氷壁の姫 Act-31 絆 後編
「ごゆっくりでしたね」
「!?」

半袖姿のワイシャツ姿で運転席から姿を見せたのは外ならぬ風見裕也。

「風見? なんでお前がー… まさか、お前まで飛ばされたのか?」
「強制ではありません。 ちゃんとオファーがあったんです。」
「オファーって局長からか? いや、お前が沖縄にいるという事は萌花さんは!? まさかと思うが新婚早々別れたとか?」
「別れるなんてしませんよ! 萌花の家族と俺の家族とで内々に式を挙げて食事会をして、きっちりとこれからの事も話し合ってきました。」
「じゃあ、新婚の萌花さんをおいて単身赴任か?」
「ー… でもないですが」
「じゃあ何でお前がここにいるんだ!?」
「ちょっ… 説明はしますから、落ち着いて下さい! ちゃんと訳があるんです!」
「ー… 分かった。」
「夕食はどうです?」
「羽田で赤井たちと軽く食べて来た。人身事故の影響で1時間程遅れてね。 それに荷物の中にレトルトだがパスタソースも入ってる」
「そういえば到着が遅れる放送が入りましたね。 じゃあ、家の方にご案内します。降谷さんのRXも車庫に入ってますよ。官舎に送ったベッドとかも家の方に転送されてます」
「人を飛ばして置いて家を用意するとか、体裁作ろうのも大変だな」
「俺が来たのは自主的ですよ。 期間限定ですけどね」
「そうなのか?」
「はい。」

風見が笑う。

「萌花が手伝ってくれて、台所と風呂場と寝室だけ整えました。リビングも有りますがTVとソファは降谷さんの好きな場所が良いだろうと梱包を溶いただけです。」
「そうか……  赤井から伝言を受けた時は驚いたが正直助かる。 官舎は狭いからベッドとTVを置いたらロクなスペースが無い」
「いくら何でも公安支部の支部長を官舎に押し込める事は出来ませんよ。 最も土地は広いですから、官舎といえども都会の3倍の広さは有りますけどね」
「そうか? 沖縄は旅行で1度来た位だ。」
「今度、萌花の沖縄料理を食べてやって下さい。 ー… 降谷さん程じゃ有りませんが、あいつも料理が好きですから。」
「やれやれ、赴任前から惚気を聞かされる事になるとはな。 ー… 沖縄料理と言ったか?」
「あれ? 云いませんでしたっけ? あいつの父方は沖縄県民です。 父親の仕事は技術者ですが祖父は沖縄の民芸品を取り扱う店を経営してて、萌花の兄さんが店の跡を継いだんです。 」
「成る程。 なら萌花さんは風見が此処にいる間、その店を手伝うのかな?」
「お兄さんの奥さんが2人目の子を身籠もってて、上の子もまだ保育園なので、これから生まれる子が保育園に入る位までフォローしてあげたいと。 店は昼間は観光客用のお沖縄料理店を併設してて、結構繁盛してるんです。 夜は居酒屋ですが近隣のおじさんおばさんがその日とれた野菜とかで得意の沖縄料理を作って一杯飲み屋で持成すー… 料理が無くなったら閉店という店ですよ」
「そうだったのか…」
「とても仲の良い兄妹で。 お姉さんは結婚相手が東都銀行の金沢支店長なので金沢にいるんですけど夫婦そろってダイビングが趣味なので年末だけは沖縄に大集合だそうですよ」
「それは賑やかだろうな」
「事件の事も、俺が公安から警視庁に移動された時も、責めもせずに受け入れてくれました。」
「お前は宝物を掴んだんだな」
「はい。」

