氷壁の姫 Act-18 権力
「だから! 天下のスーパーアイドルヨーコちゃんが此処の制服着てちょっとキッチンを使って、料理したい、と言ってるだけだろうが!」
「も、毛利さん。いいんです。突撃インタビューはスパでVIPルーム見せて貰ったし、他のお店でもいいんですから、」
眉を少し下げて毛利を止めようとするヨーコ。
「よかぁねぇ! ヨーコちゃんのリクエストだぞ! ヨーコちゃんのリクエストに答えるのは世界中全国民の義務だ! それを」
「義務って、そんな法律はございませんが、あるというなら民法の項目を明記して頂けますか」
「そんなもかかしもあるか!ヨーコちゃんが法律だ! 貴様らは 這いつくばって都合の良い日に1日店長して下さいと喜びやがれ!」
「例え何方で有ろうと、キッチン内は却下です。 当カフェの公式HPにも喫茶内にも記載しております。TVの撮影は喫茶内のみでドラマ等の収録は申請して頂く旨、開店当時からの規約でございます」
「ンだとぉ〜! たかがカフェの分際で! 訴えてもいいんだぞ! こっちには警視庁と公安が付いてるんだ! 即日閉店させてやる事も出来るんだぞ!」
「たかがカフェ、ですって!? 聞き捨て成らないわね。」
カツカツとヒールの音。
そして、細身の黒いスラックスに黒いテーラージャケット。
両襟部分と袖口に金、銀、赤、白、緑色の細かな刺繍が入っている。
普通の店内スタッフは店名の繍が有るだけのスーツ。
その上が袖口に銀の繍。
フロアマネージャーになると片襟に銀の刺繍が入る。
その上の経営責任者ランクは両襟に刺繍
教育・人事・管理レベル迄になると両襟に緑、赤、青等の刺繍が役職によって加わり、全ての資格を持つと刺繍の色が混ざり会う為華やかになる。
巳恩の刺繍は全て色が混じりあったカラー。
「「オーナー!」」
「ごめんなさい、待たせたわね。お客様方に被害は」
他のスタッフを庇う様に最善に出る巳恩乗って手には30センチ程度の漆塗りの棒が有る。
「ございません。喫茶フロアの入口にアコーディオンカーテンをひいて画像が入らない様に遮りました。」
「そう。 店内のお客様には指1本、掠り傷一つの迷惑をかけないように。今、お席にいるお客様の料金は私の支払いにして置くように。お代を頂いては駄目よ。ご迷惑料がわりにお土産にお好きなケーキかクッキーを差し上げて。15センチ1台位の金額迄。あと、次回来店時の10%オフのサービス券も」
「はい。ウェイターもウェイトレスにも徹底させます。 いいな?」
「すぐにキャッシャーの店内スタッフに連絡します」
パタパタとメイド服の1人が店内に駆けて行く。
「久しぶりの休暇でアル・アマーニに来たらこの騒ぎ。 ホテルに入る前に駐車場のスタッフアルテミスに撮影が入ると大体の経緯は聞いて驚いたわ。 人気番組というから、ゲストペアが誰かと思えば、寝惚けの小五郎だったなんて 」
「寝惚け、ではなく 眠り、でございますよ、オーナー。 」
「あら、失礼。最近は全く推理がとんちんかんで犯人逮捕に到らず。 寝惚け……… じゃない、眠りにもならず推理はハズレっぱなしと言われてるとか」
巳恩の毒舌に幾人かのスタッフが笑いを噛み殺す
「お前、有間巳恩? 何でてめえが 」
「カフェ・アルテミスは私が個人的に出資しているお店なのよ。蘭お嬢さんか工藤新一から聞いてないの? アルテミスは本店も撮影禁止カフェなのよ。最も、最近はスマホやデジカメで料理の写真を撮りたい、という要望がとても多くて、他のお客様の画像はNG、スタッフとの撮影もNGという条件で喫茶フロアと料理の撮影を許可してあるけど。 」
「あ、あの………」
困りきった様に声をかけるヨーコ。
「こんな大事にする気はなかったの。でも、私、此処のアルテミスがとても好きで、メイドさんの服は民族衣装のように可愛いし。土曜と日曜限定のスペシャルアルテミスは、食べられたらラッキーと言われる程だし、だから、運良く服が着れてキッチンでアルテミスを作れたらと…」
