氷壁の姫 Act-29 探り合い
「やっぱり来たわね」

特別展望台は、展望台のある屋上の東側 にある。
2メートルほどの小さなエレベータか階段を20段ほど上がった場所に作られた直径5メートルほどの小さな場所だが雨でも濡れる心配のない硬質硝子貼りの丸い屋根があるサンルームのようなドーム型で普段はゲートが固く閉じられて硝子のドームのドアも一般客が入らないように閉じられている。
硝子に囲まれた場所である事から、SF映画で描かれる宇宙船の最上階にある艦長席のようだと、一部コアな飛行機マニアの間で噂されている。
一年を通して日の入りで夕闇が迫る時間から日の出まで、屋上に設置されているLED電球がライトアップされるので最近では飛行場を離着陸するパイロット達の羅針盤とも云われている。
その特別展望台に上がれる硝子張りのエレベータ。
エレベーターのドアの前に立つ警備に一言二言声を掛けた赤井が迷う事なく入っていくので平次も慌てて後を追う。
その平次に続いて我も我もと特別展望台に上がろうとした一般観光客が警備員に断られる姿を見て少し目を見開いた。
簡単には開かれない特別ゲートの中にある展望台に赤井が顔パスよろしくで何故入れるのかと、新一程ではないが好奇心がうずいて聞きたかったが、さらりとかわされそうなので諦めた

「空港に来たのが解った以上、姫君にご機嫌伺いしておかないとな」
「呼ばない限り姿を見せないように ”契約” している筈よ。 赤井秀一の姿で姿を見せたら撃たれても文句を言わないと。 その若さで健忘症になったの?」
「いや。 良く覚えている。 ペナルティにアルマーニの新作を買うという約束をしたな。」
「ア、アルマーニやて!? それも新作!?  ちょっ! ちょお待った待った!! 赤井さんは悪くないで! 俺が頼んで連れて来てもろうたんや! 知っとったら独りで来たで! せやから今回は俺の方に」
「平次君は関係ない。 俺はそれを承知で君を連れて来たからな。 ペナルティは承知の上だ」
「ならいいわ。来週新作のバックが発売されるの。 新作コレクションに招待されて気に入ったのがあったからもう予約してあるんだけど、請求書を届けさせるから覚悟しておきなさい。」
「承知した。」

淡々とした会話に平次は絶句する。

「昨日がオフだったのは知ってるが今日もオフならほぼ1ケ月振りの2連休…いや、2連休なら飛行場から寄り道はしないで帰る筈だから3連休か?」
「1っ… 1カ月?」
「赤井と違って若いから平気よ。 連休の時は邸に帰ってるし。夜勤含めて8連勤したら1日オフにさせられー… いえ、してくれてるの。夜勤の時は除くけど日勤の時は最低5時間の睡眠時間をキープするために病院の近くに建った25階建てのマンションを買う話は報告したんだから知ってるでしょ? 寝る為に帰るような家を探しだした時だったから 建設が始まった時の先行販売で24階フロアを半分と25階フロアの1/3を買ったのよ。 25階をサンルームと寝室と書斎にして24階にゲストルーム2部屋とキッチンと浴室も広くして居間が少し手狭になってしまったけど。これは仕方ないわね。 部屋の片隅に鷹の小屋も作ったからカノンとリトル・レディは殆どマンションよ。餌とか水の取り替えは専用のスタッフを雇ってるの。 ちなみに25階の残りは住民専用のサロンで登録してある静脈認証で誰でも入れるし使えるから、天気の良い日や星が綺麗な日は賑やかだそうよ。」
「医者が体力勝負なのはよぉ聞くけど働きすぎやないか? 普通の16歳なら学校生活を満喫してる最中やでってか24階と25階をブチぬきで買ったんか!?  寝るだけならワンルームでもえんやとちゃうか?」
「この私に狭いお風呂に入って狭い部屋のシングルベッドで寝ろというの? 病院の仮眠室はシングルベッドで職員用のバスルームも狭いから、セミダブル位に作り直したいのを我慢してるのよ?」
「まぁ、それは諦めるんだな? 普通の病院仮眠室は簡易ベッドが殆どでちゃんとしたベッドの方が珍しい。」
「仮眠だからこそちゃんとした眠りが必要なのに。」
「あまり気持ち良く寝てしまっても急患の時に起きれないだろう?」
「ぅ… まぁ… 確かにそれは一理あるわね」
「確か病院からタクシーで10分位の場所に建った24時間セキュリティの高級マンションだったな。一階がセキュリティセンターにエントランス・ロビーと郵便と宅配受付で2階がコンビニと住民専用のシアタールームに図書館、だったか?」
「そ! バイク飛ばせば病院まで10分足らずよ。 セキュリティメンバーはJRHで緊急対応の治療法の講義と警視庁で護身術を受けてるから人気はうなぎ上り。賃貸は3階4階のみ。日本国籍か日本での永住権を持つ人であるのが条件。私はフランスと日本の2重国籍だけど永住権が有るから問題なし。入居者は簡単な調査も有るから、可也いい階層の住民よ。」
「まさか、お前の持ち家ー… 白の関連マンション、なのか?」
「さぁ? 組織を裏切った男に答える義務はないわ。 FBIの捜査官としてどう思う? 白の息が掛かってるか掛かってないか。白の資産が投じられているかいないか?」
「ー…」

