氷壁の姫 Act-27 送別 後編
「おっと… 搭乗1時間前になったな」

ポケットに入れてあるスマホがPipipipi となり出したのを取り出してアラームを止める降谷。

「そうか。ー… 最後にこれを」

赤井がジャケットの胸ポケットに入れておいた封筒を取り出す。

「何です? 」
「公安局長から預かった辞令書類だ。 那覇空港には出迎えで君の下に付く事になった部下が行く。今日は官舎ではなく市内のホテルでゆっくりしろ、と伝言を受けた」
「部下?」
「新設の部署で階級は警部補扱いだが公安から移動してきた敏腕捜査員という触れ込みだ。元公安として部下がいないのでは体裁が悪いから県警から一人と時短勤務のパート事務員を一人雇用したそうだ。部下は君の采配であと2人増やせるそうだ。」
「僕に人事権が?」
「人事と言っても署長に稟議を上げる必要があるから100%希望が通るかどうかは分からんがな。見下されるのは体裁が悪いから新しいPCを経費で買って送り付けたと局長が云っていた。 誰かさんの勇み足以降、経費も削減される事になり、一体型のデスクトップ3台とノーパソ1台、3テラの外付けHDD1台が限度だったそうだ。後はお前の裁量だとさ」
「局長が」
「公安の勇み足に対する風当たりは厳しいから戻れる可能性は低いらしいが、10年もすれば戻れるだろう。 君は官舎で生活を始めるつもりだったようだが、そこじゃあ自慢のRXが泣くだろうからな。 土地柄独りでは広いだろうが誰も住んでいないが利便性のよい家を借りうけたそうだ。簡単に内装の手も入れた。その住所も封筒にかいてある。家賃は3ケ月のみ無料。その後、家賃を払って続けて借りるか新しいマンションを買うかは降谷が決めればいいと」
「10年ね…」
「最も君が警察官を続けていれば、の話だが」
「そん時は俺が立ち上げる服部探偵事務所で雇います!」
「平次君?」
「勿論、降谷さんが俺よりも先に降谷探偵事務所を立ち上げている可能性もあると思います。ー… 紅葉の台詞やないけど、一端決めた札を取りこぼすような事を諦めたりはしとうない。」
「そうだね。 もし。 僕が警察に飽きたら君に雇ってもらうとしよう。 ただし、給料は高くつくよ」
「はははー… 確り稼げるように精進します」
「期待してるよ」
「はい! 大阪人は商売人やさかい! 期待してて下さい」

あっという間に商談をまとめた平次に新一は溜息を付く。

「降谷さんがパートナーか… 俺は宮野が欲しい。宮野がいれば高校なんか行かなくても即日探偵事務所が開けるのに…」
「また始まった」
「ボウヤだからな。」
「最も高校を中退した探偵なんて誰も相談に行かないでしょうが」
「高校生探偵と言われて天狗になっているうちは無理やろうなー… 俺は 父親の名前を使わないで探偵になるって決めたんや。和葉とは今は一緒になるならないは決められへんっていうて納得してもらったしな。大学をでるまではこのまま幼馴染や。それが嫌なら別れるって話も付いとる」
「そっか。 和葉ちゃんも納得したのか?」
「目指す大学も違うしな。」
「服部?」
「海外の大学と姉妹校を持つトコや。 カナダにある大学なんやけどな、犯罪心理学を学べるトコがあって、成績次第で1年を限度に授業料免除でホームスティも出来る。勿論生活費は別や。 けどな、同じ犯罪心理学を勉強して日本と外国と法律の違いを頭にたたき込める。」
「ー… そっか。(俺は。 俺は何時までも灰原の影を引きづってー… あの相棒を欲しいと思ってる。 アイツはとっくに自分の道を見つけて歩き出しているのに)」
「どうしたんだ、ボウヤ?」
「工藤?」
「あ、いえ。 なんでもー… そろそろ時間ですよね?」
「探偵団の子供達に宜しくと。 ハムサンドは梓さんが作れますから」
「おう! 確かに伝えておくで。」
「それだけでいいのか? 梓さんに伝言は」
「いえ。これ以上は反対に迷惑をかける事になります。 ですが、一般人として東都に遊びに行った時に寄らせてもらいますと」
「分かった。伝えておこう」
「じゃあそろそろ本当にゲートをくぐらないと…? あれ? 蘭さんじゃ…」
「蘭!? お前授業は」

