氷壁の姫 Act-23 アルテミス
アル・アマーニ・ホテルには3種類の駐車場がある。
1つは一般宿泊客様と食事に来た客。
1つは政財界の大物、海外セレブ向けのVIP専用。
そして、ホテルVIP専用とあり、このフロアはホテルに入ってるレストランカフェのオーナークラスで宿泊はファースト以上、兼、ホテルのオーナーと会長が認めた人、なので早々使え無い。
高い外車だろうが国産高級だろうがエコノミーレベルのトラックであろうがホテルVIPが運転、或いは同乗していた場合はホテルVIP専用に誘導される。

赤井が誘導されたのは一般駐車場。
黒澤陣として来た時は、スパ・アイスランドのVIPメンバーでもあり、宿泊はクィーンルーム、更にアルテミスカフェのオーナーでもある巳恩が助手席に乗っていた事もあり、駐車ゲートのベルマンがあっさりとホテルVIP専用の駐車場のカードキーを渡し、車間間隔の広い駐車スペースを借りれたが、赤井一人となると話は別だ。
高い車=VIPの方程式にはならなかった。

(仕方ない、か)

ホテルにとっては赤井はただの顧客。
巳恩の様にスパのVIPでもなければ、カフェのオーナーでもない。
巳恩の様にファーストクラスで連泊した事も無い。
組織に潜入していた時にコンベンションセンターで行われた学会の受付に駆り出された時に来たのが初めてだった。

赤井は一般駐車場の空きスペースに車を止めるとセキュリティロックを掛けてホテルの中へと入るとアルテミス・カフェへと足を向けた。

カフェは連日大賑わいで週末ともなれば満席となる。
イベント以外では予約の受付をしなかったが朝10~夕方6時までは90分と2時間ずつの予約席を4名ずつ各時間で4名ずつ受け付けるようになった。
と、いうのもアルテミスの常連と認められた沖野ヨーコの友人が結婚式の3次会で使用したからだ。
友人同士の内輪の席とは言え、当日の料理や店内の様子で店はあっという間に拡散。
ミーハーな学生やオジサマ、オバサマまでが来るようになった。
とはいえ、アルテミスの対応が変わる事もなく、9時半ラストオーダーで10時半に閉店するレストラン階をホテルの警部スタッフが深夜も巡回するようになった為に、レストラン街に潜り込もうとする宿泊客も出ずに事故が起こる事も無かった。

赤井はアルテミスの入っている階の喫煙所で煙草を吸った。
アルテミスは料理を味わってもらう為に24時間禁煙。
開店当初は喫煙と禁煙と別れていたが昨今の流れで全席禁煙となって、ヘビースモーカーの赤井を始め、喫煙者には料理の後の1本が楽しめないのが少々辛い。

赤井は少し前に仕入れた情報を思い出す。

とある有名人がアルテミスカフェで結婚式の後の3次会で貸切をしたいとオファーが入り、その連絡を受けた店長がスイスの本店のグランシェフとオーナーの巳恩に相談をした。
イベントで名前を売る事をしないカフェだった為に一度は断った。
が、3次会である事と友人同士のイベントだから店の都合の良い日程に合わせるから、と新郎新婦サイドと事務所サイドから再三オファーが入ったのだ。

「お願い、巳恩! 一生恩に着るから! アイデアを聞かれた時に身内に近い親しい友人だけの集まりならホテルの宴会場じゃつまらないってつい、口を滑らせちゃって。  日程もアルテミスに合わせさせる! 当日のマスコミ取材もシャットダウン、招待客にもパーティーが終わるまで何処でするのか箝口令を徹底させる。 後、禁煙も徹底させる。会費は1人1万円位で人数分徴収予定―… あ、個人負担は5千円で事務所サイドで5千円負担の1万円。我儘を言わせて貰えたら、ディナー挟んで4時間〜5時間位。勿論、どこにファンの目が光ってるか分からないし、当日は迷惑かけるのが解ってるからご祝儀代としてお店の方に100万位事務所側で支払う用意があるって伝えてくれって言われたの。」
「アルテミスが有名人のイベントで売り上げを伸ばしたいと思ってるの?」
「お、思ってないわ。 でも、私も彼女たちもアルテミスの料理が好きなの。 いつもぶれない味と店員さんの接客マナー。 時折施設の子供達を招いて、料理教室をして、その日に訪れた客に無償で振る舞う。 フェイスブックで散々アルテミスの料理の写真とか見せちゃってるし、彼女たちも一般で来た事あって、アルテミスでできるならやりたいって、お店に良く行く私に、直談判してって言われたのよ。」

