Act-05 留学秘話 後編
私がスイスに留学する事になったのはお父様の葬儀が終わって、半年近く過ぎた後だった。
本当は3ケ月以内の留学予定だったけど、お父様を殺したのが警察関係者だという情報を組織の方で流した為に、私の後見人となってくれたジンや家庭教師たちの身元や履歴、私が通っていた乗馬スクール、お父様の勤務先や交友関係などの事情聴取や捜査が進まなかった所為もある。

私が病院でお父様を殺した奴等の顔を説明して、顔写真を元に調査をしたらアメリカ系の警察関係者に酷似していた事、その警察官は本国で捜査中の事故で撃たれて大怪我をしていたため、お父様が殺された時は入院中で日本での入出国データもなかった事。
お父様の胎内に残っていた銃弾は捜査官が持っていた銃の口径とか合致しない事。
何よりも彼等への捜査中止命令が警察庁上層部から発令された事等も原因の一つ。

”役に立てずに申し訳ない”

捜査一課の刑事さん達は留学という名目で海外で生活基盤を移す事が決まっている私に云った。

”何年掛かろうと、有間博士を殺した犯人を探します”
捜査一課に所属する巡査部長が、お父様と比べてたらかなり横幅のある身体で頭を下げる。
釣られて、まだ若い刑事さんも頭を下げる。

(まぁ、お父様を撃った人たちはジンに撃たれたんだから、捜査中止命令が発令されていても仕方がない、わよね)

「情けない野郎どもだなぁ? 巳恩が犯人の顔を覚えてて、酷似した奴等がいたのに確証が出来ねぇとは」

ジンが、嫌味たっぷりにいう。

「いや、其を云われると返す言葉が無い。」
「お前らのせいで、留学が伸び伸びになってるんだ。 いい加減にして欲しいんだが」
「しかしですね、犯人が解らない以上、海外に行かれてもまた狙われる可能性が有りまして……」
「ハッ! 上の命令に逆らえず、巳恩が見た容疑者と思われる奴等の調査を中止するような能無しに何が出来る!」
「能無し、だと!?」

ジンの言葉に若い方の刑事が言葉を荒げる。

「巳恩は、ただの小学生じゃねぇ。Dr有間の血をひいた天才児だ。留学先もまだ小学校とはいえ、5年生に飛び級が決まってる。」
「5年? まだ、2年生になったばかりでは……?」
「海外は飛び級制度が有る。有間巳恩は記憶力も抜群でな。 先方の学校からも、未だ来れないのかと矢の催促だ。 こちらとしては、警察に足止めされてて留学にいけないとしか返答ができない。」
「黒澤さん。 留学は諦めてもいいの。 でも、私が留学を諦めて警察に協力したとしても、お父様を殺した犯人の顔を覚えているのに犯人は逮捕され無いで迷宮入りになってしまうんだわ。」

私がジンを止める。
勿論、これも計画のうち。
ジンが外の世界で使っている黒澤の名前で呼ぶのは他人がいる時。
後見人兼保護者に対する人への呼び方としては間違ってはいない。
いつも黒いスーツのジン。
だけど、偽名を名乗る時はジーンズで銀色の髪は黒髪のウィッグを付けるかスプレーで染めたりして、見た目の印象を変えている。
今日のジンは警察が急場の訪れだったためにウィッグだ。
と、云っても服の基本色は外の世界でも濃紺止まりなので雰囲気的に大差がない。

「警察に捕まえられないなら、私がさがして、殺すわ。お父様を撃った犯人の顔を覚えているもの。」
「い、い、いかん! 子供がそんな事をしちゃいかん!」
「なら、お父様を殺した人たちを見つけてよ! お父様の手術を待っていた人たちは沢山いたのよ!? その人たちの何人かは治せてあげたかもしれないのに警察は何をもでききないのでしょう!?」
「それは」
「子供の記憶力は100%じゃないって思ってるんでしょう!? 役立たずに警察なんか大嫌いよ!!」
「ー…… 私たちの知り合いに世界でも有名になりかかっている推理作家がいます。 作家であると同時に殺人の捜査の協力をしてくれている人ですが、その人に有間邸の中を全部見せて頂く訳にはいけませんか。 有間博士と同じように殺された方たちが使っていた部屋や庭の隅々まで」
「嫌! 探偵なんて、人の粗探しをする人の事でしょう!? そんな人に見せるなんて冗談じゃないわ! 黒澤さん、この人たちを追い払って!」
「お嬢さん! 彼はこれまで何回も捜査に協力してくれて、僅かな証拠から犯人を見つけてきました。 全部が嫌なら、お父上が殺害されたリビングと、それから、お嬢さんが逃げ込んだシューターだけで構いません。 我々に見せて欲しいのです」
「嫌だといったら嫌! 警察をこの家に入れる事も嫌なのに探偵だなんて汚らわしい!」
「しかしですね……「とっとと帰れ」」

