氷壁の姫 Act-17 アル・アマーニ 前編
「いらっしゃいませ、有間様。 お久しぶりでございます。 お仕事はお変わりなく?」
「久しぶりに連休で休暇を貰ったの。だからスパによってアルテミスにもよる積りで来たのよ」

パーキングに向かう入り口で窓を開けた巳恩はアルテミスの身分証をベルマンに渡しながら声を掛ける。

「ホテル周囲が随分とミーハーで混んでるみたいだけど何があったの?」

キャーキャーとデジカメやらスマホを見せあっている女性群と男性陣を見回して声をかける。
ジャガーに気がついた女性群と男性軍が今度は誰が来たのかとカメラを向けてるが、地下駐車場に向かう入り口近辺はホテルの警備員と警官察が交通整理に出ている為に車の写真は撮れないだろう。

「人気アイドル歌手の沖野ヨーコさんが有名な作家や俳優とペアを組んでインタビュアーとして日本の紹介をしている番組の取材が入っておりまして。 騒々しくて申し訳ありません。」

ベルマンが形ばかりの身分証明書のチェックを切りながら答える

「<沖野ヨーコの日本めぐり>の事かしら? 毎回違う相手とペアを組んで日本の城とか神宮、アミューズメントや温泉とかのシリーズで紹介してる番組なら患者さんが噂をしてる程度には知ってるわ。2ケ月だか3ケ月に1回、2時間枠のゴールデンタイムに放映してるバラエティ番組よね? 事前撮影許可なし突撃インタービューコーナーも人気でハプニングが起こるのを楽しみにしている視聴者もいると聞くわ。」
「はい。今放映している<神宮シリーズ>が来月で終了してその次は<日本のホテルシリーズ>だとか。 その1回目が東都編で当ホテルにも撮影が入っております。 別館のスパの方でも撮影が入るとか。」
「ホテル・アル・アマーニが特集されるというのは納得出来るわ。 でも、スパの方が良く取材に応じたわね」
「撮影場所限定だと聞いております。」
「当然だわね。 セミヌードの人達の画像あげたらTV局が叩かれるだけよ。TVカメラや機材を運ぶのは力のある男性が多いしね」
「撮影許可は受付フロント、館内レストラン、浴室内は衛生上の問題で沖野ヨーコさんもパートナーもTVクルーも全スタッフ館内着で素足でカメラにもビニールを付けさせたと聞いております。」

ベルマンは書類を渡すふりをして話を続ける

(レディス・メンズのロッカーとリラクゼーションルームと浴室内や岩盤浴エリアは人の居ない清掃時間でカメラを回しました。先程話題にでた突撃インタービューは以前から気になっていたアイスランド・VIPルームの内部。部屋の中には入らないのを条件にVIPメンバーのみ使用できるリラクゼーションルームとフィッティングルームを廊下から撮影して見せて貰って感動してたとか。VIPメンバーになるにはVIP会員の紹介状と簡単な審査で済むが、アイスランド・VIPになるには、スイスにある本店のアイスランドVIPカード保持者からの紹介状がないとダメな上にVIP会員以上の審査もあるきいて肩を落としておりました)
(―…沖野ヨーコはアイスランド・VIPになりたいと?)
(アイスランドVIPは特別でございますよ。 工藤有希子やファントムレディですらVIP会員止まり。)
(まぁ、VIP会員になる為には、ネームバリューがあって、会費が払えれば簡単な審査でなれるものね。アイスランド・VIPの審査は半端じゃないもの。)
(休憩中にどうしたらスイスのVIPメンバーとお近づきに成れるか、調べておいてとスタッフにお願いしているのを耳にしました。 ―… 有間様は本店のVIP会員ですのでホテル滞在中にスパに行かれる時は十分お気を付け下さい。 何しろ、アイスランド・ジャパンのVIP会員の中でスイスのVIPメンバーは、巳恩様。 貴女様と朱雀様のみなのですから)
(ありがと。 でもそうそう簡単に紹介状なんて出さないわよ。 私をアイスランド・VIPに推薦してくれた朱雀のおば様のメンツにも関わるわ)
(朱雀様もお年には思えないお方です)
(全くね。 あの、ベルモットよりも年上だなんて思えない。 最も、それをいうなら青龍おじ様も玄武おじ様も白虎おじ様もお年には見えないわ。)
(四天王は別格で御座いますよ。巳恩様。あなた様は四天王を継ぐ方と言われております。見かけの歳の事等お気になさいますな)
(そうなんだけどね。 私には四天王は重すぎるわ。 どの地位も重すぎる。せいぜい、朱雀の中に有る医療チームよ)
(四天王ががっかりなさいますね。)
(私よりも四天王に相応しい幹部は沢山いるわ。お父様の御蔭でJRHの資金も豊富。私がお父様に話した小学校から大学院までの総合学園も順調に学校のランクをあげてるわ。 昨年の全国一斉模試で受験生徒の40%が上位200までに入ったわ。残り60%も1000以内に入ったの。)
(新聞に掲載されておりましたね。設立3年目にして全校模試トップレベルに躍り出た学園だと)
(10段階の絶対評価の模試で推定1万の学生が受験するから快挙といえるわね。 来年の生徒募集はいつなんだと問合せも来てるみたい。奨学金制度の特待生と自宅が地方生徒の為の寮も併設したからその影響もあると思うわ)
(日本でも例のない、小学校からの飛び級制度と特待生コース付の学園でございましたね。 寮まで建設とは)
(供働きの両親が簡単に仕事を止めて転職なんてできないでしょ? 奨学金は財政的に学費がギリギリ払えるかどうかの人達の為よ。勿論、それなりに教育委員会や文部省への財政報告の収支報告は必要だけど、そちらは玄武のおじ様配下の政治家が理事として君臨して下さってるから。将来的には<特待生>の上のランクで<特々特待生>の制度も導入する予定よ。各企業からも融資の話が届きだしているのよ。今はまだまだ赤字経営だけど、あと5年もすれば黒字になる予想よ)
(それはそれは。巳恩様なら数年後には可能にしてらっしゃるでしょう。 楽しみでございます)