新郎新婦の共通の知人である沖野ヨーコが店に日参する勢いで云う。

「お金の問題じゃないのだけど……… 仕方ないわね。 ヨーコの友人の新しい門出のイベントですものね…。 但し、キャパシティとサービスの関係で60名がMAXよ。」
「60名? 半分立食でも構わないから90名とか出来ない? 立食にすれば店の広さ的に100でもいけるでしょ?」
「雛壇の二人を含めて60名。 ウェディングとなれば飾り付けも必要でしょう? ヨーコの知り合いとなればカジュアルな服は着ないで皆セミフォーマルのドレスアップするでしょうから、席の空間を取らないと女性はヒールで動き辛いでしょ。皆に同じタイミングでサービスする事を考えて接客になれたスタッフ総出で60名ならなんとかできるわ。 立食が良いならホテルの宴会場を使いなさい。」
「巳恩ってば頑固なんだから〜。 でも、そこが貴女らしいわね。 解った。だったら、雛壇2人で62名! 62名に抑えさせる。ね? お願い!?」
「はぁー… 良いわ。ならば、イベントスタッフに62名。お客様を取るのは朝から10時位迄にしてお昼からは貸切状態にしてアルテミス総出でお祝いをしてあげる。 62名コースで大凡5時間の見積りを幾つか作らせるわ。 私は暫く手術の助手と教授達の学会の通訳兼研修で日本と海外を行ったり来たりするので打ち合わせに行く時間が取れないの。店の責任者とケータリングに詳しいスタッフからヨーコのマネージャーに連絡させるから新郎新婦側のスケジュールと会える日程を伝えてちょうだい。アレルギーのある人を呼ぶならアレルギーも調べておいて。後、スタッフの写真をフェイスブックとかにあげるのもNGよ。」
「分かった。直ぐに伝えるわ! 有り難う! 今度、アルテミスでイベントする時は無償でゲスト参加させて貰うから。」
「あら、光栄ね。反古にならない事を願うわ」
「本当よ? 勿論、スケジュールが有るから今日明日ということは無理だけど、前以て連絡をくれたらアルテミスのイベントを優先させる。」
「解ったわ。」
「感謝するわ、巳恩。 私からのお礼にクリスマスの武道館ライブ3日間でとっておきの席を4枚ずつと年末オールナイトを3枚贈るわ。アルテミスのスタッフが行けるかどうかわからないけど楽屋に来れるようにしてあげるから!」
「ライブチケットはスタッフで喧嘩になってしまうから遠慮するわ。 でもー… そうね。 来年、学校で行う卒業式とかのゲストで来てくれるかしら? 開校して間もないけど、高等部と中等部で初の卒業生が出るの。高等部の生徒はできたばかりの医学部と法学部に進級するからミニライブって感覚で。地元の施設の子供達と一緒に2〜3曲歌ってくれるなら、儲け度外視で受けてもいいわ」
「お安い御用よ! 初の卒業式でのゲストなんて光栄だわ。 卒業式の日程は何時?」
「アメリカンスクールだから6月下旬。7,8月は夏休みで9月が始業式なの。」
「分かったわ。 絶対いくわ! マネージャーに今から6月下旬のスケジュール開けさせとくから任せて頂戴。」
「じゃあ、契約成立ね。ヨーコの顔が潰れないような料理を作る様に頼んでおくわ」
「有り難う巳恩! 愛してるわ!」