赤井の質問に質問で答えてにっこりと笑う。

「お前が”買った”という事はなにがしかの息は掛かってるだろう? あのマンションにはざっと見ても素人には分からない防犯カメラが複数。26階に当たる屋上は緊急ヘリポートがあった。 JRHにはドクターヘリのパイロット免許を持つスタッフがいた筈だ。お前を拾ってフライトする事もできるだろう。」
「お言葉を還すようで悪いけどヘリの免許なら取ったわよ? 飛行時間クリアするのが大変だったけど小型ジェットの服操縦士をする事もできるわ。 工藤新一は無免許だから法律違反だけど私はちゃんとフライト時間をクリアしてスイス発行の国際免許があるの。知らなかった? 山岳救助隊にロッククライミングの基礎を教えて貰ったし、気付けのウィスキーの樽を首に付けた大型救助犬と一緒に最低限の医療道具のバック背負って危険地域の夜間登山に野宿も教えて貰ったの。 スキーもスノボもスカイダイビングもインストラクター並に鍛えて貰った。 もっともスイスで山に囲まれた場所で生活してきたからできた事よね。」
「ロッククライミングに夜間登山って… よぉ無事だったなぁ」
「当然でしょ! 患者は場所を選べないのよ? 初期治療で助かる命もあるの。 今は通信衛星や電波も発達してるけど天候に寄っては狼煙のようなクラシックのサインが役に立つ。―…とは云っても、都会では登山なんて必要ないけど、ビル火災の時にヘリからロープで降りる位の根性がなきゃ医師なんてやってられないわ。 井の中の蛙で知識だけの医者で居たくないの。」
「赤井の兄さん。 巳恩の姉さんはどんだけのスケール持ってるんや?」
「俺の従姪だから君の想像を遙かに凌駕してるだろな。 ―… 最も厳さんも夜中に風と星の向きで山岳登山をできたから蛙の子は蛙、という事だ」
「DNA、っちゅー訳か… そりゃまぁ、工藤が太刀打ちでけんわけやな。 探偵になる、という目標は持ってて、事故現場に行って推理しかできない工藤と、医者になるという目標を持っていて、その為に沢山の知識を学んだ藤代の姫じゃレベルが違うわ」

