Act-23 クラブハウス
「ん〜〜〜っ」
シャワーで汗を流して髪を洗いながら、巳恩は満足そうに伸びをした。
クレー射撃という事も有り、元々女性メンバーが少ない。
今日はスタッフ以外には女性客は3〜4人。
そして巳恩以外はプレーの真っ最中。
なので浴場は巳恩の貸切状態だ。
と、行っても藤代一家はクラブの中でも数名しかいないVIP扱いなので浴室にある着替えはVIP用の特別室。
巳恩とジンも藤代の血縁者と同格なので使う時はVIP用ロッカールームを使う事が出来る
諸星は仮登録だが藤代の紹介なので、今日はVIP専用を使える。
と、行っても浴室は他のメンバーと共用だが。
汗だらけになった服を脱ぎつつ友人である志保にはスコアを写メってメールで報告をしたらコンマ1分待たずにおめでとうの顔文字がクラッカーのアイコンと一緒に送られて来た。
志保も漸く、実験の成果が実り、研究中の薬品の正式メンバーを招集する事が認められたと書いてきたので、ブイサインの顔文字を返して浴室に入る。
そして亡き両親がやり残した薬品の研究と平行して自分が目標としている薬品の専用の研究室も貰える事が決定したという。
父方の知り合いに久しぶりに写メと併せてメールをしたら地下の研究所の設備を新しくしてやるという返事が来たがそれには日本に戻って来るまで待ってほしいと返信をした。
「あ………っう」
頑張りすぎたか筋肉がビリビリと張って熱を持ってきているので無臭の冷却スプレーを振りかける。
銃を押さえていた肩口から胸にかけても痣ができているがこれはもう自然に消えるのを待つしかない
散々遊んだがスイスに戻れば卒論の仕上げで忙しい日に戻る。
教授に叩きつけてきた博士号取得レポートの採点もでてるだろう。
13歳にして医学博士号取得間違いなしと学内で言われているが内定は内定。
天才外科医である有間厳の娘として学内TOPで卒業できなければ意味がない。
(最も年齢的に医学部の博士号取得が決まっている事自体、中々とハイスペックらしいが、死んだ父親の偉業を思えばまだまだ卵にもなってない、 と答えたら藤代一家には溜息を吐かれたが)
「ま、いいか。」
巳恩は緩めのシャワーを頭から浴び直すと用意されているバスローブを羽織ってロッカー室に入る。
フリードリンクの冷蔵庫からレモン水を取り出して棚に置かれているクラッカーをつまみ、ソファに腰かけて持参してきた薔薇の香料入りのボディクリームを塗っているとプルプルとメールの着信音がなる。
「おじさま?」
名前をみて首を傾げてメールをあける
「あら、いけない! ゆっくりし過ぎたみたい」
藤代も恭介も諸星もシャワーからでて、クラブレストランのVIPルームで食事を注文したという内容。
人を待つ、という事をしないジンは銃の手入れを終わらせると先にVIPルームで下手すればウィスキーを飲んでいる。
「ポーランドのスピリタスじゃないだけましかしら、ね」
度数が強いポーランドのスピリタスをほぼストレートに近い状態で飲むのはジン位だろうが場所柄強いアルコール類は置いてない。
どれだけ頑丈な肝臓なんだと思ってしまう
「そーいえば、水分取っただけだったっけ。 ここのBLTサンドはおいしいのよね。」
髪を乾かしているからBLTサンドとアールグレイのアイスティーを頼んでおいて、とメールを返して着替える。
冬なので100%乾かしたいが、幸い暖房の効いたクラブハウス。
余り待たせる訳にはいかないので8分位迄乾かすとドライヤーをしまう。
サラサラと流れる位でポニーテールにするとボストンバックを肩にかけて浴室を後にした。
「遅い」
「ごめんなさい。お肌のお手入れしてたらすっかり時間忘れてたの」
「餓鬼のくせに」
「あ、酷い! Vaterの為に何時までも綺麗なお肌でいたい女心よ。 京都にくる前だって、何時ものホテルのスパエステでフルコースのお手入れしてるのよ。 それにスイスはスパの本店が有るんだから。博士号を貰ったら、アイスランドVIPに推薦する紹介状を貰える事になってるの」
「あのスパは確かに一流だが。」
「でしょう? アイスランドVIPよ」
「やれやれ。向こうの連中も、お前には大概甘いな。」
「お肌の曲がり角はすぐに来るわ。基礎のお手入れは必要よ。」
黒澤の隣は巳恩の席と決まっているため、荷物様に置かれているテーブルにバックを置いて、黒澤の頬にキスを落として空いている席に座る。
