氷壁の姫 Act-12 罪の重さ
ガチャガチャと門扉が開く音がする
少しひきずるような足音と杖の音。

「母さん! 外にジンのポルシェがあったけど無事…っ! ジン!? テメー生きて! 殺されたくなきゃ母さんから離れろ!! 」
「久しいな、坊や。 随分な言われようだが、俺が坊やに負ける可能性は無い。」
「え、その声、赤井、さん? なんでジンの変装なんか!」
「赤井秀一も沖矢昴も巳恩に毛嫌いされてな。 同等に話したいならジンになれと言われたんだ。」
「有間巳恩は犯罪者だろ!? そんな事してご機嫌とり迄する必要なんてー…「新ちゃん!」」

有希子が睨み付ける

「有間先生が居なかったら新ちゃんの躰は小さい儘だったのよ!? 分かってる!?」
「解毒剤を作ったのは宮野だっつーー……「新ちゃん!! それでも私と優作の息子なの!?」」
「わわわ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

超ドアップで睨まれてコナンだった頃の口調に戻す新一

「全く! こんなだから幼児化するのよ!! 探偵は目立つものじゃないのよ!! 優作に散々お説教されたでしょう!!まだ懲りてないの?」
「わ。わかってけど!! 難事件をさらっと解決して新聞に書かれて目立たなきゃホームズじゃねぇし!」
「し・ん・い・ち?? それ以上言ったら大学の入学金、授業料、試験費用、貯金で払わせるわよ? 今迄のおこづかいを半分ずづでも溜めてたら入学金位は出せるわよね?」
「んな!とっくに使い切ったし!  バイトしたって足りねーから!」
「世の中には大学に行きたくても行けない子がいるの! 衣食住親ががりで、刑事とか弁護士や検事としての資格も経験も無い探偵に事務所を出すお金も出さないし、卒業してからもこの家を事務所で使う事も認めないわよ!「だあぁぁぁぁあ〜! 耳!ちぎれる! 」」

思いっきり耳を引っ張り続ける有希子

「有希子さん、落ち着いて下さい。」
「自分で事務所を借りるだけの資金を作れないなんて探偵なんて情けないでしょう! 小五郎君は小さいけれど、自分で買った部屋0で仕事してるんだから! 親がかりの探偵と比べてどっちが立派だと思う?」
「だって!! こんな立派な家があんのになんで借りる必要が―…ってぇえええ!!」
「金持ち相手なら兎も角ね! お金がギリギリの生活の人がこの家にそう簡単に入れるとでも!?」
「けど、おっちゃんちみたいに煙草むんむんとかってのも〜〜」
「兎も角! この家を事務所にするのは認めません! いいわね!?」
「親父も母さんも滅多にいないじゃんか! 外に事務所構えたら朝が大変だっつーの」
「ならマンションを借りてその家を事務所にしなさい!!」
「大学でて直ぐにマンション見つけろってのかよ!」
「何歳になるまで親のすね齧る積りなの? 赤井君は高校位から親元離れて寮暮らしだったのよ! 大学生の時もバイトでお金溜めてFBIアカデミーに入って頑張ったのに!」

ギリギリと耳やら頬を引っ張り続けて笑顔でいう。

「確かに坊やはもっと冷静になって言葉使いを覚えるべきだな」

赤井から殺気が走り風を切るような音がした、と思ったら有希子を避けて新一の目の前1センチほどで赤井の手がで止まる。

「ひ・・・!!」

張り手を覚悟して瞬間目を瞑った新一は杖を落として派手な音を立てて床に尻餅を付いた。
顔面で停まったから尻もちで済んだが本気で受けたら眼鏡が壊れ、鼻血程度では済まなかっただろう。

「さて、少しは頭が冷えたか?」

殺気を収めた赤井が言う。

「殺気迄飛ばすなんて酷ぇよ、赤井さん! 肝迄冷えた……… すいません。つい、その姿に反応して」
「無理もない。 治療過程のカウンセリングで、ボウヤはポルシェと銀色の長髪に過剰反応を示した。軽度のPTSDらしいな。」
「あー… うん。 一寸、キツイ。けど、… そのうち治ると思う。」
「そうか」

