Act-06 従姉弟 前編
俺が、その少女と出会ったのは、日本で、胎動をしていた有る組織に潜入するため、諸星大として”戻って”来た時だった。
若くして亡くなった、俺がルナ姉と呼んでいた、初恋の女性によく似ている少女。
あの女性は金髪碧眼だった。
両親供に忙しく、母親は世界屈指のピアニスト、父親は軍人。
生活は裕福で二人とも仲は良かったが、お互いの仕事が忙しく、普段の日は通いのベビーシッターが、学校にあがるようになるとメイドが面倒をみていた。
姉さんの叔父にあたる俺の父親が、子供に寂しい想いをさせちゃ駄目だと説教をして、夏や冬の長期休暇の時は楽しい想い出を作れるようにと預かっていた。
父親は仕事人間で留守がちだったから帰れない日も多かったが、母親は家で通訳の仕事をしていただけなので殆ど家にいてくれた。
中々子供に恵まれなかった俺の両親にとっては娘のような存在だっという。
俺が産まれてからもそれは変わらず、幼稚園の送り迎えもしてくれて。
弟が産まれたらベビーシッターのように面倒をみてくれて、俺は少ながらず弟に嫉妬した。
姉さんが家にくると賑やかで、華がさいたようで俺は姉さんが大好きだった。
俺が截拳道の練習で泥だらけ汗みどろで帰ってきても嫌な顔一つせずに風呂で汗を流している間にサンドイッチやパンケーキを作ってくれた。
残念ながら、ルナ姉が10歳の時に姉さんの両親は離婚したらしいが、バカンスの間は俺の家に来るという行事は姉さんが高校に上がるまで続いてた。
大好きだったルナ姉は
高校に上がると勉強とバイトで俺の家に来る事が無くなって、電話や手紙、メールでのやり取りだけになった。
姉さんが大好きだった俺は、突然来なくなった姉さんを探して、まだ小さかった俺はルナ姉が帰ってこないと、可也長い間ぐずっていたと、後で笑い話にきいた。
高校では日本の姉妹高に1年の留学もして、卒業すると医学の道に進み、精神カウンセラーの道を選び、日本で勤務。
その勤務先で医学の世界で天才的外科医と噂をされだした医師と出会った。
姉さんがその医師と結婚する事が決まったと連絡を貰った時は、本当の姉を盗られたようにとても悔しかったのを覚えている。
その医師が、両親を自然災害で無くした孤児だった事。
頭の良さから養子に引き取られ、亜米利加の医学部をスキップで卒業して、一人でも多くの命を救うために外科医になったという事を聞くまで、俺は姉さんの結婚相手を許そうとおもえなかった。
親が忙しくて離婚しても不良になる事もなく育ったのは俺の一家のおかげだと、その医師は俺達の家に挨拶に気て、まだ小さかった弟妹を含めて、結婚式には来てほいしと招いてくれた。
異母妹の真純が生まれてまだ赤ん坊だった事と、義理の母親はルナ姉とは殆ど面識も無かった事から、出席したのは父親と俺と弟の3人だけだった。
天才外科医の結婚式とは思えない、質素な式で、両家の親族と親しかった友人を数名招いただけだった。
俺がその相手を兄さん、と呼べるようになったのは結婚式の時からだ。
”姉さんの事をよろしく、兄さん”
云えたのはその一言だけだたが、それだけで姉さんは泣き出して。
”厳兄さんに笑われるよ、ルナ姉!”