「お肌の手入れって、ミス巳恩は十分綺麗な肌だと思いますが」
クラブハウス自慢の京野菜天麩羅と刺身定食をご飯大盛で食べていた諸星がお茶を飲みながら言う
「あら、ありがと。 でもね、諸星。 女の肌の曲がり角は速いのよ。若いうちからお手入れしないと!」
「…まだ14でしょう?」
「もう、14なの! Vaterに釣り合う女になる為の努力を怠るなんてできないわよ。 医者で薬品を使うようになるんだから化粧なんて基礎にリップ位しかできないわ。 TVドラマじゃないんだから、ゴテゴテに塗りたくって香水プンプンマニキュアキラキラの医者がいたら、お化粧の出来ない入院患者がどう思う? 身だしなみの常識よ。」
どこだかの幹部に聞こえたらギロリと睨まれるような言葉をサラリと吐く巳恩に黒澤ジンは喉の奥で笑う
「まぁ。確かに医者の化粧お化けはいねぇが、素肌が綺麗な女も少ないな。 俺の女を自称して俺の女になりたければ精々磨きをかけておけ」
「ん、もう! Vaterのいけず。 でも、いいわ。 黒澤さんは、私と居る時は私だけのVaterですもの」
「ふん。… 約束は約束だ。 それにお前は俺が出した条件よりも数段早く卒業まで漕ぎ付けた。 褒美は約束通りバイクを買ってやる。 排気量1300のハーレーダビッドソンをな。 スイスにいる間にしっかりと免許を取れ」
「ハーレー! ホント!? スズキとかの750じゃなくて1300ccのハーレーダビッドソン!?」
「日本じゃ18だが海外国際免許なら特例が認められる。」
「スイスの敷地で最低750は扱えるように研修は受けてるわ。 勿論車もね。 年齢がネックだけど、日本の法律年齢になったら書き換えできるように向こうのライセンスは取っておく」
「ハーレーって 大型ですが、その細い躰で乗りこなすつもりですか」
「バイクの基本は倒れたバイクを起こせる事よ。単車だろうが4輪だろうが筆記は楽勝。ネックは体格による運転技術だけ。 でも1300も4輪も時期にクリアしてみせるわよ。」
「車はDr有間のジャガーがある。 お前が乗りたい時にいつでも乗せるように整備もしてるし、時々俺が転がしている。 だが、欲しい新車があれば云え。BMWでもフェラーリでも、フェアレディZでもな」
「ふふっ。ありがと! でもお父様のジャガーを使うの。 黒澤さんの御蔭でいつも手入れされてるしね。車両登録は18になったら書き換えればいい事よ」
「そうだったな」
「ライダー・スーツとブーツとヘルメットと手袋は藤代がダースで発注するから楽しみにしておいで。色は黒のレザー。アクセントカラーの縁取りは銀と赤と緑の3種類で4セットずつの予定だけど注文は?」
と恭介
「金と那須紺も欲しいわ。赤は朱色よ。血の色のような深紅が良いわ。4セットもいらないから2セットずつにして頂戴」
「5種類で2セットずつ。 わかった。」
「ー… 俺の部下たちが競ってスーツカタログをみていたが、藤城が相手じゃ分が悪いな」
「だったら、新しいクレーライフルが欲しいって伝えて頂戴。今はまだ子供用だけどその内、黒澤さんたちが使うような大人用のライフルを使うようになるんだから」
「分かった。 伝えておいてやる。 嬉々として選びそうな奴が2人いる」
「嬉々として…?あぁ! 黒澤さんの部下の、射撃が上手な姉さんと兄さんね! 」
巳恩が答える
「そういえば、姉さんの方は大型ヘリの免許取るって意気込んでたけど取れそうなの?」
「それは心配ねぇよ。小型はもう取ったからな。フライト時間とシュミレーションの時間が不足して大型の資格はまだとれねぇが、あと1年もすりゃあ、あいつなら軍用ヘリの免許ですらとれるだろうさ」
「じゃあ、何か会った時、救急ヘリのパイロットもしてくれるかしら?」
「さぁーな? 何しろアイツは性格に癖がある。 滅多なヤツのパイロットにはならねぇだろうさ。」
「そーよねぇ… じゃあ、ヘリの免許取得も考えておかなきゃ。」
「ミス巳恩はヘリの免許を取得するつもりですか」
「医者として必要と思われるものは取るわよ! ライフルだって殺傷力を知ってれば治療法の幅が広がる。ナイフもそう。ダンスだって舞踊だって筋肉のドコを使うのかわかれば間違った治療をしなくても済む。語学もそう。通訳なんてまどろっこしいものを間にたてたら面倒だもの。 絵画もチェスもトランプゲームもコミュニケーションのツールになるしね。」