赤井は新一に手を貸して軽々と立たせるとコナンの時のようにくしゃくしゃと頭を撫ぜる

「ちょっ! 赤井さん、勘弁!」
「あぁ、すまない。ついコナン坊やだった時の癖が」
「まぁ―… 仕方ないですけど。 そのボウヤっての止めて下さい。」
「そうだな。 ボウヤが大人の対応ができるようになったら、やめてやろう」
「大人って、俺、高校生に戻ったんですけど」
「ご両親が影でどれだけ力を貸してくれていたのかを考えずに、自分を助けたのが志保一人だと思っているならまだ分別を持たない子供だ。 有希子さんが子供好きだからと、子供の言葉で謝るようじゃ、高校生に戻ったとは言えないな。」
「―… ぅ」
「足と視力はどうだ?」
「左はだいぶ筋力が着きました。 利き足の右は筋肉の付きが悪くて、力がまだ入らないんですが、車椅子生活にならなかっただけ感謝しろと、親父とリハビリの先生に説教されました。 視力は裸眼で0.3ですが眼鏡をすれば1.0迄矯正出来ます。  コナンの時は裸眼で0.1あるかないか位にまで落ちて博士の眼鏡で可也強い矯正と拡大機能を使って0.6が限度でしたからここまで戻ったら恩の字です。宮野の薬ー… と、有間医師の御蔭、です」

ジロリ、と有希子と赤井の眼力に阻まれて言い直す新一

「本に熱中し過ぎるとまた視力が悪くなる。 次に悪くなったら保険外治療に為るだろうと"Dr有間"が云っていた。 失明したら角膜移植しか打つ手は無いが、工藤新一の場合は医師の説明を聞いていながら、推理小説を読みふけっての視力低下になるだろうから、工藤優作の息子であっても移植希望リストの最後に名前が載るだろうとの伝言だ」
「! 気を付けます…」
「目が悪くなったら探偵に成れないだろうしな。」
「はい。」
「毛利のお嬢さんはどうだ? 名前も顔も伏せられていたが停学処分―… と、ニュースで聞いた」
「裁判所の結果が確定するまでの期間未定の停学です。 停学理由も掲示板に張り出されました。 蘭の所蔵する空手部は今季のインターハイと全国高校総大の出場禁止処分を受けましたし、顧問も指導者失格で辞めました。 空手部は保護者達に乱暴者の団体と風当りが酷くなって、半数以上の部員が退部しました。 蘭が通ってる道場も゛毛利蘭 が居る支部には子供を安心して通わせられ無い゛と、やめさせる親も出てきて、支部からも被害損額分の裁判を起こすと言われて、おっちゃんとおばさんが謝罪行脚してます。 目暮警部も未成年だからというのを理由にフォローしきれないと云ってました。」
「そう、か」
「刑事事件として訴えられた跡、赤井さんも知っての通り、おばさんやおっちゃんがフォローに走って、それが有間の―… いえ、有間先生の、怒りを増発させたんだと、今ならわかります。」
「"今"なら?」
「蘭にはオフレコなんですが。、園子が鈴木の弁護士を連れて蘭の弁護をしようとしたんです。 で、まぁ、行き成り蘭の無罪確定の勝利宣言だと礼儀違反だろうと思って、裁判が始まる前に鈴木の弁護士代表を連れて有間邸に、意気揚々と自信満々で乗り込んだそうです。 個人的に連絡を付ける事が出来なくて、有間医師が勤務している病院経由になったそうですがちゃんとアポイントを取ってからですが」
「ほぉー… 初耳だな」
「返り討ちにされたのは園子の方で、俺と蘭がしでかした事の大きさと被害総額と処理費用をデータとして、向こうの弁護士と検察側に見せられたそうです。」
「あぁ、そういえば、園子ちゃんが真っ青な顔で優作に会いに来て、少ししてから優作が別荘を3つだか4つだか売ったわね。 新一が壊した公共物の賠償金問題が残っているからと言ってたけど」
「別荘を売る羽目になったのは俺の所為なんだ。 ニューヨークの別荘だけは何とか残したけど他は全部競売にかけて、売った金のほぼ全額使って払ってくれた。 …ただ蘭の方の賠償金はおっちゃんとおばさんの定期預金やビルを売っても全然足りなくて、全額を払い終わるには十数年かかるから、鈴木の方で一端立替をしてもいいって話がでたんだ。でも、おっちゃんもおばさんも、自分達で払わなければ意味がない、娘も自分が壊したものによって起こった損害をしらなければならないからって言ってた」
「それで、優作は新ちゃんの監視と称して日本に戻ると言い出したのね。新ちゃんのマンション買うのも随分小さな、セキュリティのなってない中古マンションにしたと思ったのよ。ハワイに行ってもホテルだし可笑しいと思ったら…」