平次はがっくしと肩を落として溜息を吐く

「何年か前に京都でドクターヘリの話が合ったから取っただろうと思ってたがジェットまで手を伸ばしていたのは想定外だな。 ロッククライミングに夜間登山とはな。 FBIアカデミーの研修時代にライフル2丁背負って軍の演習を受けさせられた訓練のようだ。」
「雪山の夜間登山にロッククライミングなんて必要ないってジンに云われたから数回しかしてないわ。専用のザックもロープもブーツもないからもう無理よ リハビリはまず富士山位よね」
「個人的にはいかせたくないがな。 ヘリに関してはお前の資産があれば購入してても可笑しくはないか…」
「ふふっ。 ドクターヘリは普段はJRHの屋上待機よ。でも警察や他の緊急連絡で東都近辺の救助に飛ぶ事もしてるの。 ヘリには赤十字とRHJのロゴを入れてるけど病院の資金ではまだ買えないし、かといって私の個人資産で買えば病院を私物化しているとも言われかねないわね。さから私の資産は入ってないの。」
「なら、だれがー?」
「大岡財閥が出資してくれたの。 紅葉が財閥の会長を務める父親に話を付けてくれて。 私の学校建設にも可也投資してくれてるのよ。」
「鈴木じゃないのか?」
「今の鈴木にはそんな余裕ない筈よ。KIDとの対決でつぎ込んだ資産は合計すると国家予算を凌ぐのよ? 絵画の事件で壊れた美術館と水族館への資金を捻出する余力がないから修理には可也時間がかかるわ。 まぁ、水族館は場所もいいから私の組織が設計図ごと鈴木から権利を買い取ったの。 解体と再建築で5年… 可也急がせているから4年位で再会できるかしら。 向日葵の絵画の事件で名画傷は一つなく回収できたものの、建設的問題とセキュリティで信頼度が下降しだした所に遊園地の事故、火災や事故保険で補填される被害もあったけど鈴木の株の価値は一気に下降したから安い買い物だったらしいわね。 今は名前ばかりの財閥で取引先も激減しているわ。 多大な損害を補填する為に個人資産の有名絵画を次々に手放していると云われているわ。」
「随分な言い方だな」
「事実を言っただけ。 でも、まぁー… 10年もすればまた持ち直す筈よ。 園子さんは高校卒業したら海外留学をして経済学を勉強すると猛勉強中。彼氏の京極真さんは園子さんが海外留学をする時の護衛として追従する事を決めて将来は鈴木のセキュリティ部門の幹部になるべくセキュリティ関係の会社に就職。おっとりとしている上のお嬢さんはああ見えて語学が達者で、鈴木本社に一般と同じ入社試験を受けたの。 で。抜群の成績で入社して総務科の人事部に配属。来年秘書課に移して外部から来た常務や専務、監査役たちに付ける秘書たちの候補者の一人だそうよ。」
「く、詳しいなぁ…?」
「園子さんもお姉さんも鈴木の一員としての自覚がちゃんとあるの。巻き込まれて倒産するのは下請け会社。 あの事件で倒産させてしまった子会社に10年後、きっと呼び戻すからと、京極さんと一緒に土下座して謝って回ったのは園子さんよ。 工藤新一や毛利蘭にはできない事よ。彼女はもう、恋バナばっかしていた高校生じゃないのよ。鈴木の経営者の一員になる責任を果す準備を始めたの」
「鈴木のお嬢さんたちは傑物だな。」
「そうね。 その言葉には同感よ。10年後、立て直すまで見ててくれと言われたから、結論を出すのは10年後よ。 だから、私は彼女に対しては訴える事も責める事もしない。 それまでにどれだけ信用を取り戻せるか、しっかりとみとどけさせて頂くわ。結論次第で建て直しの営業的なパートナーシップを組んでもいいわ。」
「ほぉー…」
「大学で経営理論頭に叩き込む事。 個人情報取り扱いを含む危機管理者の資格を取る事。 国際経営学の資格を取る事。 この3つを大学卒業までに取ってもらうのが最低条件。 スズキはアメリカにも支社があるからアメリカ留学で資格を取るのでもいい。 国際経営学取得の為に留学するなら、政治経済を学べる学校への留学資格を高校卒業するまでに取得する事。留学資格ができたら、向こうで生活する4年間の留学費用は私の個人資産から出してもいいけど取れなかったらアウトで留学費用を返してもらうわ。 最も、日本の大学は4月からで海外は9月だから、1年のロスタイムも認めるけど」
「ははっ… 和葉が、東都に行く度に園子ちゃんもケーキヴァイキングに行こうと誘ってるけどいっつも断られるってグチってたけどそーゆー事かいな…」
「あら、そうなの? 息抜きや彼氏とのデートはガス抜きのストレス発散になるのにそこまで必死になって留学資格を取らなくても日本の大学でもいいと云ってあるのに? でもまぁ、園子さんは財閥令嬢だけあって、お金持ち特有の我儘な所はあるけど、工藤新一や毛利蘭に比べると数段責任感というものは叩き込まれているものね。 信頼はお金では買えない事を身を持って知った筈よ。 一部上場に復活した時は大岡財閥もうかうかしてられない筈。」
「お前の評価なら間違いないだろうな。」
「それから、3連休じゃなくて5連休。 先週、事務長にそろそろ1週間ほど休んでくれと泣いて脅さー… もとい、院長命令だと上から目線で言い渡さ…  泣いて拝まれて頼まれた、のよ。」
「なんだ、その微妙な訂正は」
「そりゃもう米搗きバッタのように休んでくれ、と拝み倒されて。 一昨日、心臓移植の手術があって、その立ち合い許可がでてたから外したくなかったけどそれ以外は予定もないし、研修予定もないから、手術の翌日ー… つまり昨日から、という話を付けたの。昨日の歌舞伎の初日で公休にしていたから合わせて5連休。丸一日桟敷席での観劇に付き合わせて送り迎えさせたから知ってるでしょ?」
「仕事詰め過ぎで熱出して倒れた実績が有るからだろう? 5連休なら、言ってくれたら降谷君の見送りよりもお前を京都に送って、クレー射撃の供をしてやる事も出来たんだが」
「あんなの、点滴すれば治る程度よ。南座の歌舞伎総見以外で藤代に行ったらサボってる舞のお稽古に追われるから却下。 でも、まぁ、昨日は朝と昼を歌舞伎の桟敷席でお昼は御大たちにお会いできてサインを頂けたし、夜は赤井がご馳走してくれたし、今日はケーキブッフェをー… アルテミスはイベント以外でブッフェをしないから他のお店だけどー… を、堪能出来たからよしとするわ。 毛利蘭の件が無ければリトル・レディとカノンを連れてアル・アマーニに行ってスパに入ってる頃だわね。 あ、昨日の和食は京都風で美味しかったわ特にデザートの柚子と宇治金時のかき氷が。 来月の初日はスぺインかスイス料理がいいわ。イタリアンフレンチでもいいけれど。」
「了解。姫のお気に召すレストランを探しておこう。」
「赤井さんはホンマ有間の姉ちゃんには甘い……。 ぁ! 忘れとった!」