巳恩は唇を読む会話を中断する

「まぁ、スパのメンバーズにはなるのは誰でもできるものね。 ならば先にアルテミスのスタッフの顔を身に行く事にするわ。」
「ごゆっくりなさって下さい。アルテミスとスパには有間様がご到着した事を伝えておきます」
「お願いね。 フルセットで用意しておいてと伝えて頂戴」
「畏まりました。 私の方でスパ・エステ・アイスランドに連絡をしておきます。―…あと、」
「何かあったの?」

(アルテミスといえば、今は問題がありまして)

声の無い会話にまた切り替えたベルマンに眉を顰める巳恩
(問題?)
(実は先ほど庭を撮影している時に私もベルマンとして庭の案内と警護に入ったのですが、沖野さんへの取材が別枠で入っているのでその取材と休憩後に番組恒例、突撃インタビューコーナーに入ると打ち合わせをしていたのが耳に入ったのですが… その場所が)
(まさかアルテミス?)
(沖野ヨーコさんと今回のペア相手がアルテミスの贔屓客で、ケーキを作るキッチンとカフェを合わせて撮影したいと…… )
(それ、どの位前? インタビューはこのホテル?)
(ホテルの中庭にあるカフェサロンで撮影に入って40分程です。 タイムスケジュールだと取材は1時間予定と聞いておりますが、あくまでも打ち合わせ中に耳にしただなので本当にアルテミスかどうかは分かりかねます)
(そうね。 でも油断大敵。 店舗内の撮影だけなら許可してるから突撃インタービューも黙認するけど、必要以上に宣伝行為はしないのよ。キッチンは料理に魔法をかける戦場なんだから撮影に同意は出来ないわ。)
(巳恩様らしい… 万一の備えは万全でございますよ)
(貴方がアル・アマーニに居てくれて助かるわ。)
(それが、四天王ー……“青龍”様から命じられた、生きる事を赦された私の生涯の任務です。 ですが、客の色々な顔を見る事はとても楽しい事ですよ)
(そのうち、小父様たちに頼んで情報料の増額を頼んで置くわ。)
(お気になさらず。 私はもう、ホテルの給料以外に十分な報奨を頂いております。 お蔭で普通のホテルマンよりも良い生活ができて、妻や子にも少しだけ良い生活をさせてやれてます。)
(お前達のような人たちの情報が溜まっていく事が大切なのよ。随分を割り切ったようで良いことだわ)
(生きるべきか死ぬべきか。 助かるとは思って居ませんでした。 )
(それが白の医療技術。だからこそ、黒の組織は手を出せなかった)
(巳恩様も、その技術を継がれると?)
(私はまだまだ。 でも、此方の世界で助けられる人の為に使いたいわ。)
(巳恩様。 私はー……… いえ、俺達は、貴女に助けて貰った。FBIも公安も、黒の組織も関係無い。 それは、感謝している。 彼らを見捨て無いでくれた事も)
(煽てても駄目よ。 ―… それから、もう少ししたらRX−7に乗った褐色の肌に金髪の見た目だけはイケメンが来るかもしれないわ。来なければいいけど来たら上手くかわして頂戴。)
(と、仰られると公安の?)
(そうよ。 私のストーカーの一人)
(巳恩様がお使いのパーキングはホテルのVIP専用エリアです。一般のお客様と勤務して5年未満の従業員は運転手以外入れませんが、見廻り回数を増やします)
(そうだったわね)

巳恩は車のウィンドウを半分ほど締める

「ボウヤは軽度の喘息だったわね。 もし、酷い発作が起こったらJRHにいらっしゃい。 私が贔屓にしてるホテルのベルマンだと、名前をいえば救急扱いにするように伝えておくわ。私の名刺は持っているわよね?」
「はい。万一の為に息子の保険証の中に」
「なら、いざという時は救急隊にみせるようにね。」
「ありがとうございます。 妻も喜ぶと思います」
「この子達を部屋に置いたら着替えてアルテミスに顔を出すから、と連絡をお願い。何事もなければスパに行くわ」
「承知致しました。」
「部屋は何時もの?」
「はい。クィーンファーストで御座います。」
「ならば、地下パーキングからファーストフロア専用エレベーターを使うわ。」
「お気を付けて」

巳恩はジャガーのアクセルを踏むとゆっくりと地下の駐車場に向かった。
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