有希子は溜息を付く。

「園子と鈴木の弁護士はそのデータを有間の裁判相手の検事から見せられて、反論出来なかったと云いました。 そのデータのコピーを貰い、鈴木財閥の調査で事実確認をすると、再度有間邸に出向いて、頭を下げたそうです。貰ったデータは新一君と蘭に突き付けて、決して闇に葬らない、と。 親父が作ってくれた賠償金
委託先への支払い契約明細とかの書類を持って、たった一人で、行ってくれたんです。」
「ほぉー? 流石は巳恩が誉めるだけはある。」
「ぇ…」
「巳恩との会話に鈴木の社長夫妻やお嬢さん方への怒りは無かった、からな」
「そうですか。」

新一は深呼吸を一つする。

「蘭は、自分が壊した公共物の修理費用やそれに伴う停電などの処理費用、挙句空手で大怪我をさせた犯人の治療費などの資料―… 鈴木財閥が巳恩の渡したデータの正確性に肉付けをした詳細資料を突きつけられて、園子は有間巳恩に騙されているんだと、有間の ー……もとい、有間先生や 処分を決めた学校の先生の事を、随分酷く罵ってTwitteに書き込むような事もして。 有間邸に押しかけて門扉を壊し、玄関のドアを蹴破ろうとして警報で駆け付けた警官に大怪我を追わせて、こんな事をさせたのは有間巳恩だと喚き散らして、警察署でも罪を認めずに自由の効く足とかで机や椅子を壊したそうです。 さすがにそこで現行犯逮捕となり、鉄格子の中で数日過ごす事になりましたが、そこでも喚き散らしてたそうです。 FBIと公安に知り合いがいる。 ここを出たら訴えてやると」
「―… 蘭ちゃんが、そんな失礼な事を? ニュースにはならなかったわよね?」
「警官に怪我をさせた時が正常な状態じゃなかったからな。 あんとき、仮釈放になったあと、警視庁に向おうとした蘭を引っ付構えてリハビリセンターに強制入院の形をとる事で園子が蘭を守ってくれたんだよ。 事件にならなかったのは、園子が有間邸で必死になって頭を下げてくれたんからだ。玄関のドアも門扉も全く同じものを手配して修繕する。 鈴木の面子にかけて蘭を24時間監視する。2度と事故は起こさせないから門扉を壊した件だけでいいから、罪を加えないでほしい、と。 弁護士の一人も連れずに一人で、さ… 」
「ほぉ―…」
「そういば入院した後、ここ数日は鬱状態で家英理ちゃんの家の客間で閉じこもっていると聞いたわ。園子ちゃんから見せられたデータが本当かどうか知りたいけれど、鈴木の弁護士は取り合ってくれないと云ってた。 娘可愛さで証拠隠滅を疑われたのかもしれない」
「園子お嬢さんも大したものだな。」
「俺も有間先生の性格からして黙ってるのはおかしいと思ったんだ。 けど、園子が蘭のフォローに走ってるのを知ってたから、俺が無理やり聞き出した。拝み倒したようなもんだけどな。」

(巳恩は毛利のお嬢さんが有間邸に殴り込みにきた事を一言も漏らさなかった、つまり鈴木のお嬢さんの誠意を認めた、という事か)

「別荘も自分専用の車も要らない。 自家用機も売る覚悟がある。 蘭が壊した公共物には鈴木の資本が入っているものもある。動物の命と比べる事はできないが、被害を受けたという点だけは同じだと。」
「成程ね。」
「ただ、蘭は、自分が鈴木の人間だと知っても変わらずに接してくれた大切な友人だから。 もし、蘭が、自らの罪を認めて裁判所の決定に従ったら、失ったものの大きさに気づいたら、認める事ができた勇気だけでいいから認めてほしいと言って来たと……」
「園子ちゃんが、そんな事を」
「有間さんの返事は俺にも蘭にも教えない。 私が有間邸に行った事も蘭には一生極秘にしろと言われました。 可愛がってる鷹を傷付けたんだから、罵倒されて当然。 其をいつまでも文句いうのは筋違い。 蘭が馬鹿じゃ無い限り、かならず気が付いて、罪を認める事が出来る筈、と。教えてくれました。」
「そう、か。」
「豪華なパーティーも当分自粛で、父親達と分散して子会社に出向いてます。園子には京極さんが付いてますから、心強いと思いますよ。 世界チャンプの名を捨てても園子さんの傍にいると云ってくれたのだと。」
「同年代なのに、えらい違いね。新ちゃんも見習わないと!」