抗議の声とジンの声が重なった。

「行っておくが、この家の―…… 有間邸のセキュリティはそこらの家に設置されているセキュリティメーカーなんかとはランクが違う。 建築会社に問い合わせても筑後5年を持って全ての設計図を焼却処分させてある」
「それで……か」

若い方の刑事の目が光る

「設計士に建築図を思い出せ、なんて国家権力を使わないで下さいね?」
「ったく我儘な娘だな! いいか! 俺達だって中止にしたかねぇんだ! 人数は減らされたが暇を見つけて捜査している! 巡査部長だってそうだ!」
「でも、容疑者を参考人として調べる事すらできてないのでしょう?」
「っ!」
「とっとと帰るんだな。 今日以降、巳恩への報告は後見人である俺を通してもらう。 俺に用がある時は、有間医師が懇意にしていた顧問弁護士を通せ。」
「そんなまどろっこしい事を」
「フン。Drの狙撃事件から時期半年。 捜査の目途は中途半端。役立たずで能無しの警察官なんかに会う必要なんざねぇ。」
「テメェ!」
「それから巡査部長の部下として動いてるそこの巡査。 耳に付けてるイヤホンは連絡用だと言い逃れをするつもりかもしれねぇが、録音機能付きの集音器だろ。眼鏡は粗悪な録画装置つき」
「!!」
「置いて行って貰おう。盗聴盗撮は違法行為だ。警察庁のオエライサンの許可を得ているなら今すぐ許可証をだして貰おうか。 なぁ? 人の粗探しの好きな探偵さん」
「解っていながら家に上げたと?」
「俺も仕事で、セキュリティには詳しくてな。次いでに変装してるのも御見通しだ。この家に入る時も目の配り方も、病院にきたマヌケ面の時とは違うからな」
「やれやれ……。 見破る事が出来るのは妻だけだと思っていましたが甘く見過ぎてたようだ。 申し訳ない。」

巡査はイヤホンと眼鏡をテーブルに置くと言葉使いを改めて頭を下げる。

「何とかしてヒントが欲しいと目暮さんに云われて、私自身が有間医師の事件の事が遅々として進んでない事を知っていたので無理を承知で頼んだんです。 邸に入った事はお詫びします。」
「工藤くん」
「私はアメリカに5年ほど住んでいたのですが、その時、執筆している推理小説の参考にする為、有間博士がゲスト公演をした医学系のシンポジウムに参加させて頂きました。 その後、私がシンポジウムで聞けなかった質問に関して、手紙を送った時、とても丁寧で分かりやすい解答を下さった。 私のナイトバロンシリーズの影の功労者は有間博士だと云っても過言ではありません。 その博士を殺した人たちを捕まえる為の協力なら締切の2つ3つ無視しても構わない。 ―…… そう、思いました」
「……」
「博士とお会いする都度、お嬢さんの自慢話を聞かされて、日本に帰ったら一度家族で食事でも、とまで妻共々お誘いを受けてました。 妻もその日を楽しみにしていたのですが。」
「そういえば、以前、先が楽しみな若手作家と知り合いになったと、聞いた事があるわ。 私より2歳ほど年上の息子さんがいて、父親に似てミステリーの本が好きらしいと。 でも、だからと云って、警察のフリをする愚かな作家さんだったとは存じ上げませんでしたけど」
「耳の痛い言葉です。 ですが、今回の事は巡査部長に頼まれたからではありません。 確かに依頼されたら警察への協力は惜しみませんが、博士の粗探しをするつもりなど爪の先程もありませんでした。」
「そう。 でも、覚えておきなさい。 あなたがどれ程優れた小説家になっても貴方の本は読まないわ。 お父様の部屋に贈呈印とサインの入ったナイトバロンシリーズがおいてあるけど、全て返却するから持って帰って。」
「!」
「こいつらの目の前で燃やす、という手もあるぜ」
「そんな事をしたら消防法にひっかかるから面倒だわ。 図書館にもっていけば拾う人の一人二人はいるでしょうけど、お父様の名前が入った為書きサイン付だもの。 ゴミに出しても警察がホームレスのように漁るかもしれないでしょう? 無駄な労力使いたくない」