平次は呆れたように溜息を吐くと、思い出したように巳恩の前に立ってペコリと頭を下げる

「??」
「自分は服部平次と言います。 3ケ月前から藤代の道場に入門しました。 今後、弟弟子としてよろしゅうお付き合い願います」
「そういえば、恭兄さんと綾姉さんが道場荒しにきた子供が入門したとか言ってたわね? 服部平次の事だったの?」
「道場荒しの子供… って」
「あら? 違うの?」
「師匠たちからみたらわいも子供、なんやろうから違わんなぁ… でも、俺は西で工藤は東で有名な高校生探偵やったから、ライバルを潰したくなかったちゅーのもあったから乗り込んだのは事実やし。道場荒しでぎゃふんといわせたるって思って乗り込んだのも事実やしな…。」
「でも、恭介兄さんと綾乃姉さんに返り討ちに打ち据えられたのよね?」
「道場荒らしとか打ち据えって… また時代がかったお言葉で。」
「あら? 間違ったかしら? 恭兄さんが、服部も容赦なく鍛ええれば沖田総司の2番手後ろ位にはなるだろうって褒めてたわ。まだまだ雑念が多すぎですって」
「雑念とか沖田より格下… ってなんかショックや…」

平次はがくり、と肩を落とす

「で、用は御済かしら?」
「そう連れない事をいうな。 展望台ににいる、という事は ”あむろん” の旅立ちを見送るつもりだったんだろう?」
「ー… あ、あむろん…? いや、確かに 降谷さんの別名は 安室だったけど… けど あの、降谷さんの事を あむろんって…」

頬を引き攣らせる平次。

「あむろんでいいといったのは降谷の方よ? ゼロ、と呼ばれるよりは あむろん がいいってね」
「ゼロ… 」
「まぁ、いいわ。どうせ暇なんでしょ? お掛けなさい。どうせくるだろうと思ってガードマンに話して通させたのだから景色でも見たら?」
「ならお言葉に甘えて」