”だって、秀ちゃんが厳の事を兄さんって呼ぶなんて思ってなかったんだもの”
”今だって許してないよ! でも、俺だって何時までも我儘な子供じゃない。ルナ姉には幸せになって欲しいんだ”
”ありがとう、秀一君”
1週間後には大きな手術が入っているとかで2日程のバカンスが新婚旅行。
それでも姉さんはとても幸せそうだった。
2年程、姉さんが生まれ育った仏蘭西の病院勤務が決まっており、その後は日本での永住が決まっていたが、日本と亜米利加よりは会いやすい。
休みの時は遊びに来いと言われた俺は、姉さんの仕事が休みの日に合わせて何回か顔を見せに行った。
仏蘭西のあちこちを案内して貰って、截拳道の道場を見つけると見学させて貰って。
―… そんな幸せはずっと続くと思っていた。
あの電話があるまでは。
―… 赤ちゃんが出来たの。
―… 女の子だったら嬉しいわ。
―… パパが今から子煩悩で沢山服やら玩具を買ってきちゃうの。まだ早いのにお人形まで買ってきて、ままごとの道具まで特注したのよ。
そんなノロケのような電話を聞くたび、姉さんは幸せなのだと、俺まで嬉しくなった。
それが、3ケ月で産まれるとなった時あたりから妙に不安な電話になった。
―… 怖いの。 どうしてかしら。 厳の事がとても怖いの。 生まれる子の事が怖いの
ビクビクとした怯える声。
その後から兄さんが電話を取り上げたのか窘めるような声。
―… すまないね、秀一君。 ルナの仕事がカウンセラーだ。 実は患者にやはり妊娠中の女性がいるんだが、ご主人のDVで授かった子を流産してしまうという事があったんだ。 ルナは以前から保護申請を申し出ていたんだが、警察の介入が少しばかり遅くてね。 そのショックで責任を感じてしまったらしい。 きっと、感情移入をしてしまったんだろう。 だから、妊娠中は仕事をするなと云い聞かせていたんだが。
―… ああ、それで。 ルナ姉もカウンセラーとして有名になってきてますから。
―… そうだね。 その所為かマタニティーブルーで落ちつかないらしい。
―… 一日も早く辞めて、元気な赤ちゃん産む事を、兄さんからも進めて下さい。
―… あぁ、そうだね。 ルナの患者には悪いかそうするよ。
―… お大事に
―… ありがとう。
兄さんは姉さんを愛していたと、思いたい。
でも姉さんは折を見て、スマホやPCで助けてとメールをしてくるようになった。
そんなメールに居たたまれずに、俺は、父さんに相談をした。
だが、父さんは兄さんに不信な点はなく、手術で飛び回り、姉さんの為に家政婦を雇い、日本で娘が生まれるのを楽しみにしているのだと周囲に話してまわり、子煩悩で愛妻家の外科医だと教えてくれた。
だが、精神的に不安定になっていた為、8ケ月の早産で女の子が生んだという連絡が飛び込んできた時は驚いた。
早産だった為、赤ん坊は保育器でルナ姉は絶対安静。
面会が許された時にはルナ姉は酷く痩せてしまっていた。
「ルナ姉!」
「秀ちゃん」
「どうしたんだ、姉さん! まさか、厳兄さんはDVを!?」
「違う、の。 厳は、優しいの。 でも 怖いのよ。 一緒にいるのが怖いの。」
「怖い?」
「赤ちゃんに 何かを した、かもしれない」
「え?」
「赤ちゃんに、娘に合わせてくれないのっ」
「合わせてくれないってどういう事?」
目を丸くした俺に、姉さんの点滴を替えていた看護師が溜息をついた。
「―… 早産で体重が1500g位だったので保育器から出してあげれないんですよ。 せめて2000でしたらすぐにも連れてきてあげられるのですけど。 マダム・ルナも安静が必要ですし。 Dr有間がデジカメで写真を撮られてお見せしたんですが、自分の子じゃないと仰って。 お嬢ちゃんの体重がもう少し増えて、ママの体力がもう少し回復なさったら、抱っこもできるしおっぱいもあげれるようになるんですが。」
「……だって。 大丈夫だよ、ルナ姉。 俺がルナ姉の変わりに赤ちゃん、護ってあげるから!」
「秀ちゃん…」
「姉さんが俺や弟を可愛がってくれたように、俺が赤ちゃんを護ってやる! だから、そんな顔をするな」
「―… 秀… ちゃ…」
「そうだわ! 貴方がママの変わりにご覧になります? 抱っこはできませんが、会う事位ならできますわ」
「でも、姉さんがまだ見てないのに、」
「秀ちゃん。お願い」
縋りつくような姉さんの目に俺は頷く事しかできなかった。
頭が良くて綺麗で俺の自慢の姉さん。
その姉さんが怯えている?