有希子が羨ましげに言う

「もし、俺の足が治療後すぐに動いたら、阿笠博士のスケボーが使えてキック力増強シューズが使えたら、麻酔型の時計が使えたら、もしかしたら俺も蘭と同じ事をしたかもしれない。 だから、今はこの足が不自由でボールが蹴れない事も、右足に力が入らないから左足でボールが蹴れない事にも感謝してます。」
「坊やがそんな言葉をいうとはな」
「本当は、俺が有間邸に出向いていうのが筋なんですけど、俺も正しい事をやってるのになんで弁償金が発生するんだと、園子の報告を聞いて、蘭と同じように思ったんです。 俺は被害者だと俺のしてる事は正当防衛だから支払う義務はねぇ筈だと。それで、有間先生への怒りが収まる前に盗聴器投げ込んでますから… 父さんが帰ってきたら朝まで説教食らうと思います。」
「気が付いてたのか…」
「ばれないとおもったんですよ。 小さいし、どうせ父さんが出向く時がくるからその時回収頼めばいいかと。」
「新一…」
「まさか、父さんが有間厳博士の事件とつながってるとは思って無かったんだよ!!」
「優作の作家生命を奪うつもり?」
「ねぇよ! ねぇから今、暴露したんだよ!」
「少しは反省してるようだが、それを巳恩が認めるとは思わんぞ」
「ですよね…。 でも、母さんが言ったように、有間先生は俺の躰を治してくれた一人でもある事は認めざるを得ない。 何時か―… 白の組織を暴きたいとも思ってますが、白の方は黒の組織と違い過ぎる。俺の人脈はまだ細すぎる。 父さんや母さんの人脈を使えばもしかしたら、欠片位はわかるかもしれない。けど赤井さんたちですら概要しか分からないのに俺が場所を掴めるわけもない。」
「確かにな。白は犯罪組織ではない。」
「そして名立たる企業や財閥のトップの頸を変える事もできる」
「坊やはその力を借りて有名になる積りか?」
「―… 無理、だと思いますか?」
「坊やには力不足だな。 この家に火災が起きて全財産を無くすのが落ちだ」
「… ですよね。 服部も白の事を探ろうとして親父さんにコテンパンに説教食らって、道場で投げ飛ばせれ、バイクまで取り上げられたと云ってました。 親子の縁を切って、2度と服部の敷居をまたぐ事なく、自分だけの力でアパートを借り、大学迄行く覚悟があるなら勝手にせぇと言われたそうです。」
「服部君もお坊ちゃんだものねぇ…」
「うっせー「な・に・か 云った?」」
「あ、いや!」

新一は慌てて首をふる。

「服部は30歳までは探偵になる為の人脈を作るんだと。 今は一流の検事になる事を目指すとかで猛勉強してるってラインで云ってました。 京都大学の法学部を総代で卒業して在学中に国家公務員資格を取るんだって。でもって和葉ちゃんは大学を出たら警察官になりたいって言ってました。」
「へぇ… 服部君も和葉ちゃんも 誰かさんとは違って先の事まで考えているのね。服部君は」
「服部も和葉ちゃんも有間ー… 医師に一目おいてますから。そこまで固執してないんですよ。 服部の小父さんもおばさんも祇園の芸妓さんに友人がいるとかで」
「ほぉー… 俺も巳恩の護衛で一度だけ京都に行ったが、少々閉鎖的ではあるが良い所だったな。 確か―… 藤代といって、舞妓さんに踊りを教えてる宗家だった」
「藤代?」
「赤井君っては藤代の師匠と知り合いだったの!?」

新一と有希子が目を丸くする

「言わなかったか?」
「聞いてないです! 赤井さん、藤代の人と知り合いなら紹介して下さい! 俺、関西方面の人脈がまだ少なくて!」
「却下。 人脈は自分でつかめ。」
「いいじゃないですか! 顔合わせのアポ位!! 俺が出向きますよ!」
「藤代一家が贔屓の店にアルテミスがあるが、アルテミスで合う勇気があるか?」
「アルっ…! そ、それは…」

