氷壁の姫 Act-25 御餞別
赤井が予約したランチの90分は、降谷と赤井の近況報告と新一への軽い説教で終わった。
3名ともパスタセットにした為に食後の珈琲のサービス時に… と、言っても新一は問答無用のオレンジ100%ジュースだったが、ー… に、チーズパウダーの手土産を貰い、そろそろ時間だからと、招待したのは自分だから、とさくりと会計をしようとした赤井を止めようとした降谷にアルテミスの紙袋を持った店長が声をかける

「ー… 安室様。」
「なにか?」
「有間オーナーから安室様に」
「俺に??」
「オーナー自ら作られたトマトソースを3食分とチーズフレークを50g。エスプレッソ用に焙煎した珈琲豆を150gとブレンドを100g。 トマトソースは先日いらしたオーナーが翌日の賄いようにと夜中に沢山仕込んで下さったオリジナルで、それをプレゼントに選ばれる事は滅多にございません。豆は当店の専属バイヤーが買い付けて、エスプレッソ用にブレンド焙煎したのを挽いて真空パックにしてございます。」
「連絡はとれるのかい? せめて口頭でお礼を言いたいんだけど」
「申し訳ございません。遺伝子治療の学会に参加するとかで昨日の夜便で独逸に行かれました」
「ドイツ……?」
「何でもミュンヘンにある遺伝子研究所と、オーナーの在籍しているスイスの病院は提携してるからと」
「ならば、ありがとう、と伝えてくれ。オリジナルのトマトソースを貰えるなんてとても光栄だよ。 エスプレッソマシンを持っているから移転先でゆっくりと味合わせて貰うよ。」

(小五郎さんを追い払ったのはこんな手土産が欲しかったからじゃないけれど、おいしくなぁれ、という魔法のスパイスが沢山籠っている)
ちょっと悪戯っこの顔で年相応の愛らしい顔をした巳恩の顔を思い出して頬が緩む。

「承りました。 お気を付けて」

にっこりと笑う店長は移動先を知っているのか知らないのか判別のつかない営業スマイルだ。

「ー… 降谷さんも赤井さんも俺や蘭ほど、有間先生に嫌われていないんですね。」
「ボウヤが優作さんと有希子さんの7光から親離れして、自分個人の力で事務所を立ち上げて独り立ちしたら認められるだろう」
「リトルDrも博士号をとるまでは親の7光だったかもしれませんが、遺伝子工学の分野では幾つもの研究発表をしています。最初は有間博士の引いたレールだったかもしれませんが、今は自分の意志で医学の道を進んでいる。親の名前で主治医をしてほしいと頼まれた事もあったらしいですが全部断ってアシスタントに徹していた。外科や内科の一人者の医師たちのアシスタントに着く時は自分の意見は押さえ、ミーティングルームでは末席に付き、先輩の医者たちが活躍できるフォローに徹している。新一君なら主治医を頼まれたら頬を緩めて受けるでしょうね。」
「付け加えるなら先輩医師立場を考えずに自分の意見を通そうとするだろう」
「使えるものは使わないと名前を売るなんてできませんよ」
「そうやってできたものは砂上の城です。一つ壊れたら全壊するまで蟻地獄だ」
「けど」
「新一君ならアメリカなり英吉利なり留学すれば飛び級で高校を卒業する事もできるでしょう? 世界に名を馳せる探偵になりたいならどうして狭い日本の中にいるんです? 落第… じゃない、出席日数不足で留年してまで日本にいる理由は無い筈です」
「それは、リハビリが必要で、目を話したら何をするか解らない蘭がいるから」

(留学した先で事故現場にいれて貰えるようになるには時間が掛かる。謎が解けてもそれを話せる知り合いの刑事も居ない…。シャーロキアンとしてはイギリスを拠点にしたいけど中学生の時からイギリスに留学していた白馬の方が有名になってしまってる)