「アルテミスはカフェの自慢だもの。でも、その過程を見せる事は出来ないわ。 」
「制服を着るだけもダメなの?」
「カフェとはいえエーデルワイスとスイスの山をデザインしたメイド服とウェイター服は、本店の研修を受けて店内スタッフ半年以上勤務を経て貸与されるの。それが最低ランクなのよ? アイドルやめてスイスで接客研修受けるというなら別だけど 。フロアに出たばかりの新人のコスチュームはノーデザイン。」
「それは」
「まぁ、コスチュームの話は置いといて、材料はともかく、アルテミスは先々代のパティシエが息子の為に考案した大切なレシピなのよ。 先代は小さな頃、酷いアレルギーだったの。でも売ってるお菓子は食べられない。 それが、カフェアルテミスの始まり。 当時は今ほどアレルギー対応食は無かったから。」
「え………」
「アレルギー対応食の研究なんて無かった時代よ。でも、だからこそ、アルテミスには特別メニューに幼児にも食べさせてあげられる安全で優しい味の物が有るの。肥満気味でカロリー制限の大人にも優しい。最初はアレルギーの息子の為に。そして村人が自分の子もアレルギーで相談を受けて、先々代は地元の人達にアレルギーで避けた方がいい食材を教えて、レシピを教えた。でも、 “アルテミス”だけはどんなに頼まれても教えなかったけど。」
「知らなかったわ……」
「公式HPに書いて有るわよ。 」
「ごめんなさい。 調査不足だったわ。」
「ヨーコちゃんが謝る必要なんかねぇ! こいつは俺の娘の経歴に傷付けた犯罪者だ!」
「は、犯罪者?」
「この親にしてあの娘有り、だわね。」
巳恩は、氷点下の笑みを見せ、ヒュンっと軽い手捌きで手にした棒を小五郎の肩口に落として寸止めで止める。
毛利はたたらを踏んだもののよろけただけで拳を握って睨みかえす。
「私の鷹を殺したのは貴方の娘。未だに謝罪も無い。 自慢の空手で公共物破損した弁済は終わったの?」
「毛利、さん? まさか、少し前にニュースに流れた、あの、女子高校生で空手のチャンピオンで停学処分になった学生ってー…?」
「サッカースタジアムの救急車事件」
「っ!!」
「あの子供が生きてたらー…… 中学生位かしら?」
「何で、てめぇが」
「あの坊やの治療にはお父様も関わってたのよ」
「なん、だと?」
「救急車がもう少し早く着いたら、あの子供は助かったかもしれない。それを! 同じ通り道だからと自分が呼んだ救急車と勘違いして観客煽って邪魔をして!! 」
毛利の手から棒を握り締めていた力が抜ける。
思い出したくない過去を思い出す。
1台目の救急車が来た時、運転手は違う住所を言ったにもかかわらず自分が読んだ救急車だと思い込んた。
そのあと5分程して自分が呼んだ救急車が来た時、へらりと笑って誤魔化したが、毛利が煽って人がたかって動けなかった救急車は10分以上のタイムロスをした。
救急車がやっと着いた時は子供は重篤になっていて、手当が間に合わず、その哀しみから犯罪に走った父親は、毛利の救急車の停車煽りと僅かな可能性でも助かる可能性が有ったという医師の診断書で情状酌量有りとされて5年の刑期で服役中だ。
子供が死亡した事を知り面会に訪れた毛利や警視庁の人間には面会を拒否して会おうとしない。
毛利が、弁護士に託した手紙はその場に破り捨てられて毛利の手元に戻り、読まれた事は一度もない。
土下座して謝っても赦される事では無い事実。
「お父様が仰ってたわ。 手術が成功する可能性は限りなく低い子供だった。けれど、僅か数%だけれど、助かる可能性は有ったと。 その僅か数%の希望を、貴方が奪ったのよ!」
キュンっと棒が宙を回り毛利の喉元でピタリと止まる。
「ー…… 俺は」
「毛利、さん? それは、本当なの?」
「いやぁ、この女の難癖ですよ! 待ってて下さい。 小娘一人直ぐおとなしくー…… だよな! 犯罪者野郎! 下手な棒扱いでビビルと思ったのかよ!」
毛利はゆっくりと棒を除けるとギャラリーの手前平然と言い返す。
「オーナー!? どういう事です?」