新一は黙りこむ

「懐かしいわねぇ。 藤代の宗家は歌舞伎界との繋がりも深くて、私も必死に伝手を頼んで日舞を教えてほしいと頼み込んだの。  教えてもいいがその前に人指し舞うってみろっていわれてね。 女優のプレデビューの舞台で人気を取った藤娘を見せたの。 1分もただずにそんな見かけだけおざなりの舞しかできないなら、そこらの流派の師匠に頼め、教える価値もないってね。 それなりに高評価を貰った舞だったからプライドズタズタになってその日は眠れなったの。その後、仕込みさんと一緒の生活をしてもいいからみっちりと稽古を付けて欲しいとスケジュールの合間にお願いしまくったの。」
「そんな事があったのか」
「女優である事は伏せるのを条件に教えてくれるというから夏休みになるのを待って、意気揚々と行ったのよ。 ところがね、朝は5時に起きて、置屋の庭の掃除と朝食の手伝いにトイレやお風呂場の掃除。 芸舞妓さんの頼まれたものの買い物。 置き屋のお使い。そして女工場でお茶とお琴と舞の稽古。 お師匠さん達は皆厳しい方で、どこがどう違うとか教えてくれないの。誰も教えてくれないし、女優だからってちやほやもしてくれない。 自分より年下であっても舞妓は格上だからタメ口は禁止。 芸は盗めってね。仕込みさんは舞妓さんを、舞妓さんは芸妓のお姉さんを、食いつくように舞う姿を見ているの。 プレデビューで人気がでた私の舞なんて稚拙過ぎて誰も見てくれずにさっさと席を外してしまうの。 舞を知る程恥ずかしくなって、踊れなくなって、ボロボロになって、置き屋で泣いて練習してたら、同じ置き屋の舞妓さんが私の前で、黙って一緒に踊ってくれたの。 何も言わずに扇子の返し方とかね。 一寸したタイミングの違いだけど、その一寸で舞が変わるのよ お稽古の時は1人か他の仕込みさんと横並びだったから前で踊ってくれるのがどれだけ有りがたかった事か」
「母さんにそんな事が?」
「正面向いて踊るというのは、逆の踊りをするという事よ。 どれがどれだけ難しい事か。 私は必死に目で追って、そして真似をした。 その踊りを忘れまいと徹夜で復習したら。 明け方までね。 そしたらね、置き屋の女将さんが、お稽古に行く前に新しい扇子下さったの。 あの日の稽古の時、―… いつも私が一番最後に稽古を付けて貰うんだけど、芸妓のお姉さんたちは兎も角―… 舞妓さんは、仕込みさんは何時かは自分の妹舞妓になるからと残ってる場合が多いんだけど、私の稽古の時に残ってくれたの。 あの時の事は忘れられない。 そこで鍛えて貰ってデビューした作品が私のルーツの一つなのよ。」
「それは初耳です。 ならば一つ付け加えると巳恩は藤代の宗家が認めた藤代の"末っ子"ですよ。」

さらりと言う赤井。

「藤代の末っ子!?」
「母方の祖母が祇園の天才舞妓を呼ばれた寿々乃さんです。」
「な、な、な…!! 祇園の伝説! 天才舞妓の寿々乃さん!!」
「知ってるのか、母さん?」
「知ってるも何も! 藤代一族の天才舞妓さんよ! でも彼女のビデオすら見せて貰えなかったわ。所詮は京から離れる人には見せられないといわれてね」
「巳恩は隔世遺伝のように似ているそうです」
「へぇ… ますます新ちゃんには手の届かない存在だわね。 白も祇園も簡単に手に出来ない領域だもの」

有希子は溜息を吐く

「悪かったな! 出来が悪くて! ま、兎も角。早々簡単に手が出せるわけでもない領域で、この足で捜査は無理ですから、高校卒業までは足のリハビリをして、大学で法律を勉強して、できたら犯罪心理学のコースのある海外の大学へ留学もして、海外での弁護士資格か国家資格を取って、独逸語、伊太利亜語を最低限日常会話レベルまで習得したいと思ってます。」
「と、なると結局は巳恩の言った通り、だな」

赤井はくすりと笑う

「ぇ?」
「工藤新一が馬鹿じゃなければ高校の間に貪欲に知識を吸収していこうとするだろうと言っていた。」
「ははっ 見抜かれてた、んですか」
「工藤新一を認めた訳じゃないさ。」
「―…」
「有間巳恩は天才外科医の有間厳の娘として有名になりつつある。そして組織では天才科学者として名を馳せていた宮野志保が認めた唯一のパートナーだ。 医師と科学者としての絆は今だに切れたないと俺は思う。 その志保が工藤新一を一時とはいえ相棒として認めていた。坊やは認めないが志保が認めたレベルの高校生、位には記憶されているだろうな。 最も度重なる言動で信用度は氷点下だろうが」
「褒められてるんだか貶されているんだか…」
「褒めてはいない」
「でしょうね…」

赤井の言葉に新一はガックリと首を下げた。
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