「降谷君。それ以上子供を虐めるのは好ましくない。ボウヤには日本レベルが似合うんだろう。立ち話もなんだから1階のカフェに移らないか。荷物が邪魔ならクロークに預けてからでもいいが」
「そうですね。 車ですし、これ位大した重さでもありませんよ」
「ボウヤは帰るか? カフェにくるなら珈琲を注文させてやるぞ」
「ぇ!」
「1階のカフェには、ノンカフェインの珈琲がありましたから一杯位なら目を瞑ってあげますよ」
「ブラック! ノンカフェインじゃ無くて普通のブラック! 家では父さんと母さんが刺激物も珈琲も管理してて飲めねぇから学校の往復でマチカフェブラックか自販機で我慢し ―ぁ」
「それは、服用している薬がカフェインと相性が悪いを知ってて飲んでいるという事だな。 巳恩が志保と自分がタッグを組んで作った薬なのにリハビリ時間が長引いていると首を傾げて、病院から提出された治療経過データをみて首を傾げていたが、どうやら原因はそれだな。」
「!!」
「自制が出来ないのも問題ですね」
「まぁ、次回のリハビリ前にご両親からこってりと油を搾って貰うとしようか。血液検査をさせたらカフェイン摂取量も分かるだろうし。リハビリも中止で巳恩の方に連絡が行くだろう。 無償で提供した解毒剤の精製費用を出すように言われるかもしれないな。服用薬も限度を超したりカフェインを摂取すると毒になる手前で調合された特殊薬だった筈だ」
「そういえば、幾ら位かかってるんです?」
「おおよそ一千万位は。何しろ薬剤購入で普通なら半年以上掛かるのを2週間で入手した。」
「あのお姫様がよく力を貸してくれましたね」
「志保が拝み倒したんだ。自分や阿笠博士では購入出来ない純度100の劇薬だが巳恩なら取り寄せ出来るから。」
「劇薬で純度100?」
「坊や達と降谷が動かないように監視するのが条件のひとつだったが。ー…その努力を無駄にさせたと知ったら巳恩がどうでるか…。」
「ははは… 考えたくもないですね。 にっこり笑って4869入りのミネラルウォーターのボトルを飲まされそうだ。そう思いませんか、新一君」

口を滑らせた新一は散々である。

1階のカフェに移った3名は降谷は赤井と自分用にブラックを、新一には蜂蜜入りのホットミルクを注文した。

「珈琲が飲みたい…」

新一は周囲から漂う珈琲の香りでを嗅ぎながら蜂蜜入りで甘い香りのするマグカップをみて溜息を吐く

「リハビリが打ち切られたら好きなだけ飲め。数年後には盲目の探偵か車椅子探偵になるかもしれんな」
「そのようが有名になれそうですね。」
「どーせ…」

新一はふて腐れる
(わかって、は居るんだ。 カフェイン摂取が今の俺の体の悪い事は。)
(それでも、何かしら異常が残れば、宮野と連絡を付けられるかもしれないと)

「さて、お説教もあきた事ですし。」
「ボウヤが知ってるあの後の事を聞こうか」
「あの後?」
「降谷が小五郎さんを追い払った後の事だ。沖野ヨーコの日本のホテル巡りで1回目は東都編でこのホテル… アル・アマーニとベルツリーホテルが特集されるようだな。先日の神宮巡りの最終回のCMでは新シリーズの1回目のパートナーは毛利小五郎から工藤優作さんへの変更のCMが流れた」
「優作さんがヨーコさんをエスコートする姿が少し映って、ここのスパも映りましたがとてもスマートでしたね」
「小五郎さんなら笑いだけは取れると思うが」