「…全く、藤城の末っ子はどこまで貪欲なんだろうね。料亭の女将が本気で修行すれば一流の絵描きにもなれるといった程なのに。」
「ほんまや。だが、厳はんも医者として必要な知識も資格もありったけ取得してやるという傾向が強かった。あの親にしてこの子ありという事やな」
(ルナ姉さんも絵がとても上手だった。記憶力が良くて、カウンセラーとして、患者と一緒に動物や鳥。植物の写生をして、コミュニケーションをとっていた。)
赤井こと諸星は昔を思い出した。
だが、絵画の才能が母から継いだものだとは言わない方がいいと、諸星は判断をする
ノックの音がして焼きたてホカホカのBLTサンドとアイスティーとシャーベットが運ばれてくる
「シャーベット? あれ? 私、頼んだっけ?」
「ハイスコアのプレゼントにオーナーからです。巳恩お嬢はんがお好きな柚子のシャーベットです。」
「柚子! 嬉しい! オーナーに御礼を言っておいて」
「承知いたしました」
ペロリと昼食を胃におさめて、藤代の車に乗ると巳恩は黒澤の肩に凭れかかってあっという間に夢の中に旅立って行った。
「どうやら、お姫様はお疲れのようですね」
バックミラーで後部シートの巳恩を見た諸星が苦笑する。
「まぁ、あれだけ撃てば疲れるだろうね。」
藤代と黒澤の間に挟まれてすぅすぅと寝息をたてて居る巳恩を見て恭介が笑う。
「そういえば、巳恩の卒業式の盛装の着物生地が、ようやっと染め上がったと言うとったな。」
「デザイナーが、下絵書きに入ってます。刺繍糸も出来上がってますし。縫い子は祇園屈指の和裁の師匠が何時でもこいと言ってくれてます。」
「巳恩と仲ようしてくれる芸舞妓たちがな、自分らも祝いに浴衣の1枚でもと、云うてくれてな。 反物代だけ貰うて2枚程仕立ててやろうと思ってますんや。綾乃と豆乃が縫うと言ってるさかい気張らんとな」
「こう見えて着物が好きだから、巳恩は」
黒澤はそっと眠りこんでる巳恩の頭をさらりと撫ぜる
「恭介、簪とかは来月納品やったか?」
「鈴乃屋の取引先でもある職人さんが、飾りをつける前の段階で早くて来月末、って言ってました。すべて純金とプラチナの手打ち打ち出し彫金ですから時間もかかりますよ。 それに翡翠と紅玉を飾りにつけます。華を沢山着けた重いビラビラ簪より金銀でシャラシャラ揺れる程度の上品な方が良いでしょうし」
「せやな。 黒澤はんも納品に立ち会わせますやろ?」
「仕事で海外にいなければ、な。金銀プラチナ。 金に糸目は漬けねぇがシンプルで見栄えのするものを作らせろ」
「へぇ。それを基礎に頼んでおりますさかいな。」
「ー…… 卒業式の晴れ着に、そこまで? 京都に来て知りましたが、正絹の着物生地からだとすれば費用も半端 無いのでは?」
「血の繋がりが無いと言って、他人に舐められるようなワンピースなんざ着せられるか。卒業式は学校規程の黒マントと決まってるから仕方ないが、マントを合わせられるような袴一式はとっくに用意をしてあるからな。 卒業祝のパーティーは盛装で、日本髪だ。」
静かな時が流れて車が藤代の門をくぐっても巳恩はピクリとも起きる気配がない。
「ー… 全く。黒澤さんが傍にいると熟睡のお姫様だね。 普段はこんなに深く寝ないのに」
「ま、いいだろう。 部屋に放り込んでくる」
黒澤は器用に車から抱きかかえて姫抱きにする。
先に家のドアを開けた恭介から聞いたのか出迎えた綾乃は言葉を出さずに頭を下げて挨拶をすると巳恩が履いていたブーツのファスナーを下げて脱がす
「悪いな」
「気にせんでおくれやす。 恭介兄さんから連絡貰うて、巳恩ちゃんのお部屋はもう暖めてますさかい。ベッドに寝かせたら居間にどうぞ。 お茶を点てますさかいな」
「分かった」
黒澤は慣れた道を歩くように2階に向かう。
(黒澤陣、か。 鈴乃屋と含めて調べておいて損はない、な。 だが、余程上手く立ち回らないと隙が無かった―…)
諸星は車を駐車スペースの一角に置いて、鍵をかけると溜息を吐いた。
自分の息抜きにもなった、と云ったら語弊が有るが7日の護衛が予定よりも長くなった。
とても長い休暇で、明美からのメールに殆ど連絡が取れなかった。
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