バタバタ、と息を切らして制服の儘駆けこんでくる蘭。
全力疾走したらしくはっはっ… と肩で息をしている

「ま、間に、あっ… た…っ」
「だ、大丈夫かい? まさか君も授業を抜けてきたのかい?」
「ろっ 六時限目がっ 先生の、都合で休校で」
「そうか… 謹慎は解けたんだったね」
「せ、2週間前、解けて。 まだ、辛い、けど。」
「けど、良く間に合ったな。学校から2時間はかかるだろ?」
「東都駅前で飛行場への乗り換え路線が人身事故で。なら、途中までタクシーにしようと頼んだら、遠いしお金あるかって。 も、もってたんだけど拒否されて。 そしたら…」

半泣きに近い状態でケーキでも食べて諦めて家に帰ろうとした時に、偶々オフでお気にいりのパティスリーから出て来た有間巳恩と鉢会ったのだ。

「珍しい所で合うものね。折角学校に復学できたのにもうサボリ?」
「うっ! うるさいわねっ! 笑いたきゃ笑いなさいよ! アンタの所為で留年する羽目になったのよ! でなきゃ今ごろは(高校生チャンピョンの防衛線の最年少記録を)」
「ふーん… 工藤新一と上手く行かなくて八つ当たり? 工藤新一は今だに志保が欲しい、志保をパートナーに譲って欲しいって赤井に喚いてるそうだけど」
「ちっ 違うわよ! ただ、今日はっ…」
「ただ? 今日は、何?」
「く、空港に、行きたかっただけよ」
「は? 空港?」
「し、新一が赤井さんの迎で早退したから、もしかしたら、ふ、降谷さんー… 今日、飛行機にのるかもって。 お礼もお詫びもしてなかった、から」
「あぁ。 そういえば今日の5時頃の便の筈ね。 ならポヤポヤしてないて電車なりタクシーなり捕まえなさい」
「空港路線が人身事故で遅延してて。 タクシー捕まらくて。 高校生はだめって」
「ふーん…」

巳恩は胸ポケットからスマホを出すと少し操作をした後、パティスリーの中に戻ると何を話したのかヘルメットを一つもってきてポン! と放り投げると、ぐい、と腕を引っ張ると駐車場まで問答無用でつれて行った。

「ぇ?な、なに? なにするの!」
「さっさとヘルメットをして鞄を括りつけなさい!!」
「へ?」
「ノロノロしない! あむろんに会いたいというのは本心でしょ? なら送ったげる。 ハーレーは高速に乗れるのよ!」
「貴女ー… 私が嫌いじゃ」
「えぇ。貴女は私のレディを殺したもの。 でもね、それとこれは別。空港まで送ったげるわ。」
「でも」
「でも、どうするの? このままうじうじして甘いもの食べて諦めて帰る?」
「分かった」

蘭はぐっと拳を固めて鞄をバックシートの椅子に括りつけた。

「最速の近道で飛ばすから椅子に付けてあるシートベルト閉めて、確り捕まってなさい! 制服着替える時間なんてないから、高速でパンチラは我慢しなさいよ!」
「パっ…!! わ、分かった。 あ、あのっ!」
「何?」
「ありがとう。」
「ふふっ… どういたしまして。 貴女がお礼を言えるなんて知らなかったわ」
「…!!」

巳恩はピピっとバイク用のナビを付ける。

バウン! 
と 高らかな咆哮を上げてアクセルを踏み込んで軽々と大型のハーレーを操る細い体。

軽々と細い道を通り抜けて脇道を通り、高速に入ると回りの車の驚きの目を無視して車の間を縫うように駆け抜ける為、蘭は両手をしっかりと巳恩の腰に手を回す。

(こんなに細い体で、ハーレーを操るなんて)

750のバイクが女二人だと両サイドから挟んで煽ってきた時、一度スピードをゆるめて、この時とばかりによっていたバイクが近寄ってきた瞬間にスピートを上げる。
あたふたと急ブレーキをかけるバイクには目をくれずに飛行場に向かって銀色の車体が走り抜ける。

(これが世良ちゃんだったら、バイクで相手を蹴飛ばして振り切るかもしれない。 私だったら飛び蹴りをして叩きのめすかもしてない)