新一も散々な言われようだが、小五郎も散々な言われようである。

「それは否定しません。 えっと、僕が知っているのは、あの後、小父さんがどこだかの高級料理店で半端ない飲み食いしてお金が無くてスマホも落として、警察に無銭飲食で捕まってー… 夜中に蘭から俺の携帯に電話があって有間のー… いえ、有間先生の罵詈雑言を山程聞かされました。
<お父さんは悪くない。悪いのは有間巳恩なんだから、FBIと警察に逮捕させろ、FBIがダメなら公安でも日本警察の名前を使って呼びだしてくれたら自分で天誅加えるから>と。
次に暴力沙汰おこしたら問答無用で逮捕されるからやめろって言ったんですが逆ギレして、<新一は犯罪者の味方するのか>って火に油を注いだように喚いて。昔はもっと、優しいヤツだったのに。」
「相変わらず反省の色なし、か」
「でも、更に続きがあって」
「続き?」
「英理おばさんと一緒におっちゃんを迎えに行って帰ってきてからー… この10日程なんですが、奇妙に大人しいんです。一時、いえ、つい先日まで有間先生やこの店、#有馬#先生の務める病院ー… 有間先生がかかわっている店もホテルも病院も京都の縁戚筋の事も、罵詈雑言ばかり。自分は悪くない、の一点ばりで何度窘めても譲らない。営業妨害に当たるとして警察からも注意喚起されても、自分に対して難癖をつけるという事は向こうに非があるからだ、みたいな事を俺や園子に云ってたのに、それが行き成り止まったんです。」
「ー… そんな事が」
「おっちゃんを迎えに行った時に、通ってた空手教室の先輩にあった、という事だけ聞きました。」
「ほぉー… それは初耳だ。」
「その先輩に怒られたか、手痛い目に遭ったか、はたまた火に油が注がれてしまったか」
「でも、おっちゃんもおばさんも嵐が去った後のようにおとなしくなったんです。」
「へぇー… あの二人が? その日本料理店の場所と名前、わかるかい?」
「さぁ? 車で1時間ちょっとで、老舗の日本料理店。暖簾に店の名前が書いてあったけど、頭に来てたから覚えてないと。」
「車で1時間は遠いね。方向が分からないんじゃ老舗というだけで日本料理店の探しようもない」
「学校サイドの処分は出たんだろう?」
「はい。 他校へ転校するのも考えてるようですが、書類には停学及び退学処分理由とか書かれてしまうので編入試験を受けられるかどうかはわかりません。 地方になるんですが父さんの友人に公立の高等学校の校長先生がいて、その高校には寮があるから編入試験ができるかどうか聞いてみたんだけど、他力本願を願う一家に紹介状を出すつもりはない、と怒られました。」
「優作さんならそういうだろうな」
「このまま復学、という事もあるのですがカウンセリングに行くとか部活は禁止とか条件があって、蘭の性格じゃ首を縦にふるような事もないだろうし。」
「そうか。」
「俺は、今、1年から学業のやり直しをしてます。進級できなかった事は今でも頭にくるし、父さんと母さんがひと声かけてくれたら、と正直今でも思います。」
「そうか」
「でも、遊園地でジンとウォッカの取引現場を見て、また事件解決で名前を売れると天狗になっていたのも事実。周囲への注意力が無い儘に取引を見て、奴等の顔を覚え、何を取引してるのかを確認する方を優先させました。それでAPTXを飲ませられたのは俺の注意力が足りなかったから。」
「…」