事務所側だけに連絡を付けた、サプライズで呼んだスイス出身のヨーデル歌手の男女ペアとオーナーである巳恩が奏でるウェディングマーチ2重奏の流れる中、ホテル側に特別許可を取ったという、ライスシャワーとハートフルクラッカーが白いドレスとタキシードの新郎新婦を出迎える
アフタヌーンパーティ仕様だが、店名の漬けられた大人気のチーズスフレはサイズを変えて62名同時にサーブ。
店内にはレンタルウォーターサーバーが3台置かれて、フレーバーウォーターサーバーとなった。
生の果実とドライフルーツを使ったフレーバーウォーター、味の濃い料理の後に口の中をすっきりとさせたい人用にベジタブルハーブウォーター、もう一つは普通の軟水のミネラルウオーターでウェディングイベントの日だけセルフサービスで自分達が好きなのを選べるようにした。
個数限定で人気のあるトマトパスタ(これは新郎新婦がケータリングスタッフに頼み込んだのだが)。
チーズフォンデユに食べやすいサイコロステーキは立食風。
新郎新婦に立っての願いでシャンペンとワインは海外輸入したものに新郎新婦の名前をラベルデザインしたものを店内のワインセラーで温度管理で冷やしたもの。
店内のスタッフ用にもダースで差し入れられたがシャンペンを味見したシェフが料理の口直し用にシャンパンシャーベットにして小さなリキュールで提供される事となった。

明るいワルツで笑い、踊り、ヨーコが唄い、最後の20分だけ、客たちの懇願で店内スタッフを交えてのダンスタイムとなった。

食事も飾りも見事でお土産は日持ちのするパウンド型のフルーツケーキに紅白のドラジェにスイスチーズのクッキーとトマトソースのレトルトパックとチーズフレークのパッケージ。
チーズクッキーはハート型でスイスの本店が援助している孤児院と養護施設の老人たちが本店スタッフの協力で作ったもので新郎新婦の名前とアルテミスの名前が記載されたオリジナルボックスに入ったもの。
店からの記念品として二人には1年後の結婚記念日にキングルームでの無料宿泊券と日本の有名陶器店に特注した6客セットの珈琲カップとケーキ皿のセットにアルテミスでのディナーの無料招待券。

3次会どころが披露宴顔負けで、後日、新郎新婦の事務所側とヨーコから店に当てた色紙とオーナーである巳恩が経営者として名を連ねている学校施設への寄付金が贈られた。

当日報告はしない、という条件だったため、翌日以降に有名人がこぞってインスタグラムやフェイスブックに料理や好意的な感想を上げたために、あっという間に拡散し店の前に長蛇の列ができるようになった。

他の店に迷惑がかかるから、と受付名簿以外に出来たのが一部の席を予約制にする、というシステム。
時間は平日が昼の11時半〜4時、土曜日曜祝日は10時半〜6時で夫々90分で1名席が1つ、2名が2席と3〜4名席が2席。
夫々片付けに10分の間隔を置いているが、予約席が時間制になった為、長居し過ぎる客が少なくなる、という利点も増えた。
残りは一般席だ。
赤井が店に付くと既にお昼を食べようと受付待ちで長蛇の列。
店の前に出ている看板には個数限定のトマトソースパスタが描かれている為、並んでいる客の幾人かはスマホで写真を撮っている。
後ろに並んでいくカップルは食べられるか食べられないかで並んでいる人数を数えていくのをみて赤井は苦笑した。
味は濃いけど後を引かないシンプル・イズ・ベストの王道。
上にかかってるチーズフレークの配合はチェダーチーズやプロセスチーズ等、数種類のチーズと数種類の香辛料を混ぜてパリパリに加工されて作られている事のみ公開されているが分量的な配合は空かされず謎の儘。
テーブルサービスでおかれるのはチェダーチーズとプロセスチーズ2種類を粉末状にして指の隙間からサラサラと抜け出るような粉末パウダー状になったものでふりかけのような瓶に入っている為、スプーンですくってごっそり使う、という事はできない様に工夫がされている。
会計時にはトマトソースパスタ注文客に真空加工された10gのミニパッケージを貰える事ができるのだ。
残念ながら販売はしていない。

元々がスィーツ系の為、ランチメニューはどれもこれも個数限定。
どれもこれも無くなるとホットサイドやBLTサンドになるがこちらにはトマトソースのベースを使ったトマトスープがサービスで付く。

もともとは巳恩が賄いで作ったトマトソースが発祥。
お店の味がレプリカなのだ。
ジンとして巳恩の側にいた時に食べたトマトソースを自分で再現しようとしても似たような味に近いだけだった。
2種類のチーズをフードプロセッサーにかけて粒子を細かくしてそれを天日干しにする、という事もしてみたがサラサラになっても固形粒子に残ってしまい、乾燥したパウダーには成らなかったのを思い出して赤井は苦笑した
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