氷壁の姫 Act-31 絆 前編
ノートパソコンにスマホとWi-Fiを入れたA3サイズの指紋認証タイプのビジネスショルダーバッグが1つと1週間位の着替えを入れた大型の旅行カートが1つ。
それが沖縄の那覇空港の手荷物受取所から出た降谷の荷物だった。
蘭から預かった黒帯は、カートの中に入れ、もし、琉球空手の合宿に来れる日が来たら返す予定だ
降谷が調べて、道場の責任者に声を掛ければ紹介されなくても合宿とやらに参加出来るだろうがそれでは蘭の為に成らない。
自分のした事を見つめ直して、回りから普通の子として認識されるようになるまで、時間はかかる。
体育大から高校を卒業したらスポーツ特待生での推薦入学を貰っていたが、オファーは全てキャンセルされて白紙に戻った。
空手連盟も除名処分を決めた為、もし、他の武道に移るとしても初心者から。
オリンピックに出場できる技術はあるが自分が勝てなかったら審判員に怪我をさせる恐れがあると認識された。
公安や警視庁のみならずアメリカやイギリス等の主要な国で要注意人物としてトップに躍り出てしまったため、海外旅行の申請は却下される事になる…。
国内旅行ですら警視庁への申請と万一の時の保証人が必要となり、血縁繋がりのない同行者の申請が必要となる。
空手で高校生チャンピョンまで上り詰めた蘭にとって様々な壁にぶつかっている為、1からは出来ない事だろう。
アルバイト先の日本料理店で降谷も2回程上司の供で行った事がある。
(小五郎さんも厄介な店に入ったものだな…)
老舗の日本料理店は一見の客のフロアもあるが奥の座敷は客に寄っては大女将か若女将が自ら給仕をし、抹茶を点ててサービスをする場合もあるという半端なく高級な店だ。
降谷が供のした時は大女将と若女将が揃って挨拶に来たが着物の上からでもその所作は身体を鍛えてる女性である事が分かった程。
(雨の日であっても庭掃除は自分の担当になると、言ってたな…。)
ランチの始まる前と、夕方、店が始まる前に庭を綺麗に履いて掃除をする。
天気が良いと庭にでる客もいるので庭に置いてある椅子や濡れ縁を拭くのも担当になる。
厨房の奥に運び込まれる皿洗いやタオル類の洗濯など下働きのような事から始まるという。
料理が好きで、目立つ事が好きでも、お客様のいるフロアに出る事は一切許されない。
感情をだして皿や備品を壊したらその費用は玄関や花瓶を割った弁償金に上乗せされる。
だが、仮にも学生である事を考慮され、バイトは基本的に土曜と日曜祝日だ。
顧客の要望が多いために土曜日曜と祝日は昼もランチで開ける為にバイトは週末と祝日で仕込みの始まる朝8時から夕方6時までに限定された。
お昼休みは客の入り具合にもよるがランチタイムの後、夕方の仕込みで2時間見せを閉める為に45分貰えて賄いは他のバイトと同じで無料で提供され、それとは別に15分の休憩が2回貰える。
厨房担当の作務衣は支給される(サイズを合わせて2セット支給されるので汚れたら洗濯は自宅でする)
自分が壊したものの代金を親が支払ってきた。
それが当然だと思っていた蘭にとっては、それだけの代金を稼ぐという事がどれだけ大変な事なのか身を持って知る事になるが勉強にもなるだろう
「誰だか迎えにくる、と言ってたな…」
恐らく、公安の命を受けて付けられたお目付役。
「お目付役なんだから、待たせてもいいだろう、な」
荷物を受け取った片隅に自販機を見つけてポケットからコインを取り出すとブラックコーヒーのボタンを押すと傍にあるベンチに腰掛けるとプルタブを開ける。
上に報告もせずに勝手気儘に動いて来た降谷零をこころよく思っていない幹部は多い。
何か不備があったら懲戒免職処分にするための監視だろう、と思った。
巳恩と出会って、アルテミスが福祉に積極的な事を知ってから、組織でバーボンとして行動した時の報酬の一部を匿名で赤十字やら養護施設等に寄付金として送ってきた
それでも貯金はあるので辞めた所で3年位ならば失業給付を受けなくても生活出来るだろう。