看護師さんに案内されてNICU(新生児集中治療室)に居る保育器の中の赤ちゃんを見せて貰う事になった。
本来なら入れない新生児室の中に入れてくれたのは特別扱いだ。
鼻に小さな管を付けられて小さな手にも管が付いている。
カーゼの小さな服とオムツ。
足に名前のタグ。
「痛くないのか? こんな小さな躰に付けられて?」
「気持ちがいいとはいえないだろうな」
俺の背後から白衣を翻して入っていたのはルナ姉の旦那ー……の 厳兄さん。
「ルナの見舞いに来てくれたんだって? 驚いただろ?」
「厳兄さん? いつの間に?」
「今日はこの病院で朝から手術だったんだよ。1時間前に終わってね。予後の治療の指示を出してきた所だ。 で、巳恩… この子の名前だが、会いに来たんだ。 医者の特権だね。24時間いつでも会えるのは」
「もう、Drってば親馬鹿なんですから。 本来なら赤ちゃんとの面会時間も決まっているんですけど。」
「―…それじゃあ、姉さんが心配するのも無理ないな。 娘に何かしてるかもっていうわけだ」
「仕方ないだろう。 早産とはいえ、娘は生き抜こうと頑張っている。 保育器の赤ん坊達はみな頑張っている。皆、まだ、ロクに泣く力もないのに、な」
「Drは本当に子供好きですわね」
「子供は神々からの贈り物だよ。 ほら、秀一君。」
「?」
白衣とマスクを差し出される。
「そこでしっかり嗽をして手を念入りに洗浄して、マスクをしてこい。」
「??」
「保育器ごしだが、手に触る位ならさせてあげるよ」
「いいんですか?」
「ただし、ルナには内緒だよ? 保育器からだしてあげれないうえ、ルナはまだ安静が必要で、車椅子にも乗せられないのに、秀一君をこんな傍で先に合わせたと知られたらまた精神的に不安定になってしまう」
「はい」
小さな小さな命。
「保育器に入る=検査をして実験道具とかにしたりするなんて事はない。 保育器は赤ん坊を護る為にあるんだ。生まれたばかりの赤ん坊、―… 特にNICUに入る子は大人と違って皮下組織が薄いから保温をして最小限のエネルギー消費で済むようにして加湿をして湿度を保ってやる。そして抵抗力の弱い赤ん坊は細菌の感染に気を付けてやらなくてはならない。内臓機能も発達してないから大人よりも高濃度の酸素を上げなくてはならない。 ルナだってわかっている筈なんだが……」
マスクをして、手は念入りに確りと消毒をする。
「ほら、そこから手を入れて。 針を刺してない方の手に少しだけふれてみるといい。 大丈夫だ」
恐る恐る、手の平に触れてみる。
と、小さな手が動いて俺の指先を握ってくる。
「な? すごいだろう? 実は私もまだ抱っこをさせて貰ってない。だが、それはNICUの赤ん坊の殆どの親たち全員がそうだ。」
(ルナ姉の考えすぎ、かもしれない)
俺はそう思った。
「巳恩ちゃんって男の子みたいですね。最も俺の妹の名前も男の子で通じるかもしれませんが」
「シオンという名前の響きが好きでね。カタカナだと男の子みたいに思えるが外国でも日本でも通じる名前だろ? 顔立ちがルナに似ているからきっと美人になる。」
「ええ。 良い名前だと思います。」
俺はまだ目の明かない小さな赤ん坊の頬をそっと撫ぜる。
ぷにぷにと柔らかく暖かい頬に思わず口元が緩んだのが分かった。
「頑張れよ。おっきくなったら遊園地や水族館に連れて行ってやるからな」
「生まれたばかりなのにもう騎士が現れたのか? 早すぎないか?」
「ルナ姉と約束したんです。 護ってやると。 それにこの子より2つ程年上になりますが、俺の妹と仲の良い友達になれる筈です。 一寸ばかり元気が良すぎて困ってますが。」
「騎士以外に友達までできたのか。 ―… 大きくなったら頼もしい虫よけになってくれそうだがお父様は心配だよ。秀一君は騎士としては遜色のない男だからね。」
「兄さん! 俺はロリコンじゃありませんよ。」
「そう願うよ。16やそこらで嫁に出したく無い。」
兄さんは頬を緩ませて保育器の中の小さな娘に話しかけ、俺と看護師は顔を見合わせて肩を竦めた。
「ママに抱っこされるのはもう少し先になりそうだが、頼もしいお兄さんとお姉さんができたようだよ。私の可愛い巳恩」
