事情聴取も保護もままなりません。 」
「ホワイトの方ね」
「ええ。」
「私も女優関係のツテで一寸裏に詳しい人に聞いたんだけど、日本経済どころかアメリカ大統領の頸を取替える位の面子の集合みたいね。 安易に探ると翌日は息をしてないかもしれないからやめろと止められたわ。」
「―… あながち嘘とも言い切れませんよ。」
「ぇ?」
「坊やの薬の材料となる薬品を僅か数日で調達できた組織です。 FBIの研究グループでもその薬剤を手に入れる為には薬品使用目的や利用研究所とその使用者名など、局長の承認と国の承認が必要だといってました。 1g単位でのデータ提出が必要です。 その薬品を、彼等は30g用意しました。」
「!! ―… そう、だったわね。」
「巳恩に手出しをしたら公安局長もアメリカ大統領も翌日ベッドの上で冷たくなっているかもしれません」
「… そう。新一には言えないわね。」
「言わない方がいいでしょうね。 坊やには悪いが勝ち目はない。」
「本当にね。白に関しては、私も優作も生涯興味を持たない方がいいみたいね。 推理小説のネタにしたら翌日、手が後ろに回りそう」
「回りそう、ではなく99%回ります。 それに、巳恩は、毛利のお嬢さんとの冷戦を止めるつもりはないようで、俺がジンに為ることを、坊やー… 新一君が知った時どう思うか」
「そうね。」
有希子は小さな溜息を付いた。
「私は、蘭ちゃんが小さな時から知っているけど、新一が頭でっかちで事件となれば回りを考えずに動くでしょう? 頼りなく見えてしまって自分がしっかりしなきゃって思ってしまったんだと思うのよ。 あの海での赤井さんの体術をみて、―… あの頃は、日本には截拳道を習える道場は少なくて、子供が通える距離でも無かったから、似たような拳法のある空手を選んでしまったのだと思うわ」
「あぁ… そうですね。 元々の才能もあったんだと思いますが、もし、毛利のお嬢さんが截拳道を習ったら、今頃は手が後ろに回っていたでしょう」
「! そうね。 否定できないのが辛い所だわ。」
「巳恩は今迄、薬の件以外で白の力を借りるという事をしなかった。 その子が白の弁護士団体と臨戦態勢を取ったんです。性根をすえてかからないと負けるのは妃さんです」
「… 絵里ちゃんと小五郎君が離婚してから、自分がもっと強ければ離婚を止める事ができたのにって何度も言ってたから…」
「有希子さんには申しわけ無いのですが、俺には巳恩を止める事はできません」
「赤井君の所為じゃないわ。 止める事が出来なかった回りの大人たちの所為。小学校の高学年の頃から、自分の意志を貫けないと、机やら椅子やら壊すような事が何度かあったと聞いたのよ。 小五郎君も絵里ちゃんも離婚した弱みがあって、蘭ちゃんが壊した机や椅子を弁償するだけで怒りもしなかった。 中学になるとめきめきと強くなって大会で優勝する事も多くなったから、"試合の事を考えてて"といって誤魔化していたらしいわ。 クラスの子以外に下級生も上級生も反論したら怪我するかもしれないから逆らえないと証言する子がいて、そんな気は全く無かっただけに大分ショックを受けたみたい。」
「そう、ですか」
「だから、良い薬になったと思うわ。 強い故に自分が得たものと壊したものや喪った物を知ったのだから」
「そうでしょうか」
「英理ちゃんがそれでも、蘭ちゃんには罪がないと庇うなら弁護士のバッチを返上するべきよ。 ー…… はい、これは優作からよ。」
「―… 優作さん?」
有希子の差し出した袋を見て赤井は目を見開く。
「メイクのアドバイスと言われてピンと来たの。 これぐらいの事はさせて頂戴。何着あってもいいでしょう? 優作は編集者と打ち合わせて夜中にならないと帰らないから宜しくと、言ってたわ。」
タートルネックのグレー。それからシルクハット。 防弾繊維を使った生地のトレンチコートはジンが好んで着ていた服だ
「ありがとうございます」
「とんでもない! 当然の事をしただけよ。 サイズも丁度合う筈よ。このメーカーで間違って無い筈だけど」
なんの変哲もないスーツだがああ見えてもブランドものの特注を着ていたジン。
有希子はそのブランドを見抜いていた。
「ごめんなさい ………」
「え?」
「私達が新一を甘やかして育てたから。 探偵になりたいという興味を示した時に、それがどれ程危険を伴うのがしっかりと教えていれば良かった。 小さなころから推理が当たると誉めるばかりで、危険が有ることを教えなかったから……… あの子は天狗になってしまった。」
「ですが、坊やはそのツケを身をもって知った筈です。一人だけでは探偵は出来ない。相棒となるワトソンは医者でなくてはいけないという法則はない。」
「それはそうなんだけど…」
「工藤新一が工藤優作と藤嶺有希子の息子ならば馬鹿ではないと云ってました。 若いうちにあがくのは良い事だと、思いますよ。」
「だといいけれど。」
有希子は唇を噛みしめる
「二人の人生はこれから、でしょう? 喪った信頼を取りもどすのは難しい事ですが、出来ない訳じゃない。 殺人犯でも更生した人はいる。 毛利のお嬢さんは一寸やりすぎただけです。 自分のした事を見つめる時間が必要なだけだと思いますよ」
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