氷壁の姫 Act-33 愚痴と自慢
二人で泡盛を枡で5杯(4枡が降谷)、ビールを2本(1本以上降谷)を開けた。
既に夜食という名の夕食を食べていたにもかかわらず、降谷の顔が変わらないのは胃に食べ物が入っているからなのだろうか。
「確かに、油断していた俺も悪い。 あの子がああいう事をして残る悪戯っこっていうのも忘れていた! 7歳にしてスイスの小学校の高学年に飛び級した位だから黒羽快斗ー… 怪盗KID2代目よりもIQが高いだろうと予想されてる。 其れは俺も認めるし、志保さんも赤井も認めてる。あのメアリーさんですら、認めてた! 一度決めた事を曲げない頑固さは息子である秀一、引いてはご主人によく似ていると。 だがな! 対等に立たない人への態度の悪さは育ての親そっくりだ!そう思わ無いか!? 」
パソコンを壊された文句をいうわけでもなく、どちらかというと愚痴、あるいは巳恩の自慢とも聞こえる上に育ての親、つまりは今だ生死不明の幹部であるジンこと、黒澤陣への恨み節にも聞こえる。
「そ、育ての親って」
「ジンに決まって居るだろう! あの銀髪ロン毛ロリコン野郎にっ」
「降谷さん、落ち着いて!」
「エレーナ先生の言葉があったから俺はテニスプレーヤーになる道が閉ざされても警察官をめざす事が出来た。有間博士の助言が有ったから、俺は警察官の中でも合格率の低い公安を目指す事ができた。 博士の言葉がなければ俺は普通の警視庁の捜査一課か爆弾処理班を希望してただろう。 その有間博士のお嬢さんをジンの野郎っ」
気のせいとは思うが、降谷の口の中に尖った犬歯が見えた、様な気がする
耳をすませれば、がるるる、という猛獣の唸り声が聞こえるんじゃ無かろうと確信した風見はあえて、スルーした
「聞いて居るのか、風見っ?」
「聞いてます! 惚気か愚痴か説教か、どっちなんです?」
「全部だ! ジンさえ居なくてFBIより先に公安が保護してたら、今頃は花も盛りの高校生になってた筈でっ 頭も良いから学校首席で、大学は選び放題。 留学だって選び放題、だった筈だ。巳恩さん程の器量よしがどうしてあんな金髪ロリコン野郎に食われなきゃならないんだ!」
「く、食われるって、降谷さん! その言い方は」
「事実を言っただけだ! 大体な! 巳恩さんも巳恩さんだ!あんな野郎を選ぶなんて」
ぐびっ、と、泡盛を飲む。
「降谷さんは、有間巳恩を公安で保護して協力者にしたかったんですか?」
「巳恩さんを名前で呼捨てにするな! ってか協力者になんてさせるか! 出来る事なら、普通の子として、普通の生活をさせいだけだ! 医師を目指すのは良い。 あの! 有間博士のお嬢さんなんだから、日本を代表する、日本が誇る優れた医師になるだろう! だがなっ! その後見人がどうしてFBI ―... ... もとい、なんで赤井秀一なんだ! 公安にだって後見人になるチャンスはあった筈だ!」
「それは、警視庁が、かつて、博士を殺した犯人を当時の上からの圧力で逮捕どころか事情聴取すらできなくて、有間巳恩のー… 巳恩さんの、信頼の欠片すら貰えなくて、ですよね!? 有間博士が組織に組していたという事は警視庁・警察庁合わせてもTOPにしかしらない極秘です。 博士を殺害実行したと思われるアメリカ捜査機関の捜査員とその家族は殆ど無くなったー… 正確にいうと"お礼参り"のような事になったと聞いてます。お礼参りをした中に有間博士に命を助けて貰った患者の1人が居たと聞きました」
名前で呼び捨てようとして降谷に睨まれて慌てて”さん”をつける風見。
「ー… 確かにな! 当時の捜査一課は低能揃いだ! だが! 今回、彼女の後見を選ぶ非公式会合で公安はFBIなんかに後手を取ったんだ!? 公安局長と巳恩さんの付き合いをみれば、あの二人がタッグを組めれば赤井ごときに渡す事もなかった筈だ!」
「そ、それは血液関係があったからと聞きましたが」
「あの子は! 巳恩さんは日本人だぞ! 産まれがフランスで出生証明もフランス政府だから2重国籍である事は変えられない事実としても、アメリカ人じゃない! まぁ、母方の祖母が赤井の父親と兄妹だった、という痛ましい血縁関係があったとしてもな!」
「ふ、降谷さん! 」
「志保さんもだ! 彼女を悪し様に言う連中はまだ居るが、彼女達はギフテッドでも有ったから、小さい時から留学して天才教育を受けて博士号まで取得した。 巳恩さんは志保さんと違って天才外科医有間医師の娘として生まれて、云いたくないが保護者であったジン名字である”黒澤”を使って黒澤巳恩というペンネームを使って医学雑誌のコラムを書いてる。 医学の世界では少女医師として有名になりつつあったから、証人保護法で名前を替えるのは難しい! けれど、 何故、FBIが主導権を握ったんだ!」
「それは有間さんと交換条件だと聞きましたが」
「分かってる! だからこそ余計に腹が立つんだっ」
降谷はまるで水のようにアルコールを摂取する。
「呑みすぎです!」
「これでも控えてるつもりだ」