赤井が左側のリクライニングシートに座り平次が右のシートに座った時、ハウススタッフ専用のエレベーターの稼働音が聞こえハウスの責任者のようなスーツの男性とワゴンを押してきたメイドの姿が見えた。

「あら? 宗輔? 久しぶりね」
「ご無沙汰してます。藤代の末姫」

馬鹿丁寧な程に頭を上げる宗輔と呼ばれた男性はルームサービス用のワゴンを押しているメイドに目で頷けば、メイドは余計な話もせずに料理をテーブルに置くと丁寧に頭を下げて宗輔、と呼ばれた青年に軽く頭を下げて先に戻る

「こちらはオーナーからでございます。」
「オーナーが?」
「お嬢様のお好きなフルーツティとパンケーキ。 お連れの方にスペシャリティ珈琲とビーフシチュープレートをお届けするようにと。」

そう言いながらテーブルに置かれた銀の盆の蓋を取る。
食欲をそそるようなソースと珈琲のハーモニーに一番若い平次のお腹がぎゅる、と軽快な音を立てた。

「サービス? でも今日は遊びできたわけじゃないから、といいたいけれど、平次のお腹は正直なようだから、ちゃんと払うわ」
「すんません…」
「気にする事はないわ。 お腹が空くのは健康な証拠よ。」

くすり、と笑う巳恩。

「姫から飲食代を頂いたらオーナーの頭から角が出ますのでご遠慮なく。食べきれない分はお残し下さって構いません。お連れ様の分はお好みが分かりませんでしたので僭越ながら私が勝手に選ばせて頂きましたが」
「ならご馳走になるわ。オーナーに御礼を申し上げておいて」
「畏まりました」
「醒める前にどうぞ? 紅茶派の私がいうのもナンだけど、ここの珈琲は美味しいし、ビーフシチューは一番人気で美味しいわよ?」
「なら、遠慮なく。ちょーど腹が減って、帰りに何か買って食べながらるつもりだったんや」
「そう? なら良かった。」
「ほな、頂きます!」

パン、と手を合わせてもぐもぐと食べ出す平次

「美味っ! このビーフシチューすっごい美味い。大きいのにふわりと切れて肉の味もちゃんとしとる!」
「それはそれはー… お口に合ったように何よりでございます。」
「世辞やないで! 今度はちゃんと食べにくるで! 東都には3ケ月に1回位きてるさかいな!」
「では、その日をお待ちしております。 ビーフシチューは週末は夕方には完売する時も御座いますのでお早目におこし下さい」
「ん! 分かった!」

巳恩と赤井はパクパクと食べる平次をみて顔を見合わせるとクスリ笑う。
そして宗輔と呼んだ青年も微笑み乍フルーツがたっぷり入った硝子のポットに入ってる紅茶を繊細なデザインのティカップに注ぐ。
果物の香りがふわりと広がって、巳恩はほんのすこし、頬を緩ませた。

「相変わらず美味しいフルーツティね。 それに元気そうでなによりだわ。 ここは相変わらず見晴らしがいいし。夜は天然のプラネタリウムになりそうだわ ドームは今もちゃんと開くの?」
「勿論、天気の良い日は清掃を兼ねて開ける事もございます。 飛行場に近いのでバスや車の排気ガスで窓ガラスが曇るのも普通のホテルより早いですから。 飛行音が可也響くのが難点でしたが10年前の建て直しの時に末姫から頂いたアイデアを受けて耐震構造で窓を防音防弾ガラスにしてようございました。 最初は赤字続きでどうなるかと思いましたが、近いというだけで躰を休めに来ていたパイロットたちが口コミで騒音に関係なく耳栓なしでゆっくり休めるようになったと喜んでくれるようになりました。夜間のライトアップも当初はクリスマス限定でしたが、パイロット達に羅針盤のようだと好評で、それにここと飛行場を結ぶ地下トンネルを掘って、パイロットと客室乗務員たちー… 空港勤務関係者のみの専用ルートにして一直線に移動できる専用車を買ったのが好評で、交通事情に関係なく行けると。」
「イルミネーションライトアップは瓢箪から駒だったわね。」
「姫の御蔭で航空会社数社が合同資金援助を得られまして、この敷地を拡大してパイロットたち専用のホテルを隣接する計画を立ててます。航空ホテルが出来上がったら今使ってる東側の宿舎を予約制のホテルに改装する予定でございます。」
「私は思いついた事を言っただけよ。ここまで大きくしたのはオーナーたちの努力だわ。」
「それでも姫の一言が無ければ、このハウスは廃業してたかもしれません。ー… ではごゆっくり」