「子供になって、博士の協力で沢山の事件をみて、解決して、蘭に会いたいがために灰原… 宮野を相棒のように巻き込んだ。 アイツの所為で子供の体になったんだから当然だと。それを普通に思ってた。 組織が壊滅する時の作戦に俺はリハビリ中で体が思う様に動かなくて行けなかった。 俺の事件なのにどうして行けないだと」
「もともと、は君の事件じゃなかったからね。僕の公安としての任務であり、赤井の任務でもあった。君の事件はその後の後だった。」
「それにボウヤは、名前が売れてきたとはいえ一般人。 刑事としての経験も無ければ研修も受けてない。 自分の体を守る術を持ってなかったからな。 体が戻る戻らない以前に参加する権利は無かった。 参加するというのであれば、睡眠薬を多量にもって声の届かない施設の一室に監禁していただろう」
「… 資格」
「ホームズが名前を知られたのはワトソン博士が本にしたからだ。 彼は自分で自分の名を売るような事はしなかった。 事件を解決するヒントを得る為に危ない薬に手を出した事もある。 ボウヤにはできないだろう? 志保は事件の事を本にするような事はしないだろうしな」
「宮野は俺のワトソンにはなれないと?」
「成れない、というよりはさせるつもりもないが。」
「赤井さん、俺は」
「何時までも子供気分でいるなら、将来FBI、あるいは国防総省勤務をしたいと希望するアメリカの高校大学生を対象にしたFBIのアカデミー事前研修を受けさせてもいい。 だが、ボウヤの様に頭脳だけでは間違いなく落第するぞ。」
「!」
「認めたくはありませんが同感です。公安に入ったばかりの時に受けた研修訓練も相当キツいものがありました。僕も何度説教された事か。 最も、赤井もFBIの研修時代に説教を受けてそうですが」
「残念だが、俺は苦学生だったからな。高校の時からバイト三昧だったから折り合いをつけるという事はできた。喧嘩するなら自分の勝ちを100%と認めた時だけだ。教官を味方に付ける程度の根回しもしてな」
「ー… メアリーさんから補助とかは」
「残念ながら大学入学と同時に打ち切られた。 ルナ姉さんは母さんの性格を見抜いてたらしくて、俺の名義で毎月少しずつ貯金をしてくれれてね。ルナ姉さんが無くなった時にその通帳と、アンクオンメモリアルダイヤモンドと一緒に遺品として送ってくれた。ルナ姉さんが無くなってからは巌兄さんが可也援助してくれたよ。アカデミーで訓練に忙殺されても生活できたのは巌兄さんの御蔭だな。 俺名義の通帳預金は必要な時にだけ使っていたが、まだ大部残っている。ー… 利息付で巳恩に帰すのが礼儀かもしれないがそれも憚れてね」
「赤井の初恋か?」
「小さい頃からずっと面倒をみてくれた。綺麗で頭が良くて、憧れだったよ。とても絵が上手で個展で入賞した事もあったから、巳恩の絵画の才能はルナ姉さんの遺伝だろうな。俺がFBIに入った原因を作った一つは弟の養子先で弟の義兄となった人が原因不明の死を遂げたのが切っ掛けだったが」

ふわり、と赤井の表情が柔らかくなる。

「ま、それをいうなら俺もですね。小学校の時、エレーナ先生に会って俺は何度も救われました。エレーナ先生にまた会いたいという気持ちが警察官への道を決めた切っ掛けの人るです。高校生の時には有間博士の救命医療の研修で天狗になりかかった知識を無残にへし折られましたが、警察よりも公安に向いてるとアドバイスをくれたのも博士です。今ではその時の知識が役にたってます。」
「なら俺は―… 探偵には向いてないと?」
「そんな事はないと思いますよ。シャーロキアンだけあって、推理はそこらの警察官以上ですし」
「残念ながら挫折した経験がないから一流にはなれないだろう。高校を卒業した位で探偵ができるというのならそれだけのおぼっちゃんだ。」
「まぁ。あの小五郎さんですら警察官という経歴がありますからねぇ…」
「そして、あのビルは小さいが小五郎さんの持ちビルだ」
「新一君は自分のあの家を事務所にって考えてそうですし」
「相談者は入りにくい家だな」
「そうですね。お金持ちの道楽だと身を翻す事でしょう」
「まぁ、何一つ不自由なく育ったぼっちゃんだからな」
「… 二人まで父さんと母さんと同じ事を」
「そりゃあ、ねぇ? 自分でお金計算もできずに博士から貰った追跡眼鏡やキック力増強シューズを壊して壊して直して貰う事をしてましたし?」
「部品代もGPSもタダで使えるものじゃないが」
「―… で、カフェイン摂取して体を悪化させたら内緒で眼鏡とか作ってもらう気でしょうね。」
「それは無理じゃないか? 阿笠研究所はブラックリストに載ってしまったら財務監査とか半年に一度入る。螺子1本位ならいいがパソコン購入とかはそれなりの手続きを踏まないと買えないぞ」
「あぁ、そうでしたね。それにフサエさんが保証人になったから次に何かあったらフサエブランドの名前に傷が付く。」
「… と、いう事だ。」




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