「有間先生はな! 先生の講義は初日こそ消防署で受けれるような簡単な緊急医療知識と講座だった」
「あぁー… 入門編のような? 過呼吸の場合の対処とかの?」
「そう。 中学生位から受講できるような基礎知識の確認だった」
「それは 降谷さんなら退屈だったでしょうね…」
降谷は医師の免許を持たないが骨折程度の応急手当程度なら簡単にこなす。
銃で撃たれた時の対処方法も知っている。
それは恐らく世界でも有数のTOP10にランクインする狙撃手と言われる赤井にもいえる事だろう。
「全くな! 初日なんて簡単すぎて眠くなるのを耐えるのに必死だった。 警察と医者希望者は全日程出席という義務がなければスルーしたけど、眠気を堪えたのは俺だけじゃなかったぞ」
「で、しょうねぇ…」
初日は打ち身捻挫程度なら中学生でも知っている事からキャンプ中の火傷や焚火を使った緊急救助信号のイロハだったと聞いて風見は苦笑する
「最も2日目3日目位になると救急救命士2級1級並の講座でよそ事なんてしてられなかった。 JRHが建設されたばかりで、 まだまだ建築途中な病棟もあったけど、 イベント広場や外科病棟は最新施設で、これは先生と、若いご夫婦の好意だったんだが、本当にその日の朝、産まれたばかりの可愛い赤ちゃんを見せてくれて。 この子供達を護るのが君達の仕事になるんだとー… 看護師を目指す女生徒なんかもらい泣きしてて。 最後のミーティングではお嬢さんの自慢話を聞かされた。」
「はいはい…」
「聞いてるか!?」
「聞いてます!」
「先生は巳恩さんの事を可愛がっててー…僕らが親馬鹿って揶揄っても、君達も親になればわかるって笑ってたな。 僕がー… 医者になる積りは毛頭なかったけど、先生の片腕になれるか聞いた時にも ”娘が片腕になるって言ってくれたから、残った枠は1本だな” って、頬を緩めて話してくれて、スマホの画面は当然お嬢さんで…… 凄く、可愛くて」
風見は溜息を吐いて付き合い、愚痴なのか自慢なのか意味の分からない言葉を聞きながら はいはい、と同意して、そしてテーブルに突っ伏した降谷に肩を貸して2階の寝室へ連れ込んだ時は2時回っていた。
(降谷さんは、巳恩さんを大事にしているんだな…)
宮野志保の母親である宮野エレーナと出会って、ハーフである事を卑下しなくなった少年時代。
ハーフでありながらも日本人として世界一のテニスプレーヤーになってエレーナ先生に褒めて貰いたいと思った時。
警察官を目指し、日本でも5指に入る大学で法律を学んでいた時に受けた有間医師の医療研修を受講した時に自信満々に100点の回答だと答えたら60点と言われて、鼻っ柱を砕かれて、君には公安が向いていると勧められて、更にキャリアの中でも更に上の幹部を目指した。
つまりエレーナ医師も有間医師も、降谷の未来を切り開いた恩人でもある。
その恩人が残した志保と巳恩ー… 娘たちに対して、情が移るのは当然だろうと、風見は思った。
沖縄という土地柄、風邪とかに患かるとは思えないが、と風見は薄手の毛布をパサリと掛けて居間に戻ると酒の匂いを消す為に窓を全開にしてキッチンの椅子に座ると、もうとっくに寝ているであろう萌花に当てて <諸般の事情で、降谷さんが泡盛とビールで酔っぱらって、俺も酔ったから帰れない>と打ち込んで、<料理美味かった>と追加して、お揃いでインストールした絵文字ー… を使うと喜んでくれるので<ごめんなさい>、の絵文字を送った。
(朝になったら萌花の説教覚悟で着替えに戻ってー… 降谷さんを業務用百貨店に案内するのは昼位からかー…)
等と、つらつら考えながら欠伸をしたら、まだ起きていたのか。<ママ役ごくろーさま><朝になったらママに着替えとウコン茶を届けるね!>いう文字に<よしよし>と宥めるような絵文字が速攻で送られてきたのでガクリ、と頭を垂れてから笑った。
沖縄に戻ってからは仕事をする訳ではないので毎朝、走っている為に、実家から降谷の家までその気になればフルマラソンのトレーニングだと駆けてくる事も可能だろう。
(!!)
ふと、思い立ってみればリビングは泡盛を飲んだ枡と空になったビール瓶や料理の皿ー… イートインスペースがあり、夜に店を開いているからか、食べ散らかし、に関しては萌花は厳しい。
キッチンやリビングに封を切ったままの酒の肴とか珈琲の缶を見つけようならガツン、とくる。
それは見かけは温和な両親の躾からくるものだろうが親以上に厳しいのが萌花だ。
食品を扱うという事から衛生面ではとても几帳面なのを思い出して風見はせっせと片付けを始めた。
どれ程深く眠っていても自分の領域でガサガサ音がしていれば目を覚ます、という事が身についてしまった降谷が風見が降谷のエプロンを借りて、リビングとキッチンを往復して綺麗に片づけているのを、苦笑しながら見て、また寝室に戻り、今度はパジャマに着替えて本格的に眠った事には気づかなかった。
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