巳恩は二人に冷たい視線を送る。

「わかりました。」
「く… 工藤、君」
「私は、博士の事件が気になっているとはいえ、してはならないミスを犯してしまったようです。 この件に関しては2度と詮索するような事はしないと、作家生命にかけて誓いましょう」
「それを信じろってか?」
「なんなら血判付の誓詞を書いてもいいですよ?」
「なら、今回に限り赦してあげるわ。黒澤さん。私が本を持ってくる間、目暮さんと工藤さんを見張ってて下さる?」
「本なら俺が持ってきてもいいが」
「そうね。私が子供じゃなかったら是非ともお願いしたい所だけど、大人2人の監視は無理だわ。 僅か数分とはいえ、力で押されたら何をするか分からないもの。トイレ、と称して予備の眼鏡とか出されるかもしれないわ。」
「そうだな。」
「それに、来客で中断しているけどピアノの先生がいらしているから、本を運ぶ事位なら手伝って下さると思うわ」
「あぁ。そういや、今日は金曜だったか。CDをかけっぱなしかと思ってたが。」
「お待たせするのが解っていたから、ピアノもハープもご自由に使って下さいとお詫びをしてから降りて来たのよ。警察相手じゃレッスンを中止せざるをえないでしょう。1時間以上もお待たせしてしまったお詫びをしなくてはならないわ。 先生がお好きなお酒でもあればいいのだけど」
「なら、俺の方で何か考えてやろう」
「ありがとう、黒沢さん。」
「お前が気にする事はない。」

巳恩は立ち上がると応接間を出る。
そして階段を上がる音。
目暮と呼ばれた巡査部長と工藤と呼ばれた作家は顔を見合わせて溜息を付く。

「……さて。 これで巳恩の留学にストップをかける野郎どもは居なくなる。いくら警察でも留学先まで押しかけてくる愚行はしねぇだろうからな」
「留学されると護衛が難しくなりますが、本当によろしんですな?」
「くどい。 向こうにセキュリティの高いマンションを用意してある。」

ジンはさらりと言い返す。

「留学先を伺っても?」
「答えるとでも思ったか? 探偵は人の粗探しが仕事なんだろ? 警察の力を借りて調べたらどうだ? 警察の方じゃ把握しているだろうがなぁ? だが、留学先も学校顧問の弁護士がいる。 たとえ国家権力があってもそうそう面会ができると思うなよ。」
「……やれやれ。嫌われたものですね」
「とっとと帰る事だ。」

トントン、トントントンと足音が重なって響き、ジンがドアを開く。

「結構あったわ。 全部で23冊。 英語版と日本語版とペアで届いていた筈だから、あと1冊あった筈だけど見当たらなかったの。1冊程度なら仕方ないからこちらで処分するわ。 あと、先日、新作を送って下さったようだけど、私は興味なくて開封してないからそのまま返すわ。」
「ー… この新作は結構自信作、だったんですが。」
「興味のない人からみればただの推理小説に過ぎないわ。 幾ら有名な推理作家や女優だったとしてもね。」

海外発行の英語版と、日本語版が揃っており、ナイトバロンシリーズがベストセラーになったのは有間博士のアドバイスのお蔭だと新作をずっと贈っていたため、ハードカバーがすでに20作を越している

「黒沢さん。お手数だけど、彼等が邸から出る迄、見送って頂けるかしら?」
「あぁ。構わない。」

ジンは笑い転げそうになるのを堪えて立ち上がる。

(黒い世界と白い世界を使い分けるのはお手の物ってか? 流石はDrの娘だ。 ここまで言われてそのまま引っ込む作家さんじゃねぇだろうしなぁ)

「それじゃあ、私はピアノのレッスンに戻らせて頂くわ。 御機嫌よう。目暮巡査部長に工藤優作さん。 次に私の前に姿を見せる時は、お父様を殺した犯人が捕まって、高い塀の中に行くのが決まってからでお願いしますわね?」
「「……。」」

巳恩はにっこりと笑みを見せると二人を無視して部屋から出る。

「先生。 荷物を持って下さってありがとう。 レッスンを中断させてしまってごめんなさい。」
「いいえ。 警察の方では居留守も使えませんからね? それに巳恩様のピアノを弾かせて頂きました。 流石に一流メーカーのものは音が違います。 僕も良いレッスンが出来ましたよ。 週一ではなく毎日でも教えにきたいくらいです」
「でしょう? ふふっ。 お父様がね、低学年のお勉強が終了した時にご褒美で特注して下さったのよ。日本のメーカーにも鍵盤に象牙を使った良いメーカーのがあったのだけど、……」

楽しそうに話す声は年頃の子供で、自分達にたいする声ではない。
工藤優作は何度目になるか分からない溜息を付いて、邸を後にした
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