辞めなかったのは降谷の意地だ。
(巳恩さんの事だ。彼女は変わらずに医師を続けるんだろうな。)
(―…母親は鬱で亡くなった。 これは組織が自死に見かけた事故ではなく、本当に心を病んで、組織に属する夫を愛しながらも救いを求めての自死だった)
(父親はFBIの熱血捜査官に、組織に属している医者として証拠固めをせずに殺された。 その捜査官は組織が報復措置をしたが、生き残っているのは証人保護で生き延びたジョディ・スターリングだけで他は生きているだけの植物人間か、正気を失い精神病棟で生涯暮らす人となっている)
(ジン・デイジー事、有間巳恩は父を殺したFBIとその一族の抹殺を望んだが、結果的に幼い少女を見逃したベルモットを幹部として信用する事をしなかった。ベルモットもジンもウォッカも今だに行方不明の儘で死体として見つかったのはコルンとキャンティだけだ。)
(巳恩さんを家族として無条件に護るのは父方の祖母の家系で京都の祇園で旧家として名の知られた藤代と祖父の出身に当たる白の組織。 そして自死した母親の従弟に当たる赤井秀一。恐らく、メアリーさんと真純ちゃんも気にする事は無いだろうし)
(けれど赤井の事は愛する男性を追いつめた。親友である宮野志保の姉を騙した男として、父親を殺したFBIの後輩として、信用に値する人物として見做していない)
(そして俺も。 組織の幹部としてそれなりの評価は貰ってたが、外部から加わったとして対等に扱われたのは片手で数える事が出来る。その気になれば志保さんの姉を助け、証人保護の申請ができる立場でもあったけれど、俺はそれをしなかった)
(先輩が死んだのは俺の所為だ。 俺の落ち着きのない行動が先輩を自害に追い詰めた。 それなのに赤井は一言も釈明しなかった。 それをいい事に俺は赤井を恨んで、 先輩を殺したのは赤井なんだと思いこむ事で、俺は、…)
最後の一口をゴクリと飲むと降谷は立ち上がると缶をゴミ箱に向けて放り投げた。
綺麗な曲線を描いて缶専用のゴミ箱にカラン、と入ったのをみる事もせずに降谷は歩き出す。
(蘭さんの事を笑えないな。 俺は今だに赤井に謝る事が出来ない。
珈琲ショップの商品案内の見本に<本日分完売>の札を立てられた沖縄ならではの珊瑚の珈琲。
(風化した珊瑚の県外への持ち出しは漁業法により禁止されております。当店の珈琲豆はその珊瑚を焙煎に再利用しており売上の一部はベビー珊瑚の移植に費用に充てていますー…か)
珊瑚を乱獲し空港で捕まった密猟者たちから取り戻した珊瑚は扱い方が悪いの多く、殆どが風化して死んでしまう。
(海に戻す事が出来ずに死んでしまった珊瑚だが、珈琲の焙煎という形で再利用される、という事もあるという事か)
ゲートをくぐり、星空を見上げる。
東都では巨大な建物に覆われて満天の星空を見る事はあまりない。
機内で飛行機が上昇する空路の下にあるレストハウスは騒音が響かない特殊建築で日の入りから日の出までライトアップされているのでコアなファンに人気スポットとのアナウンスがあった。
なのでずっと下を見ていたら確かに日の入り時間に合わせるようにパパパっと、ライトアップされたら場所があった。
東都では巨大なビルが深夜もライトアップされて町が眠る事は無い。
が、沖縄は違う。
アメリカの軍事基地もあるし、酔った軍人の女性への犯罪やら酒場での暴力行為が屡々話題に上る。
空港で砂糖黍の苗や黒砂糖に珊瑚の珈琲ドリンクまでー… すでに土産物店としては閉店している所が殆どで、最終フライトの乗客の為に空いている僅かな数店舗も店仕舞いの片づけを始めているが地元特産品ならこれからも買えるだろうと買うのを控えた。
「まずは用意された家とやらに案内してもらうとするか…」
降谷はカラカラとカートを引いて迎の部下がいると聞かされている待合所へ向かった。
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