けれど、公安の刑事たちが個人で使っていた人達の一部は、組織壊滅と同時に殆どのメンバーが行方をくらまし、連絡を付ける事が出来なくなった。
携帯も解除され、把握していた住居はそのまま、キャッシュカードも置いたまま神隠しにあったように消えたのだ。
2週間程海外旅行をすると近隣に挨拶して新聞を止め、牛乳配達を止め、水道の元栓をとめた。
だが、親戚から連絡が付かないと届けでがあり、家族合意の元で家を開けたら家の中はもぬけの殻、の状態だった。
パソコンはウィルスに侵されて情報を得る事が出来ず、冷蔵庫の中は殆ど空で棚にはレンジでチンするだけのご飯やパスタにレトルト食品。

彼等の消息は不明で降谷に協力してた情報提供者も風見に協力していた情報提供者もー… 所在不明の儘だ。
風見を始め公安は必死になって所在不明となった協力者たちを探したが、今だに見つからず、家族は公安がどこぞに監禁したのだと公の場で言い出して捜索願いを出した。
彼等を探す為にも、降谷は巳恩の持つネットワークが欲しかった。
だが、巳恩の返事は―…

協力が欲しいなら諸星大、もしくは組織でライと呼ばれていた男の頸を持ってくるか、ジンを5体満足で生きたままの姿で見つけて来い、というものだった。

赤井の首を取る事は自ら犯罪者となって拘置所に入るという事。
ジンを探し出すには公安在籍時で使っていたランク以上の情報提供者を得なくてはならない。

降谷には赤井の命を取る事は出来ず、ジンを探すための情報提供者を探す事も巨力者を得る事も出来なかった。

「風見は、ふっきれたのか」
「いいえ。 あの事だけは言ってませんから。」
「そうか」
「公安の信用はガタガタに落ちてますからね… 必要以上に不安要素を教えたくありません」
「俺の所為、だな」
「降谷さん、グローブボックスの中を…」
「? 開けていいのか」
「写真が1枚あるだけですからー… みたらビジネスショルダーにでもいれて、萌花が間違ってみないようにして下さい」
「ー… 分かった」

少し眉をひそめながらもグローブボックスをあければ、中には裏返しにした写真が1枚。
薄汚れた赤い色で ”風見裕也へ” と書かれている
表を返した降谷は息を飲み込んだ

「それが、彼女の出した答えだと、俺は思います。だから俺は、このオファーを受けたんです」
「すまない、風見。 俺はー… 俺の判断は、不幸な人を作りあげただけだ…」
「ー… 憎まれるのは慣れてますよ。東都水族館事件の時に自分が公安の人間であるという覚悟を決めましたから」
「だが、彼女に罪はない。俺がもっと早くー…」
「因果な商売です。 ですが降谷さん程日本を愛してる人間を、俺は知りません」
「それはどうかな…?」

風見はゆっくりとハンドルを切ると桜の代紋がある門の近くに車を止める。

「ここが、降谷さんが来週から赴任する沖縄県警です。地方だけあって無駄に広くて、駐車場もー… と、いっても通勤バスや電車の利便性がイマイチ良くないので署員の殆どがマイカーかバイク、もしくは自転車通勤です。降谷さんの駐車スペースはもう確保してありますが、使用するには申請が必要です。支部長だからとゴリ押しはしないで下さいね あのブルーシートは外檄のペンキを塗り直し中だから明日か明後日には取られます」
「分かった。」
「初日は俺が迎えに行きます。萌花の実家は降谷さんの家から車で20分位なんですよ」
「そうか」
「俺は明日から3日間は支社長を沖縄に案内するという名目で有給を取らされてますから、ショッピングモールまで案内します。 東都と違ってコンビニは殆どありませんが、業務用のスーパーは田舎の土地の広さ故に3階建てで日常生活品の殆どを賄えます。屋上はレストランガーデンでちょっと一休みの人達が集まる場所になってます。 よりは規模はですがネット通販しても取り寄せでもいいですし。野菜は萌花の実家の近隣が畑なので沢山わけて貰ってますから持って行って貰えると萌花も萌花の両親も喜びます。」

少しだけ弾んだ部下の声に、安室は少しだけ目を細めた
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