Act-05 留学秘話 前編
「スイス?  アメリカやイギリス、ドイツでもなく?」
「あの方の御命令だ。 Drの死後、お前は不眠症気味で教育ペースが若干落ちている。 スイスは医療技術の教育機関としてもトップランク。 日本よりも自然が多い。 静養しながら知識を身に付けろとの仰せだ。 留学を妨げている警察や探偵は俺達がなんとかしてやる」
「お父様が買ってくれたピアノやハープは持って行ける? 私とお父様の馬は」
「馬もピアノも運んでやる。 公式上は父親が殺されて日本国内に親戚がいないのと、以前から海外留学の話を進めていた事もあって、静養を兼ねて海外の学校に留学する事になっている。 スイスの研究施設の敷地の中にはDr有間が昔使っていた専用のラボがある。 そこを丸ごと好きなように使っていいと、あの方の仰せだ。 実際Drはスイスに立ち寄る時に生活していた家だから、お前の家ともいえるだろう。」
「この家は?」
「組織のダミー会社で確りと管理してやる。椅子の場所一つ動かさねぇようにな。 日本警察に有間邸として知られている家の方だから問題はない。まぁ、別荘代わりだな。」
「本邸はバレてない?」
「安心しろ。本邸の場所はあの方と俺くらいしか知らねぇよ。 もし、ばれても手足は出せねぇ。」
「分かったわ。邸の管理はジンに一任してスイスに行く。」
「イイコだ。巳恩」

ジンはくしゃりと頭を撫でるとポケットから黒い小さな箱を取り出すと差し出した。

「此れは?」
「開けてみろ」
「ペンダントトップにブレスレットに指輪? 」
「Drの遺骨で作らせたアンクオン・メモリアルダイヤモンドだ。本当はもっと早く作らせたかったんだが、フルセットにしたら少しばかり時間が掛かった。」
「お父様のダイヤ……」
「此れがあれば、Drは常にお前と一緒だ。指輪はサイズ違いで幾つか作らせた。 大人になっても小指とかならつけれるし、ペンダントトップにする事も出来るだろう。」
「有り難う……!」

巳恩はアクセサリーを取り出すと抱き締める。

「お帰りなさい。お父様。」
「いいな、巳恩。お前はDrの遺児であり、俺の生徒だ。 正式にコードネームが発令されるのが二十歳過ぎだなんてゆるされねぇからな。」
「お父様やジンがコードネームを貰った年には貰えないかもしれない。 でも、18… いいえ、16までには貰って見せる。次に正式に帰ってくる時はコードネームが内定した時よ」
「生活面で必要なものは電話しろ。 研究に必要な素材やアシスタントが欲しければ稟議を上げろ。俺が手配してやる」
「うん。 あ、でも、2つ例外を認めて」
「例外?」
「お父様は、私のお誕生日の前後3日間と、クリスマスからお正月過ぎの2週間は必ず一緒にいてくれたの。 朝も昼もずっと一緒だっだの」
「―……」
「だから、ね。 ジンにも一緒にいて欲しいの!」
「もう一つは」
「お父様のお墓詣りに帰ってくるのを認めて欲しいの。1週間、なんていわない。3日でもいいの。お墓参りして、有間の本邸に一晩だけでもいいの。 帰って来たい。 お父様を忘れない為。 奴等の事を忘れない為」
「……」

ジンは黙り込む

「駄目? それ以外は自由なんていらない。だからっ!」

縋りついてくるような黒曜石の瞳。

「いいだろう。 誕生日の3日間は俺がスイスに行ってやる。 墓参りの1週間は1時帰国の許可をやろう。 クリスマス前後の2週間も帰国も認めてやる。だが、一緒に入れるかは約束はできない。だが、任務で欧羅巴に行くときはスイスに立ち寄ってやる。1日いられるか1時間しか居られないかはわからねぇがな。」
「ほんと!?」
「俺はお前の後見人だ。 その被保護者の誕生日を祝ってやるのは、後見人なら当然だろうからな? クリスマスの2週間はわからねぇがプレゼントは贈ってやる。 墓参りの時は組織のジェットを飛ばしてやろう」
「うん! それで十分。」
「それから、研究所は専属のメイドと運転手と護衛を付けてやる。ピアノや乗馬をする時間を作る様に命じておく。」
「!」
「いいな? 医師を目指すなら最低限、英語と独逸語、伊太利亜語は専門用語レベルでマスターさせろ。できれば露西亜語、仏蘭西語。西班牙語の基本会話位話せた方がいい。」
「英語と独逸語は当然としても伊太利亜、仏蘭西、露西亜に西班牙!? 」
「Drは加えて北京、上海、韓国も流暢に話していたぞ。」
「うぅ………っ! 」
「どうした、白旗か?」
「あ、上げないわよっ! どこまで頭に入るかなんてわからないけど頑張る」
「期待しよう。 お前の評価は俺の評価にもつながるからな」
「ぐっ! はいはい、ジンの評価を落としたりなんかしないわよ! 親の七光りなんて言わせないわ!」
「ならば、瑞西に行って、3ケ月後のレベル判定の結果を楽しみにしている。ピアノや乗馬はお前の趣味として判定外でかまわねぇ」
「分かった。 でも、語学は英語と独逸語以外の評価は期待しないで。 これから勉強するんだから」
「いいだろう。イタリア語は1年、他は2年の猶予をやる。」
「後、語学専門の家庭教師を2人雇って頂戴、一人は独逸の人で一人は伊太利亜の人よ。出来れば語学に堪能な家庭教師が良いわね。 メイドは英語とドイツ語に堪能な人。スケジュールを組んでくれる人は日本人。日常会話は英語でと」
「分かった。手配しておく」
「Vater」
「…その呼び方は止めろ」
「いいじゃない。私のもう一つの名前は黒澤巳恩だもの!」 
「ー……」
「駄目?」
「2人だけ、の時だけだ」

ジンは深い溜息を付く。

「うん!」
「人前で呼んだら鉛玉が飛ぶぞ」
「うん!」
「ったく…… あのDrの娘じゃなかったら後見人なんて論外だが、約束は約束だからな。」
「うん! 有り難う、Vater。大好きよ」
「あぁ、俺もだ。 組織を裏切らない限り、俺の期待を裏切らない限り、お前の望みは出来る限り叶えてやる。」
「じゃあ、Aプラスの評価を貰ったらお父様のようにご褒美くれる?」
「褒美? 金か?」
「お父様の乗っていたジャガーが欲しいの! 艶々のピアノブラックに染めて、フロントに銀色で狼のイラストを入れて、サイドに銀のラインをいれたのが」
「Drのジャガーか。確かに良い車だが警察の足が付きやすい。 廃車にして幹部になったら好きな車とバイクを買ってやるつもりだったが……」
「車はお父様のジャガーがいい。今はまだ運転なんてできないし、免許も取れないからVaterに預ける。でも、売ったりしないで欲しいの。」
「いいだろう、Aプラスの評価が付いたら、ジャガーはお前の物だ。 スイスでお前の足として使うがいい。メンテナンスと車体の塗り替えは組織の方でしておいて、3ケ月後の評価がAプラスだったら、お前のラボに送ってやる。 それまでは組織のフェラーリで我慢しとけ」
「うん…!」

(これでいい。 盲目的に組織を信じて、俺を信じて、1日も早く幹部になれ。 Drを信じ切っていたように俺を信じろ)

ジンは口角を上げた。
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