氷壁の姫 Act-15 猜疑心
(私ってば何してるのかしら…)
普段は医師の卵(実力は新米医師よりも数段上の玄人だが)であるインターンとしての仕事に忙殺されて、邸に帰るのは週に2日程。
それ以外は病院の仮眠室や亡き父が私室として使っていた応接間のソファで過ごす事も多いため、矢鱈と設備のよいキッチンを白の組織で手配しているハウスキーパーが掃除をしている。
日持ちのするおかずや煮物を冷凍庫等に仕舞い個人管理の医薬品やクレー射撃用のライフルがあるかどうかの確認等もしてくれてる為、不便はない。
「ジン… 貴方はイタリアンが好きだったわよね」
海鮮類のカルパッチョ。
自分で打った生パスタ。
ラビオリにラザニア。
トマトソースも玉ねぎと大蒜をたっぷり使って、半日ほど寝かせたピリ辛のが好きだった。
ジンが戻って来れる筈はない、と分かっていながらも、休んでくれ、という赤井の言葉の儘に軽い睡眠薬を服用して眠りった。
そして朝からジンの好きなトマトソースを作る、荒熱が取れた時間を見計らって硝子の瓶に入入れる
季節の野菜や魚をトッピングしたアレンジパスタは料理上手な京都の藤代京介が教えてくれた。
(赤井秀一がイタリアンを好き、だとかはどうでもいいけど、ジンの姿にはならない筈)
"お前を護る為なら"
そう言ってくれた赤井。
ジンは見つかってない。
"ジンは昼には帰るだろう…"
赤井はそう言ったが、昼の何時なのかなんてわからない。
(遠出して、ケーキ食べに行こうかしら……)
天使の看板のパティスリーのショートケーキを食べてからお気に入りのスパ・アイスランドに行ってもいい。
そう決めたら行動は速い。
餌の缶と水の入ったボトルをバックに詰めると車庫に向ってジャガーの後部シートに置く。
特別使用なので鷹の籠が置けるように安定シートもある。
「とはいうものの。」
(本当にジンが帰ってきたら―… なーんてね。 ないない。)
緩く髪を振ると鷹をお出かけ用の籠に入れる。
「お前達もホテルとスパは久しぶりよね。―…」
携帯を開けホテルに電話をして部屋の予約を取る
「―… えぇ、何時ものファーストでいいわ。 これから向かうから預けてある止まり木だけセットしといて頂戴。 アルテミスにも顔を出すと伝えて頂戴。」
(3段重ねか5段重ねのチーズスフレとチョコレートトルテに季節のチーズケーキと、フルーツのパンケーキにシャンパンシャーベットにオールミルクのココアに紅茶と白ワインを使ったチーズフォンデュ。)
ホテルのオーナーからアルテミスに連絡が入れば巳恩の好物は必ずルームサービスで届く。
と、言ってもチーズフォンデュとシャンパンシャーベットは夜に届させており、フルーツのパンケーキは朝食限定で届させている。
(連泊するならスフレは店内のスタッフルームで食べてもいいわね。)
鷹を居れた篭の安定を確認して、24時間360度のセキュリティ装置がオンになってるか確認すると車庫に向った。
後部シートに鷹の籠を置ける専用の台があるのは、白の組織が特注で開発した安定台だ。
工藤新一の母親である有希子の愛車もジャガーらしいが、スピード狂ではないので、基本的に安全運転だ。
日本の法律的に年齢が微妙だが、外国人なにやらで許可をとって貰ったので捕まった事はない。
お出かけの用の籠に鷹を入れて財布とタブレットを入れたバックを持つとリモコンでドアを開ける。
(緊急用の医療バックと白衣。病院の身分証にAEDとアルテミスの身分証もある、と…)
「ジンが戻るまで大人しくなんてしてると思うなら赤井は馬鹿だわ。」
リモコンで車庫と門扉の鍵を閉めると今方確認用の監視カメラを作動させてゆっくりとジャガーのアクセルをふんだ時、カメラの画像の端に白い車の影が映った。
(やれやれ、もの好きがまだいたわね・・・)
遠距離の監視カメラに映るギリギリの距離で白いRX−7を捉える。
運転手の顔が映るか映らないかの場所に止めるのは流石というべきか…
(ま、いいわ。 どうせ今の彼は休暇中の一般人。 権利行使は数か月先でここに戻るのは数年先―… もっとも得意の探り屋として弱み握って返り咲きはあり得るけどね)