「じゃあ俺は姉さんに挨拶して帰ります。パパは娘にデレデレだって報告しておきますよ」
「デレデレは否定しないが、保育器ごしに会っただけ、という事で話を合わせておいてくれよ? 秀一君」
「はい。」
けれど、その後病室に行った俺はルナ姉に会う事は出来なかった。
何故なら安定剤を投与されて眠ってしまった後だったから。
俺は手紙を一枚、枕元に置いて帰った。
その後、姉さんたちが日本に帰る前に一度会いたいとは思っていたけど、バイトと勉強、截拳道の試合やらで会えなかった。
巳恩が生まれて1ケ月以上を経て、漸く回復に向かった姉さんと保育器で少しずつ成長をしていく赤ん坊をつれて、日本に戻ってしまったから。
日本から母親の腕にだかれた娘と幸せそうな父親の写真がメールで送られてきた時、俺は姉さんが治ったのだと思っていた。
なのに、姉さんはまだ抵抗力の弱い娘と供に日本から逃げ出そうとして保護をされ、その数日後、多量の睡眠薬を飲んで町をふらついて事故にあって無くなった。
Dr有間の嘆きはとても深いものだったとニュースを見た。
けれど、亜米利加と日本は遠く、葬儀には行けなかった。
暫くして兄さんから荷物が届いた。
小さなダイヤのタイピンとカフスボタン。
形見分けだと書かれたものだがアンクオン・メモリアルダイヤ。
俺はいつか、巳恩に還せる日がくる事を願って、ダイヤを大切にしまっておく事にしたが姉さんが死んでから、段々と連絡をとる事もなくなった。
Dr有間は年ごとに有名になり、時折でるニュースではアンクオンメモリアルダイヤのタイピンをして、死んだ妻の話を懐かしそうに話し、残された娘の可愛さを話していた。
家族の写真が同封されたエアメール。
最近、その手紙が2重になっているのに気づいた。
”秀ちゃん。 厳は、何かしら危険な組織に入っている。 時折すごく険しい顔をしているの。 私には優しい。でも巳恩の健康診断の時、傍にいるのは厳だけ。 とても怖いの。 私はいつも待合室で、気が付くと病院のベッドで寝ているの。 お願い。 私はどうなってもいいの。私のシオンを助けてあげて。 護ってやって。”
(俺は、気づかなかった。 兄さんは何をしているんだ? 姉さんは事故死じゃなかったのか?)
けれど、教えて貰った連絡先の兄さんに連絡を取った時、電話にでたのは留守を任されているベビーシッターで、兄さんは難しい手術の為に留守をしていて話は出来なかった。
そして、俺が大学生に成った時、厳兄さんがテロリストの一員として内定さている事を父さんから聞いて、証人保護対象者となっている事を偶然知った。
けれど、兄さんが捕まって証人保護を受ける事は無かった。
当時、テロリストは悪だと主張していたFBI捜査官が先走って独自捜査を始め、クワンティコの本部の許可を待たずに接触。
公式発表こそされてないがDrを射殺。
物音におきてきたまだ6歳の娘に顔を見られて手や足を撃たれ重傷を負うという不祥事を引き起こした。
子供が持っていたのは玩具の銃で本物らしく硝煙反応こそあるが、殺傷能力は精々庭の花壇に1センチ程の小さな穴をあける程度のスポンジの弾丸
しかも子供は父親の死を目の前で見て、家の地下に作った避難用のシューターに逃げ込み、保護をできず、挙句日本警察に犯人の顔までモンタージュを提供するという不祥事にまで発展した。
FBI本部から日本警察にかけた圧力で捜査中止はしたらしいが、その捜査官は暫くたってから生きているだけの障碍者となり、もう一人も殺害された。
これはオフレコの話だが、その2人の他にも先行して調査をしていたFBI捜査官がいて、その捜査官も自宅にいる時に殺されて、自宅にあると思われた捜査資料ごと焼け死んでいた事からその復讐もあったのかもしれない。
ルナ姉の子供はまた命を狙われるかもしれないという事で海外に生活の場を移したときいて、俺はFBIに入ることを決めた。
俺は今だにその子供に会えていない。
任務の関係でルナ姉の写真は荷物には入れてないが、アンクオン・メモリアルダイヤだけは私物のように入れてある。
その、ルナ姉に瓜二つの少女。
俺は暫く、その少女から目を話す事が出来なかった。
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