巳恩はただ、避けただけだ。

検問でのチェックを受けてチケットと免許を見せて目を白黒させる係員には目をくれずに空港へ向かう。

「いい!? 搭乗ゲートは東21よ! 正面口に付けて上げるから入ったら右のエスカレータで駆けあがりなさい! 運が良ければ間に合うはずよ」
「わ、わかった!」

あたふたと鞄をとる蘭。

「あのっ!」
「まだ何か用があるの?」
「ほ、本当にっ! ありがとう。 間に合わなくてもっ!それでもっ! ありがとう」
「ー… ボヤボヤしないで行きなさい。搭乗案内は始まってるわよ。」
「分かった!」

全速力で駆けだす蘭。

「まーったく、折角のオフにレディを殺した子を空港まで送るなんて、何やってんのかしらね、私」

巳恩は溜息を吐く。

(安室透 こと 降谷零。宮野エレーナの教え子、お父様の教え子。お父様を殺した奴等と同じ警察官。私のジンを追いつめた奴等の一人。)
(赤井秀一 またの名前を諸星大。そして沖矢昴。 お母様の従弟。お父様を殺した奴等の同僚。志保の姉が殺される原因を作った男。)

二人とも信用なんかしてないし、する事もできないが、少なくとも赤井は血筋的に縁戚関係があるのは事実。
降谷は降格処分に等しいが一応は栄転、という名目で地方勤務になった。
降谷の性格からして屈辱にも等しい処分だった筈だが、巳恩の予想とも裏腹に自棄になるかと思いきや上司思いの部下たちの御蔭で色々と振り切る事ができたようだった。
予想外の出来事はアル・アマーニ・ホテルでの一件だったが偶然居合わせた降谷が止めてくれたおかげで警備棒を使う事もなく収まった上に、毛利小五郎の大人らしかぬ対応が悪いと、沖野ヨーコとTV局側からの謝罪が入ったのと、で水に流した。

そして何かと気を回してくる赤井秀一。
良い紅茶の茶葉を見つけたからと病院の事務局に預ける事は日常で、いい加減ダイレクトに受け取ったらどうだと受付の看護婦がいう程だ。
ジョディが傷を付けた縄文杉のテーブルの変わりにヒマラヤ杉の一品を見つけてきた。
お気に入りの縄文杉のテーブルは修復というか修繕に半年ほどかかるというために居間は赤井が見つけて来たヒマラヤ杉のアンティークテーブルが置いてある。
テーブルを傷つけた罰として歌舞伎の初日の送り迎えをしろといえば何も言わずに迎に来て、舞台が跳ねた後はどこで調べてくるのか隠れ家的に有名な美味しいレストランに連れて行ってくれる。
ジンになれ、と無理難題を推しつけた時は、本当にジンが戻ってきたのかという姿でー…勿論変装した姿だとわかってはいたが、驚いた。
ジンの好きな煙草に珈琲にお酒。
流石に細かな癖まではコピーできなかったが、それでもジンで居ようとしてくれた。

(ジン。ー… どうして見つからないの? 白の情報網にすら引っかからないなんて)
白の情報を一手に扱う<玄武>の能力ですら、あのヘリが不時着したと思われる無人島まで、だった。
無人島に置いてあった緊急用のヘリと足のつかない現金とカードに身分証と変装具に宝石類と医療用品は綺麗に無くなっていた事から生きてるのだろうと想像がつく。

ベルモットを見つけるのは容易だったが、彼女が表舞台に出る事はもうないだろう。

巳恩はバイクをゆっくりと走らせると空港から少し離れた駐車場に入って隣接するレストハウスに入った。

「じゃあ、有間が蘭を此処まで送ってくれたのか?」

新一の言葉に蘭はコクン、とうなづいた。

「じゃあ巳恩さんも空港にいるのかい?」
「と、思う。 私を門に送ってくれて、鞄くれてー… そのまま南の駐車場の方に向かったからどこかで珈琲でも飲んでるかもしれないし、帰ったかもしれない」
「そっか。有間はお前の事を嫌ってるとばかりー…」
「私も、そう思ってた。 けど、降谷さんのフライトの事も知っててー… 途中で750のバイクに追われた時もさらっとにげて。」
「絡まれたのか?」
「うん。 でも相手を軽いパニックにしてもう、さらっと抜け出したの。凄い運転技術。」
「そうか。ー… 巳恩さんが僕の出発日を、ね。 来てくれてうれしいよ。」