丁寧に頭を下げて展望室から出て行く青年とメイド。

「あの兄さんはこのホテルの従業員やろ? 藤代の末姫って呼ぶって事は知り合いなんか? うん、巳恩の姉さんがいう通りこのビーフシチューは美味い! 神戸牛とか使ってるんかな? 野菜も丁度いい取り合わせやな! 今度時間があれば。」
「気に入ったようで良かったわ。このハウスは元になるスープを念入りに作っているの。 洋風ならコンソメとか。和食は昆布と鰹節。必要以上に調味料を使わないと聞いてるわ。」
「へぇ… 道理で肉も野菜も味がしっかりしてると思った」

パクパクとビーフシチューを口に運びながら平次が聞く。

「この店のオーナーは藤代流の東都支部の師範で、おじ様が認めた外弟子の筆頭なの。 宗輔は京大の政治学部だったからで京都でマンション借りる時、おじ様が保証人に成ったのよ。その縁もあって大学時代は鈴乃屋でバイトを為てたしね。」
「それで末姫か。赤井さんは知っておったん?」
「残念ながら知らないな。」
「宗輔が京都にいたのは8年ほど前だもの。赤井が知らなくても無理ないわ。 宗輔ってばアルバイトじゃなくなっても姫の呼称が取れないのよ。だから私も呼び捨てているの」
「まぁ、確かにお嬢っていうより姫ってイメージやからな」
「そう? 普通よりも一寸お金持ってて、一寸だけ見た目が良くて、留学の御蔭で普通より一寸早く卒業して手に職を持ってるだけの小娘よ?」
「じゅーぶんな自慢やで、それは」
「ふふっ」
「… 全く赤井の兄さんも半端ない姫さんに惚れ込んだもんやな…」
「だろ? 俺の自慢の従姪だからな。」
「あのお母様の従弟でFBIじゃなければ、目付きも性格も悪いけど、声だけは素敵おじ様に昇格させてあげるわよ。保護者としても認めて上げるし、邸で暮らす事も認めて上げるわ」
「声だけなんか?」
「そ! 声だけは好きよ。FBIを辞めるというなら養ってあげてもいいわ。」
「気持ちは嬉しいがこれの姿が俺のオリジナルなんでな。それに年下の女性に養ってもらうのは世間体が悪すぎる。通い夫というのはどうだ?」
「平安時代の女じゃないから通ってくる夫を待つほどのほほん妻にはなれないわね。 私にはジンがいるもの。 通い夫になりたいなら愛人にしてあげましょうか? 幾人も女を知っているのはジンだけじゃないものね」
「へぇへぇ…ご馳走様です」

平次はにこにこと笑顔の押収の二人にふたたび肩を落とす。

「赤井の兄さんと巳恩の姉さん、本当は仲が良いんやないか??」
「何か聞き捨てならない事を言ったわね? 平次!?」
「あ! いえ! 空耳や空耳!! なーんも言ってないで! …と、言ってません」
「なら、いいわ。言っとくけど、赤井がこの姿である限り、私は存在を認めない。 私に用がある時はFBIなんかじゃなくてジンの姿でくる、というのを条件に保護者であるというのを認める契約をしてるだけの男よ」

独り言の積りが声にでていたらしく突っ込みが入る

「その通りだな。 ペナルティがあるとはいえ、本来の姿でお前と会えるなら時々は破るのも良さそうだ」
「認めるわ。 私もアルマーニの新作を買ってもらえるしね」

表面上は和やかな会話と食事を続けていた時、巳恩の胸の当たりからピピピ・・・ というアラーム音が鳴り響いた。
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