ベルモットの正体を知ってから、降谷は組織にも公安にも流さないのを条件に、赤井に私怨を晴らすために嚇し続けた事実は公安のファイルに記載された。
今後の人事査定にも大きく響いている
降谷は馬鹿ではない。
頭もキレるし行動力も、人間卒業おめでとう並の運動神経もある。
(ある意味、赤井よりも性質悪いわね… ま、赤井も人間卒業おめでとうをしてるからどっちもどっちだけど。 行先の予想は付いてるでしょうから巻いても無駄ね)
巳恩が贔屓にしているスパ・エステは正式名称をスパ・エステ・アイスランドと言ってスイスにあるグリンデルワルトに本店がある。
殆どが一流ホテルの近場か敷地を買い占めて併設しており、ホテル利用者も利用できるが瑞西の自然の中でリラックスできるような空間作りをメインに考えて作られている為、人数制限を設けている上に朝6時半から10時半の間はクローズして清掃。
スイスの山々の風景画やミネラルウオーターもあり、日本のスパとは少しばかり違う趣だが、スイスで長く育った巳恩には安心できる空間で、つい、喋りなれたドイツ語やフランス語まで出てくるほどだ。
特筆すべきは女性限定のVIP会員。
VIPルームのメンバーのみがスパ・エステ・アイスランドと彫刻された部屋に入れる。
サウナや岩盤浴などはフロアの広さの問題で一般と共通だが、VIPルームでのボディケアとエステは無料。
それなりに高い年会費だがホテル内のレストランで提供される食事であれば8割以上のメニューを注文する事も可能でドリンクを飲みながらのハンドケアもゆっくりと躰を休めながらの食事も無料。
スパ・エステはホテルに入ってないノー・ブランド服、アイスランドはホテルに入っている複数のブランド服とコラボレーション店舗なのも特徴。
普通のスパと違う経営方針だが、なかなかと人気なのは有名人がVIPメンバーに入っているからなのだろう。
だが、スイス本店発行のVIP会員の紹介状があって、いくつかの審査があって、全店舗のVIPメンバーになれる事からセレブたちの中にはスイスのスパに通って顔繋ぎをしようとする人もいる。
巳恩はスイス本店のカードを持つVIP会員だが、それを知る人は少ない。
紹介状をかいてもいい、と思った女性もいたが、決して仲が良いとは言えないベルモットが妙に彼女を気に入ってた事と、今は縁が切れてしまったために紹介状は机の中にしまったままだ。
(もう、渡せないわよね。 アルテミスかガブリエル、もしかしたらスパ・エステの方は行ってるかもしれないし、すれ違う可能性はあるかもしれないけど、覆水盆に返らずともいうし。)
運動神経も良く、諸星大のように狙撃技術も高く安室と同等か彼よりも頭脳明晰。
志保に負けず劣らず美人だったが、車の運転だけは下手だった。
組織で出会った時、ジャガーの運転をしたいといわれて何の疑問もいだかずに任せたら直進しかできないといわれて酷い車酔いを起こし掛けた
どうして免許がとれたのかが不思議な位で、一度聞いてみたかったが2度と聞く事もないだろう。
小さな溜息を一つついてラジオのニュースを流すが医師が必要な事故は滅多にない。
(ホテルに行くまえに パティスリーに寄ってショートケーキ食べたかったけど店に迷惑かけちゃうだろうから今回は止めておきた方が良さそうね。 と、云ってもガブリエルを教えてくれたのは安室で、ポアロで作ってたケーキも随分と参考にしてたけど。)
笑顔の素敵な3姉妹は看板娘で挨拶を聞くだけで元気を貰える。
客の笑顔が何よりの褒美だと、常に美味しいケーキを作るオーナー。
私がアルテミスの出資者でオーナーだと知っても、嫌がりもせずにケーキ談義や相談に付き合ってくれた。
巳恩は店舗のイートインでショートケーキをパクつきたい衝動を押さえて、ルーフバルコニー越しに青い屋根の店舗を見るだけにしてホテルに向かった。
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