降谷はくしゃりと蘭の頭を撫ぜた。

「会えて、嬉しかったよ。 今はまだ辛いだろうけれど―… 頑張って。」
「はい。 そ、それでっ あのっ!」
「ん?」
「め、迷惑じゃなかったら‥‥ これ、預かって下さいっ」

ペコリと蘭が頭を下げて差し出したのは空手の道着で締める黒帯。

「わ、私、空手を止めたくない。でも今は―… 優子さんがっ」
「優子さん?」
「私が辞めた道場の先輩です。 優子さんの空手の師匠が琉球空手の宗家とかで、毎年2週間の合宿をしてるというので、行くつもりです。この間怒りに任せてお店の玄関を壊して、その修理代替わりに、土曜日1日だけですけどボランティアでお店の厨房の手伝いをする事にしたんです。朝の9時半から夕方の6時まででお昼休憩と3時頃に休み時間をくれるって。食事は賄いで付けてくれるって。 勿論、バイト料はでないけど、変わりに壊した玄関の領収書のコピーとバイト料の明細を出すって。 完済するまで頑張れたら毎年抽選での合宿に紹介状を書いてくれるって言ってくれたんです。 それまで、預かっててほしいんです。 帯があったら、私、絶対に力を使ってしまう。でも、胴衣を縛っているのが白帯だったら戒めになって諦めがつきます。 だからっ」
「分かった。 僕はまだまだ帰れないと思うから大切に預からせてもらうよ。 蘭ちゃんは信頼を取り戻す事を第一に考えて頑張って」
「あ、ありがとう、ございます」
「蘭ー…」
「本当は、解ってる。謝らなきゃいけないの。 でも、今更謝ってもー… 赦してもらおうなんて考えてない」
「そっか。」
「新一が宮野さんを欲しいって喚いているのと同じで、私は新一のパートナーになりたいって今でも思ってる。 付き合っているって信じたい。 でも今の私じゃ足手まといになってしまうからー… 進学の事はまだ考える余裕がない。」
「蘭。お前は、最高の幼馴染だよ。」

新一の言葉に、蘭は華が咲いたように嬉しそうに笑った。

「もう、少しという所か」
「どうでしょうね? 俺も赤井も、巳恩さんやボウヤたちから、学ぶ事はありそうですが」
「かも、しれん。 毛利のお嬢さんは明美に少し似ている。 立ち直る事ができればボウヤの協力者にはなれるかもしれんな」
「そうですね。」

赤井と降谷は顔を見合わせた。

「じゃ、俺は一足先に失礼するよ。 巳恩が行きそうな場所は分かる。」
「俺も! じゃあ、降谷の兄さん! 健闘を祈ります」
「あぁ。 それじゃあ、新一君。 蘭さんの事はちゃんと家まで送ってあげるんだよ」
「え!」
「当たり前だろう。家に帰る時間は8時頃になる。時期が時期だけにご両親にちゃんと説明するんだよ」
「あ、いえ。私ー… 独りで帰れます」
「蘭。 俺、喉渇いたんだ。そこのスタバによって、ノンカフェインの珈琲買って、二人で帰ろうぜ。 どうせ、同じ道なんだから」
「でも、迷惑じゃ」
「ちっとも迷惑じゃねぇよ。 今の、蘭ならな」
「!! うん!」

蘭は嬉しそうに笑う。

「帰るか」
「新一、足、大丈夫?」
「これ位はな。 まぁ、自業自得のようなモンだから」
「待ってて! 私、スタバのカード持ってるから、ノンカフェインのカフェ・ラテのトールサイズ2つ買ってくる」
「悪いな」
「大丈夫! じゃあ、降谷さん気を付けて」
「有難う。君達もね」
「「はい」」

思わずハモった二人に降谷は楽しそうに笑ってゲートをくぐっていった。

(何年かかるか分からないけどー… いつか想いが通じ合うといい。 明美さんと諸星大。 赤井秀一と有間巳恩のように隠れた想いで繋がるのではなく… )

杖を付いてゆっくりと歩く新一を庇うように寄り添うように従う蘭

まだまだぎこちなさもあり、新一は志保に未練を残している。
それをひっくるめても蘭は新一の事が好きなのだと、降谷は思った。


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