「ー… 権力で人を脅していう事をきかすのは親子だわね。虫酸が走るわ。手加減しなくていいのなら喉を付いて声帯打っても良かったのよ? 」
巳恩は溜息を吐くと片手に持った棒を毛利の目前でクルクルと回す。
「毛利さん、貴方は2度とこの店に来なくて結構。 貴方の奥様もお嬢さんも鈴木の方も出入禁止措置を取らせて頂くわ。例え同行者であってもね。 それ以上脅すなら 腕利きの弁護士を呼ぶわ。 お嬢さんが、私の鷹を傷付けた時、叱る立場の父親である毛利さんはたかが鷹の命と言ったわよね。法曹界の女王と言われている奥様は、弁護士の立場でありながら、雛を買う代金えば示談に出来るでしょう、 そう言ったわね。」
「毛利さん、そんな事を? 」
「そりゃあ、ちょっと行き過ぎた事をしたかもしれません。 けど、業とじゃねぇのに愚痴愚痴と難癖つける女ですよ。 コイツはね! こんな店の服はヨーコちゃんには似合わないからインタビューしても無駄ってもんです。 それに鳥の1羽や2羽位どうってこたぁー……… ぇ?」
ふんっと格好つける小五郎だが、ヨーコやスタッフの視線は冷たい。
「オーナーが毛利さんを嫌うのがわかりそう。 私だって、可愛がってるペットを傷つけられたり、新しい子を買うお金で示談にとか言われたら許せないもの。」
「よ、ヨーコちゃん?」
「子供を殺したかもしれないなんて。 そのご両親が可哀想……。毛利さんの事、見損なったわ」
「人を傷付けたならともかく、鳥ごときで学校にまで来たんですよ? 娘がどれだけ傷ついたか」
「毛利さんは謝るべきです。鳥でも、犬でも猫でも、猛禽類だったとしても、飼い主にとっては家族ですもの。」
「ヨ、ヨーコ、ちゃん?」
「ごめんなさい。突撃インタビューコーナーは念入りに調査する様にするわ。それから、番組を代表して謝ります」
「ぇ?」
ペコリ、と。巳恩に頭を下げるヨーコ。
「突撃インタビューのハプニングを楽しみにしてる視聴者が居るのも、普段見せない場所を見せて貰えるのを楽しみにしてるのも、確かなの。 毛利さんにはお世話になったから、ホテル編の1回目のパートナーをお願いしたのだけど… 日を改めて違うパートナーで改めて撮影に来ます。」
「今回の撮影でスパ・エステのVIPルームの撮影に成功したときいたけど、その録画はどうするの?」
「お蔵入りにするわ。スパの方にもTV局から謝罪をいれるようにマネージャーに頼むつもり。」
「そう。 ならばこの件はこれまでにしましょう。 沖野ヨーコの顔を立てて店に対する暴言についての法的処置を申し入れる事もしないわ。毛利さんたちの出入り禁止措置はするけれど、沖野さんが一個人で店に来られるというのなら歓迎するわ。」
「ぇ? 来ても、いいの?」
「貴方は、毛利さんを止めようとした。 毛利さんはそこで降りようとしなかった。 私はちゃんと聞いたもの。 勿論アイドルだからと特別扱いはしないけど、お客様として来て頂戴。その時にアルテミスの仕込みが残っていたら喜んで出させて頂くわ」
「ありがとう。 ―… あ、皆、悪いけど撮影機材片づけて。マネージャー。申し訳ないけどTV局のプロデューサーに連絡取って、報告をお願いできるかしら? 撮影費用も只じゃないから始末書を書く羽目になるかもしれないけど。」
「は、はいっ。 えっと、スケジュール的に明後日位しか空いてませんが」
「構わないわ。 調査不足の私達が悪いんだから。 人気番組だからと天狗になった私が悪いの」
「分かりました。 電話してみます」
パタパタと動き出すマネージャー。
コードを巻いたりライトをしまったりするスタッフ。
完璧にアウェイの立場になった毛利の手がフルフルと震えてヨーコちゃんに嫌われた事で怒りに頬を染める。
「貴様の所為で!」
「毛利さん! そこまでです!」
アルテミスのスタッフに向かって小声で何事かを指示していた巳恩に向かって、ぶん! と、容赦なく殴りかかろうと振り上げた腕をガッチリと掴んだのは安室透、改め降矢零、だった。
20/32
prev next←銀の焔